今日は午前中、納骨堂の建設に携わっていただく大工さんと設計士さんにお越しいただき、顔合わせをしました。堂内の納骨壇は既製品ではなく、一から設計するオリジナルのものを作っていただくことになっています。打ち合わせでは「こういうこともできそうです」とアイデアのご提案もありました。
8月29日(土)の午後には、2回目となる納骨堂説明会を開催する予定です。「当日は建物や納骨壇の模型を用意して、皆さんに具体的なイメージを持っていただけるようにしましょう」「実際に着工してしばらく経った頃に、現地説明会を開くのもいいですね」といった前向きな話が進みました。まだ2か月以上先のことですが、今からとても楽しみです。「お墓を建てるのが楽しみ」と言うと少し奇妙に聞こえるかもしれませんが、完成への期待が膨らんでいます。
一方で、国際情勢の影響も耳にしました。アメリカによるイラン攻撃のあおりを受け、資材が調達できずに工事が中断するといった事態も起きているそうです。業者さんも「振り回されている」と渋い顔でした。
停戦合意は結ばれたものの、いったい何のための攻撃だったのでしょうか。力による支配を狙ったトランプ米大統領でしたが、思うようにはいかず、国内外からの批判が高まる中で最低限の合意を結ぶことになりました。その内容を見てみれば、結局は攻撃前の状態に戻っただけのように思えてなりません。
さて、午後は先週に引き続き、地元の岩美高校の生徒さんたちが来寺されました。「尾崎翠を訪ねて」という授業の一環です。私からも少しお話をし、翠が生まれた部屋などを見学していただきました。
現代の若い世代、高校生に届くメッセージはあるはずです。翠さんを未来に語り継いでいくためにも、引き続き考えていかないといけません。
日本が戦争へと本格的に突き進んでいく時代に、翠さんは筆を折りました。その理由については、病気のため、作品を発表するあてがなかったため、あるいは過去は過去として割り切っていたためなど、さまざまな見方があります。私自身は、「自分の筆は想像の翼を広げるためにあるのであって、戦(いくさ)の世を前にして、沈黙するしかない」という思いが、特に戦時中の翠さんにはあったのではないか。そのように感じるのです。