青い柚子胡椒

坊守です

なんと冷えるのでしょうか。先週の木曜日、居間にホットカーペットを敷きました。

先週アタマには冷房を入れたり、扇風機をまわしたりしていたのに、涼しくなる時はこんなにもガタッと気温が下がるのですね。


中庭で、前の冬の雪にあたって半分以上小さくなったユズの木に青い実がなっていました。鍋を食べる機会も遠くなさそうなので、皮を細かくおろして、青い唐辛子をあわせて練って、柚子胡椒づくりをしました。


柚子胡椒は、スーパーでも手に入る調味料ですが、九州が発祥の地。胡椒(ペッパー)は入っておらず、唐辛子を胡椒とよんだようです。

庭の柚子を使ってつくるのはこれが3回目、いままでは、年末に実が黄色くなってから、トウガラシの粉をまぜて、だいだい色の柚子胡椒を作っていました。ところが、今年の実は1個落ちても惜しいほどの少量なのです。青くて辛いトウガラシもタイミングよく店頭にありました。
いままでは合格点でしたが、青いものはどうでしょうか。
昨年までのものは、お鍋はもちろん、焼き餃子につけても美味しかったのですが。

ちなみに、柚子胡椒のレシピは…
おろした柚子の皮+青いトウガラシのみじん切り(タネやわたをとり、柚子の皮と同じ重さで)+塩(柚子とトウガラシの重さの2割程度)

お参りしてくれてありがとう

法事が終わった後、お参りされた方と立ち話をしていると、小学2年生の娘さんが何やらホワイトボードに描いています。「あとで見てね」とのことで、見てみると、、。

顔を見たことのないおじいさんと、私へのメッセージでした。袈裟まで描いてくれています。なかなかの観察眼。私の顔は笑顔でした。

何が分かったのかはよくわかりませんが、仏さんの話は小学生にも届いたのかもしれません。

ありがとうYちゃん! また会いましょう。

「あう」ということ

今日は百箇日のお勤めがありました。百箇日は卒哭ともいいます。哭は、口が2つ横に並び、下に犬と書きます。泣くことを意味します。泣くことを終わりにしようという意味が卒哭にはあります。

こんなことをお話ししました。

昨年ご往生された方から以前うかがったことがあります。「夫の百箇日が済んだ頃から、悲しいという気持ちとともに、であえてよかったな、楽しいことも多かったなと思えるようになりました」

「あう」ということば、どんな漢字が思い浮かびますか。

会う 逢う 遭う そして遇う。

会うは、予定していたものが顔を合わせること。逢うは、親しい人に会うこと。遭うは、ひどい目にあうこと。遇うは、期せずして会うこと。

私は、この方が遇うという意味でおっしゃったのではないかと思っています。会うには別れがあります。しかし、遇うは別れではないのだなと教えられたのです。

今日は百箇日です。この世での出遇いに感謝するとともに、いまは阿弥陀さんとともにいらっしゃる亡き方との出遇いに感謝し、手を合わせるひとときとしましょう。

心配の極みなのです

きょうの33回忌のお参りでのこと。ご門徒さんが、「阿弥陀さんは前屈みになって立っていると話されたけど、どういうことですか?」とお尋ねでした。

法要の趣旨を表した文(表白)で、そのことに触れているので、関心をもたれたようです。

そこで、実際に阿弥陀さんを横から見ていただきました。

「たった今、私の方から救っていくぞ」とのお姿なのです。それほど私たちのことが心配だから。心配の極みのお姿です。

そのお姿に触れた時、自然と手が合わさり、頭が下がり、なんまんだぶがでてくるのではないでしょうか。そして仏さんの心に、ほんのすこしではあってもかなう生き方をさせていただこうとの気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。

ご門徒さんに説明しつつ、いつも自分に言い聞かせているのです。

お参りいただいてありがとうございました。

法の庭とて けもの跡

今年89歳になられるご門徒のMさん。俳句が趣味で、その材料を探しに先日、お寺の境内を散策されていました。それをもとに句を詠まれたとのことで、今日、網代の習字教室の際に作品を見せていただきました。

大壺に 生かされ蓮も 実を飛ばし

紅葉散る 納骨堂は 安けらし

身に入むや 法の庭とて けもの跡

ウチの境内には、猪がミミズを掘り返した跡があるのです、、、。仏法にふれるお寺も、野生動物にとっては生き物を得るための場所ですから。

『花鳥』という俳句集に掲載されるとのこと。同8月号では巻頭をかざり、句とともにMさんの顔写真とコメントも掲載されました。

岬青し 若葉の風を 胸に留め

網代の風景が目に浮かぶ一句です。

ネコとムートン

動物担当、坊守です。
このところ「10月なのに暑い」という会話をしていましたが、来週あたりから気温が下がる予報です。
そこで、子猫があたたかいように、とフワフワの寝床をホームセンターで買ったのですが、本人はまったく使わないという悲しい展開に(おもちゃだと思ったようで、組みついて一生懸命蹴っています)。

困ったなあ…と考えていたらムートンのはぎれを500グラム1単位で売るお店を発見。彼らはムートンをかけた椅子がお気に入りで、ニンゲンが座っていると、順番待ちをする位なのです。


ネコのカラダやお尻なんて小さい面積ですみますから、これでお座布団をつくることにしました。

さあ、どうだ?

お寺の掲示板(2021年10月)

先月のドラえもんの名言をきょうまで掲示してきましたが、10月も半ば。そろそろかえないとと午後、お寺の掲示板に何を掲げるのか考えて、考えていたのです。そして、まわりはもう真っ暗。虫の音を聞きながら、これでいこうと書きました。

(掲示板に貼り出すのは明日になりますが)

生きた言葉には 匂いや響きが あるのです

浄土真宗本願寺派の僧侶・大峯顕さんのことばです。大峯さんはお釈迦様の説法について、「きっと人々を明るく包む光や、人々を覚醒させる響きや、人々を安心させるなんともいえないいい匂いがしたのではないでしょうか」と著書の中で記しています。

真実の言葉は人を動かします。ウソの言葉は人を不幸にします。本当に言葉は大切です。

今月末には衆議院選挙があります。生きた言葉で語りかけているのはどの政党・候補者なのかを、私たちが見極め、選択する機会でもあると思います。

朝から慌ただしく

昨日のコンサートから一夜明け、今日は早朝から慌ただしいのです。

まず朝7時から地域の一斉清掃です。地域の神社の清掃日でもあったので、8時半まで、たっぷり掃除をしました。

かえってきて法事をお勤めして、その後、相談事で来られた方のお話を伺っていると1時半をすぎました。

昼食後、網代道場の花壇の水やりにいき、プリンターのインクを量販店で買って帰ってきたらもう午後4時です。

お寺の通信をあと数十枚、配って回りたかったのですが、私自身の充電が切れかかっているので、今日は早めに店じまいです。

では、みなさん、また明日!

第11回「心のコンサート」を開きました

汗ばむような陽気のもと、第11回目となる「西法寺 心のコンサート」が開かれました。

本堂の引き戸をあけ、隣との間隔をとって、本堂、余間、そして縁まで椅子を並べ、約40人が、音楽を心から楽しみました(マスク着用・掛け声なしではありますが)

デュークエイセスのお馴染みのナンバーから、大須賀さんのオリジナルソング、そして「アメイジンググレイス」、「愛の讃歌」、童謡の「ふるさと」と幅広いレパートリー。鳥取の養源寺さんが作詞された「あるがままに」。新しい仏教ソングの誕生かも知れません。住職のリクエストにこたえ、今年も「しんらんさま」(作曲古関裕而さん)歌ってくださったのも嬉しかったです。

「音楽で感動を届けたい」という大須賀さんの心が、私にも届きました。

初めて参加された方も少なくありませんでした。

坊守の話では、涙を流して聞いておられた方もいらっしゃったそうです。

「気持ちのいい時間でした」と笑顔で帰っていかれる方たち。

開催できてよかった。ホッとしました。

「心のコンサート」はチャリティーコンサートです。4万円近い義援金を預かりました。ありがとうございました。

終了後は、わたくしCDの販売員に。
漁師さんが、「聞いてみるけえ」と大須賀さんのCDを買って帰られました。

大須賀ひできさん、玉木孝治さん、拓人さん、楽しい時間をありがとうございました!