遠いよるでもいつかは時が

90代のご門徒さんが往生され、午前中、ご自宅にうかがいました。

昭和7年生まれ。その歩みについて、ご自身が記されたメモを奥さまに見せていただきました。

小学生時代は太平洋戦争の最中。食糧増産のため満足に勉強することができなかったことが記されています。16歳で漁師に。「45年間漁師」とありました。

また、枕元に手書きのメモを貼っておられました。その最後、「五、遠いよるでもいつかは時が 悔いを残さぬ人生に」とありました。船の上で45年もの時間を過ごされた実感がこもった言葉のように思いました。

船を降りて以降は、地域の世話役としても活躍されました。「がんばりやで、あいさつの原稿を書いては、一生懸命覚えておりました」と奥さんに教えていただきました。

明日、顔を見に帰る予定だった娘さんが到着され、涙、涙。

お通夜と葬儀、精一杯おつとめさせていただきます。

入管法改定案について思うこと

今日はかたい話です。

今国会で入管法の改定案が審議されています。新聞報道などでご存知の方もいらっしゃることでしょう。議員の数の上では成立する見込みなのでしょうが、内容は非常に危ういものがあると思います。2年前と同じように廃案になるのが一番良いと思います。

そもそも難民申請をする方というのは、母国に帰れない事情を抱えた方達です。
例えば、32年前に来日したナイジェリア人のエリザベスさんは、女性器切除の被害から逃れた難民です。1回目の難民申請は却下され、いま2回目の難民申請を提出し、現在、審議中です。

日本では難民申請をしても難民として認められるケースはものすごく少ないのが現実です(22年はわずか1.9%)。他国であれば認定されるようなケースでも、日本政府は、ほとんど却下しています。

今回の改正案は、2回申請して却下された人を本国に強制送還することができるようになります。政府の説明文を読みましたが、3回目以降の申請でも、相当の理由がある資料を提出すれば、例外中の例外として送還を停止と書いてありました。つまりほとんど認めないということです。保護すべき外国人を本国に送還してしまえば投獄や死刑になることも考えられます。

送還を拒否した場合は刑事罰を科せられ、刑務所に送られます。刑期が終われば入館施設に収容され、そこでまた退去命令を拒否すれば、刑務所へ。このサイクルを繰り返すことになりかねません。

入館施設において適切な対応をせず死亡したウィシュマさんの事件から、一体何を学んだのでしょうか

浄土教は、生きとしい生けるものがみな輝いていることを私に教えてくれました。

私も、あなたも、国を逃れて助けを求めてきた難民の方も、同じ人間なのです。

サロンの情報交換会に参加する

今日は午前中、網代でのお勤めが2件、その後、道場の草刈りの続きを若干、久しぶりに漁協婦人部の店「なだばた」さんで昼食。午後は、町の社会福祉協議会へ。サロンの情報交換会に参加しました。

会の正式名称は、「令和5年度 第1回 ふれあい・いきいきサロングループ情報交換会」です。

4月、網代道場でのお勤めの際、月1回、道場に集まっての昼食会を開こうということになりました。サロンとして申請すれば活動への助成金を受け取ることができます。その説明会も兼ねた情報交換会でした。町内では、30のサロンが活動しています。今年、新たに結成されたところもあるようです。

まだ網代でのサロンの名称は決めていませんが、私の案は、「なもなもサロン」です。
第1回目は6月26日(月)です。

網代にはカニカニサロンという先輩サロンが活動されています。知り合いの方ですから、ご挨拶。これから協力して活動することもあると思います。お世話になります。

帰りがけ、地元、岩井のサロンの代表のご近所さんが、知り合いの代表の方に、「お寺でこの前、健康チェックやっただが。よかったで」と宣伝してくださり、2人の方が、「うちでもぜひ」ということになって連絡先を交換しました。

鳥取医療生協の健康チェック人気恐るべしです。

ナモの日記(2023年6月)

ナモです。

このごろ、おげんかんや、おぶつまのえんがわでねんねしています。
あたいたち、しゃむいのはにがてですが、あついのもすきじゃないのです。
いま、きせつがかわっているので、けぇもぬけています。ふゆげからなつげにかわるところです。おばたんにぶらっししてもろても、つぎからつぎへぬけています。


きのうは、おふろにいれられて、さんざんだったのに、そのあともいっぱいぬけていました。
「おへやは、おそうじすればいいねんけど、あんたたちがたくさん毛をのみこむと、こまるんやで。びょうきになることがあるんやで」。
といいながら、きょうは、あたらしいクシで、ぶらっしぶらっししてくれました。


ねこは、そとにみえているけぇのしたに、もういっしゅるい、ふわふわのあたたかいけぇがはえているんだそうで、それをとるせんようのクシなんだって。
あまりにたくさんとれるので、しあげにコロコロをかけてくれました。きもちよくて、あたいののどは、ごろごろなりました。

ター坊は、みなれないものはこわいので、あたらしいクシをもっているおばたんから、にげていました。
きれいにしてもらったら、いいのにね。おかしいね。

お礼申し上げる

中央仏教学院の通信教育を受講している坊守は次週の京都でのスクーリングに向けて勉強中。ター坊は講師さんの声明(しょうみょう)が気になるようです。

私の方は午前中、チラシづくりです。6月の下旬に網代道場で昼食交流会(サロン)をはじめる予定です。次の月曜は社協で町内のサロンの集まりがあり、網代のご門徒さんと参加します。仮称「なもなもサロン」です。

午後は百箇日のお勤めです。お会いするのは四十九日以来。月日が経つのは本当に早いです。施主さんは、この間、通院治療を受けていたとのこと。快復されたようでなによりです。自筆の南無阿弥陀仏の掛け軸は初盆までかざられるそうです。

先日の慶讃法要でご講師さんが、「仏さんにお礼を申し上げる気持ちで手を合わせましょう」とお話しされました。動作の問題じゃないんだなぁと学ばされました。

先週からお墓やお仏壇(お内仏)にかかわるおつとめがつづいています。来週以降もお墓・仏壇じまい、建碑・入仏のおつとめ。お寺の納骨堂への納骨法要も予定されています。

今日も意識したのですが、お礼申し上げる気持ちでおつとめさせていただきます。

明日はナモの日記です。お楽しみに。

岩美町が尾崎翠記念イベント

西法寺で生まれた作家・尾崎翠記念イベントが今月24日に開かれます。映画上映、ミニコンサート、朗読と充実の内容です。

先日、網代の方から、「亡くなられたNさんから、傘踊りを教えてもらったことがありまして。翠さんの『初恋』にも出てますよ」と教えていただきました。Nさんは先月ご往生されたご門徒さんです。

今日は雨。読書でもしようと、翠さんの全集をめくって「初恋」(『随筆』1927年7月号)を読みました。短編です。

ここには漁村A(網代)の当時の生活の一端が描かれています。若い漁師さんは名前をかえ、結婚までの期間、寝泊まりの宿に寄宿するのです。

盆踊りがユニークで、恋人のいる男性は、長襦袢を着流して、手ぬぐいを被って踊ります。この扮装をしてない男性はみじめ。恋人がいないということです。傘踊りについての記述もありました。

さて、「初恋」の方はというと、長襦袢を着流し、男装して踊っていた女性に興味を惹かれ、あとをおいかけてみると、なんとその女性は実の妹。僕の初恋は凍りついてしまうという結末を迎えるのでした。

照らすということ

今日は田後(たじり)でのお墓じまいのお勤めがあり、少し時間に余裕を持って墓地に到着しました。しかし、施主さんの姿がなく、もう一つの入り口にいってみてもやはり姿がありません。時間まちがったのかなぁといささか焦っておりました。

すると、先日法名を受けられたご門徒さんがお墓の掃除をしておられ、話しかけられました。「照という字をいただきました。私にはきょうだいがようけおって、照代という子は小さいときに死んだですが。その名前をいただいて、とてもうれしいですが」

私は、ご門徒さんに、照とつけた意味を28日、小さな紙に書いてお知らせしました。「仏さんに照らされる私が、ありがとうといただいて、今度は誰かを照らせるといいですね。住職は、いつもお孫さんをやさしく照らされているお姿も重ねて照をつけました」

お孫さんは小学生です。田後での報恩講に毎年おばあちゃんに連れられて、「きみょうむりょうじゅにょらい」といっしょに声もだしてくれます。最年少の参拝者です。おばあちゃんがお孫さんを照らしている表情がまた、いいんです。

全くの偶然ですが、こういうこともあるのですね。法名をよろこんでいただけたのもよかったです。

墓じまいのおつとめの方ですが、家の前で施主さんは待っておられました。私の勘違いをおわびして、墓前で手をあわせました。

切手でゆうパックを送る

数年前、前住職の部屋を片付けた際、たくさんの80円切手がでてきました(たしか400枚くらい)。当初は現行の84円切手にかえてもらおうと思って郵便局に持っていったのですが、差額+1枚あたり5円の交換手数料がかかるとのこと。となると手数料だけでも2000円かかります。それはやめました。ただ、差額の切手を貼って郵便として送るほか、そのままの形でもゆうパックなどの郵送代としてあてることもできると教えられました。現金のように使えるというわけです。

今日は15枚もっていきました。送り先は京都の本願寺。郵送代は京都まで1210円でした。新たな出費は10円で済んだということです。もちろん得したわけではありません。眠っている切手をお持ちの方、こんな使い方もできますよという紹介でした。

もっとも、知らなかったのは私だけかもしれません(苦笑)

さて、明日から6月。僧侶の服装は夏バージョンになります。

まつりのあと その2

岩井温泉の共同浴場に朝風呂に行ってきた坊守が、「健康チェックしたで」「近くでやってくれてよかった」などなどお寺フェスが話題だったと教えてくれました。

私の方は、早朝から本堂と住職部屋の片付けです。1時間ほど格闘して、ふだん通りに近づきました。

ついで業者さん対応です。電話機の交換のタイミングが近づいているということで、申し込み用紙に記入と捺印です。「前回いつでしたっけ?」「2019年です」。交換そのものはしばらく先ですが、いまと同じ料金で使用できるよう早めに案内して回っているそうです。なんでも半導体の耐用年数が短くなっていて、それも交換のサイクルが早める要因ということでした。

きょうは鳥取市内からこちら(岩美町)へ。ついで兵庫県香美町へ。さらに鳥取県若狭町へ。聞いているだけで気の毒になります。こちらの土地勘がないとわからないと思いますが、4時間近く運転しないといけないのでは?

その後、落語家さんが宿泊した町内の旅館へお礼を兼ねて支払いへ。おかみさん曰く「小鯛さんは、将来、大鯛さんになるんですか?」。どうなんでしょう、私にはわかりません(苦笑) 

生前法名を授かられた方たちからお預かりした冥加金を、地元郵便局から本願寺に送金。その帰りがけ、お寺フェスにこられたご近所さんから、「カレーもパンも食べたで。おいしかったで」と話しかけられました。ネコパンカーで販売していたたまごパン、これがパンの中に卵焼きがはさんであったんです。わたしもよばれましたが、また食べたいおいしさでした。

午前中にすませることはすませたので、さすがに疲れたなぁ、家に戻って午後は休もうかなぁと玄関先にさしかかるとシマちゃんがでーんと寝ています。番猫に気をつかって勝手口から入るネコにはやさしい住職なのでした。

まつりのあと

坊守です。
まだまだ先だと思っていたお寺フェス&法要&帰敬式はあっという間に本番となり、その日が近づけば近づくほどジェットコースターに乗ったような加速を感じるのはなんでかな?とバタバタの傍らで素朴な疑問を持ちました。子どもの頃の時間がゆっくりに感じるのは、感動が多いからで、オトナは感動が少ないから時間の経つのが早いんだともききましたが、本当でしょうか? オトナだって心は動くと思いますけれど。

さて私の場合、最終版で「こわっ」と思うことが何度かありました。
法要前日、起き抜け台所に立っていると、何の前ぶれもなしにメガネが落ちました。なんで~?と言いながら拾ってみると、ネジが無くなったようでツルが外れていました。爪楊枝を差し込んで補修してみたところ、住職が顔を見て笑いました(失礼な)。「フェスやし、いっそ先に旗でもついた爪楊枝をつかったらイイかもしれん」という提案は、ぎろりとにらまれて果てました。修理に行く時間もなく、古いメガネをつけたのですが、それすらも1日で右側の鼻あてがぼろっと取れました。
別の意味の「こわっ」もありました。それは、寺の役員さんたちの底力。私と住職では考えもつかない鮮やかさで、本堂から山門にかける派手な幕がかかったと思うと、プロの落語家さんに満点をもらう高座が本堂に組みあがるのです。当日にぎわった人たちへの対応や、本山の方たちの送り迎えも、その場で判断しないといけないことが多かったですが、スマートに収めて下さいました。強い日差しの下での、交通整理にも、感謝しかありません。
ああすれば良かった、と思うことは整理して来年の第2回に活かせればいいなと思います(PDCAサイクル)。


そうだ、私も帰敬式に出させてもらいました。直前までモノを取りに走ったので、鼻息荒めでしたが、アタマのてっぺんを三度剃刀でなでられて、2つめの名前がついて、これまでの人生と今後の生き方を重ねながら、ジタバタやっていこうと思います。住職がつけてくれた名前のいわれも、ちょっとグッとくるいいものでした。

この先きっとつまづくことも、どうしようもなく辛いこともあるのでしょうが、そのつど帰敬文と法名を見直して、生き抜くのです。
隣の席のMさんもご自身の法名と住職からの命名の言葉に「涙が出る」と、おっしゃっていました。