きょうは何の日…つづく

昨日はお釈迦の誕生日でした。752年の今日は奈良の大仏が開眼した日です。

‪当時の天皇は疫病や飢餓を仏のご加護で鎮めたいと考えたのでしょう。それは叶わなかったけれど本来、いのりとは自分のためでなく、誰かのためになされるものなのかもしれません。

浄土真宗はいのりを使わない宗派だといわれますが、親鸞聖人は、門弟への手紙で「世のいのり」という表現を使っています。

現世利益を求めるような加持祈祷はしないけれども、阿弥陀仏による私たちをどうにかして助けようとの働きをいのりと捉えていたのではないかと思うのです。そして、その願いを自己の願いとして生きていくことに念仏者の生き方があるとお考えであったのではなかろうかと。

阿弥陀仏の願いは無量寿経にあります。いくつかあげてみると、

自己中心的なむさぼり、怒り、愚かさがないようにという願いです。これは、私たちの理想的な人格のあり方を願ったものと受け取ることができます。

浄土に生まれる人びとはみな輝き、美醜や貴賤の差別がなく、等しく平等にという願いです。人類社会の理想的なあり方は、実はこうではないのかと阿弥陀仏は願っていると受け止めて私は読んでいます。

お互いの思想や信条は尊重しつつ、念仏者は仏の世界、仏のいのりを少しでも実現するために、みなと力を合わせることが求められていると思います。大仏開眼の時代よりその可能性ははるかに広がっているのですから。

きょうは何の日

4月8日は、お釈迦様の誕生日です。朝、「きょうは4月8日だなあ」と思いつつの読経でした。

以前も書きましたが、4月8日が誕生日、12月8日がさとりを開いた日、2月15日が入滅の日です。

この日は、誕生仏に柄杓で甘茶をかけてお祝いします。うちのお寺では残念ながら、4月8日は特に何もしていません。ずいぶん以前は花まつりをしていたそうですが。なんとか復活させたいと密かに考えています。

ブッダは、この世界と私たちの姿を二つの言葉で表します。一つは諸行無常…この世界のすべての物事は、すべて移り変わっている、ということです。もう一つは縁起…全ての物事は、原因や条件が互いに関わりあって存在している、ということです。

この真実を見抜き目覚めたのがブッダです。

言葉で表現すればなんだ当たり前じゃないか、ということですが、実際には、優劣や損得勘定で私たちは生活しているというのが偽らざるところです。人のことは平気で、「あの人は自分勝手で」などといいつつ、自分はどうなのか、ということです。

そういう我が身を振り返る日として、ブッダの誕生日はもっと記憶されてもいいのではと思うのですが。

網代を歩いて回りました

午前中は網代を歩きました。9日から予定していたこの時期の宅参りを今年は中止するとの案内のためです。県内での感染者は発見されてないとはいえ、感染拡大が全国ですすんでいます。


緊急事態宣言が出されるであろう都府県には、知り合いがたくさんいます。これからの日々の苦労はいかばかりでしょうか。ただただ早期の終息を願うばかりです。

網代神社の桜は満開でした。夏の暑さに弱い草花は、春の時期に花を咲かせ、夏は種の形でやり過ごすそうです。自然のしくみはほんとうによくできています。


そうそう、ナモの元飼い主さんから、『ネコに骨をあげて」と魚をいただきました。「キャットフードばかり与えているからなのか、魚に興味を示さないんですよー」と伝えると、「ぜいたくですなあ」と笑っておられました。魚の方が贅沢だと思うのですが…。飼い猫ってそんな感じなのでしょうか。

ムートンがお気に入り

「無縁」の意味

無縁。国語辞典を紐解くと、「縁者がいない」という意味とともに、「誰のためというような対象の区別がなく、すべて平等であるということ」という意味が記されています。仏教でいう「無縁」とは後者の意味となります。

無縁社会は現在の世相を表していると思います。これは前者の意味です。

昨日、ある方の納骨をしました。
身寄りに必ずしも恵まれなかったAさんがなくなり、そのご遺骨を親戚の方(Bさん)が引きとなれ、自分の家のお墓に納骨されたのです。Aさんは最晩年は施設に入られたそうです。Bさんは火葬し、遺骨を持ち帰られました。「家族に相談したところ、納骨することをみな賛成してくれました」

昨日、私が法名をつけ、仏壇の前でお勤めをし、Bさんと納骨しました。本当は家族をよんで納骨をと考えておられましたが、コロナウイルスの感染拡大が進むなか、私とBさんの二人での納骨でした。

「よかった。ほっとしました」とBさん。

「助け合い、支え合う関係が切れているというのならば、『無援社会』と言うべきではなかろうか」「関わりを断つのが『無縁』ではない。分け隔てなくつながっていく方向を示す言葉なのである」(一楽真『文藝春秋』2011年5月号)

私と縁のない人は、実はいないのだ。それを仏教では無縁というのだと、目の前で学んだ4月5日の出来事でした。

学ぶとはまねること

最近、過去帳への記載をお願いされることが増えてきました。なかなか上達しないので心苦しいところですが筆をとっています。

過去帳には、法名、俗名、ご往生された日、行年などを記載します。

過去帳は見台にのせて仏壇に飾ります。小さなものですから、必然的に小さな文字で書くことに。これがなかなか難しい。私は筆圧が強く、コントロールも上手くないので、いちばん細いタイプの筆ペンもしくは、小筆の穂先を少しだけおろしたもので書くようにしています。

いつも手本にしているのは、中央仏教学院時代に習字の先生が配布してくれたお手本です。写真以外にも、過去帳サイズで書いたさまざまな漢字のお手本を配ってくれました。まじめな話、こんなに何度も見返すプリントは、このお手本だけです。

学ぶとはまねること。いつの日にか、少しでも近づけるといいのですが…。

四十九日をお勤めして

午前は四十九日の法要、そのあと納骨でした。

お墓は網代の墓地のいちばん上の方。

息を切らせて登った先でした。うっすらとみえる砂地は鳥取砂丘です。見晴らしは最高ですが、高齢の方にはきびしい環境です。

納骨された方は元漁師さんです。奥様も網代出身。この港から何度も何度も漁場に向かわれたことでしょう。

値遇(ちぐ)ということばがあります。値はぴったりとあう、遇には予期しなかったけれどもめぐりあうという意味があります。仏縁にめぐりあうことを意味しますが、人間関係に置き換えてみても、こういう出会いが人生のなかであれば、それは大きな支えになると思います。

葬儀がおわり毎週自宅にうかがって、いっしょにお経読み、ご主人との思い出をきかせていただきました。近いところに住んでいたもの同士なのに、縁あってめぐりあわれたのだなあとしみじみと思いました。

今日の法事で、奥様は大きな声でお経を読んでおられました。通夜の時も葬儀の時も、毎週のお勤めでもそうであったように。

四十九日までの期間に念仏者としても大先輩の姿にふれることができ、本当に学ばされました。別れの寂しさはすぐに癒えるものではないと思いますが、どうか身体に気をつけてお元気にお過ごし下さい。