鳩に思う

昨日、年に1度の健康診断を鳥取生協病院で受けました。
最大の難関は、胃カメラです。自分では平常心で臨んだつもりでしたが、いけません。担当の医師が「来年は鼻から入れましょうか」と気の毒がるほど。情けない姿をさらしてしまいました。

ところで、病院の壁の掲示コーナーに職員さんによるものなのか、鳩のイラストの上に平和のメッセージが記されていました。「トランプの独裁を許してはいけない」とか、「核兵器をなくそう」「戦争反対」など。こういうことを掲ているのも、この病院の特徴だと思います。命を守るのが病院の使命であり、その命をもっとも粗末にするものが戦争なのですから。

鳩にまつわるお話をひとつ。

先日、葬儀会社からの依頼で葬儀をおつとめしました。故人さまとは全く面識がありませんでしたが、女性団体のリーダーを長く務められたそうです。葬儀の際に、こんな話をプリントにして、みなさまにお配りしました。

○○さまは生前、女性団体のリーダーとして活躍されました。鳩は、その団体のシンボルです。平和の象徴でもあります。

ところで、鳩は「クー、クー」「キュー、キュー」と鳴きます。九と鳴く鳥ですから鳩なのです。

これは仏教の説話です。昔、インドにシビ王という非常に慈悲深い王様がいました。ある時、彼のもとに一羽の鳩がやってきて、「鷹に襲われているので、どうか助けてほしい」というのです。王は鳩を隠したのですが、鷹がやってきて、「その鳩を渡してほしい。何日も食べることができず、私は飢え死にする。あなたは、鳩は助けるが、私は見捨てるのか」と。王はもっともだと思い、「鳩の代わりに、鳩と同じ重さの私の肉をあげるから、鳩を許してくれ」と提案するのです。天秤を用意して、一方に鳩を、もう一方に自分の太ももの肉を切り取って乗せたのです。しかし、いくら自分の肉を切り落としても、どうしても釣り合いがとれません。ついに王は、力尽きてしまうのです。

鷹は帝釈天が、鳩はそれに仕える毘首羯磨天(びしゅかつまてん)がそれぞれ化けていたのです。シビ王が本当の菩薩であるかを調べるためにです。

帝釈天は、「あなたが真実の菩薩であることがよくわかりました。あなたの行為が仏道にかなうものであるのなら身体はもとに戻るでしょう」と告げます。そして、シビ王の身体はもとに戻りました。こののち、シビ王はお釈迦さまとして生まれ変わるのです。

もちろんこれは「物語」ですが、人の命も、小さな鳩の命も、重さに変わりがない、「生命の平等」という仏教の教えを今日に伝える「物語」です。

私たちは、シビ王(お釈迦さま)のように完全なる慈悲心を持つことはできません。しかし、この「物語」は現代を生きる私たちに多くのことを語りかけてくれます。

このお話は、以下の本を参照しています。

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投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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