寺院葬儀が終わりました。葬儀にはご家族、ご親族とともに地元岩井で親交のあった方がたがお参りになり、故人さまをしのびました。葬儀が終わって、地元のご門徒さんが、「ワシも西法寺で葬儀してもらおうかなあ。知らんところじゃないし。なんだあ、アットホームでいいが」と感想を話しておられました。
昨日のお通夜の後、貴重な資料を施主さんの妹さんに見せていただきました。
こちらです。

平成元年・1989年、妹さんが岩井小学校6年生の時に写生した「鐘撞堂」です。岩美町の広報誌の表紙を飾ったそうです。
彼女の作品はたいへんな迫力があります。細部までよく描きこまれていて上手です。
「文章は私が書いたものじゃないかも」とご本人はおっしゃっていました。先生が彼女から聞き取ったことをもとに書いてくださったのではないかと思いますが、そちらもなかなかいいのです。
西法寺の「鐘楼」
校内写生大会で、岩井の町をかくことになりました。私は家の近くの西法寺の「鐘楼」をえらびました。夕方、5時になると「ゴーン」となるこの鐘の音で、私は小さいころから、帰宅の時を知らされていました。
近くで見ると、想像以上に堂々とした「鐘楼」でした。私は、辺りの建物でこれが一番きれいだと思いました。大きなつり鐘を支えているお堂の太い柱や、屋根のまわりの彫刻の重なりを、ずっしり表現したいと思いました。初夏の緑の山々の背景とお堂は、よく調和していました。
このお寺は、浄土真宗の本願寺派のお寺で、銀山に建てられていたものを、今から三百二十年前に岩井へ移転したものだそうです。また、この「鐘楼」は昭和60年に改築したものだと聞きました。
この絵を、まだ若かった頃のお父さんも大変喜ばれたそうです。妹さんは「お寺とご縁があったということでしょうか」と。
あなたが子ども時代に描いてくれた絵、そしてこの説明は、写真よりも、私の説明よりもよほどいいです。いただいたコピー、大事にします。お参りいただいたみなさんにもぜひ見ていただけるような形にしたいと思います。
(広報のタイトル。「寺」がなぜか「去」に。間違いは誰にでもあります。当時の広報担当者さんにも感謝)