吾輩はシマである〜三たび猫の日に寄せる

読者諸君、ご健勝であろうか。

吾輩はシマである

吾輩がこちらに駄文を寄せるのも、三たび目となった。「猫の日」などという、ニンゲンが決めた記念日については、ひとこと申したいところではあるが、この機会は、3年を超えて西法寺住職と吾輩との交流が続いていることをあらわすものでもあり、日々が命がけの我々野良猫には、感慨深い1日であるとも受け止めている。
さて、吾輩の近況にふれる。2024年にすべての歯牙を失ってからも、供されるメシは美味く、太巻き寿司のようなスタイルは保てている。秋口から後ろ脚がいうことをきかないことが少々。だが、知恵があるので、足場を確認しながら高所への移動も行えている。
年明けからの冷え込みで、心配した住職により、寝床と電気あんかとさらに電気ストーブが提供された。玄関という、来賓を迎える場が吾輩の居室だ。一年前の冬と違い、吾輩が寝床に収まると、玄関の扉はしっかり戸締りされる。2基のトイレが設置され、外まで出て用を足す必要がなくなったのだ(ニンゲンから説明を受けていないが、聡明な吾輩だ、トイレはひと目で理解できた)。
そんな具合で、天気の良い日中は岩井集落の安全をまもり、夜間は住職宅の護り猫として、宿直するという2か月間を過ごしている。春にはこの生活が終わるだろうが、吾輩を慕うこちらの家猫たちは寂しがるだろう。

シャンプーシートでの清拭は心地よい

4匹の家猫たちは、見違えるように大きくなってくれた。ときおりそれぞれが玄関の格子越しに挨拶にくる。特にクウは日になんども顔を出す。礼を欠かさない、いい若者になった。今朝など彼は、室内に侵入したイエネズミを捕獲した。誰の助けも借りずに、だ。その後、住職に取り上げられるまで、亡骸をおもちゃにしていた点は問題だが、タリやナモのように、獲ったネズミやヤモリをニンゲンの枕元まで見せにくることはしなかったとのこと。

ネズミを捕まえ得意顔のクウ


オバさんは「いくつかある天井の穴を塞ごうかしら?」と、小さな生き物の侵入そのものを止めることを考えはじめた。
そうなのだ。衝突を回避するのが、この世で生き抜く術であるし、生きるものすべてがもっとも優先すべきテーマだと思う。戦争のような人災を起こしたがるニンゲンの気が知れない。そのような余裕は、気候危機を抱えた地球にはないはずだ。時には餌や寝床をシェアしながら生きてきた吾輩の2026年のつぶやきである。

雪解け水はうまいのだ
吾輩宛の荷物も届く
不明 のアバター

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

“吾輩はシマである〜三たび猫の日に寄せる” への 2 件のフィードバック

  1. シマちゃん、結構なコメントをありがとうございます。

    歯がなくてもしっかり食べて、夜はあたたかい寝床ですごせて、元気をたもてているのは何よりです。

    あんたが助けてくれたので、小さかったタリちゃんもうんと大きく育ったし、くうちゃんもネズミを狩りするほど成長できたんですね。

    ホントにいいおじいさんです。これからもその調子で、おうちのおじさんおばさんや猫ちゃんたちとよろしく付き合ってくださいね(*^_^*)

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  2. なんと滋味深く、誇り高き近況報告であることか。 三たびの「猫の日」に寄せられたシマ殿の文は、すでに一篇の随筆として完成しており、読み手の胸に静かな感慨を落とす。 歯牙をすべて失いながらも「太巻き寿司のようなスタイル」を保つというくだりには、思わず口元が緩んだ。生きる術を失わず、むしろ知恵と観察によって高所移動までこなす姿は、野良という名に宿る矜持を感じさせる。 住職殿の心遣いもまた見事である。電気あんかに電気ストーブ、戸締りされた玄関という居室、二基のトイレ…  これはもはや寺の守護神に与えられた冬季特別待遇と申して差し支えあるまい。外へ出ずとも用が足せると即座に理解したシマ殿の聡明さには、さすがと膝を打った。 昼は岩井集落の安全を見守り、夜は住職宅の宿直を務める護り猫。 その姿は、野良猫というより、地域に根を張った「一匹の在野の僧兵」のようでもある。 どうか残りの冬を、温もりと尊厳に満ちた宿直の日々として過ごされんことを。 そして来年の「猫の日」にも、また気高き文を寄せてほしい。 その時も、太巻き寿司のごとき貫禄であることを、願っている。

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