今年2件目となる本堂での葬儀が終わりました。一昨日も記した通り、地域のお堂を45年間守ってきた方です。因幡薬師霊場でもあるお堂です。50歳をすぎてから真言宗の総本山高野山に上り、得度をしたあかしである度蝶(どちょう)も持っておられました。私にはスーッと読めない陀羅尼も、お孫さんやひ孫さんが覚えておられるほどですから、毎日称えておられたのでしょう。西法寺のご門徒としても長年尽力していただきました。
女学校を出て都会で就職し、こちらに帰ってきてからは学校の先生に。ご主人は若い頃に亡くなっておられます。戦後、子どもたちが地域でたくさんになり、町に要望して保育園をつくり、「先生」と親しまれました。
ひ孫さんたちは、お堂の隣で長年、生活していた「先生」を訪ねて泊まることを楽しみにしていたようです。涙を流し、別れを惜しんでいました。「先生」は若い世代をも育てられたのだなと胸を打たれる光景でした。
「ぼん。仏さんを大事にせんといけません。ありがたいですけえ。どうか若い人たちに伝えてください」。西法寺通信でインタビューした際にかけていただいた激励の言葉をかみしめつつ導師をつとめました。西法寺通信のコピーをお参りいただいたみなさまにも持ち帰っていただくことができました。先人の足跡の1ページを記録することができたことは光栄です。
同じようにはできませんが、私も次の世代の方たちに仏教の教えが伝わるように精進します。ほんとうに長い間、ありがとうございました。