今日は3件の法要がありました。
午前中は、お寺の納骨堂への納骨法要。
午後は年回法要、そして四十九日の法要です。
お寺の納骨堂も、この数年は平均すると3〜4件の利用があります。「家にお墓がない」「お墓を閉まって納骨堂へ」など、理由はさまざまです。うちは納骨堂に力を入れているお寺とは言い難いですが、それでも安心して遺骨を預けていただけるのではないでしょうか。毎日、読経の声が聞こえます。今日は朝、納骨堂の汚れを掃除していましたが、そんな私に向かって、境内の裏山からウグイスが「法を聞けよ」と鳴いてくれました。
午後は、まず、7回忌の法要です。ご往生されたのは2018年。私がこちらに帰ってきた年におつとめした葬儀から丸6年経っての7回忌です。もうそんなになるのだなあと改めて思います。この間に生まれたお子さんたち、そして、ご結婚された方も。
午後の2件目は、四十九日のおつとめです。故人さまの娘さん家族を中心にお参りされ、お父さんのことを偲びつつ、みなさん手をあわせておられました。お父さんの実家のお墓は、行くのに一苦労で、納骨は当面せず、しばらく家に置くとのことでした。
法事が終わった頃、先日、葬儀を終えたご家族がお見えになりました。四十九日までご遺骨をお寺でお預かりすることになっています。
お墓のことは、よくよく考えないといけないと思います。
戦前の民法では、「墳墓ノ所有権は家督相続ノ特権ニ属ス」とされていました。「家制度」のもと、原則、長男が相続していたのです。戦後の民法ではそうした規定はありません。ですが、長男、男子が相続するものと思い込んでいる人が非常に多いです。そして、いま問題になっているのは、継承したくてもできない、継承する人がいないという悩みです。その悩みにお寺がこたえているという面があります。
世界に目を転じてみると、例えば、ドイツでは子孫がいない場合は、国が管理することと法律に定められているそうです。シニア生活文化研究所所長・小谷みどりさんの講演で、このことを知りました。確かに、これだといまの日本のような無縁墓になるということはありえません。
https://www.asahi.com/relife/article/12786019
お墓のことについて、これからも頭を悩ませつつ、考えていきたいと思います。