仏前にお礼を申し上げる

昨日、ご門徒さんが往生され、臨終のお勤めに夜、自宅にうかがいました。ご家族、そしてごきょうだい、縁ある人たちが大勢集まっておられます。お経本を7冊持っていきましたが、全然足りませんでした。ご一緒に「阿弥陀経」をあげました。

ご門徒さまの胸には、生前本願寺からいただいたご法名と、記念の式章。ご法名には「尼」が使われていました。1989年以後は尼は使用されていませんので、ずいぶん以前に参拝され、法名を授かったのだと思います。

2018年4月、鳥取に帰ってきた私は、当時の住職(父)とともに、同月の上旬、網代の宅参りをしていました。地図が頭に入っていませんので、「次はあの家」との指示を受けるがまま、お邪魔して短く読経するという形です。

あるご門徒さん宅で勤めを終え、ふと上に目をやると、若い方の写真が飾られれいます。

「この方はどなたですか?」
「私の息子です。20歳で海の事故で亡くなりました」

うながしたわけではありませんが、ご門徒さんはこんな話をしてくださいました。

「事故の前日、港に見送りに行ったことをよく思い出します。息子は何のために私のところに生まれれ来てくれたのかと長い間考えました。今は、こうして私が手をあわせるために生まれてきてくれたのかなと思っています」

衝撃を受けたお話でした。
ご門徒さんとお話しする機会はその後なく、昨日となりました。

あの言葉が、今の私を支えてくれています。ありがたい法話でありました。直接、お礼を伝えられず心残りではありますが、昨日、仏前で、「ありがとうございました」とお礼を申し上げました。線香が煙たかったせいもあったのですが、涙が出ました。

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投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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