つきそい目線②

坊守です。


昨日は住職が前住職の病院係でしたが、今日はわたしが前坊守の病院係で出動しました。予約は10時半、というので10時に出たところ、順番がきたのは12時半という大遅延でした。先生が交代したので、ひとりひとりに時間がかかったのだと思います。待合室で、何度も大きなため息をついて「こんなに待つのは初めてだ!」とボヤく義母に相槌をうちながら待ち、診察に一緒に入りました。


患者本人に内緒のミッションのひとつは、本人にきいても曖昧だった治療中の病気がなにか、医師に確認すること。そして、その結果、今までのお薬は半分以上減らすことができました(!)。現在の義理母には心当たりのない不調に対するお薬が、3つも出ていたのです。おそらく先生たちに作為はなく、患者が診察場で口にする不調に対してお薬を出していたのです。
そして次の診察で、「お変わりありませんか?」「ハイ」
「では、前回通りのお薬を出しましょうか」「ハイ」といった具合で今に至ったのでしょう。


指示通りにお薬が飲めないこともあった義母は、これからお薬は、朝と寝る前だけで済むことになったことが嬉しそうでした。診察室でお医者さまを前にすれば、お利口さんになる人は多いと思われますから。こういう事態は、我が家以外でも多々起きているのだろうと考えます。


午後からは、介護サービスなどについてのおはなしを聴く約束をしていましたので、おばあさんを家に連れ帰ってから、大急ぎでとって返し、保健師さんたちと相談。


それも終えて、昼抜きでペコペコのお腹を、ぶあついホットケーキで満たしたのでした。

つきそい目線

最近、坊守、妹と分担して父母の通院の付き添いをしています。今日は父の通院日でした。担当は私です。

平日、市内のなかでいちばん車が駐車されている場所は、この病院かもしれません。私が通院している生協病院とは規模が違います。診察を待つたくさんの患者さん。大半はご高齢の方たちです。つきそいの家族もたくさん。バスも通っていますが、自家用車で来る方が圧倒的でしょう。

8時半過ぎに病院につき、血液検査と診察のあと、気になる数値があるとのことでさらに診察と詳しい血液検査、CT検査にまわりました。病院をでたのが午後2時半すぎ。薬は私が貰いに行くことにして父は病院から家に送りました。

町内の薬局で薬の受け取りを終えたのが午後4時前。今日は全く想定していたスケジュールと違いましたが、こういうこともあるのでしょう。スーパーで夕飯の材料を買い、腹をすかしたネコたちにご飯をあげたら夕方です。

父は最近、「長く生きすぎた」と本気なのか冗談なのかわからないことを口にします。毎日、仏前で経を読み、念仏を称えている身ですが、少しの不調でも機嫌が悪くなることもあります。それも含め、私は、老を生きることの大変さを知るのです。そして、いつか自分もこの道を歩むのだろうなと感じつつ。

父母と親しくつきあってくださる方、ご近所さんも高齢の方たちが中心です。医療は頼りですが、社会福祉協議会のサロンや医療生協の班活動のように、楽しく集まれる場があることの大切さを病院に来るとよりいっそう感じます。

鳩サブレーで和やかに

先日、法事でお参りされた方からお菓子のお供えがありました。
包装の紙には「鎌倉 豊島屋」とあります。

中を開けて、おっ!!


鳩サブレーのパッケージ!

仕切りの紙のトレーにも鳩!


鶴岡八幡宮にちなんだお菓子なのだそうです。東京に住んでいた頃はお土産で見かけることがありましたが、こちらに帰ってきてからは初めて見ました。

今日は午後、お寺で会合がありました。コーヒーとともにみなさんに一つずつ。


バターたっぷり、サクサクとした食感。美味しいですねぇ。

鳩のおかげで会合は和やかに進んだ、と思います。世の中も和やかであってほしいと切に。

食料無料市をひらきました

坊守です。
今日は食料無料市でした。鳥取市内二ヶ所の公営団地と、そのほかのエリアにお届け隊4チームが出動。
この実行委員会に参加している鳥取医療生協は、春開催の無料市ボランティアを新入職員研修の一環にしていますので、職員教育責任者のわたくしも、ジャージにメガホンを持ってでやっ!と飛び出しました。


30名以上の新入職員たちは、来られた人たちのお話を丁寧にきき、介助し、重いお米類を玄関先まで同行して届けるというしごとに、はりきって取り組んでくれました。病院で来る患者さんたちを待つのみでなく、生活の場にも心をよせて、地域に出ることが当たり前の医療従事者に育ってほしいと思っています。

2021年から始めて14回目になりますが、今回も「相談に乗ってほしい」という方たちと出会いました。物価高騰は、年金暮らしにはあまりにも厳しいのです。「食べるものがない日がある」というひとり暮らしの女性がいました。「子や孫の生活支援が先なので、持病の治療を中断している」という方もいました。後日、無料低額診療事業が使える世帯ではないか、もう少し事情をうかがうことにしました。コロナの頃とは状況が変わったことを感じました。
ご門徒さんからも、あたたかいご支援をいただいています。状況の変化にあわせて、必要なとりくみをしていきたいね、と話し合いました。

さて、余談です。きょうは住職が法事で参加できなかったので、戦力不足の不安がありました。準備作業中に荷物がメガネに触れて、私のメガネが真っ二つに割れるという不吉なこともありました(注:浄土真宗は、そんなことは問題にしません)。とどめは、スタッフを運ぶはずの事業所のマイクロバスが予定時間になっても現れず、心配していたら、運転担当が1週間日にちを間違えていた!というハプニングに見舞われました。頼んだ人が適当だったのか、頼まれた方が呑気だったのか…でも、知恵と座席を出し合って切り抜けました。団結力が高まりました。終わりよければすべてよし、といたします。

統計調査に回答する

5年に1度、総務省・経済産業省より「経済センサスー活動調査」という統計調査への回答が求められます。

統計法に基づく報告義務のある調査なのです。すべての事業所、企業を対象としているので、お寺にも来るのです。回答する項目は名称や所在地、開設時期、従業員数、収入、費用総額、自動車保有台数、土地建物の所有の有無など。インターネットでの回答ですから、たいして時間はかかりません。

この調査によって、分かったことがあります。それは、お布施もGDP(国内総生産)に含まれるということです。よく考えてみればそうだよなという話です。寺社の収入も、広い意味で経済活動の一環ということなのでしょう。

政府には、社会的弱者に配慮した経済政策をのぞみたいものです。

サギに注意を

2週間ほど前のこと。NTTファイナンスを名乗る機械音の電話がありました。着信番号を見ると、「965」からはじまる番号で、国内回線ではなさそうです。

「未納料金があります。今日中に電話を停止します」とのアナウンス。まあサギ電話だろうと思いつつ、ブログの材料につきあってあげようと、いわれるまま「1」をプッシュ。すると今度は若い男性が肉声で登場。「調べてかけ直しますので、20分ほどお待ちください」。

どうやって懲らしめてあげましょうかと電話を待っていたのですが、なかなかかかってきません。その後も電話がかかってくることも、請求らしきものもありませんでした。

ちなみに国際電話は着信を休止することができます。詳しくはこちらを。警察庁の特殊詐欺対策ページです。

https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/case/international-phone/



固定電話には出ないという人も多いと思いますが、お寺はそういうわけにもいきません。「○○買い取ります」「金融商品のご案内で」。中には、「寺院経営を安定させるために、○○をしませんか」「お寺の広告を我が社で」などというお節介な電話まで。

「他人の所有物をば、与えられないのに盗み心をもって取る人、――かれを賤しい人であると知れ」。ブッダの教えです。

サギ師にいっても仕方がないのかもしれませんが、その生き様でよいのか。あなたはそんなことをするために生まれてきたのか。電話がかかってきたらそう言おうと思っていたのですが。逆に向こうがガチャ切りしたかもしれませんね。

久しぶりにサギへの注意喚起を書きました。みなさんお気をつけください。

追伸。4/16に今度は1833から機械音の電話が。「年金保険金料が未納になっています。最後まで切らないでください。係のものが対応します」。さすがにつきあってられないので切りました。カモにならないようにしましょう。

食料無料市をひらきます

今日は朝からずっと雨が降っています。本当に久しぶりに予定が入っておらず、午前中は仏教書を読み、会計作業なども。合間に郵便局に行ったり、近所の仕出し屋さんに6月と8月に予定されている研修会のお弁当を予約したり。午後は資料作りです。次の日曜日の午後、境内整備について役員有志の方と意見交換することになっており、説明用のパワーポイントを作成しました。それをふまえて25日(土)、本堂で、門徒さん向けの説明会を開催します。20人ほどが参加される予定です。どんな境内整備を考えているのかは25日のブログにてみなさんにも報告させていただきます。

18日(土)鳥取市内の市営団地の集会所で「食料無料市」を開催します。私は仕事のため残念ながら参加できません。お寺からはご門徒の歯科医師さんからいただいたマスクを供出したいと思います。ご利用いただければ幸いです。

「戦争はもうたくさんだ」

「戦争はもうたくさんだ」「これほど多くの無防備な人々の苦しみに沈黙したままでいることはできない」「イエスは戦争を仕掛ける者の祈りには耳を傾けない」。ローマ教皇レオ14世が、アメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃をきびしく批判しています。

その教皇をトランプは、「イランが核兵器を保有しても構わないと考えているような教皇は望まない」などと批判。自身をイエス・キリストに見立てた恥ずべき画像をSNSに投稿しました(批判され削除)

イタリアのメローニ首相は、「教皇に向けられたトランプ大統領の言葉は受け入れられない」と反発しています。

教皇は「福音書には、平和をつくる者は幸いだと書かれている。教会は戦争に反対し、平和と和解を支持することを明確に発言する道徳的義務があると信じている」「私はトランプ政権を恐れていないし、福音書のメッセージを大々的に伝えることも恐れていない」

しびれる宗教指導者です。日本の仏教界もつづかないと。

花をたむける

人はいつから、亡くなった方に花を手向けるようになったのでしょうか。考古学によれば、およそ1万2千年前にさかのぼるそうです。ずいぶんと長い歴史をもつ営みなのです。

現代の葬儀では、式のあとに供花を棺に納めてお見送りするのが一般的になっています。ただ最近は、お花の値段が上がり、数年前の倍ほどになっているとも聞きます。

本日、本堂で葬儀をお勤めしました。今回は供花のご用意がなかったため、「何かできることはないか」と前日から考えていたのですが、ふと思い当たるものがありました。岩美町からいただいた生活応援クーポンです。それを使ってお花を求め、坊守に飾ってもらいました。

式を終えたあと、15年間にわたって親御さんを介護されてきた施主さん、そして弟さん、親せきの方と棺を花で飾り出棺しました。

『阿弥陀経』には、「青色青光・黄色黄光・赤色赤光・白色白光」とあります。それぞれがそれぞれの色のままに輝いている——いのちは、そのままで光を放っているのだと教えられます。

故人さまを飾った花の色は、黄、赤、白でした。
青は残念ながらありませんでしたが、それらの色がそれぞれに光っているようでした。

式が終わり火葬場へ。その帰りがけ、3月に納骨法要をおつとめした故人様を偲ぶため、隣接する墓地へ。ウグイスが「法を聞けよ」と鳴いてくれました。

合掌

可愛い声で「きみょーう むりょーう」

本日より月一回の「いっせい清掃」が始まりました。近所を流れる瀬戸川の掃除を短時間。この間、強い風が吹き、桜も散ったので、川には葉っぱがたくさん落ちています。30分ほどかけてとれるだけ。日中、庭掃除をしていた坊守によると、ジャージにマダニがついてうたそうです。噛まれると大変です。お互いに気をつけないといけません。

午前中は2件の法事がありました。施主さんのお孫さん、今年4歳になるAくんもお参りしてくれました。施主さんの奥さんの横に座り、読経する声を聞くうちに「正信偈」の最初の2ページを覚えたそうです。今日も、「きみょーう むりょーう じゅにょらーいー」と可愛い声を響かせてくれました。

2件目の法事には、町内のサロンの代表をしているYさんもお参りに。帰りがけ、「せっかくお話を聞かせてもらっても、すぐ忘れてしまうのでー」と。「覚えなくてもいいですよー」と私。

蓮如上人は、「ザルで水は救えない」という例え話をされたそうです。頭で覚えようとするものではないということです。ではどうしたらいいか「浸しておけばいい」と。つまりその教えに身を委ねなさいということなのでしょう。

また身を浸しにお参りいただければ。