ナモの日記(2026年7月)

ナモです。


こないだうちから、おいたんがいつもよりずーっとはやおきして、りびんぐにいます。
アタイは、ターちゃん、ノノ、クウの3びきが、よなかに「おなかがへった」と、おいたんをおこしにいくときも、ぐっすりねているのよ。でも、おいたんが、「うわっ」とか「あああ!」とちいさいこえだけどさけぶので、いちだいじ!と、おもって、おいたんのようすをみにいきました。
おへやにはてれびがついていて、ニンゲンたちがはしりにはしって、ひとつのぼーるをけりあいっこしているところがうつっていました。さっかーっていうそうです。あちこちのくにのひとたちが、でてきて、けりあいっこしてるんだって。これをみたくて、おいたんはよなかにてれびをみていたのね。

ノノとクウ


ぼーるをつついておいかけるあそびは、うちのターちゃんもちいさいネコだったころからとくいです。アタイはそんなにきょうみはありません。おばたんといっしょにねんねしておくことにしました。

ター坊だよ

しまちゃんは、まいにちなんかいも、おげんかんのおさらのまえにやってきます。「もうおじいさんだから、パトロールはせずに、あんぜんなわがやのちかくねてるんだよ、きっと」と、おいたんはいいます。ごはんののこりにありんこがあつまってくると、しまちゃんはイヤなのか、ごはんをたべなくなるので、ありよけのおくすりもおいてもらいました。

シマちゃん
クウ
フワッとした敷物が好きなのだ

通信を配り歩く

午後、西法寺通信をもってやまあいの銀山集落へ。岩井から車で10分ほどです。目にもあざやか、グリーンのじゅうたんです。しばし車をとめて風景を眺めていました。

ご門徒さん宅の玄関先にはネコたちが。私を歓迎して近づいてきます。

そしてひまわり畑です。

ついで長谷集落へ。配っていると2階から、「きゅうりもってかえらんだか」と私をよぶ声が。「私みたいなきゅうりだけぇ、ちょっと曲がってるで」。そんなに曲がってませんでしたが…。ありがたくちょうだいし、しばし立ち話。

長谷の隣の集落、白地(しらじ)のalotさんに、久しぶりに立ち寄ってショートケーキをゲット。

明日は法事が午前、午後と予定されています。配布の続きは日曜に。次は海の風景をご覧いただきましょう。

雨に映える紫陽花

梅雨らしいといえば、まさにその通りなのでしょう。今日も雨が降り続いています。鐘撞堂(かねつきどう)のそばで咲くガクアジサイも、今がちょうど見頃です。カエルたちが喜んで鳴いています。


朝一番で、お寺のお便り「西法寺通信」を70通郵送しました。大半は鳥取市内宛てですが、神奈川、東京、千葉にお住まいの方々へもお送りしています。遠く離れた方も、ふるさとを少しでも感じていただければ。

昼前、いつものように「ネコの小径」をくぐって我が古家(ふるや)へ。その左手には、大きな紫陽花が花を咲かせています。

この冬の大雪で大ダメージを受けた我が家の紫陽花ですが、今では茎を力強く伸ばしています。その生命力はすごいものです。今年は剪定(せんてい)をしなかったため、むしろ伸び放題になっている気もしますが、次々と花を咲かせ、6月からは本堂の仏花としても立派に活躍してくれています。

紫陽花は日本が原産です。江戸時代に来日したオランダ人医師のシーボルトがヨーロッパに紹介したところ、「東洋のバラ」と珍重されて一大ブームを巻き起こしたそうです。彼は日本から2,000種類もの草花を本国に持ち帰ったといいます。経済価値のあるものを持ち帰って商売にするというのが、当時の大国(宗主国)の役割だったのでしょう。その後、ヨーロッパで品種改良が進み、4枚のガクの部分が変化して、私たちがよく知る丸く咲く紫陽花が生まれたということです。それがまた、日本へと逆輸入されたそうです。

今、世界中でどれほど多くの人がこの紫陽花を眺めているのでしょうか。目の前の一輪にも、歴史があるのです。

「阿弥陀さんが光って見えたで」

今年も半年が過ぎ、今月は私もまた一つ歳を重ねることになります。

さて、先月29日の月曜日に網代の「なもなもサロン」を開きました。
今回もさまざまな話題で盛り上がりましたが、その中から少し選挙のお話を。

今月12日には町議会議員選挙が予定されており、網代からは2人の方が立候補されます。各陣営のチラシなどが自宅に配られていますが直接、支持を呼びかけることができません。日本の選挙では戸別訪問が禁止されているからです。海外では当たり前の活動が制限されているのは、不自然です。

話は変わって、10月5日には社会福祉協議会のバスをお借りして、日帰り旅行を予定しています。私から「出石(いずし)に行って、お蕎麦を食べるのはどうですか?」と提案したところ、みなさん「行く、行く!」と大賛成。

出石は兵庫県豊岡市にある城下町です。
町のシンボルである「辰鼓楼(しんころう)」や出石城址、そして何と言っても名物の「出石そば」が有名です。一口サイズの小皿に盛られたお蕎麦を、好みの薬味でいただくスタイルで、10月はちょうど新蕎麦の時期にもあたります。今からとても楽しみです。

こうしてブログを書いていると、市内の葬儀会社さんから「次のボランティアはいつですか?」とお電話をいただきました。毎回、食料無料市に、職員のみなさんのご厚意で日用品やアメニティグッズなどを提供していただいており、本当にありがたい限りです。

また、お寺の動きとしては、刷り上がった「西法寺通信」が届きました。
現在、お盆参りのスケジュールを並行して立てており、通信とあわせてみなさんにお知らせする準備を進めています。明日から順次、郵送や手渡しでお届けできそうです。

最後に、サロンでの心温まるエピソードを。
いつも元気いっぱいの網代のKさんが、6月初めに白内障の手術を受けられました。
手術前はかなり目が見えづらく、体調も優れなかったそうなのですが、手術を経てなんと視力が1.2まで回復! 体までラクになられたそうです。

Kさんが「お仏壇に手をあわせたら、阿弥陀さんが今までよりも光って見えたわ」とおっしゃり、サロンは大きな笑いと温かい拍手に包まれました。

蓮の観察日誌④鹿にやられました

昨日、開花したばかりの蓮の花が、朝、無惨にもかじられていました。鹿のしわざだと思います。睡蓮の葉っぱはほぼ全てかじられてしまいました。彼らも必死なのはわかりますが、境内の他の花には目もくれず、この一角だけかじっています。

対策を講じないと、すべてダメにされるかもしれません。なんとかしなければ!

日本対ブラジルを観戦

深夜2時からのブラジル戦にそなえて1時50分にアラームをセット。早めに横になりました。ふだんは3時過ぎに起こしにくるター坊ですが、気を利かせてくれたのか、1時過ぎに起こしにきました。

日本とブラジルの一戦は大激闘でした。日本が先制し、リードした時間帯もありましたが、後半のブラジルの圧力はたいへんなものでした。日本は、粘り強い守備をつづけましたが、最後はブラジルが上回りました。

サッカーの面白さを存分に示す好ゲームでした。

蓮の観察日誌③

今朝、今シーズン初の蓮の花が咲きました。さっそくミツバチがやってきていましたが、私に気づいて飛び去っていきました。

蓮の鉢は4つ、睡蓮の鉢は1つあります。蓮の花芽は外に7つすでに上ってきています。今年もたくさん咲いてくれそうです。ただ開花までにしばらくかかりそうです。

最初の蓮をごらんになりたい方は境内までお越しください。

研修会をおえて

今日は朝から本願寺派鳥取因幡組(そ)の連続研修会がありました。参加は10名の受講者含む19名です。今年4月から来年3月まで毎月1回の開催です。

午前中は、親鸞聖人はどんな方だったか、大切にされたことは、今日にどんな影響をあたえているか、の3点でグループ討論。

ランチは浦富のリベルタ・ラ・クチーナさんにお願いしました。お寺フェスでもたいへんお世話になりました。おかず多めで、見た目も鮮やか。みなさん完食されたようです。お願いした甲斐がありました。

午後は、親鸞聖人のご生涯と本願寺の歴史について私からお話ししました。

親鸞聖人はその晩年に、あやまった教えを広めた息子を義絶したことを詳しめにお話ししました。本願寺の歴史では、織田信長とたたかった石山合戦のてん末をお話ししました。大坂からの退去を命じる信長と本願寺は10年あまり対峙しました。信長も攻め落とすことができず、和睦を結び、本願寺は大坂をあとにします。その後、どういった経過で東西が分派したのかもみなさんに聞いていただきました。自分自身、だいぶ熱くなっていたように思います。

また、戦時中の本願寺が戦争に賛同した経緯、それを、そのころから批判的にみていた宗教学者のきびしい指摘も読み上げました。

「歴史ドラマを聞かせてもらった」とある受講者の方から声をかけていただきました。信心に生きた先輩たちの姿を、逆に、時代の空気に流され、信心を貫けずに日本の戦争を賛美した過去の痛苦の教訓を、みなさんに少しでもお伝えできればそれでもう十分です。

日曜日に丸一日かけて学ぼうとしてくださる、みなさんのような存在が本願寺派にとって本当の宝なのです。ですから、せめてとの思いで、おいしいお弁当、お菓子多め、コーヒーも数種類用意してお迎えしました。

8月も会場は西法寺です。暑い時期ですが、みなさんまたお集まりください。

3件の法要をおつとめ

今日は久しぶりに午前2件、午後1件と3件の法事をおつとめしました。
午前中は1周忌、そして25回忌の法要です。1年前、本堂での葬儀でしたので、よく覚えています。ごきょうだいとその子ども、お孫さんたち含め20人近いにぎやかな1周忌でした。故人さまはネコ好きで、お盆参りや配りものなどでご自宅にうかがうと、よくお隣さんのネコが来ていました。長年、お母さんの介護をされ、「もっとお世話したかった」と葬儀のときに仰っていました。「報恩講にお参りしようと思うけど、どんな格好してお参りしたらいいだろうか」と電話をいただいたこともありました。そうした思い出がつぎつぎと。

25回忌の法要には、ご夫婦でお参りいただきました。町内の田後(たじり)集落にお住まいです。奥さんは熱心に「正信偈」を読んでおられました。

昨日、同地区では新しい橋、「いさりび橋」が開通しました。ニュースで、田後のみなさんが喜んでいるお姿を拝見しました。これまでは、道幅が狭く、見通しの悪いカーブが続く道しかありませんでした。私も町内でもっとも車の運転に気を遣う区間でした。10年かかっての完成です。緊急車両や、バスなどの運行にも利便性が上がるでしょう。私の場合は、橋を利用するとご門徒さんの家を通過してしまうことになりますので、あまり利用することはないかもしれません。

午後は広島県からのお参りです。年に1回、遠路きていただいています。お寺の納骨堂にお母さんのご遺骨をお預かりしていますのでお墓参りも兼ねてです。葬儀からはや3年。小料理屋の女将さんとして長年、がんばったお母さんです。ご自宅に小さなお仏壇を持っておられ、いつも手をあわせていたとうかがったことも思い出します。息子さんは中学2年生になっていました。娘さんご夫婦から広島名産の「もみじ饅頭」をお供えとしていただきました。明日の連続研修会でみなさんに召し上がっていただきましょう。私からは「お菓子とわ」さんのしょうがせんべいを。来年もぜひお参りください。

親鸞聖人のご生涯を学び直す

朝は住職部屋で仕事をしながら、サッカーの日本対スウェーデン戦を観戦しました。部屋にテレビはありませんが、インターネットの無料配信のおかげでリアルタイムに観戦できました。同点に追いつかれてからは防戦一方となりましたが、キーパーの好セーブにも助けられ、なんとか引き分けで試合終了。決勝トーナメント初戦の相手はブラジルに決まりました。30日の深夜キックオフとのこと、果たして起きていられるでしょうか。

日中は、日曜日に開催する研修会の準備を継続。少しでも分かりやすく学んでいただけるよう、パワーポイントの資料も作成しました。
ここ数日、親鸞聖人のご生涯と本願寺の歴史について改めて学び直す中で、新たな気づきもたくさんありました。「講師を務める者が一番勉強になる」とはよく言ったもので、まさに「プチ安居(あんご)」をした甲斐があったというものです。

明日は法事が3件予定されており、準備の時間はあまり取れません。ほぼ今日でメドが立ったような、あるいは時間切れのような、そんな心境です。

再来月も、もう一度お話しする機会をいただいています。テーマは「他力」について。なかなか奥が深く、このテーマだけで90分もお話しした経験はありません。世間では「人任せ」という意味で使われがちですが、仏教本来の意味は全く異なります。日曜日の研修会が終わったら、少しずつ予習を始めたいと思います。内容は「他力」でも、準備ばかりは「自力」で励むしかありません!

その後は、お盆参りのシミュレーションを行いました。今よりも日程を多く確保し、分散してお勤めしたいと考えているのですが、今年は役員会へ具体的な提案をするまでに至りませんでした。年々暑さが厳しさを増しています。来年に向けて、具体的な計画をご相談できるよう準備を進めるつもりです。

境内の蓮(はす)が、数日中には開花しそうです。明日か、あるいは明後日か。日曜日の研修会に来られるみなさんに、開いたところを見ていただけたら最高なのですが。さて、どうなるでしょうか。