報恩講に向けて掃除する

本堂での29日の報恩講に向けて、本堂の内外の掃除をしています。縁を雑巾で拭き、廊下を水拭きし、本堂に掃除機をかけました。

ご本尊を安置するための台、須弥壇(しゅみだん)や仏具を載せる台・前卓(まえじょく)などのホコリも払いました。ふだんはあまりまじまじと目にすることはありませんが、さまざまな彫刻が掘られています。

麒麟(きりん)
共命鳥(ぐみょうちょう)
牡丹

馨台(けいだい)という仏具に孔雀がいることに今日初めて気がつきました笑

掃除の最中に近所のご門徒さんから電話があり、立派な大根と白菜をいただきました。「住職は報恩講で忙しいだろぉ? たまにはお参りしたらと主人に言ったんだけど、『うーん』だったで」

あすも引き続き掃除、そして前日の準備となります。

ゆかむり班の日

今日は医療生協の班会の日です。寒いなか7名が参加しました。血圧測定とセルフ尿チェック、そして舌・喉の動きのトレーニングです。

はい、みなさんもやってみてください。唾液がでて、嚥下機能アップにつながるそうです。

2026年4月に開設する鹿野温泉病院の高齢者施設の名称をYさんが考えてこられ、披露されました。

「幸せの里」

応募期限は過ぎているそうですが、この名称はいいのではないでしょうか。

毎回楽しみに参加される方ばかりで、いい会になっているように思います。

次回は12月23日の予定です。

時を刻む

今日は午後、強く冷たい風が吹いています。昨日のなもなもサロンの際、エアコンのリモコンの電池、壁時計の電池、そしてストーブ2つの灯油が切れていました。前日だとバタバタするので、昼間補充に。

壁時計は少し高いところにかけてあり、あわせて三脚ももってきました。乾電池ではなく、リチウム電池でした。

この時計を平成4年に寄贈してくれたご門徒さんは数年前にご往生されました。コロナ禍のなか、ご家族と会えないまま息を引き取られましたが、娘さんへの伝言、「ありがとう」を看護師さんに託されたそうです。

生前法名をお持ちでしたが、記した紙が見つからず、本山に問い合わせることもありました。先立たれた奥さんの葬儀の際、ご一緒に読経したことも鮮明に覚えています。私自身、このご門徒さんの葬儀で生前法名を授かることの意味を教えられ、2023年5月、本堂での帰敬式へとつながったのです。20人以上の方が生前法名を授かりました。

ホームセンターで買ってきた電池を入れ直すと、また時を刻んでくれます。時計のおもてに刻まれたご門徒さんの名前を眺め、思わず、ありがとうございますと頭を下げるのでした。お参りされるみなさんに、これからも時を告げてくれることでしょう。

任期切れを迎えた岩美町の町長選挙は無投票で現職の再選、町議補選は立候補が1人で無投票当選になるようです。

11月のなもなもサロン

今日は月1恒例のサロンの日です。お弁当は岩井のおぐらさんにお願いしました。ご飯もおかずも盛りだくさんでした。

いつものように地域の話題でもりあがりました。2ヶ月前に話題になった村の話題の訂正も。うわさ話は一人歩きするとこわいところもありますね。知り合いの方が町議補選に立候補を予定していて、近所を候補者を連れてまわったという話も。「選挙になったらウグイス嬢してくれっていうだが」。選挙にはならないような雲行きのようですが、ウグイス嬢、みたいような、みたくないよいな…。

Kさんが正月の鏡餅を乾かして揚げ餅にしてもってきてくださいました。思わず手が伸びる絶妙な揚げ加減です。

本日は休日ということもあり、坊守も手作りケーキをもって参加。最高齢のMさんは、「坊守さんに美味しかったでというといて」と帰っていかれました。

次回は12月22日。ケーキのリクエストがあったので、お楽しみに!

古家でたくさんなった柚子をみなさんに持って帰っていただきました。

田後(たじり)を歩く

29日、30日の報恩講の案内のため、地域の役員さんと一緒に午後、1時間ほど田後集落を歩いてまわりました。会場は港近く、階段を上がった先にある薬師堂です。毎年20人前後のご門徒さんにお参りしていただいています。

今月30日に町長・町議補欠選挙が予定されています。何人かの方は投票所の立会人を務めることになっているそうです。町長選挙は無投票で現職の再選になるのではと予想されています。町議補欠選挙(欠員1)の方は、立候補を表明されている方がお一人。地方自治の担い手が無投票で決まるのは、少し残念な気もしますが、どうなるでしょうか。立会人を務める方は、「選挙がなければお参りさせていただきます」との返事でした。

3連休の2日目。いい天気に恵まれ、県外ナンバーの車もちらほら。

配り途中、ちょうど帰宅されたKさんご夫婦と玄関先でバッタリ。
「あっ! 忘れました。過去帳」と私。
せっかく午前中に記した「過去帳」を持ってくるのを忘れてしまいました。
「あら。カニ持って帰られんか」と親がにをたくさんいただきました。
明日の朝、過去帳を持って再度、うかがいたいと思います。

案内が終わり、カニは町内に住む妹にお裾分けしました。
ありがとうございます。

四十九日、そして建碑法要へ

午前中、四十九日のお勤めがありました。久しぶりにこちらの本から『阿弥陀経』をあげました。故人さまは大のタイガースファンで、「號」の法名を一字、つけさせていただいだのですが、この本では「号」ではなく「號」と記載されているのでというのが理由です。

「號阿弥陀」とあります

よくお寺参りされる奥さんが「ほんとだ、ようけ出てきた」とおっしゃっていました。最近は、赤い勤行集を使うことが主でした。たまには茶色の経本も使っていこうと思います。

こちらは「号」です

午後は建碑(けんぴ)法要が1件。新しくお墓をつくられた際のお勤めです。網代や田後のお墓は、集落を囲む小高い山の斜面にあります。お参りすることが困難となったり、次の世代の方が近くにいて、当面守っていくことのできる方は平野部にお墓を移動されることが増えています。今日のご門徒さんも、先日、お墓をしまわれて、平野部に移されました。

今日うかがった墓地には駐車スペースもあります。ご門徒さんの家のお墓がたくさんあり、よくよせてもらっています。お墓参りの風習、いつまでも続いて欲しいものです。

葬儀をおえて

葬儀がおわりました。斎場への出発のさい、参列した20人あまりの友人のみなさんが棺を抱えてくれました。涙する姿、呆然としている姿。この厳しく、思いがけない別れから何を感じているでしょうか。仲間同士で語りあう時間を、そして彼のことを思い、手をあわせる時間をこれからもっていただけたらと願います。

ご家族の悲しみはいかばかりでしょう。おつとめしてる最中、嗚咽が聞こえてきます。私は、「南無阿弥陀仏」のご本尊をときおり眺めていました。「正信偈」に記された拯済(じょうさい)の言葉。私たちを抱きかかえて仏の世界に生まれさせてくださるとの意味です。本当にそうあってほしいと強く思います。

ご家族に心よりお悔やみ申し上げます。微力ですが、なんなりとお申し付けください。

つらい別れの日

数日前、葬儀の依頼をいただきました。まだ人生これからという年代の方です。人生100年時代といわれます。しかし、みなが長生きできるわけではありません。病気や事故はいつ襲ってくるか実はわかりません。頭ではわかっているつもりでも私自身が身の置き場のないような気持ちで葬儀会館までやってきました。夜、お通夜です。ご本人のお気持ち、そしてご家族のことを思うと、胸が詰まります。

今日こそ、前の職場の先輩がはなむけに送ってくれた、「あなたの仕事は人生で一番悲しい瞬間に立ち会う仕事。がんばれ」のことばをかみしめて、かみしめて、自分の務めをはたさなければなりません。

合掌

ネコは毛布で丸くなる

今日も寒い1日です。鳥取県と兵庫県境に位置する扇ノ山(おうぎのせん)は雪をかぶっています。「せん」と読む山が、鳥取・岡山・兵庫県に集中しています。大山(だいせん)、氷ノ山(ひょうのせん)、蒜山(ひるぜん)などなど。これは「呉音」という読み方で仏教伝来の際に伝わった音なのです。

昼間、報恩講の案内ハガキを約30軒に配りました。山あいの銀山では紅葉が進んでいます。

明日は網代の習字教室です。終了後、教室に来ている御門徒さんにも協力していただいて60軒ほどに案内を差し上げる予定です。

うちのネコたちはというと…。

「ネコは毛布で丸くなる」なのでした。

左からナモ、ター坊、ノノ、クウ

夕方、三朝温泉へ

今日はとても寒い1日でした。午前中に17回忌、午後は網代で逮夜法要をおつとめ。その後、仕事を少し早めに終えた坊守とともに三朝温泉へ。年に数回、湯治で同温泉に投宿される和歌山の前住職さん夫婦にお招きいただいて、温泉宿で楽しい会食です。

本願寺の要職もつとめていた前住さんは、戦後の政治史にも登場する政界のフィクサーともつきあいがあったそうです。つきせぬ興味深いお話の続きは、また次回のお楽しみということに。