1年前を思い出しつつ

今日は平日ですが、1周忌のお勤めがありました。

1周忌の前には、お通夜や葬儀のときにお話しした原稿を再度確認し、当日のブログも再読します。普通はお通夜の席で法名の意味をお話しするのですが、法名をお伝えしていない原稿でした。スマホのカレンダー、ブログで確認したところ、昨年2月の上旬は12日間で5件もの葬儀があったようです。お通夜の前にご家族とお話しする時間がなく、通夜が終わってからお話をうかがい、葬儀のときに法名についての説明文をお配りしていたことが分かりました。こういうことは、メモでもしておかないと全く忘れてしまっていただろうと思います(自分の忘れっぽさには自信があります…)。ブログは備忘録としても大いに力になってくれています。

年明けから2週間、葬儀と雪かきなどで慌ただしく過ごしてきました。年回法要が本格的に始まるのは今月末から。カレンダーを確認したところ、3月の末までにすでに20件以上の法事の予約をいただいています。今年は上半期に年回法要が多い年になっています。

今年に入って1件目となる本日の年回法要をお勤めし、あらためて故人さま、ご家族のみなさまへの感謝の気持ちが湧いてきました。いつもそういう気持ちを持ってのぞまないといけませんね。

1月、2件目の葬儀を終えて

午前中、市内の葬儀会館で今月2件目の葬儀でした。岩美町内からはいちばん遠いところにある会場で、車で40分近くかかります。雪も溶け、スムーズに運転することができホッとします。故人さまは長く農業、主に果物の栽培とコメづくりをされていました。東京に住んでいた頃は、毎年の秋、故人さまから送っていただく二十世紀梨を職場の仲間と食べていたものです。「こういう仕事は山あり谷ありです。自然相手の仕事は年々大変になっています。こんなに大変だと最初から分かっていたら、嫁いでこなかったかもしれません」と奥さんからそのご苦労のいったんを聞かせていただきました。故人さまと前住職は顔馴染みで、「お父さんは、お盆参りのとき、長い時間、主人としゃべってましたよ」とこれも奥さんから教えていただきました。

お寺に帰ってからの還骨法要では、自宅の果樹園で実った「新雪」と「王秋」を前にお供えしてのお勤めです。常温で追熟させると甘みが増し、長期保存も可能で、春頃まで食べることができるとのことでした。なもなもサロンや、医療生協の班会でみなさんにお裾分けしたいと思います。

故人さまのご法名は果樹園、樹園を思い浮かべて「園」を加えました。「阿弥陀経」の冒頭に、「祇樹給孤独園」(ぎじゅきっこどくおん)とあります。お釈迦さまが説法された祇園は樹園なのです。「仏教にも縁のある言葉なんです」と昨日のお通夜の際にお話しさせていただきました。葬儀会館の方から、「私も配っていただいた紙を1枚、いただきました。ご法名の意味がよくわかりました」と。奥さんからは、「いい法名をつけていただいて、本人も喜んでいると思います」と声をかけていただきました。

長い間、お世話になりました。ありがとうございました。

雪の降った朝に

今日は成人の日です。坊守の姪っ子さんも新成人を迎えられました。振袖姿を妹さんがLINEで送ってくれました。新しく二十歳を迎えたみなさん、おめでとうござます。

さて、心配された雪の方ですが朝起きてみると15センチほどの積雪です。気温は低いものの太陽も顔を出して雪は水となって溶けていってくれています。雪道の運転はできればしたくないのですが、これならばそう心配することもないでしょう。夕方は鳥取市内でお通夜、明日が葬儀となります。

ご近所に、最近、ご主人が入院され、一人で過ごされてる方があります。午前中、坊守がようすをうかがいにおじゃまして、家で炊いたおこわをお昼ごはんにどうぞと差し上げました。とても喜んでおられたそうです。

長年、地域のためにさまざまな役割を果たしてこられたご夫婦です。何かできることあればこれからもさせていただきたいと思っております。

大雪が心配です

朝から明日のお通夜の準備です。外はというと、午前9時ごろから吹雪です。サラサラとした軽い雪であっという間に積もっていきます。大雪にならないか心配です。雪道の運転くれぐれもご注意を。

先日の新年会でシマちゃんのことを心配してくださるご近所さんが。「安心してください。我が家の玄関で寒さをしのいでいます」とお伝えしました。はい、この通りです。

朝、外に出たいかなと玄関をあけましたが、じっとして出ていきませんでした。気持ちはわかりますよね。

葬儀を終えて

葬儀を終えてお寺に帰り、還骨法要の準備をしているとご門徒さんから電話があり、ご主人ご往生されたとのことでした。葬儀を13日にお勤めすることとなりました。

午後2時半過ぎより還骨法要です。四十九日までご遺骨をお寺の方でお預かりすることになりました。お勤めが終わり、帰りがけ、小学時代の同級生の方の息子さんが、「子どもの頃、除夜の鐘をつきにきて、年越しそばを食べました。毎年、きてたんです」と話してくれました。以前はたしかに年越しそばを打っていただいていたなあと懐かしく思い出しました。おじいちゃんとのいい思い出なのでしょう。平成17年に西法寺本堂はご門徒さんの浄財により、新しく建て直すほどの大改修を行いました。その修復工事の一部始終を彼のおじいさんは写真に残してくださいました。住職部屋にアルバムが保管してあります。今度こられる時にみていただくことにしましょう。

お寺には、歴史があり、そこには時代時代によってさまざまな人が集います。長い時間軸で時にはものを考えるということも、現代人にとって必要なのかもしれません。そんなことを思わせてくれた彼の思い出話でした。

今年最初の葬儀に

昨日、同じ集落の方から葬儀の依頼をいただきました。そして今日の昼前に臨終勤行へ。ご家族と対面し、故人様の人となりなどうかがいました。ご家族のなかに小学校時代の同級生がいることはわかっていました。ですが、なにしろ数十年ぶりです。向こうから「山名くん?」と声をかけていただいて、わかりました。活発で元気な女の子だったという印象はありました。こういう形で再会するとは思ってもみませんでした。

午後、お寺に帰り、法名とお通夜でお話しすることを準備していると電話がなりました。ご門徒さんから、近いうちに家族が亡くなるかもしれないこと、その際はお寺で葬儀をして欲しいとのことでした。昨年の寺院葬説明会にも来ていただいたので、その思いをもたれたのでしょう。

そして夕方、葬儀会館でのお通夜へ。同じ集落の方がお参りでした。施主さんときょうだいだったことを聞かされびっくり。その場で相談事もいただきました。

お通夜・葬儀の場は、こうしたつながりを教えていただく機会でもあります。忘れないようにメモしておかないといけません。

岩井屋さんにて新年会

年に一度のお楽しみ。岩井屋さんにて町内会の新年会です。目にもあざやかなご馳走を写真でお届けします。

うらやましいでしょ(苦笑)

岩井屋さんは民芸調のしつらえが素晴らしい、居心地の良い温泉宿です。

みなさんも、一度はお越しください。

久しぶりに「お寺の掲示板」

「真実によって虚言の人にうち勝て」 ブッダの言葉

長らく書けていなかったお寺の掲示板を久しぶりに。毎月とはいかないまでも、今年は、何回か更新できるようにつとめたいと思います。

本日は良い天気に恵まれ、午前中、納骨堂にお参りされた方のあしもとを心配しなくてすみました。「また春にお参りしたい」とのこと。「そのときはまたごいっしょに」と約束してお別れしました。

朝、郵便局前でお世話になっている方とばったり。「町内の知りあいに『墓じまいしてどこかに納骨したい』という人がおって。『岩井の西法寺さんがええで』といっといたで」と。「いつでも相談に乗りますよ」と私。実は他にも2件、問い合わせをいただいています。

今年も納骨堂を利用していただく場面が少なくないのかもしれません。

地震を感じました

緊急地震速報の警報音がスマホから流れ、そのあと、揺れを感じました。
島根県東部を震源とする震度5強の地震です。体に感じる余震もその後ありました。
西法寺は鳥取県の一番東端に位置します。震源地からは百キロほど離れています。
震源に近い地域にお住まいのみなさん、どうか気をつけてお過ごしください。

心配して、奈良の棟梁Mさんからお見舞いの電話がありました。平成17年、西法寺建て直すくらいの修繕をしていただいた宮大工さんです。90歳はゆうにこえておられますが、お元気な様子でした。


警報がなると緊張しますね。私は部屋でつけていたストーブを直ちに切りましたが、そそれ以外は身動きできず椅子に座っていました。そうか、しゃがんで机の下に入るくらいしないといけないなと反省します。

自然災害はいつ襲ってくるかわかりません。日頃からの備えが大切であると痛感しました。

力の支配を許すのか

アメリカのトランプ政権が南米ベネズエラに軍事攻撃を行い、大統領と妻を拘束し、アメリカに連行しました。トランプ大統領の記者会見を動画で見たり、新聞で読みました。「アメリカ・ファースト」とは一体どういうことなのかを見せつけられたようです。「独裁者は去った」と得意顔。法ではなく、「自分こそが正義」であるという強烈な自我です。

石油資源豊かなベネズエラを「運営する」として、従わない場合は再攻撃するとおどし、メキシコやコロンビアなどへの攻撃さえ公言しています。アメリカ大陸を直接支配するつもりのようです。ビジネス感覚というのか、経済的な野心をむき出しにしているように見えます。早速、石油関連株が上昇しているようです。

この事態はどう進展していくのでしょうか。これで終わらせ、収拾に向かわせることができるのか、それとも、第二、第三と続いていく序曲に過ぎないのか。意のままに世界を牛耳れると勘違いしている裸の王様に、アメリカの人々が、世界の人々がどう対峙するかにかかっていると思います。

仏教をひらいたブッダは数々の教えを遺してくださいました。
中でも、この言葉が、今突き刺さります。
「真実によって虚言の人にうち勝て」
『ブッダの言葉』(中村元訳、新潮社新書)より

他国の人を害してはならない、領土を勝手に犯してはならない。
人類が痛苦の歴史から学んだ「真実」は、今、国際的な「法」となっています。
私たちは、真実によって、虚言に打ち勝つことができるのでしょうか。