値上げラッシュ

10月からの消費税の増税に伴う値上げ請求を知らせる通知が、取引のある会社から届きました。

小さい業者さんだと、年度の途中から年間契約を変更されずに自腹を切られるところもあるでしょう。大手になると、こんな通知であげるのかと。いや、お世話になっている業者さんに罪があるわけではありません。

増税分をかぶる業者さんも山ほどあるでしょう。日本中で、あげるにあげられない業者さんたちに身を切るようなことをさせるこの増税とは、いったいなんなのでしょうか。

線香、ろうそく、お仏壇など仏具ももちろん増税されました。

それが持つ意味の大きさを、ネット上に上がっていた記事から教えられました。

ある仏具屋さんのコメントです。

「いままでは朝夕、お線香をあげていたところを朝だけにする、というような状況になっていると感じます。生活の厳しさが増し、お供えをするような心の余裕がなくなっているのではないか」

出石はそばの町、お寺の町

昨日はお隣の兵庫県にある出石(いずし)町に行ってきました。法事がなく、坊守も仕事が休みでしたので、小旅行といったところです。

岩美町から約90分で到着。

出石はそば処として有名です。

そばは信州からお殿様の国替えとともにこの地に伝わったのだとか。小皿で供され、塩、わさび、ネギ、卵、とろろなどさまざまな薬味で楽しむのが出石そばのスタイルのようです。

蕎麦通ではありませんが、美味しかった!

出石は5万8千石の城下町です。街歩きも楽しいところでした。

赤い土壁の建物は酒蔵です
辰鼓楼(しんころう)。明治にできた時計台

街を歩いてびっくりしたのは、浄土真宗本願寺派の寺院があちこちにあること。

理由をご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

イモムシたちのその後

アゲハチョウの幼虫、イモ子ズは、台風を経て6匹から3匹に減りました。

残った子たちは我が家の玄関で保護していますが、それぞれが好きにやっております。

Lサイズの個体は、葉っぱを喰うのをやめて天井徘徊をはじめました。Sサイズは枝に停滞、目を離した隙に、水面にダイブしかけて救出する羽目に。

SSサイズは、瓶の壁面にくっついたと思ったら、半日で小さな小さなサナギになっていました。

天井のLサイズは、救出して柚子の葉に戻した方がいいのか、好きにさせておいていいのか、イマイチわかりませんでしたが、どうやらこの場所でサナギになりそうな気配。

無事、蝶になるといいのですが。

映画を見てきました

県中部の北栄町まで映画を見に行きました。

『明日へ〜戦争は罪悪である』

戦前、戦争で死ぬことを肯定し、戦地に送り出す役割を果たしていた僧侶が、ある出来事をきっかけにして、深く懺悔し、戦争は罪悪であると発言し、その主張を曲げずに貫いた姿が描かれていました。

なぜ変わったのか。それがこの映画の大きな見どころです。

主演は中原丈雄さん。『花子とアン』などテレビドラマでおなじみです。私としては、『植物男子ベランダー』のおじさん役がイチオシでしたが、この映画、熱演でした。

戦争で人殺しだけはするな。

いったん起きてしまえば、殺すしかなくなる。戦争は人を狂わす。

人の命より尊いものがあるのなら、教えてください。命をなきものにする全ての行いは、悪だ。

人の道を説くものが若者を戦争に送り出した罪は重い。戦争は罪悪だ。

耳に残るセリフもたくさんありました。

モデルは真宗大谷派の竹中彰元さん。(映画では大谷派の僧侶としては描かれていませんでした)

当時の仏教者が戦争を合理化した、今となってはへ理屈に、一殺多生があります。釈尊の不殺生の教えを、多くの生命を助けるためには多少殺しても構わないとしたのです。そのあたりの下りも描かれており、考えさせられます。

うちでも上映会してみようかなあ。

過去帳を書く

字の下手な私にとって最大のプレッシャーは過去帳に記載することです。

位牌のない浄土真宗では、法名(釋〇〇)、名前、なくなった日(仏として生まれた日)、年齢などを過去帳に記載します。

午前中、何度も下書きして先ほど過去帳に記載しましたが、やはりというか下手な字でいけません。

過去帳をめくるとそのご家族のご先祖さんのお名前がたくさんかかれています。最初の方は明治にさかのぼります。

いや、それにとどまらず、人類のいのちのリレーは数百万年、地球に最初に生まれたいのちは38億年もさかのぼれるそうです。

いのちって不思議だなあと感慨にふけっていると、私の下手くそな字が飛び込んできて、また現実に連れ戻されるのでありました。

昼ごはん、あじろのなだばたさんは大繁盛でした。「小さな旅」の影響でしょうか。いつもならおばちゃん方と世間話するんですが、その隙間なし。ごくろうさまです。

西法寺便り第2号

寺報の第2号を作成中です。

何を書こうかと思いましたが、4月から連日更新しているホームページをご門徒さんにお知らせすることにしました。

読み返してみると、この5カ月の記憶が蘇ってきました。書いてなければ大半忘れていたかもしれません。

多い日には50人の方にアクセスしていただいています。小さなことであっても連日の更新が続くようにつとめます。みなさんに感謝です。

便りの方は10月の半ばから配れるように、すみやかな完成をめざします。

お寺の掲示板

お寺の前に置かれた掲示板。目にするのは前を通る人に限られますが、インターネット上で交流され、昨年は「輝け!お寺の掲示板大賞2018」が開催されました。そこに投稿された作品を集めた一冊がこのほど発売され、購入しました。

大賞は、おまえも死ぬぞ

釈尊の言葉「生まれた者が死なないということはあり得ない」を岐阜・願蓮寺の住職さんが、より直接的な物言いにしたもののようです。

これなんか、その通りだなぁと思いませんか。

当西法寺の掲示板は、印刷された標語を月替わりで貼り出しています。掲示板での布教を掲示伝道といいます。ネット社会のなかで新たな注目を集めているのでしょう。ウチも書いてみようかなぁ。

NHKの「小さな旅」で

昨日(9月29日)の朝、NHK「小さな旅」で網代が紹介されました。

タイトルは「なだばたとお地蔵さん」

昨日朝にお参りされた網代の方は、「知り合いがたくさん出ていた」と話していました。

浜辺をなだばたと地元では昔から呼んできました。海に暮らし、なだばたに集まって話し合い、助け合って生きてきた網代の方達の姿が映し出されていました。

あら汁がうまいんですよ。

毎週のようにお邪魔している漁協婦人部の店「なだばた」も紹介されていました。

そして、あきんどさんと呼ばれる女性の姿。トラックでお得意さんにあがったばかりの新鮮な魚を届ける方達です。いまも10人ほどの方があきんどさんとして働いています。

海の安全を祈願するお地蔵さん。部落内各所からなだばたに集め地蔵さんを洗い、お祀りし、祈りをささげます。地蔵盆を網代の方達は大切にされています。来年はぜひ行ってみたいと思いました。

網代の全景。ふだん、こんな角度からみることはないです。ただただキレイでした。

「幼虫のなる木」

動物担当の坊守です。

キンモクセイとギンモクセイが、それぞれ小さな花をつけはじめ、甘い空気が漂っています。いい匂い好きなので、帰宅してからも家の中に入るのが惜しく、しばらく庭にしゃがんで雑草を眺めていました。

すると、この夏勝手に生えてきたナゾの幼木に、アゲハチョウの幼虫がスズナリではないですか!


「幼虫のなる木か?!」とありえないことを一瞬考えました。

アゲハたちは、柑橘類か山椒系の葉について育っていきます。
東京のマンションのベランダに置いてあった小さな小さな山椒の植木にも1匹、アゲハの幼虫が棲みついたことがありました。
ごまんとある植物の中から、チョウがどうやって、適切な木を選ぶのか、不思議でした。

その話を、理科の教員だった妹にしたところ、
「アゲハチョウの幼虫が食べられる種類の木かどうかを、お母さんが卵を産む前に、足先で葉の味を確かめて調べる。同時ににおいや見た目でも確認してるらしい」
というのです。
味覚はハチやアリでは触覚にあるが、チョウやガやハエでは脚先の「ふ節」にあり、アゲハチョウは脚でちょっと叩く感じで葉にキズをつけてから、味を確認するそうです。

手で味わう?はあ、なんて不思議なこと。
いや、人間の常識は、ホントにせまいものなのだと考えた方がいいのでしょうね。

近いうちに、彼らは食糧難に直面するはずなので、柚子の木にうつしてやるか、柚子の枝を挿した瓶でも近くに置いて、サナギになるまで応援したいと思います。

何をしでかすかわからない

関西電力の経営幹部が、2011年以降の7年間に渡り3億2千万円の金品を受け取っていたことが報じられています。

元は利用者が負担する電気料金。それが原発関連工事に使われ、建設会社から手数料として福井県高浜町の元助役に3億円が支払われ、元助役が3.2億円を経営幹部に渡したのではないか、という疑いがもたれているようです。

こういう事件を目にするにつけ、「歎異抄」を思い起こします。

この身がある限り、状況によっては何をしでかすかわからない。それがわれわれのありようなのだ。

親鸞聖人は、唯円にそう語るのです。

莫大な原発マネーも、もとは自分たちのお金でなく電気料金です。それを動かせる立場にあるのが経営幹部であり、推進に躍起になっている方達が巨額のマネーにほんろうされて、まともな感覚を失ってしまうのではないでしょうか。

いわば、悪縁のなかでこのような事態が起こっているのでしょう。

電気は危険でコストの高い原発頼みにせずとも生み出せるのです。原発推進をやめることが、このような悪縁を断つ道であると、私は思います。