2週続いてお通夜でした

先週につづいてお通夜です。

その席で、樹木希林さんが遺された言葉を少し紹介しました。

「死というものを日常にしてあげたいなと。子供たちに、孫たちに。そうすれば怖くなくなる、そうすれば人を大事にする」

病気を公表し、死と向き合いつつ輝いて生きぬいた樹木希林さんだからこそ、その言葉に耳を傾けたいとたくさんの方が思われたのでしょう。この本は70万部も売れたそうですから。

「拝まないとバチがあたるなんて裏口入学みたいなかけ引きするわけないもの。光は生を受けたもの全部に当たるんで、ただ受けとるこっち側が、スモッグがかかっているか晴れているかによってその光は、くすぶったり、輝いたりするんだと思うのよね」

神仏の捉え方にもハッとさせられます。

一つとしてわがものではない

きのうのニュースで、アマゾンジャパンが17、18年度分あわせて300億円の法人税を日本に納付したことを知りました。課税逃れが世界で批判されていました。方針を転換したということでしょうか。

そんなニュースに触れつつ、とある仏教本を読んでいたらこんな下りが。

努め励んで得た富は、自分ひとりのものと考えて自分ひとりのために費やしてはならない。その幾分かは他人のためにこれを分かち、その幾分かはたくわえて不時の用にそなえ、また国家のため、社会のため、教えのために用いられることを喜ばなければならない。

一つとして「わがもの」というものはない。すべてはみな、ただ因縁によって、自分にきたものであり、しばらく預かっているだけのことである。

初期仏教の経典『六方礼経』に、こんなことが書かれているそうです。

もしかして、アマゾンの幹部の方も読んだ? そんなわけないか。

田後の風景

岩美町に帰ってきて1年と数ヶ月。田後(たじり)地域の墓地から海を眺める機会が増えました。

きょうは午前中、納骨がありました。先祖累代の墓地に納骨されたのは元漁師さん。何度、この港から出港されたことでしょうか。

その息子さんは漁師さん。いまカニ漁のシーズンですから、きょうはご不在でした。さらに、その息子さんは魚屋さんをされているそうです。

納骨を済ませると、ちょうど一隻の漁船が入港するところでした。

獲ってくださる方、それをさばいてくださる方がいて、私たちは消費できる。当たり前のことですが、その当たり前のことを忘れて暮らしてきたのだなあと気付かされる日々でもありました。

アップルパイの午後 朗読と音楽 奏で

本日、岩美町まちづくりの会のイベントが本堂でありました。

尾崎翠さんの作品の朗読があり、生家である西法寺を会場に毎年、開催されています。ことしで9回目です。

ハーモニカ演奏、民話の読み聞かせ、金子みすゞさんの作品の朗読とフルート演奏、そして尾崎翠の作品からの朗読とつづきました。

ゆったりとした空気につつまれた時間でした。

尾崎翠さんの朗読は、「アップルパイの午後」。兄と妹、そしてアップルパイをもって登場する友人のやりとりを描く戯曲です。

かかれたのは昭和4年。時代の重苦しさが全くない、ストレートな会話の応酬。おもしろかったです。ちゃんと読んでみようかな。

猫の手も借りたい?

ナモちゃんはペンが気になるようです

西法寺通信第3号の校正をナモちゃんが手伝って(ジャマして?)くれました。

年の瀬に申し訳ないですが、業者さんに印刷してもらって、除夜の鐘・元旦会(がんたんえ)、2日の修正会(しゅしょうえ)から配布します。

来年はねずみ年です。日本には猫年はありませんが、タイやベトナムには猫年があるそうです。

知らなかったにゃー。

ことし最後の

年の瀬となって、枕に「ことし最後の」がつくようになってきました。

ことし最後の習字教室がありました。引き続き課題は「般若心経」です。

筆を握る機会が増えた今年、上達は程遠いとしても、この時間はたいへん貴重でした。

基本的な筆の運び方も身に付けていなかった私にとって、石原先生の筆づかいをみているだけでも勉強になります。

教室が終わってから、70代、80代の方たちとおしゃべりするのもいいものです。私はいちばんの若輩です。

最近、参加する方が減っていてもったいない。

岩美町網代のコミュニティーセンターで月2回、参加費用は1回あたり750円です。問い合わせは、0857-72-3564まで。

町内・地域のみなさん、ぜひ。

頭が下がります

県西部に住む曹洞宗の僧侶の方と相談事があり、「では中間地点で」と、「道の駅 西いなば 気楽里(きらり)」というところで小一時間ほどおしゃべりました。

地図上で見ると中間地点ではありませんが、西部の方からは自動車道を使えば1時間、私は東部の岩美町からちょうど1時間というところです。

うかがうと、今日の夕方はお通夜のお勤めとか。経済的に恵まれない方がお通夜・葬儀で困らないよう、わずかのお布施でお勤めされているそうです。葬儀会社から月に1回程度は依頼があると話されていました。頼りにされているのでしょう。

頭が下がるとはこういうことです。私も見習わなければ。

追伸。道の駅に足湯があるとのことでタオルを持って行きましたが、残念ながら休止中でした。

人は去っても

人は去っても、その人の微笑みは去らない。
人は去っても、その人の言葉は去らない。
人は去っても、その人のぬくもりは去らない。
人は去っても、拝む手の中に帰ってくる。

浄土真宗本願寺派の勧学を勤めた中西智海さんの言葉です。今日の葬儀は、この気持ちをもってあたりたいと思います。

お通夜を勤めました

大正に生まれた女性の方のお通夜がありました。この時代に生まれた方のご苦労と思いを引き継がなければと思います。

同時代に生まれた日本男性の7人に1人は戦死しています。女性の方たちも大変な思いをされ、戦後を生きてこられたのです。

『無量寿経』のなかに『志求無上道」とのことばがあります。お名前に志という漢字がある方でしたので、釋志道と法名をつけさせていただきました。

ご家族の方がお経を手に取られたとき、亡き方をなつかしく思っていただけたら、そして、のこされた私たちは、険しくとも、みんなのいのちが大切にされる無上の道をめざします、という思いを込めました。

合掌

都心のビルの谷間にて

坊守です。
この週末は、お寺のことはできず、東京に居ました。
職場(寺じゃない方。Wワークはややこしいですね)で担当している若手職員たちの学習プログラムのお世話オバさんをするのが目的です。
1年通じて、医療以前のコト(人権とか平和とか)を学ぶゼミを作っているのですが、今年の通年テーマは「貧困」。2019年は年越し派遣村があってから10年になる年でもありました。
で、机上の学習だけでなく、フィールドワークしよう、と路上生活者の支援をしている皆さんのもとに行ったわけです。
40キロの米を炊き、何十キロか分からない野菜を20人のボランティアさんとともに切り、都心の公園の炊き出しと衣類配り、生活相談を見学しました。

ほぼ1年ぶりの東京は、オリンピックを前に、ますます開発がすすんでいましたが、その陰で、見た目の悪い野宿者を排除する動きもあるそうです。公園のにも立ち入りさせないためのフェンスができていました。
一方で、おおっ!と思ったのは、炊き出しに協力していたのがお寺だったことです。大人数の調理をする場所と水光熱費を提供されていました。

ビル風の吹く寒い公園で、百数十人が衣類や食べ物を配る場所に行列するという鳥取にはない光景、医療相談に通っているボランティア医師の話、濃い2日間を若い医療従事者たちがどう受けとめたか?
…気になりますが、ここからは自分のアタマで考えて、動いてほしいと思います。

今朝、話をしてくれたドクターは、ガンジーのこんな言葉を紹介して話を終えました。

『あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。』