お彼岸に寺院葬をお勤めします

明日、明後日は今年3件目の寺院葬儀となりました。ご門徒さんは「西法寺で葬儀をしてほしい」と娘さんにお願いして往かれたそうです。私はそうした希望をお持ちだったとは存じ上げていなかったので、ありがたい気持ちです。寺院葬儀ができることを西法寺通信などで案内してきたので、ご覧いただいていたのでしょう。昨日、夜にお迎えし、葬儀会社との打ち合わせにも同席しました。2週間、看病のため病院に通った娘さんは、知らなかったお父さんの一面にふれる日々となり、こころにのこる体験をされたようでした。今日は朝、臨終勤行をお勤めし、ご門徒さんの人となりを娘さんから教えていただきました。娘さんのお話を頭において、午後、ご法名とお通夜の席でお話しすることを考えました。

春のお彼岸の中日に葬儀です。翌21日、そして22日は法事があります。29日にはお寺の役員会を予定しており、そこに向けての責任役員会を22日に開きます。並行して、西法寺通信第28号を作成しています。4ページ中3ページ分のメドはつきました。

暑さ寒さも彼岸までと言われますが、どうしてどうして肌寒さが続いています。本堂にストーブを焚いてのお勤めとなるでしょう。お寺の灯油が切れたので昼間買い求めに行きましたが、20リットルで3018円と見たこともない値段にはね上がっていました。

一人が亡くなっていくのも大変なことなのです。いのちを粗末にする戦争を、私たちは一刻もやはく葬らなければならないと思います。

初・クウちゃんの日記(シマおじちゃんのこと)

クウです。


ぼくは「くうちゃん」というおなまえなの。ニンゲンがぼくをそういうんだよ。おいたんが、ぼくをおこるときは「クウ!」です。あさ、おにわをみていたとき、おばたんがよんだので、うしろをむいたらほめられたよ。

きょうは、シマのおじちゃんのことをおはなしします。


ふゆになって、ぼくらのおげんかんにシマちゃんのねどこができました。くらくなってから、きんさることもあるし、とってもさあむいひは、いちにちじゅうおんさることもあります。ぼくがおそとにいたとき、おせわしてくれたシマちゃんがすきです。だから、シマちゃんがおげんかんにいるときは、ちかくのあがりくちにいることもおおいよ。

まえのまえのげつようび、おげんかんにきたシマちゃんに、おいたんが「どうしたんだ?ごはんいらんのか?」と、はなしかけていました。おばたんは「したのあごがすごくはれている」と、シマちゃんをてんけんして、みつけました。
ちゅーるをおさじでもっていってもイヤイヤするし、ねどこにすわりこんでじーっとめをつぶっています。おげんかんのタイルに、まっかなてんてんもついていて、どこからか「ち」が出ていました。ケガがいたいから、ごはんもたべられないんかもしれませんでした。
それで、ぼくのびよいんのせんせいにそうだんして、ばいきんがカラダであばれないようにするおくすりをもらいました。シマちゃんは、ちゅーるのサーモンあじはなめるきがあったので、おくすりをまぜたのを、なめさせてもらっていました。
またにちようびがきて、はれていたアゴがちいさくなり、シマちゃんはごはんをじぶんでたべられるようになりました。
おくすりは、おばたんがまた、ちゅーるにまぜてなめさせてあげたんだけど、そのときにアゴのしたにおおきなきずをみつけました。


おそとでいきているネコのシマちゃんは、これまでも、おおきめのケガをしてよわったことがあったそうです。そのたび、うちのニンゲンたちにおくすりをのませてもらって、げんきがもどりました。でも、おいたんは「こんかいばかりは、シマちゃんもだめかなあ」と、むずかしいかおで、しんぱいするくらい、しんどそうでした。ぼくは、おうちのねこのなかではたーちゃんがすきだけど、いわいのねこのなかではシマおじちゃんがいちばんなので、ずーっとげんきでおってほしいんだよ。

外に出る元気を回復したようです

ウグイスが法を聞けよと春彼岸

本日の午前中は春の彼岸法要でした。朝、準備でバタバタしていると、裏の愛宕山からウグイスが、「法を聞けよ」と鳴いてくれました。まだ上手ではないけれど、練習を重ねているのでしょう。

お参りした15名で「正信偈」をあげ、講師さんのお話を聴聞しました。東日本大震災のボランティアを幾度となく経験され、被災地で心に残るつながりもうまれたそうです。来年は17回忌となります。また訪れたいとお話でした。

「お彼岸は、懐かしい方、もう一度会いたい方に語りかける時間でもあります。私たちはお念仏ひとつでまた会うことができる。長い時間、南無阿弥陀仏と称えてきた歴史があるのは嘘偽りでは無いから。次の世代に伝え、相続していきましょう」

お話を聞きつつ、一句

ウグイスが 法を聞けよと 春彼岸 住職詠む

あわただしい日曜でした

本日はたいへん忙しい1日でした。

午前中に2件、午後に1件、法事の予定がありました。それに加えて、午後、葬儀をつとめることに。火葬場でのおつとめは同じ因幡組内の教蓮寺の住職さんにお願いして、私は葬儀会館からすぐ帰って午後の法事をおつとめし、夕方5時過ぎ還骨法要となりました。

法事でもさまざまなことが。

朝お参りされた方のなかにこの春から龍谷大学に進学される方が。3年生からは本願寺の境内内にある大宮キャンパスで学ばれるそうです。お祝いに本願寺のしおりと本願寺を紹介した本をさしあげました。

そのあとの法要にはインド出身の若い方が。ご門徒さんのお身内の方とこの度ご結婚され、県内に住んでおられるそうです。阿弥陀如来について、どういう仏様か教えてほしいとのことで少し説明しました。日本語もお上手でしたので理解していただけたのではないかと。ご自身はヒンズー教徒とのこと。ヒンズーの教えはブッダを神とみなします。またぜひ、お会いできればと思います。

午後の法事の施主さんは私と中学時代の同級生です。お父さんの葬儀からちょうど一年。また来年、3回忌で会いましょうと再会を誓いました。

夕方、還骨法要が終わりました。1日に「正信偈」を4回も法要で読むのははじめてです。長い1日でしたが、無事終えることが出来、ホッとしています。助けていただいた教蓮寺さんに感謝。

前々坊守&叔母の法事でした

坊守です。
すでに3月半ば。「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」を2026年も体感中です。笑

今日のメーンイベントは、なんといっても前々坊守のすすみおばあちゃんと、その娘の千代子叔母さんの法事でありました。おばあちゃんは17回忌、おばさんは13回忌です。


昨夜から東京のかずえ叔母も、お参りのために帰鳥しました。焼香ののち阿弥陀経を読んで、法話に立ったのは前住職。
(先月またひとつ歳をとり、お爺さんらしくなって、僧衣が似合ってきたのではないかしら?などと思う、不良坊守です)
後妻だった前々坊守の苦労、重い障害を持って生まれたために、鹿野の施設で生活をしていたおばさんのこと、2人の思い出話とともに、自分を長生きさせてくれたのは、皆さんだ、という感謝も
まじえるのでした。

法事に先立ち、前住職夫妻と叔母と5人でランチに出かけました。東京暮らしの叔母には岩美らしいものをと遊覧船乗り場の食堂に行きました。本日のおすすめだったあら煮定食は、食べきれるかが心配になるほどのボリュームで、皆から感嘆の声があがりました。

私と前住職が食べたイカ墨カレーは、真っ黒なルーの中にもイカの身が入っていて、味わいがありました。

食事後、海を眺めに


今朝はわたしが鹿野温泉病院の中にできた住宅型高齢者有料老人ホームの竣工式に出て、夜は住職が法務だったので、我々2人とも充実した1日でした。


20時前だけど、あたたかい部屋で、黒猫ノノの傍でひと寝入りしましょう。

ガソリン価格急とう

昨日、ガソリンスタンドに行かれた方はびっくりされたことでしょう。
私もその一人です。

ガソリン価格が30円以上、一気に上がっていました。
アメリカ・イスラエルの対イラン戦争の影響です。
ガソリンスタンドにはこんな張り紙が。

イランの小学校で児童ら175名が殺害された空爆は、アメリカ軍によるものだということが米軍の調査で判明しました。古い地図情報に基づき攻撃してしまったというのです。

日本の国会では、防衛特別所得税の導入について議論されています。27年1月から所得税に1%上乗せする形を高市政権は検討しているのです。

「時事通信」の世論調査によると、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃を支持しないが75%にも達します。殺傷能力のある武器の輸出を解禁するとした与党の提言について、反対が48%、賛成が27%。

国会周辺では、10日夜、平和憲法を守ろうと8000人の人たちが集まったそうです。ペンライトを持った若い人たちが多数、参加したといいます。世界と日本の動きから若い人たちが何かを感じ取っているのでしょうか。本当に頼もしく思います。

「戦争を起こすのも人間ならば、それを許さないと止める努力をできるのも人間です」

私の好きな故・品川正次(元経済同友会幹事)さんの言葉です。

私も後者の一人でありたいと思っています。

西法寺通信をつくりはじめる

4月に発行予定の第28号を朝からつくりはじめました。尾崎翠さん生誕130年をトップに、2-3ページは、4月に7周年を迎えるホームページについて紹介する予定です。まず2-3ページの方からとりかかっています。手書きで写真候補をあげてみました。

なるべく写真をたくさん掲載して、テキストは写真の下に縦書きで記していこうかなと。もちろんネコもでます。

一昨日、取引のある銀行の方がこられました。以前、うちのネコたちのカレンダーをさしあげたのですが、お母さんがとても喜ばれたということです。なにしろ、ホームページの主役はネコたちですから、ださないわけにはいきません。

少しイメージも湧いてきました。今日あすでできるところまで仕上げたいと思います。

少しカタチになりました

東日本大震災から15年

当時、東京で暮らしていた私は、家の最寄りの亀有駅前でその時を迎えました。翌日は祖母の法事がお寺で予定されており、仕事を早退して家にかえるところだったのです。その日の夜に寝台列車でかえり、翌日の法事に参列することになっていました。

激しい揺れ、立ってられないほどでした。当時はまだよく見かけた電話ボックスが波打つように左右に揺れていました。急いで家に帰り、テレビをつけると東北沿岸を津波が襲うようすが映し出されました。

交通機関はマヒし、鳥取にかえるどころではありませんでした。

地震・津波と原発事故。甚大な被害が発生しました。3月半ばから被災地に仕事で1ヶ月半ほど滞在しました。さまざまなことを考えさせられました。

あれから15年です。政府は災害から人命を守ることを第一としているのでしょうか。福島原発は廃炉のスケジュールを計画通りには見通せないようです。にもかかわらず、原発の再稼働や新増設などにつきすすんでいます。

石川県知事選挙では現職が敗れました。一昨年の能登半島地震への対応のまずさが敗因の一つと指摘されています。

助かる命が奪われることのないよう、自然災害の観測や防災、医療・福祉体制の維持など、東日本大震災の教訓をいかした社会づくりこそ。

いつ災害はやってくるのかわからないのですから。

サロン交換会にて

昨日の午後、町の社会福祉協議会で生き生きふれあいサロンの情報交換会がありました。町内の各サロンから代表が集まりました。

講師の方から、手軽にできるレクレーションの紹介があり、実際にやってみました。

パーツを集めてMをつくります。なかなかの難問でした。

切り取られた牛乳パックを積み上げます。

難しかったのは、このパズル。時間内に解けたのは数人。私はダメでした。頭が硬いのだと思います。講師さんからお土産でいただきました。

解けないのもくやしいので、今日の朝、再チャレンジ。ようやく完成にいたりました! 満足です。答えは何パターンかあるそうです。

楽しいひとときでした。サロンにも活かしたいと思います。

山上被告と接見した専門家の手記を読む

「月刊住職」3月号に櫻井義秀(北海道大学大学院教授)さんが手記を寄せています。山上徹也氏が、2022年7月6日、安倍晋三元首相を銃撃し、殺害しました。櫻井さんは、この裁判に弁護側証人として参加し、同被告とも接見されました。この1月、奈良地方裁判所において、山上被告に対し、無期懲役の求刑がなされました。被告が控訴したので、控訴審が今後開かれる予定です。

櫻井さんの手記を息をのむように読ませていただきました。
最後にこうつづっておられます。

「控訴審で問われるべき原審の問題は、山上家の人たちが旧統一教会による違法な勧誘と献金によって破産し、児童虐待が生じ、人生の選択肢を失った兄が自死し、彼は兄と家族の敵を討つしかないと思い込み、教団を擁護した最も力のある自民党政治家に発砲したという旧統一教会一連の流れを過小評価した点にあります」

「旧統一教会に対する違法判決や宗教法人の解散命令決定がすでに出されているという判例を全く踏まえず、不遇な生い立ちを矮小化したこと。教団の反社会性がこれほど認識されていながら五十年来の関係を持続させ、選挙活動に利用してきた自民党政治に一言も言及しなかった刑事司法のあり方。日本の国家や司法のあり方をぜひ皆さんで考えていただきたい」

櫻井さんが指摘されている問題にフタをされるようなことはあってはならないと強く思いました。