珍しいお供え

部屋よりも外の方があたたかく感じるようになってきました。
この陽気につられてなのか、本堂内には招かれざるお客さまであるカメムシが大量発生しています…。午後の法要の後、ほうきで外に出ていただきました。袈裟を着ている時に殺生はしないということを自らの決め事としているものですから。あた明日の朝には同じことになっているのでしょう。

今日は午前中、四十九日法要、午後は13回忌、その後、町内会の会合がありました。
四十九日の後、お寺の納骨堂へ納骨も。故人さまの娘さんが「坊守さんと飲んでください」とチェーン店のドリップコーヒーをたくさんお供えしてくださいました。「お好きなんですか?」「駅にある店に行くことがって」。お供えとしては珍しいものです。私などは注文の仕方が未だよく分からず、店にはほとんど行ったことがありません。ありがたくちょうだいしました。

午後の法要の前に施主さんごきょうだいが早めに来られ、近い将来、お墓じまいを考えているので、その時にはお寺で預かって欲しいとのことでした。妹さんは仏具店で働いておられます。だからなのでしょう。合掌の姿勢がきちっとしておられます。

町内会の会合は近年、お寺を使っています。4月から年度も変わり、新しい組長さんを選出。4月11日にはこちらもお寺を会場に観桜会が予定されています。桜が散ってなければいいのですが。また12日の日曜から朝のいっせい清掃も再開します。

確実に季節はめぐっているようです。



野にはつくし、そして水仙が満開です

朝から坊守と共に父母の朝ごはんを作り、朝のお勤め、その後は日曜の役員会の準備、西法寺通信の作成(主にクロスワードパズル作り)を。通信は一通り完成しました。4月上旬にはみなさんにお届けできそうです。秋に一泊旅行をと馴染みの旅行会社の方にプランを作成していただきました。物価高騰の影響で、宿泊料、バス代金もかなりの値上げとなっています。肌感覚ですが、2年前と比べると1.5倍くらいになっているのではと。「どうしたものかなあ」と唸っていたのですが、「まあ、みなさんに考えてもらいましょう」と一旦椅子を立ちました。

週末の法事と月曜の「なもなもサロン」用にと10時過ぎに「とわ」さんに生姜せんべいを買いに。午後に行くと「売り切れ」も珍しくないものですから。すると、風向きなのかお店の50メートルほど手前から砂糖と生姜の香り。店頭には「われせん」がありました。店主さんによると作る過程で割れてしまったものや焦げたものを「もったいない」で販売することにしたそうです。5枚入りと同じ値段で倍は入っているとのことで、2袋買わせていただきました。かなり得した気分。サロンのお菓子は「われせん」に決定です!

さて、お寺に帰りましょう。我が古家の玄関先ではシマちゃんが日差しを浴びて寝転がり、私の耳にはウグイスの鳴き声。野にはつくしが顔を出し、畑では水仙が満開です。

お願いされていた過去帳も書き上げることができました。明日の四十九日の準備も完了。朝から昼まで集中して働いたので、午後はちょっとのんびりと働くとしましょう。

憲法9条を守りたいから

昨日の夜、市内で、ちょっとした行動をしてきました。

東京国会前、全国各地で、平和憲法を守ろうというアピール行動があり、鳥取でもやろうと声を上げた方があったので、その応援のために駆けつけたのです。開始時間は夜7時。所要のため10分ほど遅れて到着。私と坊守含めて16人で、「憲法9条を守ろう」と声を上げてきました。

あとで、「袈裟を着ていけばよかったかな」と若干、反省も。

私は宗教者の端くれです。日本には様々な宗教があります。考え方は教団、宗教者個人と様々です。憲法9条を改定することを掲げている宗教団体ももあります。「平和」を求めることには変わりありませんが、その捉え方は一様ではありません。

私自身は、憲法9条を守り、平和外交を進めることこそが、今の世界情勢の中で最も果たすべき役割として日本に期待されていると考えています。それは先日の日米首脳会談でも、改憲派の高市首相も「日本にはできないことがある」と、暗に9条が大変な抑止力として働いていること認めざるを得なかったことにも示されました。

「仏説無量寿経」に説かれる「兵戈無用」(ひょうがむよう)、軍隊も武器も必要のない平和な世界、と重なるところがあると思います。ですが、この解釈も、「それに到るまでの武力は否定していない」といったスタンスをとる宗教者もいらっしゃることでしょう。「人間の煩悩があるかぎり争い事や差別は無くならない」というスタンスの方もいらっしゃるでしょう。結局、一人一人の宗教者の信ずるところ、信念の問題であろうと思います。私自身は、これからの若い世代に、戦争に参加することが当たり前の日本を絶対に手渡したくない、戦死者の葬儀をつとめるような時代を二度と繰り返してはいけないと強く思っています。

東京では2万4千人もの人が国会周辺に集まられたそうです。女性の姿が圧倒的に目立ったといいます。この国も捨てたものじゃありません。

今度は、4月19日(日)に国会周辺でアピール行動が予定されているそうです。鳥取でも何かあるのなら一人の頭数になりに参加しようと思います。全国各地で呼応したアピールがあるでしょう。宗教者のみなさん、この国で今何が起こっているのか目撃するために足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

ゆかむり班でわいわいと

きょうは医療生協の班会の日でした。久しぶりに参加された方が3名、そしてはじめて参加された方が1名あり、7人でわいわいと。

血圧測定し、フレイル予防チェックを。そしてあとは茶話会です。体操したかったのもありますが、こうしてしゃべりあうこともまた楽しです。

「いい気分転換になった」「家に閉じこもっとったらいけん」

初参加の方も、「来月も参加したい」とお話でした。

お寺を第3の居場所、サードプレイスにというのが私の目標でもあります。新しい方も加わって健康づくりと交流を大切に、そして楽しくつづけていきたいと思います。

今日はつきそいです

朝からいい天気です。境内でも岩井周辺の林でもウグイスが鳴いています。いよいよ春らしくなってきました。境内の枝垂れ桜も、つぼみかふくらんできたので、週末から週明けに開花するかもしれないですね。4月の初旬にはこの桜と、そして納骨堂前の桜が満開となるでしょう。季節はめぐるです。

さて、本日は母親の白内障手術の初日です。朝、一度病院に行って診察と諸注意をうけました。いったん家に戻って夕方4時過ぎから手術の予定です。待合室には今日あすで手術をうける患者さんが10数人。プラス付き添いと診察を受ける患者さんで院内はきょうもたくさんの方の姿。母が町内の知り合いの方から声をかけられたようです。

私なども後年、同じようなことになるかもしれないので、これもまた勉強です。

尾崎翠さんの小説を読みつつ時間を過ごせるので、これはこれでいいですね。

つきそい中にご門徒さんから電話が2件。1件は仏事に関する相談、もう1件は葬儀の依頼でした。

午後、再び出発する前に市内の仏具屋さんが来られました。希望していた商品があったとのこと。ネットでみたものよりもずいぶん安く助かりました。なんでもネットの方が安いとは限らないということなのかもしれません。

2時半過ぎに再び病院に到着。片目に眼帯をした患者さんが手術室のある2階から降りて来られます。大半の方は明日もう片方の目の手術となります。

高齢の母はさぞたいへんでしょうが、見えやすくなれば気持ちも前向きになることでしょう。

今週は料理班長です

昼間にいくつか作りおき料理を。というのも、あす火曜日から2日続けて母親が片目ずつ白内障の手術をうける予定で、術後は安静にしないといけません。母が家事をできないので父母の料理を私が作る必要があるのです。ちなみに、おもに平日はご飯係なので、それほど苦ではありません。

昼前に買い物に行き、午後、料理開始です。

豚バラ大根
ナスの南蛮
カボチャの煮物

眼科に朝いって、手術は午後、これを明日から2日間つづけて、3日目は検査。術後は数日安静に過ごしてもらわないといけません。母は週末まで我が古家で過ごしてもらう予定です。1日で18人の手術をするそうですから、目が見えづらい高齢者の方がたくさんいらっしゃるのでしょう。

明日からの3日間は、私一人では対応できないので、初日私、2日目坊守、3日目は妹と分担して乗り切っていきたいと思います。

今日のシマちゃん

お彼岸最後の法要

本日は午前中13回忌、午後1周忌のお勤めがありました。彼岸の法要はこれで終わりです。


いずれの法事でも、「正信偈」をいっしょに読まれる方が。午前中の13回忌では小学生と保育園児のお二人が可愛い声で読んでくれ、それにつられるように大人のみなさんも声をだされました。子どもたちにも、お母さんにも喜んでいただいたのが、この手作りキーホルダーです。ランドセルの形です。

昨年、お寺に来られた方が、「よろしければみなさんに差し上げてください」と持ってきてくださいました。50個くらいあったと思います。子どもたちに、「かわいい」と好評で、もう残り10個ほどになりました。欲しい方はお急ぎください!

午後の法事では、「ウグイスが『法を聞けよ』と鳴いてくれていると味わってみてくださいね」とお話ししました。施主さんが帰りがけに、「なるほどですね。私もそう思って聞いてみます」と。春はしばらくこの話でいってみます。

法事ののち、責任役員会でした。季節はめぐり春が訪れ、お寺の行事も本格的にスタートです。今年は節目の法要、お寺フェスに加え、グラウンドゴルフ大会や旅行も計画したいと考えています。そして境内の整備も。

みなさんの力を借りて一つずつ進めていきたいと思います。

追伸 シマちゃんはずいぶん回復しました。日中は日当たりの良い中庭で過ごしています。

彼岸と此岸

今日は朝からよい天気になりました。絶好の行楽日和、お墓参りにもいい気候です。暑さ寒さも彼岸までといくのでしょうか。朝から納骨堂へのお参りの方の姿もありました。

彼岸とはおさとりの世界、お浄土のことです。インドの言葉でパーラミター(波羅蜜多)といい、漢訳すると到彼岸となります。私たちの住む娑婆(しゃば)は此岸(しがん)と呼びます。彼方(かなた)と此方(こちら)です。

今本堂で、お二人のご遺骨をお預かりしています。お一人暮らしの方の中には、家にご遺骨を安置することが難しい場合もあります。四十九日にあわせてお墓に納骨するまではお寺が仮の納骨場所です。

今日は午前中に3回忌法要をお勤めしました。みなさん声を出して「正信偈」を読んでくださいます。こういう時は私も気持ちが入ってより大きな声が出るというものです。長男に生まれ、早くから漁師として家計を支えられたご門徒さんです。弟さんらごきょうだいは、お兄さんにひとしおをの恩を感じていらっしゃいます。「お兄さんは南無阿弥陀仏の声となられて、みなさんを喚び続けておられます。阿弥陀様と同じように前屈みとなり、私たちに向き合ってくださっているのではないでしょうか」。彼岸から此岸に向けられた声を聞かせていただいていると味わうこともできると思います。

午後は、明日の責任役員会の準備を。法事、葬儀、春彼岸法要、そして寺院葬儀とこの1週間はかなり忙しく過ごしてきたので、なかなか考えが回りません。みなさんのお知恵も借りて、29日の役員会にのぞみたいと思います。

37年前からのご縁

寺院葬儀が終わりました。葬儀にはご家族、ご親族とともに地元岩井で親交のあった方がたがお参りになり、故人さまをしのびました。葬儀が終わって、地元のご門徒さんが、「ワシも西法寺で葬儀してもらおうかなあ。知らんところじゃないし。なんだあ、アットホームでいいが」と感想を話しておられました。

昨日のお通夜の後、貴重な資料を施主さんの妹さんに見せていただきました。
こちらです。

平成元年・1989年、妹さんが岩井小学校6年生の時に写生した「鐘撞堂」です。岩美町の広報誌の表紙を飾ったそうです。

彼女の作品はたいへんな迫力があります。細部までよく描きこまれていて上手です。

「文章は私が書いたものじゃないかも」とご本人はおっしゃっていました。先生が彼女から聞き取ったことをもとに書いてくださったのではないかと思いますが、そちらもなかなかいいのです。

西法寺の「鐘楼」

校内写生大会で、岩井の町をかくことになりました。私は家の近くの西法寺の「鐘楼」をえらびました。夕方、5時になると「ゴーン」となるこの鐘の音で、私は小さいころから、帰宅の時を知らされていました。
近くで見ると、想像以上に堂々とした「鐘楼」でした。私は、辺りの建物でこれが一番きれいだと思いました。大きなつり鐘を支えているお堂の太い柱や、屋根のまわりの彫刻の重なりを、ずっしり表現したいと思いました。初夏の緑の山々の背景とお堂は、よく調和していました。
このお寺は、浄土真宗の本願寺派のお寺で、銀山に建てられていたものを、今から三百二十年前に岩井へ移転したものだそうです。また、この「鐘楼」は昭和60年に改築したものだと聞きました。

この絵を、まだ若かった頃のお父さんも大変喜ばれたそうです。妹さんは「お寺とご縁があったということでしょうか」と。

あなたが子ども時代に描いてくれた絵、そしてこの説明は、写真よりも、私の説明よりもよほどいいです。いただいたコピー、大事にします。お参りいただいたみなさんにもぜひ見ていただけるような形にしたいと思います。

(広報のタイトル。「寺」がなぜか「去」に。間違いは誰にでもあります。当時の広報担当者さんにも感謝)

本堂でのお通夜を終えて

夕方、本堂でお通夜のお勤めでした。人のいのちには限りがあります。こうして別れていかなければならない辛さを抱えつつ人は生きています。だからこそ出会えたことは喜びなのでしょう。阿弥陀さまが、ご往生されたご門徒さんを抱き抱えてお浄土へと渡していかれたのかなと思いつつ、「阿弥陀経」を読みました。

前住職とは長いつきあいがあり、数年前からはお寺のコンサートやお寺フェスにお越しいただくように。お寺の納骨堂も利用していただいています。

岩井温泉共同浴場の番台に座っていたご門徒さんに、「お寺にきていただいてありがとうございます」と声をかけたことがあったと今日、坊守から聞きました。「だって楽しいから」と人懐っこい笑顔だったとか。2023年の秋のコンサートの際、市内のスパイスカレー店Aprilさんにキッチンカーを出していただきました。「今日はこれを食べにきたんだ」と美味しそうに池のほとりでカレーを食べていたそうです。そんな姿を思い出したのでしょう。ご門徒さんの顔をみて、「涙が出た」と坊守はいっていました。

ご家族がご存知ないつながりや人の輪がきっとたくさんあったに違いありません。それを再発見をすることがこれからの糧になってくれるはずです。

私自身は、ほんのささやかな交流にとどまり、残念な気持ちが強くあります。ですが、このいただいたごえんを大切にしたいと思います。一昨年、盆参りの際、仏間に所狭しと置いてあった骨董品の数々にびっくりしつつ、少し説明していただいたことを懐かしく思い出しました。

ご苦労さまでした。ありがとうございました。