気候危機 何かしなくちゃ

坊守です。

今日は、普段と違う午後を過ごしました。岩美町の地球温暖化対策実行計画策定委員会でした。
漁協や商工会、自治会などの推薦委員さんと、公募した町民11人の委員会構成です。
私がここに居たのは、先月、何度か町内放送で委員募集がされていたからです。
気候危機に興味はあっても、なかなか行動できていないことに引け目を感じていたワタシ、これは募集の〆切近くなっても手あげする町民が出てこないのでは?と、心配になり、町役場に応募メールを送っておいた結果が今日でした。

1回目の今日は県庁担当者による学習がメインで、温暖化の待ったなしの現状や、それに対する国、県、町の対策をおおづかみにして、一人一人にできることから始めてみようということが語られました。再生可能エネルギーへの転換と、産業振興は矛盾しないことも。

岩美の温暖化対策は、県内の自治体の中では「少々遅れている」というのが町の認識で、来年度、区域全体を対象にした計画をつくる目標が町から報告されました。委員には、温暖化防止の重要性をまわりに報せる立場でお願いしたい、とのことでした。

委員さんには、住職が参加しているまちづくりの会の方が複数おられて、会議終了後「あんたは西法寺の奥さんか?」と、気づかれてしまいました。
任期は1年半ほどになりそうです。

◼️そして、さっそくみなさんにお誘いを◼️

14日土曜日 10時から、中央公民館で環境講演会があります。環境大学の先生が講師です。

いちおう、参加申し込みが必要だそうですので、町の住民環境課にひと声かけてください。

○○の秋

法事の際に短い法話の時間があります。先日はお聖教にでてくる数の単位を少しばかり。

一、十、百、千、万、、、、、極、恒河沙、阿僧祇、那由多、不可思議、無量。これが一から数えて大きくなる単位です。

親鸞聖人の「正信念仏偈」は、帰命無量寿如来 南無不可思議光 とはじまります。

一方、小さくなっていく単位は、一、分、厘、毛、、、、虚空、清浄、阿頼耶、阿摩羅、涅槃寂静となります。

「正信偈」には、清浄、涅槃、寂静といった言葉をみることができます。

親鸞聖人が生きた鎌倉時代にはまだ数の単位として確立していませんが、おもしろいと思いませんか? 聖人の没後30年ほどののち、中国の元の時代・朱世傑が極(ごく)以上の単位を確立したそうです。大きな数は仏教用語からとられたのだとか。

ちなみに、私たちが苦しめられているコロナウイルスの大きさは、繊(せん)1000万分の1、沙(しゃ)1億分の1といった単位です。身長15キロメートルの巨人のあしもとにある直径1ミリのゴマ粒ほどと、あるホームページに説明がありました。

涅槃寂静とは、いっさいの煩悩からはなれた仏さまの世界のこと。そこから無量寿(慈悲)と不可思議光(智慧)で私たちを救いとっていこうと願われたのが阿弥陀さまです。私たちが生涯、煩悩から逃れられないとよくよく知っておられるので、私に向かって前屈みに立っておられますよ。

「私、大きな数の単位、初めて知りました」と興味をもたれたご門徒さんもいらっしゃいました。

興味をもっていただけるよう、これからも、さまざまな入り口から、お聖教の内容をお話ししたいと思います。そのためにも、「読書の秋・勉強の秋」ですね。

義援金を送りました

先日の心のコンサートでよせられた42527円の義援金を、地元の郵便局から日本赤十字社に送金しました。

コンサートにこられた2人の方が郵便局にこられていて、「初めて参加したけど、とてもよかった」「いいコンサートでした」と声をかけられました。

朝、BS NHKのワールドニュースをみました。世界各国のメディアがハマスとイスラエルの軍事衝突を大きく報じています。大規模な衝突になっており、犠牲となった方たちのこと、戦火に怯える人たちのこと、そして憎しみの連鎖を思うと気持ちがかなり沈みました。

そして、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。われらは世界のまことの幸福を索ねよう。求道すでに道である」との言葉をかみしめています。

ター坊の日記

たぁちゃです。

きょうはおばちゃんがおうちにいました。おふとんからおきてきたなり「おやすみのうちに、ほっとかーぺっとをだそう!」といって、りびんぐのじゅうたんを、ぐるぐるとまきあげました。
そしたら、じゅうたんにとんねるができました。ぼくのおしごとは、たんけんですから、たったかとはしりこみました。すごいいきおいではいったけど、じきにせまくなって、ばっくして、おちりからでることになりました。
そんなことをしていて、きがついたら、くろいしきものがいつものじゅうたんのしたにはいっていました。だからぼくは、じゅうたんとしきもののあいだにおててをいれてバリバリかいてみました。


すると「こらっ!」と、おばちゃんにおこられました。おばちゃんは、ところどころなみになっていたじゅうたんがたいらになるよう、あっちこっちのはしっこをひっぱっていたみたいです。

それから、パチンと、でんきがはいりました。じきにゆかがぬくぬくになったので、ナモちゃんはねちゃって、ぼくはひっくりかえってぐにゃぐにゃしました。

ならんでネンネしていたら「あんたたち、ぬくいところでは、ケンカしませんね」だって。
ひっついてたほうがいいときは、ナモちゃんはぼくがちかくにいても、あんまりおこりません。

おひるからは、おばちゃんが、らいねんのかれんだーをちゅくるために、ぼくたちのしゃしんのどれをつかうか、かんがえるのをおてつだいしました。

新米を60キロいただく

昨日、長谷(ながたに)でお米をつくっているご門徒さんがおみえになりました。米60キロのお供えです。「半分はお寺さんに、半分は食料無料市に」と。

誰かの力になりたいという方はたくさんいらっしゃいます。お寺にはつながりがあります。人の善意と助けが必要な方をむすぶ仕事ができるし、期待もされていると思います。

ありがたく使わせていただきます。

第13回「心のコンサート」

天候にも恵まれた今日の午後、本堂で13回目となる「心のコンサート」を開催。45人が参加しました。地元の方がたくさんきてくださいました。大須賀さんファンの島根在住の方も久しぶりにお見えでした。

大須賀ひできさん、玉木孝治さん、拓人さんが来寺。デューク・エイセスのお馴染みのナンバー「いい湯だな」「女ひとり」、何度聞いてもいいですねー。

住職は、「リメンバー」に胸を打たれました。なかにし礼さん作詞、鈴木キサブロー作曲、核兵器のない世界を願った歌です。そしてウクライナの風景が目に浮かぶ「ひまわり」も。アンコールでは参加者と鳥取出身の岡野貞一作「ふるさと」をいっしょに歌いました。

生で聞く歌の心地よさ、そして迫力ににどっぷり浸かった2時間でした。楽しい時間はあっという間に過ぎていくものですね。

市内のお寺の住職夫婦も参加しました。「うちのお寺でもコンサートをしたい」という気持ちがあるそうです。実現するといいですね。

被災地への募金が42000円あまり寄せられました。連休明けに日本赤十字社に送ります。

Aprilさんのバターチキンカレーも美味しかったです!

大須賀さん、玉木さん、拓人さん、また来年もよろしくお願いします!

新しいアルバム「アコギな人生」

心のコンサート前日🎵

明日は大須賀ひできさん、玉木孝治さん、拓人さんを迎えてひらかれる「心のコンサート」当日です。

きょうは前住職と前坊守が掃除などでがんばってくれました。私の方は午前中、通信の郵送作業、午後は横断幕をつくり、夕方、少し早めに仕事を終えて帰宅した坊守とともに会場のセッティングです。といっても音響機材は大須賀さんがもってくるので、お寺が何か特別の準備をするわけではありません。仏具を動かしたり、椅子を並べかえたりといった程度です。見事な手際でステージをつくり、あっという間に撤収されます。

今年はどんな曲を歌われるのでしょうか。私もおおいにたのしみたいと思います!

そして、チャリティーコンサートですので、募金の協力をよろしくお願いします。

心のコンサート2日前

心のコンサートは2日後に迫りました。当日、キッチンカーを出店していただくことになっているAprilさんにうかがった際、地元テレビ局が取材に入っていました。そのことは「食レポに失敗する」としてアップしました。

2日前、ご門徒さんから、「テレビに映っていましたよ」とラインがありました。火曜夕方の情報番組で放映されたそうです。今日も地元岩井の人が、母に「住職さんがテレビに出ていた」と教えてくれたそうです。

プリンセスかおり(お米)とAprilさんの美味しいカレーがPRできたのなら、まあよかったです。

さて、本日は午前中いっぱいかけて西法寺通信の郵送作業にあてました。あした50ほどセットすれば郵送分は終了です。残りは世話役さんからの手渡しになります。そしてコンサート前日の準備です。本堂と客間などの掃除、横幕づくり他。頼まれていた過去帳の記載も。

当日は11時30分からAprilさんがカレーを販売します。昼食の場所は庫裡の集会室になります。コンサートは13時30分からスタートです。

ぜひお越しください。

ナモの日記(2023年10月)

ナモです。

こないだから、ばんにねんねするところを、かえました。
このなつアタイは、ひんやりするおげんかんの、おざぶとんのうえでねんねしていました。おざぶとんは、おはなのカタチをしていて、とおりがかったおいたんやおばたんが「ナモはかわいいねエ」といってくれます。


でももう、おげんかんではさぶいので、おいたんのおふとんのうえでねています。おふとんのうえには、ちいさなあかいもうふをかけてくれてあるの。アタイは、もうふのうえにとびのって、まんまるのニャンモナイトになるの。

おふとんのいいところは、いっぱいあそべることです。きのうはねるまえ、静岡のおにいちゃんがくれたおもちゃであそんでもらいました。おもちゃをキックしていると、だんだんキーっとなってきて、おもちゃをみながら、もうふをだっこして、うしろあしでケリケリケリ!としました。
おもしろくなったあたりで、ター坊がもうすぴーどではしってきました。ター坊がくると、どすんどすんとおおきなあしおとがして、なんでもくちゃくちゃになります。

僧侶の研修会に参加する

午後、県中部の香寶寺さんへ。僧侶の研修会のためです。集まりの名称は、人権啓発推進僧侶研修会。「み教えと差別の現実」というテーマで講師の方がお話しされました。

経典は2000年近い昔に書かれたものです。いまの人権感覚からみれば差別にあたる表現もあります。削除してなかったことにすれば良いということではなく、それも含めて背負っていかなければならないのではと講師さんはお話しされました。私もそう思います。残すことで不十分さを自覚するというのは大事なことでしょうから。

私たちは比べることで自分のポジションを定めるさがから逃れることはできません。区別するのはまだしも、優劣をつけ自分に合わないものを排除して、差別することもしてしまいがちです。だからこそ、学びの機会が必要だと思います。時間がもっとあれば、お互いに意見交換もできるのでしょうが、なにぶん会場まで1時間以上かかります。

きょうは組長さんに鳥取市から会場まで乗せていただきました。計4人の僧侶が車中で最近の出来事を交流しました。奇しくも郡部から参加した3人は、地元スーパーが撤退した町にお寺があります。私のところ岩美町と八頭町船岡は撤退してあとは決まらず。若桜町は別のスーパーが入ることになりました。「車がないと買い物に行けない。宅配の生協に加入したご門徒さんがふえているみたいです」。

共通する話題も少なくありません。僧侶同士で話し合える機会がもっとあればと思います。