来週末は春彼岸会

春の彼岸法要が近づいてきました。ことしは土曜日の開催です。みなさんに年間スケジュールとしてはお伝えしていますが、今週末、個別に案内はがきをもってまわりたいと思います。特に現役世代の方を意識して。土曜日と日程的にはめぐまれていますので。

お彼岸=墓参りと思っておられる方も多いでしょう。太陽が真東からのぼり、真西に沈む春分・秋分の日に彼岸・西方浄土に向かって手をあわせるようになり、お墓参りをこの時期に行うようになったといわれています。

春彼岸は3/17〜23までの7日間です。この時期は全国の寺院で法要がいとなまれます。普段はお墓参りで済ますという方も、一度、本堂に上がっていただいて、仏さまの智慧と慈悲に身をまかせていただければ。

ター坊の通院日誌⑨

今日は鳥大の動物医療センターへ。レントゲンを撮影して先生から話をうかがいました。

左今月、右先月

ター坊は順調に回復して、「骨がくっついた状態になったと思われます」とのこと。次回4/2にネジとピンを抜く手術を受けることになりました。一泊入院、生えそろってきた足の毛も再度丸坊主になります。ギプスもまた足にまかないといけません。ちょっと気の毒ですが、ター坊にがんばってもらいましょう。動物のお医者さん、よろしくお願いします。

ストーブにあたって気持ちよさそう

祟りの相談

今日は13回忌の法事がありました。今年95歳になるおばあちゃんも「足が痛い」とこぼしつつ、駐車場から杖をついて本堂まで歩いてお参りです。娘さんによると、「最近の記憶が定かでなくなってきていますが、元気です」。生前におつきあいのあった方の名前を本堂に掲示した年回札を見て、「ああ、こんなに経つのか」と。長い記憶の方ははっきりとされているようでした。今年もお元気でお過ごしください。

法事が終わると電話が。
「管理している親戚の家を片付けることになって。モノを動かしたるすると祟りが怖い。お祓いとかしていただけないですか?」
「浄土真宗はお祓いをしないので。神社さんにお願いしてはどうでしょうか」と、町内の宮司さんを紹介させていただきました。

こういうことは「ある」と不安な方にとっては、実に気になることなので、「『ある』と思うのなら、その不安を解消するためにされたらよいのでは」としかいいようがありません。わたしは「ない」と思うので、必要ありません。

亡き後も、ちゃんとお世話しないと祟りや幽霊となって現れるという考え方は、江戸時代に家が確立して以降、強くなったそうです。

さまざま考え方、捉え方はあると思いますが、「先祖の霊が祟っている」「供養しないと災いをもたらす」…などといって高額の寄進をさせるような、人の不幸につけ込む「宗教」には十分に気をつけてください。

ナモの日記(2024年2月)

ナモです。

たーちゃんがこのごろ、おうちをあるきまわってもいいことになったのだけど、おこたにはいってグウグウねてるので、あんまりおもしろくありません。
それで、おいたんのお坊さんのおしごとのカゴがおへやにあったから、はいってみました。


これに、あかいおきょうのホンや、おじゅずをいれて、なもなも〜と、おつとめにいくのよ。
そういえばアタイは、こねこのころ、おいたんがくろいキモノでおうちにかえってきたとき、にげたことがあります。キモノのニンゲンはみたことがなかったの。


おばたんは、おもしろがって、アタイがはいったままのカゴをもちあげました。アタイ、まいにちごはんをたくさんたべるようになったので、「おもいよ!」と、いわれました。

でも、アタイはてんじょうちかくの「はり」までかけあがれるし、にかいにあがるのに、かいだんなんか、いらないのよ。いっかいのてーぶるから、にかいのゆかまで、ぴよーん!!!と、とびあがることができるんだもん。

和歌山から届いた水仙

坊守です。

やーっと日曜!!年度末の多重課題にくたびれておりますが、休みの日の朝は元気です(笑)
昨日、実家・和歌山の母から届いた水仙を本堂にいけました。


境内の手水鉢の氷がぶ厚くはって、冷え込む朝でしたが、冷たい空気を吸うたびに花の香りも鼻腔に満ちて、心地よい。


雪をかぶった白い畑をみながら、こんなにたくさん花が咲く、温暖な和歌山をうらやましく思ったりもするのでした。水仙はご近所に分けても余ったので、岩美までやってきたのです。

陽だまりは、暖かいので、ター坊の真っ黒な体はほかほか。黒いものは光を集めるのというのは真実です。窓の外は雪の庭ですが、ご機嫌に過ごしています。

春の雪

午前中は法事が2件ありました。きょうは真冬並みの冷え込みで、みなさん、「寒い、寒い」とストーブのまわりへ。

昼、おつとめが終わり、本堂の戸を開けると雪景色です。立春を過ぎて降る春の雪です。

淡雪ですから、積もることはないと思いますが、外は真っ白になりました。

「雪のうちに 春は来にけり」(藤原高子 二條后)

なのかもしれませんね。

と風情を楽しんでいたら、午後、けっこうな降り方になってきました。

2月の宿題を提出する

「月刊住職」2月号の「第19回 住職関心事アンケート」を提出しました。なかなかの難問でした!

①この世に「宗教」はなぜあるのですか?
答)苦悩から脱却するためだと思いますが、現実に宗教が、自身がその役割を果たしているのか自問自答しています。

②この世に「寺院」はなぜあるのですか?
答)仏さまの願いをきかせていただくためにある。

③ご住職自身は仏様に実際に救われたことはありますか?
答)ある
理由)「息子は私がこうして手をあわせるために私のところに生まれてきてくれた」と早逝したお子さんのことを話される方があり、衝撃を受けました。私も仏さまのお慈悲に包まれているように感じ、胸を打たれました。

④もしも今お釈迦様が日本に現れたらなんと言うと思いますか?
答)私たちの苦悩に寄り添い、「なんでも話してください」とおっしゃるように思います。

⑤仏式葬儀に僧侶の出仕は不可欠ですか?
答)不可欠ではない
理由)お経をご家族や施主さんがあげられるということもあり得ると思います。

⑥仏式葬儀の挨拶で喪主が「親も天国に行きました」と言われたら、住職はどう思いますか?
答)私たちの努力不足もあり、「お浄土」というリアリティーがなくなり、「天国」の方がイメージしやすいのだと思います(実際、これまでも何回か、「天国に」とお話しされる施主さんがいらっしゃいました)


⑦2023年中に読んだ本でベスト3は?
❶「正信偈講座」梯実圓 
理由)法務のためということもありますが、繰り返し読みました。私も仏さまのお慈悲の中に生かされていることを感じます。
❷「ゼロからの資本論」斎藤幸平
理由)今の社会が抱える問題点とその克服の道筋について、多様な考え方を知ることは大事だと思います。
❸「戦争と平和 ある観察」中井久夫 
理由)「人類がまだ埋葬していないものの代表は戦争である」という導入の言葉が昨今の世界情勢と重なり、突き刺さります。

Uターン大歓迎です

今日は冷たい雨の落ちる1日です。


午後、同じ町内にUターンで帰ってこられた若いご夫婦と一緒に、ご近所さんにあいさつしてまわりました。出ていって帰ってこない人が多数(私もそうでした)ですから、若い方が帰ってくるのは大歓迎です。みなさん笑顔で迎えてくださいました。「私はふだんお寺の住職ですよ」と自己紹介すると、ちょっとびっくりされました。

明日からはや3月です。今日は2024年の納骨堂法要の案内ハガキを作成し、ポストに投函しました。この数年、納骨堂を利用される方が増える傾向にあります。遠方の方はお参りすることは難しいですが、住職としては、納骨堂で年に5回、法要を行っていますので、どうか安心してくださいという気持ちです。

3月16日には春の彼岸法要が予定されています。ご講師さんから連絡もいただきました。土曜日なので、なるべく多くの方にお参りしていただけるよう、明日から案内を強めたいと思います。

「これからの西法寺について」アンケートの回答期限は今日まで。約110人のご門徒さんから回答が寄せられたのは嬉しいことでした。集計はほぼ済んでいます。その結果について24日の役員会でみなさんに報告するとともに、4月に配布する西法寺通信で全てのご門徒さんにお知らせする予定です。

2月後半は暑さを感じるような日もあれば、真冬に逆戻りしたような日も。不安定な天候が続きますが、みなさん体調に気をつけて過ごしましょう。

ター坊も元気で過ごしています

「お茶の子さいさい」

2月も今日で終わりかと思ったら、今年は明日もあるんです。うるう年ですから。


現在の太陽暦になったのは明治5年のこと。それまでは太陰暦で、1年が13カ月となるうるう月が2年から3年に一度あったそうです。太陽暦への移行の理由としては、財政難の明治政府が公務員給与の削減のためとか、欧米にあわせたなどといわれます。

今日は午前中に50回忌の法要がありました。昭和50年にご往生されたご門徒さんです。お参りされたご門徒さん夫婦と一緒に読経しました。「30分も声を出すようなことは滅多にありませんねー」と。

夕方、市内の葬儀会社の方から、「茶の子を30ほど差し上げることができます。内容はお茶の葉です」との電話がありました。以前、「食料無料市に余っているものがあれば提供してくれませんか?」とお願いしていたのです。

こちらに帰ってきた当初は「ちゃのこ? 何それ?」という感じでした。「茶の子」とは葬儀や法事の際の返礼品のことを言うんだなということが何回か葬儀をお勤めするうち知ることになりました。ただ元々は、お茶を飲む際に口にするお菓子のことを指すそうです。「お茶の子さいさい」の語源とも言われるとか。

次の無料市は4月20日の予定です。ありがたく活用させていただきたいと思います。

お釈迦さまが日本に現れたらなんという?

以前も紹介しましたが、お寺の業界誌「月刊住職」2月号の住職関心事アンケート。回答期限が迫ってきたので、今日の午後、その回答を作っていました。

その中に、「お釈迦様が日本に現れたらなんと言うと思いますか?」という問いがあります。

何を言われるのかなあと、お釈迦さまの言葉を集めた本(中村元『原始経典を読む』)を眺めつつ考えていました。

「貪っている人々のあいだにあって、患い無く、大いに楽しく生きよう。貪っている人々のあいだにあって、貪らないで暮そう」
とあります。(25ページ)

欲したものを次から次へと貪り求める欲望のことを貪欲(とんよく)といいます。

人間のあらゆる欲望を形にできるのが、今の社会の大きな特徴でしょう。
限られた人たちに莫大な富が集中する一方、貧困や飢餓に苦しむ人々が日々、作られています。

アマゾン創業者の所有する富は2020年から327億ドル増え、25兆円にも。彼を含めた世界で最も裕福な5人の総資産が20年比で130兆円増えた一方、全世界で50億人が以前より貧しくなっているそうです。

勤勉や正直さによって財を蓄えることをお釈迦さまは否定しませんが、
「おびただしい富あり、食物ある人が、ただひとりおいしいものを食べるならば、これは破滅への道である」(365ページ)
「たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない。『快楽の味は短くて苦痛である』と知るのが賢者である」(25ページ)

といった戒めの言葉も遺しています。

ここまできて、「なんと言うか?」の回答ができました。

「足るを知れ」