お寺フェスを開催しました

汗ばむような陽気となった今日、第2回お寺フェスを開催しました。お寺のご門徒さん、そして地域の方に大勢きていただきました。

落語の方は用意した40脚では足りず、イスを追加して50人近くで本堂は満員御礼です。私の友人、満丸屋団地さん(素人)、そして桂小鯛さん、桂出丸師匠の落語に引き込まれました。昨年以上の爆笑の渦。「おもしろかったー」とみなさん大喜びでした。上方落語の登場人物は、どこかとぼけていて、憎めない人たちばかり。「そんなアホな」と思いつつ、話に引き込まれていくんですよねー。お坊さんも登場しますが、これがまたいい加減ときています(苦笑)

桂小鯛さん「手水廻し」
桂出丸師匠「寄合酒」

昼ごはんを提供された2台のキッチンカーも用意した分は全て売れたそうです。網代のカレイの干物は、早々と売り切れに。

網代の干物は飛ぶような売れ行き

鳥取医療生協さんの健康チェックには50人以上の来場と、ことしももりあがっていました。

健康チェックコーナー

仏具屋さんにも出店していただきました。私の知り合いの方は、「欲しい線香が買えてよかった」と。

フェスの最後には抽選会。1等のコメ5キロを3袋提供してくれたのは、私もお世話になっているコメ農家のYさん。プレゼンターとして登場されました。

今日参加されたご門徒さんから、「毎日、更新を楽しみにしています」とのことばをいただいておりますので、急いで書きました。

楽しい1日を、みなさんありがとうございました。

お寺フェス前日

いよいよ明日はお寺フェスです。

午前中、音響設備をIさんがセッティング。午後はお寺の役員さんと境内にイス・テーブルを置き、本堂に落語の高座をつくり、山門から幕をはりました。

昨年より準備もスピーディー。そして和気あいあいと進みました。

明日の日中は雨の心配もなさそうです。ご近所のみなさん、ぜひお寺フェスへ!

法の下の平等 虎に翼

「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

「虎に翼」の次週予告で、寅子の声で日本国憲法第14条が読まれました。

明治憲法には平等規定がありませんでした。国民は臣民であり、かつ女性は無能力者とされた時代です。「虎に翼」は、「はて?」と異議をとなえ賢明に生き、挫折もさせられた寅子、そして学友たちの姿を描いてきました。今週は、戦争がささやかな日常を奪い去っていく様を、一人ひとりに眼差しを向けて描いてきたように思います。人間が個人として尊重されなくなると何が起こるのか、訴えかけているようでした。

次週は敗戦と戦後直後の混乱期、そして新憲法の制定が描かれるようです。新しい憲法、高らかにうたわれた「法の下の平等」を、寅子はどのような感慨をもってうけとめたのでしょうか。

戦後生まれが全人口の9割を占める今、ドラマとはいえ、こういう背景があり、新しい憲法が生まれたのだと知ることは、すばらしい学びであると思います。

「お参りの方が大事だけえ」

次の日曜の午後、永代経法要をおつとめします。永代経というお経があるわけではありません。永代にわたって南無阿弥陀仏の教えを大切にしてくださった先人に感謝し、仏さまの願いに静に耳を傾け、身をひたすお勤めです。


先日、「午前中は忙しいから、お寺フェスは行けんけど、午後はお参りするで。私にはそっちの方が大事だけえ」とおっしゃるご門徒さんがありました。法話は私が担当するので、「おっ」という感じです。

ある僧侶の方から、「仏法を味わって得られる喜び、楽しさを法楽といって、それは人にとってもっとも大きな喜びですよ」と聞いたことがあります。

楽には、外楽(げらく)、内楽(ないらく)、法楽(ほうらく)という3つがあるそうです。体を動かしたり、笑ったりというのが外楽、心地よい気持ちになるというのが内楽です。

法要での法話は、スマートフォンをプロジェクターにつないで、西法寺のブログの記事をスクリーンに映す形ですすめたいと思います。

午後、この半年間の記事を改めて読み直していました。楽しい話題も交えつつ、お念仏の教えに生きた先輩たちの姿をちょっと力も込めてお話しさせていただこうかと。そして、西法寺アンケートの結果にもふれて、今後のお寺についても若干。

少しでも法楽の時間となれば幸いです。



尾崎翠さんの新刊をいただく

『枯草のクッションを敷いた古馬車 尾崎翠全集未収録作品ほか』がこのほど刊行されました。編者は文学研究者の石原深予(みよ)さんです。

西法寺は、尾崎翠さんの出生地であり、幼少期は岩井で過ごされました。

尾崎翠さんについては、こちらのページをご覧ください。

尾崎翠さんについて

1917年、21歳当時の翠さんの作品が『日本評論』に掲載されています。同誌は、「大正デモクラシー期の思潮を表す雑誌の一つ」(石原さん)ということです。

「ふるさとは海清き国春くればみさきかすみて波きよき国」

翠さんは1914年から1917年の年始まで、網代の道場に寄宿して、代用教員として働いています。幾度となく網代から海を眺めたことでしょう。

今の時期、網代のなだばたから海を眺めると海は青く澄んでいて、陽光に波がキラキラと輝いて、風はそよぎ、なんともいえない心地よさを感じます。春は黄砂とともにやってくるのでそのこともあわせてよまれたのかもしれません。

戦後、生活協同組合運動に参加し、生協の名付け親にもなった橋浦泰雄(岩美町大岩出身)と翠さんが、戦前、交流を深めていたことをこの本ではじめて知りました。

お寺フェスが終わったらじっくり読ませていただきます。

お寺フェスに向けて⑥

今日は午前中に四十九日のお勤めでした。お参りされたご門徒さんも一緒に読経され、ありがたかったです。先々週の逮夜まいりでお預かりしていた過去帳への記載を失念しており、朝、思い出して慌てて筆をとりました。

午後は今シーズンはじめて草刈機を稼働。お寺フェスに向けて駐車場の草刈りです。充電式なので、30分ほど作業するとうごかなくなります。満タンにするには急速充電器で40分かかります。その時間は、お寺フェスの会場案内図やご門徒さんの昼食券などをパソコンで作成しました。充電完了でもう一回草刈り作業です。

他にも忘れていたことがあったような。。。

消火器の耐用年数が切れかかっていることを思い出し、注文。お寺フェスまでには届きそうです。

参加を予定されている方を数えてみると90人ほどになりました。事故なく、楽しいイベントにするために、役員のみなさんや手伝ってくれる方たちと運営にあたりたいと思います。

なだばたでばったり

午後、網代で三七日(三七日)のお勤めでした。草ぼうぼうとなっている布教所のようすを見るために早めに出発。12時半過ぎ、ほんとうに久しぶりに網代漁協部の店・なだばたへ。入店すると、見慣れた後ろ姿が。この3月まで長年、お寺の役員をになっていただいたMさんです。

「あれっ?」と私。店員さんのなかにはなもなもサロンに参加されているご門徒さんも。「いま、Mさんに今月のサロンはなかったですねと聞いとったところだで。お寺フェスの翌日にするのは住職がたいへんだわ」。実はそうなんです。

Mさんは、長く魚の行商をしているEさんのところにかれいの干物の注文にいっていたそうです。

Mさんはカレイの煮付け、私はカレイの唐揚げをいただきました。

唐揚げに甘酢のあんかけ。美味です。
付け合わせが実にいいんですよ!

そして三七日のおつとめへ。「正信偈」をあげ、「しんらんさま」を歌いました。施主さんの家ではいま、らっきょうきりもはじまり、忙しくされています。

らっきょうきりの様子

また来週、よろしくお願いします。

布教所の草刈りもどこかのタイミングで…。

追伸。お勤めの帰り道、「昨日の記事がなかったで」とホームページをよく見ておられるご門徒さんからいわれて、「アレ?」と。昨日書いた記事が一昨日の日付で更新されていたようです。何度か目のミス。昨日の更新とします。ご容赦ください。

名を記す

昨日の夕方、お寺にお客さんがありました。この2月にご往生されたご門徒さんのご家族・ご親戚の方です。

生前、ご門徒さんから、「お寺のために使ってほしい」と懇志をお預かりしました。この度、ご門徒さんのお名前を記した五条袈裟と法衣(夏服)が仕上がり、それをみていただくために来ていただいたのです。


袈裟の裏側と、夏服の胸もとの裏側に、お名前が記されています。よろこんでいただいたようで何よりでした。ご門徒さんの名前をスマホで撮影し、ご家族に知らせるとのことです。

「名」とは「夕」と「口」があわさった漢字です。薄暗い時分に、大きな声で私を呼ぶ声です。私も、袖を通すたびに、ご門徒さんのご厚志を味わうことができます。そしてお寺を見渡してみれば、ご本尊も、お飾りも、畳も、柱も、屋根瓦も、何もかもが、多大なご厚志によって、ここにあるのだと感じることができます。物の背後にある人と人とのつながりに思いを馳せることができます。

衣替えは6月からですが、5月26日の永代経法要にて、初めて袖を通させていただきます。


ご門徒さん、ご家族のみなさま、ありがとうございました。

「日本初の女性弁護士 中田正子」展

一昨日、鹿野のお寺さんにうかがう前、青谷(あおや)の郷土館に立ち寄りました。
日本初の女性弁護士 中田正子展を見学するためです。

https://www.tbz.or.jp/kyoudokan/special/3102/

現在、NHKで放映中の「虎に翼」。主人公の「寅子」(ともこ)は、司法試験に合格した初の女性弁護士・三淵嘉子さんをモデルにしています。中田正子さんも初めて合格した3人のうちのお一人です(もう一人は久米愛さん)

中田さんの幼少期から弁護士として活躍された晩年までの写真、司法試験の合格証、新聞記事など彼女の人生を紹介する資料が展示されていました。

中田正子さんは明治43(1910)年、東京に生まれます。昭和14年、鳥取県若桜町出身の中田吉雄と結婚し、正子さんも昭和20年、若桜に疎開。夫は昭和25年に社会党の参議院議員となります。正子さんも1日25回も街頭演説する日があったそうです。議員の妻として、3人の子どもを持つお母さんとして、そして昭和25年には鳥取市内に中田正子法律事務所を開設し、女性弁護士として活躍されました。

86歳まで法廷に立ち、88歳ごろまで相談を受けていたそうです。
「ここには私を必要とする人たちがいる」と、東京の子どもたちからの誘いも断り、鳥取の地で過ごされました。平成14年、91歳で生涯を閉じられています。

相談者から親身に話を聞き、
「真実が一番強いから正直に言ってください」
「いつでも人の記憶というものは案外あてにならないから、いつどこで何があったかというのはいつも記憶しておくととても役に立ちますから」
と話していたそうです。

弁護士活動は東京でスタートされましたが、「主婦の友社」が主催した法律相談を担当され、手紙が週100通以上寄せられる人気企画に。整理のためのアルバイトが必要だったほど。

「赤毛のアン」の翻訳者として知られる村岡花子さんが、彼女の司法試験合格について寄稿した新聞記事が展示されていました。
「将来同性のために大いに気を吐いてくださるやう、期待してゐます」
「婦人界の先駆者の道は、決して薔薇で敷き詰められた楽しいものではありますまい」
とありました。

展示会は明日19日までです。お近くの方がありましたら、ぜひ足を運んでみてください。

「夫から逃げて幸せです」

坊守です。

東京にいた時の、知人からひさしぶりに連絡がありました。

編集の仕事をしてきた彼女、DV(身近な人からの暴力暴言)を経験した女性むけの連載を手がけているとのこと。「必要な人がいるかもしれないので、よければ広げてください」という内容でした。

暴力をふるう配偶者から、2人の娘を連れて逃げた自らの体験を通じて、公的な相談窓口やその際準備しておけばいいことなど、当事者だからこそ分かる、必要な情報を伝えてくれています。

彼女と知り合ったのはたしか13年前でした。わたしが編集者として手がけていた紙面に、協力いただいたのがきっかけでした。文学少女が、なんでもできる賢い編集者になった…という印象で、人知れずそんな深刻な悩みを抱えていたとは想像もできませんでした。


ご本人もDVの悩みを語るのは恥ずかしい、という思い込みがあった、とのちに自覚したようです。


エッセイストの藤井セイラさんの連載はこちらです。家族の暴力など、そもそもこの世から無くなればいいのですが、いま必要な方に届けば、と思っています。