大阪市内で葬儀がありました。
亡くなられたのは岩美町出身の方。身寄りのない方でしたが、親類の方が法要を営んでくださいました。
一人の人をおくることの大切さ、大変さを感じさせられる、私にとっても勉強の場となりました。
亡くなられる数週間前に岩美町内にある実家のお墓を訪れたそうです。若き日を過ごされたふるさとをどのように感じられたのでしょうか。
来週は親類の方が納骨にこられます。しっかりとお勤めをさせていただきたいと思います。
大阪市内で葬儀がありました。
亡くなられたのは岩美町出身の方。身寄りのない方でしたが、親類の方が法要を営んでくださいました。
一人の人をおくることの大切さ、大変さを感じさせられる、私にとっても勉強の場となりました。
亡くなられる数週間前に岩美町内にある実家のお墓を訪れたそうです。若き日を過ごされたふるさとをどのように感じられたのでしょうか。
来週は親類の方が納骨にこられます。しっかりとお勤めをさせていただきたいと思います。
坊守です。
このところ、その日に予定していた業務を定時で終えられたためしがなく「もうあかん!帰るっ!」と、帰宅することが続いております。
要領が悪いのでしょうが、予定外の雑務や相談事や対応の多さも原因だナ、と分析中。
いつもなら、目をしょぼつかせて「ただいま」と玄関を上がれば「おかえり」という声が帰るのですが(たとえそれが生返事でも)、今夜はしんとしています。住職が居ないのです。分かっていたこととはいえ、持ち帰った仕事の資料を食卓に放り出し、深いため息。
ところが、です。
冷蔵庫には焼き魚とサラダ、炊飯器にはご飯が炊けており、テーブルに完成予定時刻のメモのついた水出しコーヒーのポットを見つけたとたん、ホッとできました。
これから夕食を作らんで良いので助かった!という側面もありますが、自分のコトを考えてくれる存在があることに、心があたたまったのです。
これ、阿弥陀さんが居て、見守ってくれていることに「ありがたいなぁ」と思う気持ちにも通じるのかしら。

7月21日、参院選挙があります。
各党の政策や公約をザァーっとですが、読んでみました。
その中で、維新が政策で、「国立追悼施設」を作るとしていることを知りました。
同党の浅田氏は、「9条を改正する前段として、戦死者に対する尊崇の念を抱かせるというのかな。そういう場所をつくるのがまず前提」と憲法9条の改定を煽っています。
今日、本願寺が発行している『大乗」の最新号を読みました。
その中の『歎異抄』の連載が、第13条をについて触れています。
唯円に対して親鸞聖人が、「お前は千人を殺すことができるか」と問います。
驚いた唯円は、「一人であっても殺すことはできません」と答えます。
親鸞聖人は、「それは善人だからではなく、そういう関係性の中にいないからであって、人間は縁に触れたら何をするかわからない」というのです。
親鸞聖人のことばを唯円は深く心に刻み、後世の私たちに伝えてくれたのです。
維新の政策を読み、私は本当に背筋が凍る思いになりました。
そうした関係性のなかに人が置かれるようなことが決してないよう声を出さなければなりません。
職場に、わたし宛の電話がかかってきました。
寺院に「平和の鐘」を呼びかける活動をされているという男性からでした。
「知り合いのドクターに会ったら、お寺の嫁さんがいるから誘ってみなさい」とのこと。
ここまで聞いて、あれ?と思い出しました。鳥取に来て、数カ月たった頃、同じ電話をいただいたのです。
デスクの上に立ててあった資料の、いちばん端っこの茶封筒を出したらやはり、この方が送って下さった資料でした。
紹介したドクターも、
この方も、
1年前に私に声をかけたことを揃ってわすれておられたようです。
わたし自身も、お名前を聞いてもすぐには思い出せませんでした。
人間の記憶のなんとあいまいなこと…
ちなみに、西法寺では以前から賛同しています。
鐘を鳴らすのは、原爆忌の2日(8月6日と9日)と、敗戦の日(8月15日)の3日間です。
人間のあやまちを忘れぬように、今年も鐘をならします。
お知らせにも掲載しましたが、昨年についで2回目となる寺子屋を8月3日におこなうことになりました。
対象は町内の小学生のみなさん。
習字道具と宿題の手本を持ってきてください。
習字の宿題を講師の方の指導のもと書いてもらって流しそうめんをします。
ぜひお集まりください。
継職法要を受けて初めての役員会を開きました。
8月3日に寺子屋の第2回目を開催すること
10月26日〜27日に西本願寺への参拝をかねた旅行を行うこと
夏から秋にかけてお寺の清掃作業を門徒さんたちで行うこと
など、今後の計画を相談しました。
田後地区での報恩講も開くことになりました。
報恩講は、親鸞聖人のご命日を縁として開かれる法要です。
休眠状態にあった壮年部の活動もスタートさせようと相談会を持つことになりました。
少しずつですが、新しいお寺のあり方を形にしていけたらと思います。
会議や研修で毎晩遅くなっている今週です。
昨日は、ある看護師さんの講演をききました。お金のない人、身寄りのない人、困難を抱える患者さんたちに寄り添って、地域医療を続けてきた方です。
病という大きな試練を受けた方が、その人らしく生き抜けるよう、スタッフ一丸となって汗を流すエピソードに何度も胸が熱くなりました。
ステキな言葉がいくつもちりばめられていましたが、その中からひとつ。
「暗いと嘆くより、
あなたが進んで光を灯しなさい」
マザー・テレサの言葉だそうです。
この方はキリスト者ですが、共感できました。1度しかない人生、どうせなら、そういう生き方が良いのです。
(坊守)
ジョージ・ソロス氏らアメリカの最富裕層の方たちが書簡を発表し、大統領候補宛に送ったそうです。その内容は富裕層への増税。10年間で321兆円!と巨額ですが、「少しの富裕税」と書簡にはあるそうです。
税収は、「もっとも恵まれた者から得るべき」とも。
それを財源に気候変動への対策や奨学金返済の救済に充てるよう求めています。
大富豪の方たちの提案に感心するとともに、この社会ではここまでの経済格差がついてしまうことに改めて衝撃を受けました。
持てば持つことで悩み、なければないことで悩むというのが人のありようと経典にはあります。
独占するよりもシェアすることの方が、ほんとうは心地よいのかもしれません。
坊守です。きのうは、岡山で会議のため、いつもより遅めの出勤でした。出る前に、一通の郵便を赤いポストにイン。
宛先は京都。仏教学園宛の願書です。 通信教育を受講することにしました。
まじめにやって3年かかるようですが、途切れ途切れの学習より、怠け者の私には向いている気がしました。
「柔道5段や!通信教育でな!!」
というギャグのようにはならないだろうか?そのためにも、ここで報告しておくのであります。
6月21日に龍谷大学が軍事研究に関する学長声明を発表しています。
https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-3667.html
平和憲法を守り抜く決意
戦争を美化したことへの反省
そして浄土真宗の精神に改めて立ち返り
「龍谷大学はあらゆる軍事研究に関与しない」というものです。
大変勇気があり、立派な声明だと励まされました。