住職の日曜日

今日は久しぶりに休みにしました。ネコたちが昼寝する横で休んでいましたが、いい加減、タイヤ交換だけは済まそうとガソリンスタンドへ。しかし、タイヤは交換では済まず、新しく買うことに。そんな予感はしていたので、想定内ということで。

さて、本日は昨日のことを記したいと思います。お寺が一番忙しいのは日曜日なのです。

昨日から岩井集落のいっせい清掃がスタートしました。秋までの第一日曜に30分ほど、総出での作業です。昨日は初回ということもあってか、たくさんの方が参加していました。

掃除から帰って午前中1件、午後は2件の法事でした。

午前中の法事が終わり、施主さんが、「尾崎翠さんが生まれた部屋を見学したい」とのことで見ていただきました。西法寺通信を手に取られた方にさしあげ、「パズルの回答をぜひ」とお願い。施主さんの奥さんは家に届いた通信を読まれたようで、「劇を見にいきたいので、チケットをよろしく」と。「花こぶし 親鸞聖人と恵信尼さま」の観劇の輪を広げたいと思います。

午後の法事は自宅にうかがっての法事が2件。まず、二十五回忌のおつとめでした。施主さんがご高齢で、身体も不自由なためお寺にお参りするのがむずかしく、仏間におじゃましました。

「母は身体の調子が悪くても、這ってでもお寺にお参りするような人でした。法事のことが気になっていてたけど、この通りで。きょうはきていただいてありがとうございました。これからしばらく施設に入ります」と施主さんがおっしゃいました。お母さんの法名は本願寺から授かった生前法名でした。

そんなお母さんの姿を間近に見てきたからこそ手をあわせることを大切にされているのだと思います。部屋の入り口から仏壇の前まで手すりがつけられています。以前から、すごいなぁと思っていたのですが、そのわけがわかりました。

何度かご自宅にうかがったことがありましたが、仏間には「南無阿弥陀仏」の掛け軸が掲げられていたことにはじめて気がつきました。書が得意だったというご近所さんに書いていただいたそうです。

2件目は初七日のおつとめです。みなさんいっしょに読経されました。涙するご家族も。ご実家のお墓は、以前、山の上にあり、お墓参りがむずかしく、数年前にお寺の納骨堂へご遺骨を移されました。それ以降、たびたび、お寺の法要や納骨堂法要にお参りされています。四十九日のあとはご遺骨はお寺の納骨堂でお預かりすることになります。

以上、住職の日曜日でした。

春のめぐみ(調理編)

坊守です。

先日、住職が銀山の門徒さんからいただいてきた、掘り立て筍とフキ、調理しました。

筍は、カリカリにした豚肉とサッと炒めて、お醤油と木の芽で味付けしました。


フキは、ゆっくり味をしませて佃煮(きゃらぶき)に。去年つくった山椒醤油と、ちりめんじゃこも加えました。


我が家の庭には、野鳥がタネを運んできたと思われる山椒が、何本か自生えしています。小さいザルを片手に、萌え始めた山椒の新芽を摘むと、たちまち指先がいい香りに。東京で暮らしていたころは、木の芽は購入するしかなく、食卓にのぼることはまずありませんでした。それがいま、とても贅沢な環境に変わりました。


山菜じたいも、料理するのはこちらにきてからですが…。
完成品は、住職が「うまい、うまい」と、食べました。

冬の片付けを邪魔するナモ

「初めまして!」

毎日、ブログを更新していると、いいことがあるものです。
朝、法事でお参りのご門徒さんと、すでにご往生されているお父さんの事を記したブログを印刷して配りました。「ブログを見たことがない」ということでしたので、喜んでいただけたように思います。さっそく「どうやって検索したらいいだ?」とご門徒さん。「Googleで、岩美 西法寺と検索したら出てくるよ」とお嫁さんが教えてくれたので、見ていただけることでしょう。

「初めまして!」
そして、「いつもありがとうございます!」

2件目のご法事ではとても嬉しいことがありました。詳しく紹介できる時も来ると思うので、またその際に。昨年のお寺フェスにも家族で来ていただいていたそうです。今年もまたぜひお越しください!

4月に入ってからずっと慌ただしく過ごしていて、お疲れモードの中、朝の法事となりましたが、が然、元気になりました。

明日まではこの調子で乗り切って、月曜は休もうかな、と思います。

法を聞けよ

葬儀が終わり、因幡霊場へ。丘の上にあり、まわりには林が広がります。

ご遺族より少し早く到着し、待っていると、あたりからウグイスが、「ホウ ホケキョ」と鳴いています。

室町時代の蓮如さんはご臨終の目前に鳴き声を耳にされ、「コノウクヒスハ 法ホキヽヨ トナク也」とおっしゃったそうです。

そのことを本で読んで以来、「(仏)法を聞けよ」と鳴いてくれているんだなぁと思って耳を傾けています。

荼毘にふした後、施主さんが、「お父さんが逝ってしまった」とつぶやかれました。その言葉に、私も胸が締め付けられるような思い。

「あなたもいつか死んでいくいのち。どう生きていますか?」と故人さまから問われているように感じます。

建物からでると、ウグイスがまだ鳴いています。

「法を聞けよ、法を聞けよ」

春のめぐみ

朝、西法寺通信を届けに山あいの銀山集落へ。いつきても心和むふるさとの風景です。里の方では葉桜になりつつありますが、銀山ではまだ見頃です。

墓地に咲く八重桜。樹齢およそ50年

庭先には色とりどりの草木が訪れる人を楽しませてくれます。

ご門徒さんから「蕗を茹でて食べられんか?」と声がかかり畑へ。すると、たけのこが顔を出しています。

鍬を借りて掘り出しました。

「雨が降ったけえ顔を出したんだろうで。住職さん、いいときにこられた」

春のめぐみ、ごちそうになります。

臨終のお勤めにうかがって

明日、あさって葬儀となりました。昨日の夜遅くにご家族から連絡をいただき、朝、臨終のお勤めにうかがいました。

「阿弥陀経」をあげ、故人さまの生前の人となりを教えていただきました。大正生まれで戦争体験者、建具師として長年働かれたこと、若い頃の趣味は走ることで、晩年も体調管理につとめておられたことなど、3人の娘さんから思い出話がさまざま。勉強机はお父さんの手づくりだったそうです。キレイに雪をかいてご近所さんからおどろかれたり、古新聞を全くズレがないほど束ねたりと、きっちりとした職人気質の方だったそうです。

戦後直後のご結婚ですから、お互い、顔もほとんど知らぬままのスタートです。

「父が唯一、甘えられたのは母だったかも」「母は私たちに、『自分が選んだ人と結婚しなさい』といってました」「こんなこと話してたら、父が怒るかも」

明日の通夜の後は、お父さんと枕を共にされます。葬儀の前夜のことを、「大夜」ともいいます。もともとは近親者が集まり夜を通してつきそうことを意味しました。ごきょうだいには語りあうことがたくさんあるのかもしれません。

寺に帰って、ご法名は何がいいかとあれこれ考えて、職人さんらしい漢字を加えさせていただくことにしました。

合掌

通信を配り歩く

今日は車に暖房を入れないと肌寒い陽気となりました。

午後、雨が上がり網代での祥月命日のお勤めめの後、西法寺通信を配って歩きました。20軒ほど歩いて、地元でスーパーを長年営まれているご門徒さんのところへ。「まあまあ、寒いのに。コーヒー入れましょうか、熱いのでも」とごちそうになりました。

レジの近くにはお子さんやお孫さんの写真がはってあります。アメリカで生活する娘さんがこの5月に1か月ほど帰ってこられるそうです。

「離れて暮らしていても、元気にいてくれることが、私の元気にもなります」

夏休みにはお子さん、お孫さんたちが帰ってきてにぎやかになるそうです。

人は帰るところがあるからがんばれるんだなぁ、このお母さんがいらっしゃるから帰ってきたくなるんだろうなぁとしみじみ。

こういうお話をききながらいただくコーヒーは、5割くらい美味しく感じますね。

私もなんだか元気になり、小一時間ほど歩いて網代地域での配布を完了しました。

女優さんにお目にかかる

今日の夕方、同じ本願寺派の寺院の集まりである因幡組の執行部会でした。そこに7月22日に予定されている前進座特別公演「花こぶし 親鸞聖人と恵信尼さま」の主演・浜名実貴さんがあいさつにこられました。

昨年11月から各地を公演して回っているそうです。浜名さんもいっしょに、どのような取り組みにするのかも相談しました。

私は若い頃、大阪で前進座の公演をみたことがあります。三浦綾子さんの『母』を舞台化した作品で、いまむらいづみさんが小林多喜二の母・セキを演じました。細部は覚えていませんが、とにかく感動したことを覚えています。

多喜二は特高警察に拷問され、虐殺されました。彼のお姉さん役で浜名さんは出演されていたそうです。その役との出会いが俳優としてがんばっていく大きな力になったということでした。

そんなエピソードもうかがって、がぜんやる気がわいてきました。

再び春がきて

昨日までの網代でのお勤めは最終日、坊守の助っ人もあって無事終了しました。

今日は朝から西法寺通信の発送作業、そして一周忌のお勤めです。

一年はあっという間です。明日がご命日ですから、ちょうど一年です。境内にも再び春が訪れました。

水仙
木瓜の花
木蓮の花

桜もいまが見頃です。

あっ、冬タイヤをいい加減かえなければ。

シン・勢宝丸のお披露目に

坊守です。
今朝は、いつものように鳥取には向かわず、網代漁港へ。新しくなった勢宝丸のお披露目会です。
漁港に着くと、「坊守が来た〜」と、声をかけていただき、心細く感じる間もなく、楽しくおしゃべりしながらの見学になりました。
船上には20枚を超える大漁旗がはためき、青空に映えています。たくさん集まった地域の皆さんは笑顔。


なんと、91歳のMさんも愛車(シルバーカー)とともに登場!!しばらく手をつないでいましたが、神事が済み、餅まきになると、クルマも杖も置きざりにして構え、餅を2個もゲット。写真撮影していたわたしにも、お餅を分けてくれるのでした。この出来事を俳句にするそうです。
門徒さんの他にも、「おはよう!」と、声をかけてくださった方あり。誰かな?と思うと、岩美町の温暖化防止の委員会でご一緒しているSさんでした。船が昔の倍ほどの120トン程度になっていること、乗組員は10人そこそこで、インドネシアの研修生も活躍していることを教えていただきました。話のとおり、はとばには、浅黒い肌をした若者の姿もありました。「新しい船には、とれた魚をその場で冷凍する装置がついてある。以前は氷を積んでいったんだが」と、あきんどさんのMさん。


こちらにきて何度も考えることですが、おいしいものが私たちの食卓にのぼり、口に入るまでに関わってくれるたくさんの人の存在を感じる時間でもありました。

午後は、網代の法談3日目で、法務の入った住職の代わりに道場での茶話会へ。15人のあつまりでしたが、玄関口から聞こえた声は30人は居るかというにぎやかさで、こういう場があるのは、いいなあ〜としみじみ思いました。法談1日目の住職の話をきっかけに、お寺のブログを読むようになったというKさんは、午前中にさっそく新しい船のことが投稿されていたことに、驚いておられました。

そうそう、91歳のMさんは、午前中のうちに俳句を5つほどつくられたそうです。
ああ、にぎやかな1日でした。