玄関先にハスの花を咲かせたい

先日、境内の手入れをお願いしている庭師さんが、蓮の甕を持って帰られました。
蓮の植えかえのためです。
7月から8月にかけて、こんな花を今年も咲かせてくれるのでしょう。

「家の玄関にもおきたいんですが、甕を持っていったら、蓮を植えてもらうことできます?」と聞いてみたところ、「ええですよ。持ってきてください」とのこと。

早速、甕を手に入れなければ!!

親鸞聖人は『入出二門偈(にゅうしゅつにもんげ)』の中で、曇鸞大師の言葉を引用しています。

「淤泥華(おでいけ)といふは、『経』(維摩経)に説いてのたまはく、高原の陸地(ろくじ)には蓮(はちす)を生(しょう)ぜず。卑湿(ひしゅう)の淤泥(おでい)に蓮華を生(しょう)ず」

陸ではなく、泥の中から咲く花なのです。しかも、泥に汚れることもなく。

『観無量寿経』のなかでは、念仏者を分陀利華(ふんだりけ)とたたえています。白蓮華のことです。

家の玄関に蓮の花が咲いて、その花を眺めながら、
親鸞聖人が書いた『正信偈』の一節

一切善悪凡夫人  聞信如来弘誓願
仏言広大勝解者  是人名分陀利華

を読めるかもしれません。

夏に向けた楽しみにしたいと思います。


距離を縮める

四十九日のお勤めがご自宅でありました。朝晩とCDをかけつつ「正信念仏偈」を読まれたそうです。7日ごとのお勤めを途切れずに行いましたが、みるみる上手になり、ほぼ暗譜されていることがきょう一緒に読んで分かりました。「この歳になるまでお寺さんとは縁がなくて」と謙遜されるおばあちゃんなのです。すっかりファンになりました。

「こんなに毎週きていると、来週からお勤めがないのは寂しいですねー」と私。これ本心です。

「何をいわれるですか。またいつでもあがってください」とご門徒さん。

帰る際に、「忘れてました。先日いただいたカレイがとてもおいしかったです。ありがとうございました」とお礼をいうと、「ちょっと待ってください。昨日干したカレイがあるから持って帰って」と。

「来週も網代に来る予定があるので、また寄ります」とごあいさつして帰りました。

仏事の簡略化はコロナ以前からの流れですが、いっそうその流れが加速しているように思います。お寺と関わることや、そのための時間をとることに意味を見出せないということもあるでしょう。私だって数年前までそうでしたから、偉そうなことは言えないのです。

しかし、こうして毎週お会いすると、亡き人の思い出話がきかれたり、ご門徒さんの人柄や人生について知ることができたり、逆に質問にお答えしたりと、新たなつながりが生まれ、そしてご門徒さんから学ぶべきことがたくさんあることを思い知らされるのです。

日常の法務をはじめ、インターネット、寺報、役員会など、つながりをつくる活動に引き続きつとめつつ、じりっじりっと距離を近づけて、お寺がよりどころの一つになれるようにしていきたいと思います。

犠牲の上に成り立つ「豊かさ」

政府が、福島第一原発でタンクに貯めている放射能汚染水を海洋に放出すると決めました。朝みているNHK BS1「ワールドニュース」でも各国メディアが大きく報じています。世界的にも大きな関心事のようです。

おおよそ世界の報道は、①政府の決定、②放出に反対する声、③放出を問題なしとする国際原子力機関のコメント、④韓国、中国政府からの反対のコメント、といったものでした。

インターネット上では、世界各国が原発からトリチウムを海洋に放出していることから、反対すること事態がおかしいかのような書き込みも目につきます。

しかし、いっかんして反対の立場をとっている漁業関係者の声を無視して、政府が一方的に決定を下してしまったことに大きな問題があると考えます。世界最悪レベルの原発事故を起こした原発からの放射能汚染水を、復興への努力を重ねている漁業関係者の海に放出するという選択肢以外に答えはないのでしょうか。代替案も提示されているのですから、真面目に検討すべきではないでしょうか。

震災と原発事故から10年。この仕打ちに怒り、憤る福島の方たちの姿をメディアで目にして胸が痛みます。

「誰かの犠牲の上に成り立つ豊かさを願うのではなく、個人の幸福が人類の福祉と調和する道を選ばなければなりません」(全日本仏教会「原子力発電によらない生き方を求めて」より。2011年12月1日発表)

この放出を推進し、この計画に賛成することは、福島の人たちにいっそうの犠牲を強いるものではないでしょうか。

計画実施は2年後です。まだ考え直すだけの時間はあります。

あやまりを起こすのは人間ですが、それを正せるのもまた人間です。

洗面所を新しくしました

本堂裏の洗面所をリニューアルしました。

これまではお湯がでず、寒い時期に不便をおかけしていました。給湯器をつけるとともに、車椅子の方にも利用していただけるようにバリアフリーの洗面台に作り直していただきました。

欅の板の上に洗面ボウルが乗っています。

ミシンの踏み台はデザインです。ウサギのマークが付いてますね。昭和初期に県内でつくられた白兎ミシンというミシンの踏み台だそうです。大工さんに、「鳥取らしいものはどうですか」と提案していただいて、「どうぞ、どうぞ」と。ミシンとしては活躍の場を失ったけれども、ウサギさんにもお寺とともに歩んでいただきましょう。

大工さん、そしてご門徒のみなさんに感謝。

西法寺農園をおこしました

朝晩はまだ肌寒いですが、日中は初夏のような陽気です。昨日、草に覆われたお寺の前の畑をおこしました。

その最中に、お客さんがこられ、「何を植えるんですか?」「去年は里いも全滅でした。花を植えようかと」「うちも去年、里いもだめでした」と畑談義に。

次の週末、作業を続行して、今年はお花畑をめざします!

法事が終わった後の話

今日の法事が終わった後の話です。
法事と納骨を済ませて、外で少しお参りされた方と話になりました。


その中に、県の元職員の方がいらして「ここは尾崎翠さんの出生地なのですか?」とお尋ねでした。

生誕の地を伝える碑を見ていただきました。現役時代に、「尾崎翠フォーラム」(15回開催)にも関わったそうです。お墓のある鳥取市内の養源寺さんにも行かれたことがあるとのことでした。

同フォーラムのホームページ
http://osaki-midori-forum.com/index.php?FrontPage

別の方からは、「この前、因幡霊場にいませんでしたか?」と。「はい、その日は確かにおりました。どなたかのご葬儀でしたか」とお尋ねすると、「長い闘病の末に母が亡くなりました。今週はバタバタしておりました」とのことです。

そこからひとしきりお寺談義になりました。以前は機能していたお寺の役員会がなくなり、檀家の声がお寺に届きにくくなっているそうです。その経験からか、「僧侶は人柄がよくないといけません。人の話を聞かないといけません。そうじゃないと離れていきます。人柄がよければ、応援してくれる人はいますよ」と。

そのことば、私も肝に銘じておきます。

いのちをいただく

法事でお参りの漁師さんから山のようなハタハタとモサエビをいただきました。

「今年の漁はまあまあです。go toがあったころは高値、感染が広がると値は下がる。コロナに左右されます」とのお話でした。

最近、海や山のものをいただく機会があります。東京にいた頃は商品として出回るものを買う完全な消費者でした。しかし、こちらに帰ってきて、漁師さんだったり、農業されている方からいただくと、食べ物のありがたさを、とったり、作ったりされている方のご苦労を想像して、文字通り頭の下がる思いがします。

金子みすゞさんは、

浜は祭りのようだけど
海の中では何万の
いわしの弔いするだろう

と詠んでいます。

そういういのちもいただいて生かされているのが人であることも、また忘れてはならないと思います。

ズームは便利なのだけど

コロナの感染拡大で、さまざまなことがオンラインで行われるようになりました。
浄土真宗本願寺派因幡(そ)の執行部会も、先日、ズームで初開催。
組(そ)長さんの導きのもと会議は成立。うまくできなかった方とは、後日、補講をされるそうです。


コロナの終息が見通せないなか、こうした形での会議が増えていくことは避けられません。

そのズームですが、アメリカ本国で法人税を納めていないそうです。
他にもナイキ、フェデックスなど超巨大企業も納めていません。
ナイキは人種差別反対のメッセージを明確にしている企業です。ちょっと意外でした。

なぜこんなことができるかと言うと、税制上の優遇措置という名の抜け穴があるからです。

バイデン大統領は、「私は誰も罰することはしない。しかし普通の人々がだまされることにはうんざりしている」と税金逃れを続けている大企業に苦言を呈しています。

「たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない」
(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』36ページ 岩波文庫)

ブッダの言う通りだからこそ、政治の役割が期待されるところです。

お釈迦様の誕生日に

坊守です。

きょうは4月8日、お釈迦さんの誕生日です。ハピバースデー!ガウタマ・シッダールタ!!(軽い)


シッダールタは、仏陀になる前は、インドの小さな国の王子だったわけですが、花畑で産気づいたお母さんの右脇の下から生まれ、その場で7歩あゆみ、右手を上に左手を下に向け「天上天下唯我独尊」と言った赤ちゃんだったそうです。そのことを大学の仏教学の講義で聴いた私は(当時18歳)椅子から転げ落ちるべきなのか、笑わず真顔で呑み込むべきなのか、思わず周囲の様子をうかがったものです。


そして、この疑問は、つい最近まで抱えたままでしたが、中央仏教学院の先生が、この状況の意味するところをお話くださり、謎が解けました(同じ謎を感じていらした方は、機会があれば解説します)。


この方が居なければ、住職もわたしも、いまここにはいなかったに違いありませんので、お誕生は祝っておきましょう。


予定通りであれば、仕事もお休みをとって、網代の道場で皆さんと甘茶を飲んでいたはずなのですが…かないませず。コロナ感染が収まってほしいと切に思う春も2度目をむかえてしまいました。

空いたスケジュールは、雪で折れた我が家の庭木の枝を始末して、西法寺農園の草取りや種まきにあてました。
昨年の種がこぼれて、フジバカマが数株芽吹いていたのと、アジア野菜のパクチーも、ひと株自生していました。


ハコベやオオイヌノフグリ、踊り子草が地面を覆って、その隙間から、ナナホシテントウが赤い姿をみせてくれて、それはかわいらしい情景でしたが、お花も作っていきましょう。
種は、キンセンカ、サポナリア、ゴデチャなどを蒔きました。

葬儀が終わって

葬儀が終わり、今こうしてブログを書いています。

「何かと世話を焼いてきただが。かわいくて」とおっしゃるYさんが、亡きAさんに手をあわせ涙しておられました。

私も、Aさんと、この数ヶ月、何度か顔をあわせる機会がありました。先月も、お寺まいりの際に言葉を交わしました。このお別れは残念でなりません。

同じ浄土真宗のご門徒同士でもあったYさんとAさんは、さまざまなことを相談し合う仲でした。「私の方が一方的に喋ってばかりだったけど」とYさん。Aさんは、その励ましを受けてずいぶん頑張っておられたようです。

つながり、支えあって生きていくことのすばらしさを、このお2人の関係から学ばされておりました。

浄土真宗では、御同朋(おんどうぼう)といいますが、私たちは、阿弥陀仏のお慈悲に照らされ、同じ念仏をいただく仲間です。御同朋とはお2人のような関係のことをいうのではないかと思います。

Yさんがガックリして元気をなくされるようなことがあったら、Aさんが悲しむことでしょう。これから私も、Yさんのことを気にかけていかないとと思うのでした。

お寺に布教に来られるご講師さんがよくおっしゃいます。「御同朋を大切に」と。

そのこころを大切に、私も勤めていきたいと思った本日のご葬儀でした。

合掌