阿弥陀さんを迎えて

今日は午前に仏壇を購入されたお宅での入仏法要がありました。ことし新たにご門徒さんにもなられたご家族です。

仏壇はご家族にお亡くなりになった方がいらっしゃらなくてもあって不思議ではありませんが、やはり大半はお亡くなりになったことが機縁だと思います。

お仏壇のお飾りについて、いつもお話しさせていただくのは、阿弥陀さんの話です。そして阿弥陀さんが仏壇の主役になるようにしてください、とうことです。

きょうは小学生の方もいました。

「無量って聞いたことある?」と。「わからない」

これは町内の牧谷に住むKくんという中学生から私も教えてもらった話です。無量は数の単位です。一、十、百、千、万…恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、そして最後は無量となるんです。無量は=アミタ(阿弥陀)です。

大人のみなさんの方が驚かれていました。

無量の光、無量のいのちの世界から、私たちに、精一杯生きてください、必ず救いとっていきますよ、と働きつづけておられるのが阿弥陀さんです。一方の私たちは日々、損得勘定したり、つまらぬことで対立したり、喧嘩したりして生きています。仏さんの願いを仏壇の前で噛み締めるとき、「あぁ、これではいけないな」と自身を振り返ることができる、そこに仏壇の意味があると思います。だから阿弥陀さんが脇役になるともったいないです。

といったお話をしました。

他にも質問にこたえていたらすっかり長居をしてしまいました。

私自身も仏壇について学び直す機会となりました。ありがとうございました。

やれなかった、やらなかった

「やれなかった、やらなかった、どっちかな」(相田みつを)

ある仏教関係の本を読んでいたら、この詩のことを知りました。

コロナ禍の中で過ごしてきたこの1年、どうだったかなあと振り返って見ると、やれなかったことも、そしてやらなかったこともあると考えさせられました。

ただ、私の場合は、「やらなかった」と感じるためにも、本来、やれることがもっとあるはず、と言う情報、知恵をインプットしなければならないと思います。

今日の午前中に、因幡組(そ)の組(そ)長さんのお寺・養源寺さんに用事があって伺いました。さまざまな実践を重ねてこられている住職さんです。今日、話を聞いて、「なるほど」と思ったことがありました。本堂の灯明(ろうそく)はLEDで24時間、スイッチが入れられていること、そして本堂入口の引戸のガラスが透明のタイプになっていて、外から灯明に照らされる阿弥陀さんが拝めるようになっていることです。うちは半透明ですから、外から中が見えません。

写真撮るのを忘れた!!!

あっ、これはいいなあと勉強になりました。

各地のお寺の良いところを吸収させて頂いて、真似るところは真似をしていかないともったいないです。

そんな風に進んでいければ、「やれなかった、やらなかった」と言う問いを前向きに捉えることができるのかなと思った次第です。

雪かき日和

今日は寒さも和らいでいい天候です。

お寺の庫裏から鐘撞堂まで、ほったらかしにしていた雪をかきました。あそこまでやれば終わるというゴールがはっきりしているとやる気もでます。

次は納骨堂まで雪かきです。うもってます。

これは短時間全力でかいて、

お参りできるようになりました。

なければ欲しいと悩む

先日、お寺の雪かきを手伝ってくださったご近所さんと除雪機の話題になりグラっと来ました。

というのも、お持ちの除雪機は20年以上前のものをメンテナンスしながら使っているとおっしゃるのです。

大事に使えばそれぐらいの期間使えるということです。

「安いもんじゃないから、よう考えたら」とも。

大雪が降ると除雪に来てくれる業者さんからも先日、「お寺さんは広いけえ、除雪機を買われたらええが」とアドバイスされたところです。

もちろん、毎年降るかどうか分からないし、安いものでもありません。ただ、いまも本堂前には雪が溜まり、年末にさらに積もるようなことがあれば大変です。1、2月のことを考えると不安にもなります。

『無量寿経』に、「田があれば 田に悩み、家があれば 家に悩む。田がなければ 田をほしいと悩み、家がなければ 家がほしいと悩む」という下りがあります。私の今の心境は、まさにこれ。

あしたホームセンターに行って、悩んでみたいと思います。

町内を配達してまわる

西法寺通信第7号、カレンダーなどを手に町内をまわりました。

まず網代へ。

海岸線の道を走って田後へ。あまり雪の積もらない網代、田後にも雪が目立ちます。

お昼からは山間の集落・銀山へ。岩井よりも積雪量が多いです。

そして長谷とめぐって

最後は岩井です。夕焼けで山が赤くなっています。

雪が降ってない間にほぼ配り終わってホッとしました。

今週、大雪になって雪かきはしんどかったですが、ご近所の方と助け合って作業に当たったり、世間話をしたり、お裾分けをしあったりと、有意義な時間でした。

夏には草が伸びて草刈りをする、冬には雪が降って雪かきをする。雪国では当たり前のことを都会暮らしで長らく忘れて生きてきました。それを今回の大雪で思い出しました。

でも、もう雪は降らないで欲しい…。

お布施について

昨日のこと。
岩美町の中央公民館で行われた「奏で」の際に声をかけられました。
昨年の秋にお寺で開いた「心のコンサート」に参加されていた女性です。

「あの時、御住職が、『お布施というのはお金だけのことではないですよ。人に優しい言葉をかけること、被災地の方たちのご苦労を思う心、それもお布施です』と話されたのを、そうなんだ、と思って聞きました。それから私も心がけるようになったんです」

とのことでした。

昨年、そんな話をしていたとは、当人はすっかり忘れているのです。

「無財の七施」というお布施があります。
1、あたたかい眼差し
2、にこやかな表情
3、やさしい言葉
4、精一杯の行い
5、慈しみ深い心
6、人にあたたかい席を
7、人を気持ちよく迎える心がけ

以上の7つです。

いいことを思い出させて頂きました。

朗読と音楽 奏で

岩美町中央公民館「いわみんホール」にて、「朗読と音楽 奏で」が開催されました。主催は岩美まちづくりの会です。

例年は尾崎翠さんの生家である岩井・西法寺で開催されていますが、密を避けるためホール開催となったのです。

尾崎翠さんについてはここをクリックしてください。

ハーモニカ演奏、石美町の民話朗読につづき、尾崎翠の詩に曲をつけてフルートによる演奏もありました。そして尾崎翠の作品『無風帯から』の朗読です。

『無風帯』とは岩井のことです。西法寺の情景も描かれています。

療養のため岩井に帰った光子の兄がその友人にあてた長い手紙、という形で物語は展開します。光子が好意をよせる友人に妹を託す兄の胸の内を語ったようでもありますし、兄の光子への愛情を告白するような内容でもあります。じっくり聞かせていただきました。

来年はお寺でできるとよいのですが。

御堂さんが届きました

西法寺通信、そして真宗教団カレンダーとともにご門徒さんに届ける予定の『御堂さん』が午前中に到着しました。大阪の本願寺派津村別院の雑誌です。

下に寺院の名称が入っています。

読み耽っている場合ではないのですが、なかなかおもしろい。

巻頭は坂東玉三郎さんのインタビュー。オール阪神・巨人さんも登場しています。

そして、こんなページも。

別離の年の出来事です。昭和47年に亡くなった方は今年50回忌。その年は沖縄が返還された年、などなど。

来年、法事を迎えられるご家族の方は、このページも眺めつつ、亡き方のことを思い浮かべることができるのではないでしょうか。

40頁だて。情報満載です。幾分字が小さい。それだけが少し残念!