さまざまつながっています

網代で法事があり、道場によったところ草が元気いっぱいに育っています。連休は雨続きで予定していた草刈りと花壇の土おこしができませんでした。

当分、雨予報はなし。時間がとれそうな週末にちょっと頑張ってみたいと思います。

法事では住職の妹夫婦の同級生とお会いしました。軽トラックの荷台に乗って遊んだことや、いっしょに友達の家に泊まりにいった思い出を懐かしそうに話されました。妹が町内に住んでいることを知らなかったようです。幼なじみ同士、これから再会することもあるのではないでしょうか。同級生に会ったことを伝えると妹も喜んでいました。

さまざまなことがつながっているものです。

意見交換会について

鳥取市内の葬儀会社、メモワールイナバさんが呼びかけて始まった意見交換会。今月27日が第5回目となります。今回の会場は市内の黄檗宗「興禅寺」さんです。鳥取池田藩の菩提寺であり、見事な庭園でも知られたお寺さんです。

↓尾崎放哉ゆかりの地(鳥取県ホームページ)↓
https://www.pref.tottori.lg.jp/73376.htm

興禅寺さんには行ったことがないので、半ば観光気分で楽しみにしています。

樹木葬に力を入れておられるそうです。墓石とそれ以外のお墓(樹木葬、納骨堂など)の割合は現在、半々ほどです。家族の形態が変わっていく中で、お墓のカタチも変化しているということです。

もう一つ。

尾崎放哉の歌碑がこのお寺さんにはあります。尾崎家の菩提寺でもあるそうです。

他宗の僧侶の方々との意見交換ができる貴重な場ですが、あわせて放哉の歌碑を楽しみに参加したいと思います。

ナモの日記(2021年5月)

ナモです。

おうちのしゅとーぶが、ひとつだけになりました。もうふはとられないように、まいにちつかっています。

このごろ、すぐにおなかがへります。あさばん、カリカリをおさらにいれてもらうけど、おいたんやおばたんがねんねしているあいだに、おさらがからっぽになることがあるの。

おとついもそうで、ねているおばたんを、おこそうとおもったけど「ナモちゃん、まだ、あさやないで」と、むにゃむにゃねてしまったの。
それで、じぶんでごはんをたべました。

あたいのものがはいっているひきだしをあけて、かりかりのふくろをくわえてひっぱりだして、ビリビリビリとやぶりました。


たたみにこぼしたカリカリを食べていると、おばたんが起きてきました。
「なにを破ってるかとおもったら、おなかすいたんか?」
といって、うでぐみして、おおきくあいたひきだしをみていました。
つぎに起きてきたおいたんは、
「ナモ、ごはんをぬすんだんか」といって、あたいをつかまえました。

ひとりでごはんをたべて、えらかったね、てほめてくれるかとおもったけど、そうでもなかったわ。
おいたんがだっこしてくれたのはよかったけどね。

ものをつなぐ人の営み

今日は初夏の陽気です。午前中にお参りの田後方からサザエをいただきました。弟さんが城原海岸でとられたそうです。

午後は畑で花を植えました。ひまわり、グラジオラス、アガパンサス。

咲きはじめたダッチイリスは、仏花として本堂の花瓶に。

サザエもお花もいただき物です。商品ではない、値段はついていないけれども値打ちのあること、そのありかださを感じられるところに田舎暮らしのよさがあります。その方のご苦労を思うことができます。ものをつなぐのは人の営みです。自然への感謝の気持ちもわいてきます。みなさま、いつもありがとうございます。

『いつでも歎異抄』

先月、何人かの方から「歎異抄を読みたいのだけれども、おすすめの本はありますか?」と尋ねられました。滅多にあることではないので、私も『歎異抄』を読み返したり、解説した本を何冊か手に取り、」こんな本がありますよ」おすすめをしてきました。

歎異抄は、親鸞聖人の弟子であった唯円が書き留めた語録です。

「善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや」。聞いたことがある人も多いことでしょう。

本願寺からも幾たびか解説書が出版されていますが、このほど、『いつでも歎異抄』というタイトルの本が出版されました。私も早速読みました。

読む、感じる、思い浮かべるというコンセプトで、展開していきます。B5サイズ。字も大きく、読みやすいのではないでしょうか。私も、所々、本文を音読しました。

「『歎異抄』を読みたい」という方がいらっしゃればすすめようと思います。1冊770円で手ごろでもありますし。本堂にも何冊か置きますので、お参りの方、ぜひ手にとってみてください。

若い人向けということなので、中学生の姪っ子にプレゼントしてみましょううか。でも、読んでくれないかなー。

お寺の掲示板(2021年5月)

バラバラでいっしょ

この言葉は、お東さん(真宗大谷派・東本願寺)が1998年に蓮如上人500回御遠忌で発表したスローガンです。500回忌ということですね。

それから23年を経たいま、異なること、違うことを、優劣ではなく、認めあって生きていこうとのメッセージが輝きを増しているのではないでしょうか。それこそが私たちにかけられた仏の願いではないか。そのように思うのです。

「いいか、バラバラでいっしょだぞ。気づけよ、気づけよ」

本堂の阿弥陀さんは、その真実を伝えようと、なかなか気づけない私に対して働きかけてくださっています。

もう4月末です

もう4月末。1年の1/3が過ぎました。はやいですねぇ。

今月の初めのこと。お寺の洗面所の改修と山門の汚れ除去で世話になった大工さんが口にされました。「1日は長いのに、1年はあっという間だが」。長く感じるというのは、仕事量が多いのか、それとも朝早い仕事でしょうから、1日を長く感じるのか。私の場合は、1日もすぐ終わるし、1ヶ月も1年もはやいなあと過ごしています。何をしたのかわからないような日も多いのですが、時間だけはすぎていきます。

「ただいたずらに明かし、いたずらに暮らして年月を送るばかりなり」との蓮如上人の言葉通りなのです。

仏教では「今しかない」とよくいいます。何とかできるのは今のことだけ。だから、今を充実させようということなのです。

さて、5月のカレンダーを眺めてみると、ゴールデンウィークのお勤め、毎週末の法事、お寺の清掃日&法要、月末の研修会。本堂の屋根瓦の改修も5月に行うことになりそう。

そこに向かって、日々、今できることにとりくんでいきましょうか。

「心がつぶれる以上の思いだ」

27日、インドでは1日あたりの感染者数が36万人にものぼり、死者数は3200人に達したとインド保健当局は発表しました。朝のBS NHK1「ワールドニュース」を見ると、現地インドはもちろん、アジア、ヨーロッパのニュースが大きく報じていることがわかります。

私も日々、胸の痛む思いでニュースを見ています。昨日のニュースでは、酸素ボンベが病院で用意できず、市場価格の10倍もの価格で売られていたボンベを病院に持ち込んだ現地の方の姿をみました。病院に連れて行っても診てもらうこともできないまま息を引き取る人が相次いでいるようです。火葬が間に合わず(インドでは焼却時間が6時間かかるそうです)、駐車場に臨時の火葬場が作られています。ヨーロッパの放送局が、ドローンを使って壁に囲まれた火葬場を上から撮影していました。その外はビルが立ち、車が走る日常です。壁の内側では、もしかしたら救えたかもしれないいのちが大量に失われ、焼却されている非日常なのです。

WHOのペドロス事務局長は「心がつぶれる以上の思いだ」「悲痛の域をこえる」とのべ、現地に医療物資やスタッフを送ったことを記者会見で述べていました。

戦乱や疫病でたくさんのいのちが失われた室町の時代にいきた蓮如は、「朝(あした)には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり」と無常をときました。いまは医学も発達し、不意に亡くなるということはそうそう当たり前の世の中ではなくなってきています。世界の英知を結集して、インドの方たちが直面している痛ましい事態を、何としても打開して欲しいと願わずにはいられません。

日本でも感染拡大はなかなかおさまりません。その中での夏のオリンピック開催です。

昨日、日本の国会では、政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長が、「五輪・パラリンピックの議論をしっかりする時期で、避けては通れない」と答弁しています。

他方、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は日本看護協会に看護師約500人の動員を要請したことが明るみとなり、ツイッター上では「#看護師の五輪派遣は困ります」をつけての抗議の声が広がっています。

世界のどこかで感染が広がれば、それが巡り巡ってしまうのです。世界から数万人の人を、そして国内から観客を集めるオリンピックが、その契機になってしまっては大変です。

日本が今、決断しなければならないことは何なのでしょうか。

ゴールデンウィークを前に

今年も感染予防に気をつけたゴールデンウィークになりそうです。お寺の方は毎日のように法事の予定が入っています。他県から来られる方はいまありません。ご門徒さんもよくわかっておられて、ご家族中心のお参りです。数人、ときにはお一人でお参りのこともあります。私などは、むしろ少人数の方がお互いに法事に集中できるように思います。もともと仏教は、私がいかにこの与えられたいのちをいかに生きるのか問うものであると思います。私も法事のなかで自らに問わなければなりません。

天台宗の開祖である最澄の遺した教えに「忘己利他」があります。「己(おのれ)を忘(わす)れて他(た)を利(り)するは慈悲(じひ)の極(きわ)みなり」。たやすいことではないけれども、他者のことを頭に入れて生きていこうということです。コロナ第4波のなかで迎えるゴールデンウィークを前にして、大切な精神ではないかと思います。

5.1 フード・プロジェクト

坊守です

あっという間に4月も最終週。ふだんの最終週は定例会議も少ないのですが、今月は少々様相が違います。
メーデー(5月1日)を前に、地域にお知らせをポストインしてきました。
1時間半、配り歩いて汗だく。お庭をきれいにしているお家もあって、楽しかった面もありましたが、あまりの晴天に喉からから、足が棒になりました。笑

去年に続き、メーデーらしい行事(プラカード持って街中を歩いたり)はしないそうですが、代わりに、お米などの食料を配るフード・プロジェクトをおこなうことになりました。

コロナの影響は、鳥取のような地方にも及んでいます。年金暮らしの方から子育て中の現役世代、学生さんまで「食費を削っている」という世帯が多くあり、大した足しにはならないかもしれないけど…というところです。

もともとここ数年、日本の家計は、世帯の構成員が総出で働いて、なんとか一定の水準を維持するというカタチ(多就業世帯=所得持ち寄り世帯)が増えていたそうで、そこにコロナ禍がきて、お母ちゃんの出勤日数が減ったり、お兄ちゃんのバイトが無くなったりで、大打撃…ということもありうるわけです。
災害のような事態ですが、災害ほど被害が見えやすくないので、対策は難しい。

と、ごちゃごちゃ書きましたが、とりあえず、できることから取り組むのです。