師走の1日

今日は午前中、掲示用の年回法要の札を完成させ、その後、法事を一件。4年前、私が僧侶になってはじめてお勤めした故人さまの今日は7回忌でした。3回忌からあっという間の4年です。当時は学生さんだったお孫さんは、いま学校の先生をされているそうです。

境内の駐車場では近所のお子さんが雪かきをしています。「あれ、雪かきしてくれてるの? ありがとう」とお礼をいうと、「ソリの滑り台をつくるために雪をかいている」と。私にとってはありがたいことです。次、雪が降ったら滑り台建設のお手伝いをさせていただきましょう。

午後は網代道場の大掃除を網代のみなさんと。徹底的に掃除してきれいになりました。掃除の後は茶話会です。地魚の捌き方、食べ方、そして、姑さんの思い出話(いじめられた経験)は大いに盛り上がりました。昔の人は怖かったようです。人には優しくしましょうということですねー。

「積もった雪」

『NHK100分de名著』、新年の放送は金子みすゞさんがとりあげられます。松本侑子さんによるテキストを手に取って、昨日、一読しました。

大正時代の、まだ存在していた自由な空気感のなかで、みすゞは雑誌の投稿詩人として活躍します。ところが、昭和の戦争の時代になるとその活躍の場はなくなってしまうのです。「みんな違って みんないい」。違いを認めるみすゞのような心を真っ向から否定するもの。それが戦争なのでしょう。

本の中で「積もった雪」という詩が紹介されています。数日、雪と格闘している、雪を厄介者と思っている私に、思ってもみない視野を与えてくれました。

上の雪 寒かろな。つめたい月がさしていて。

下の雪 重かろな。何百人ものせていて。

中の雪。さみしかろな。空も地面(じべた)もみえないで。

今日の朝、雪かきをした際、雪の寒さを、重さを、さみしさを少し想像してみるのでした。

新年のテレビ放送、楽しみです。

雪になりました

15時現在、岩井は積雪10センチほど。除雪機を動かそうかとも思いましたが、まだそれほどの積雪でもなく、やめました。お隣の方も、今日は動かさないとのことです。向こう3軒、除雪機を保有していますので、明日朝はエンジン音が響くことでしょう。

午前中、お参りのご門徒さんは30分ほど早くお見えになりました。雪を心配されてのこと。「岩井の方が積もってますね」。町内でも降り方が違うのです。昨日の無料市のことをお伝えしました。誰かのために身体を動かすことを仏教では身施(しんせ)といいます。ボランティアのことですね。帰り際に、「付き合いのある人は自分と同じような勤め人ばかりだから、今日のような話は、実際に聞いていかないとわからんもんですね。困っている方のために税金は使って欲しいけど、政治家も私利私欲の人が目立ちます」と感想を話されました。

さて、予報では、今日、明日、明後日と雪です。運転される方は、いつも以上に慎重に!

「無料市」でお手伝い

きょうは昼からボランティアです。医療生協や労働組合が野菜やお菓子、日用品などを提供する「無料市」のお手伝い。雨の中、数十人のスタッフが集まりました。

私は、荷物お届け隊を団地まで輸送する係です。団地にお住まいの高齢の方、足が不自由な方から事前に申し込みがあったそうです。

冷たい雨降りですが、少し温かい気持ちになるのでした。

筆ペンをお供に

一昨日から、本堂に掲示する年回法要の札紙を筆ペンで書いています。来年用です。字は相変わらずうまくないので、せめて丁寧さを心がけていますが、なかなかです。

それにしても。

名前というのは年代によって特徴があるものだということがよくわかります。ずいぶん以前に御往生された方のお名前には、蔵、義、岩、寿、忠、強、重といった漢字を見つけることができます。若い人たちの名前ではあまり見かけない漢字ではないでしょうか。でも、歳を重ねるとしっくりくる名前のようにも思います。

ちなみに、2021年に生まれた男の子の名前、いちばんよく使われたのは蓮(れん)、女の子は紬(つむぎ)ということです。

蓮はいつも上位になっていますが、音の響きがいいんでしょうか? 法名にも多く使われる漢字ですが、なかなか書くのが難しい字なんですよね。

善人・悪人を区別しない

「ペシャワール会」の会報を読みました。今年、新しく会に加入し、その後、3回目の会報となります。毎号、本当に学ばされる内容です。間違いなく活字メディアの中でいま、いちばん熱心に読んでいます。


同会は、1983年、中村哲医師のパキスタンでの医療活動を支援する目的で結成され、現在は中村医師が設立したPMS(平和医療団・日本)のアフガニスタンでの医療活動や灌漑水利事業などの総合的農村復興事業を支援しています。


今回の会報には、8月政変以降の活動がつづられています。PMSの医療活動、インフラ事業、農業事業は、他のNGOが活動を停止している中でも続けられていることが現地から報告されています。各所でタリバン側との協議やタリバンによる視察があったようです。どこでもPMSの活動は感動をもって受け止められ、タリバンは安全を約束しています。


西側メディアの目からはこぼれているアフガンの今を、そして、現地で奮闘する人びとの姿を会報は教えてくれます。

「寒風の中で震え、飢えている者に必要なのは、弾丸ではありません。温かい食べ物と温かい慰めです」「水が善人・悪人を区別しないように、誰とでも協力し、世界がどうなろうと、他所に逃れようのない人々が人間らしく生きられるよう、ここで力を尽くします」

いまは亡き中村医師の言葉が胸に迫ります。

冬のネコの泉

今日は西法寺通信をもって網代と田後へ。冷たく強い風が吹いています。フード付きのジャンパーで正解でした。路地でウォーキング帰りのご門徒さんとバッタリ。「顔を見れてよかったです」と。それはもったいないお言葉です。

ナモのふるさと網代の「ネコの泉」にいってみると4匹いました。寒さに負けないで。

撫でさせてくれました
たぶんナモのきょうだいです
のびのびー
真っ白なネコちゃんです

無料市にむけて

坊守です。

今週は、先日こちらでもご紹介した食料支援企画の準備の合間に本来業務をやっつけておるような日々です。
きのうは日吉津村まで車で。籾付きの150㎏をいただいてきました。
今朝はチラシ配りに出動。戻ったタイミングで、このとりくみを報告してあった支援団体から電話がきて、コメをいただけるとのことで事務所に急行。夜勤明け帰りにお茶飲みにきていた病棟看護師も手伝ってくれて女子3人で260㎏を運搬しました。集まったコメは400㎏弱に。


大して声をかけてないのに運の良いことです。
取引先の会社にも最近の困りごと相談の新聞記事と年越し応援チラシを見せたところ、「いいことしてるんですね!」という驚きと(笑)社内で回覧して協力したいとリアクションしてくれました。

午前中に配布したチラシにはさっそく、「家まで届けてくれますか?」と、ひとり暮らしの方から電話が入ったり、障害者施設から、利用者さんを連れていきたいけどいい?と相談があったりして「無料市」をオープンしたものの、誰も来ない…ということは無さそうだな、と胸をなでおろしています。

本番は25日。まだまだお野菜や物品を絶賛募集中です♪

なんまんだぶの意味

葬儀とお寺での還骨法要が終わりました。この2日間、ご遺族とともに南無阿弥陀仏と口にする機会が多くありました。阿弥陀とはもともとインドの言葉です。漢訳のさい阿弥陀、そして無量と翻訳されました。「ア」とは今日私たちが使うN Oという意味があります。「ミタ」は、今日使うメートルの元々の言葉です。アミダ=阿弥陀=無量、つまり「量ことができません」。私たちのいのちは、量ことのできないいのちに支えられ、育まれて今、ここにあります。

葬儀で読誦する『正信念仏偈』は、「帰命無量寿如来」と始まります。無量とは数の単位でもあります。10の68乗。これより先はありません。それほどのいのち、そして光によって私たちは支えられています。本堂の内陣の金色は、いのちの輝きです。みな光り輝いています。

振り返ってみて、私たちは誰もが輝けるいのちを生きているのでしょうか。仏さまは、私たちの危うさを重々ご承知です。だからこそ、座っておられません。前屈みになって、いま、救おうとされている。そのことに気がつかされたら、私たちの生活に、ふだん言動に、少しずつであっても変化が起こるのではないでしょうか。人と人の間にある垣根を取り払って、お互い様、おかげさまで生きていこうという道です。気付かされて口から出てくるのが、南無阿弥陀仏・なんまんだぶです。なるほどそうだったのか、と深く納得させられた時、お念仏というものは自然と出てくるのではないかと思うのです。

ご往生されたご門徒さんは、老人ホームでお経を称えることを日課にされていたと伺いました。本は置いてなかったそうですから、誦じておられたようです。幾千万回お念仏を称えられたことでしょう。

念仏を称えるとはどういうことなのでしょうか。この世の中から念仏が消えつつあることは何を意味しているのでしょうか。

故人様のご葬儀にお参りさせていただくことを通じて、私自身、何が真実なのかを教えていただいたように思いました。

合掌