生活相談に同行して

坊守です。
きょうはボヤきです。
週のスタートなのに力を使い切って帰宅しました。体力より、気力のメーターがダウンしたのであります。

生活に困った時に使える制度の少ないこと…。
コロナ禍を受けて、職場で困りごと相談にとりくんでいるお話はここで何度かしました。
9月は、家に食べるものがなくて…という方が複数出て、フードバンクを案内したのですが、きょうも相談に同行。

それで、最初のボヤキになりました。

急な病で生計を担っていた人が働けなくなって、家計がピンチに陥っても、カバーしてくれるモノがあまりにもありません。

生活保護は最低生活費のラインが低くて、急場凌ぎにはなりにくい。緊急の小口資金は? というと「年金を受けている人は利用できない」と説明されてしまいました(これがいったい全国統一ルールかどうか調べないと分かりません)。

とりあえず、相談員には困っていることが伝わったので、支援を続けます。

ひとりひとりの人間を支えるのは、小さい猫の子を拾うように簡単にはいきません。長い人生、どんなピンチに遭遇しても安心して生きられる仕組みが必要だなあ。ホンマ。

お寺の勉強会

今日は2カ月に一回のお寺の勉強会の日です。住職ふくめて8人の参加でした。

親鸞聖人が書かれた「正信念仏偈」の最後の回。3人の高僧方のお話です。

中国浄土教の大成者、善導大師。『往生要集』を記し、地獄ブームを巻き起こした源信和尚、そして親鸞聖人の師匠・法然聖人についてお話ししました。

話の後の交流の際、「話を聞いても忘れてしまうんですよ」とおっしゃる方がありました。私からは蓮如さんが、そういう質問に対して、「かごを水につけよ」と答えられたことを紹介しました。覚えようとすることは穴のあいたかごで水をすくおうとするようなもの。教えのなかにただ身を浸す、かごを浸すような気持ちでいたらいいのでは、ということです。

たとえ忘れてしまうことがあったとしても、今日は有意義だったなとか、また聞いてみたいなという気持ちになっていただけたら、そして、次もまたお寺に行ってみようと思っていただけたらありがたいですねとお話ししたのです。

あとから思ったのですが、「忘れてしまうあなただからこそ、助けないわけにはいかない」とはたらきつづける阿弥陀さんに、だからこそ頭が下がり、念仏が口から思わずこぼれ、手が合わさるのかもしれませんね。

次回は11/28です。

彼岸のお勤めが続きます

「忙しさの中で、故人のことをなかなか思い返す時間がありませんでした。今日は、その機会になりました」法事の後、施主さんが、そうおっしゃいました。


「義母が亡くなってから7日ごとの法事で、前住職さんが『しんらんさま』を歌われて。当時はまだ幼かった私の孫たちも覚えて、いっしょに歌いました」そんな思い出話をうかがいました。


「住職さんと同級生の娘が、『どんなお坊さんなの?』って聞くですが。私は、『話の上手な方だで』と言っているんです」それはなんとも恐縮です。


今日の法事の際にうかがった話です。生後2カ月の赤ちゃんがお参りされた法事もありました。


コロナ以前から仏事は縮小傾向にありますし、それに拍車がかかっていますが、人は人とのつながりのなかに、そして記憶を大切にして生きるものだと思います。法事はそのことを教えてくれる儀式です。


改めて教えられた1日なのでした。


明日も法事、そして午後はお寺の勉強会もあります。


がんばれ住職(笑)

きょうは世界気候アクションの日

スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんをはじめ各国の若者が呼びかけた地球温暖化対策を求める世界規模の行動が本日行われています。

世界気候アクション 私たちが求めること

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2030年までに大気中への温室効果ガスの排出を2010年比で45%削減し、2050年までに実質ゼロを達成できないと、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比して1.5度までに抑え込むことができないと警鐘を鳴らしてきました。さらに、8月9日、人間が地球の気候を温暖化させてきたことに「疑う余地がない」とする報告を公表しました。

新型コロナをはじめとする世界的な感染症の流行にも、環境破壊、温暖化がその背景にあると考えられています。

若者たちがいっているように、「見て見ぬふりはもうできない」のです。

同時に日本の場合、CO2排出は発電所39%、産業部門25%です。石炭火力や原発にこだわっている政治のスタンスが変わらないことにはどうにもならない課題でもあります。

自身の生活を見直さないといけません。仏教には「少欲知足」との言葉もあります。

この秋には総選挙があります。大きな争点にならなければおかしい事態に私たちは直面していると思います。

お寺の勉強会に向けて

次の日曜はお寺での勉強会があります。親鸞聖人が書かれた『正信念仏偈』を3回に分け、その内容をお話ししています。

「仏教にふれるとしあわせな気分になれます」とあるご門徒さんがお話しでした。不幸せな時間にしないよう、朝からパソコンの前に座っています。

解説本もたくさんありますが、いちばん見返すのは中央仏教学院で先生からいただいたプリントと当時のノートです。意味もわからずとにかくノートにとっていたことが、今になって力になります。

いやいや、ありがたいなぁと思いつつ、一夜漬けのような準備をしています(汗) ふだんからもっとやっておかないといけないな、と前回の勉強会の直前にもここに反省を記した覚えがあるのですが、、、。

入仏のお勤め

午後は入仏のお勤めがありました。今日、届いたばかりの新しいお仏壇に、古いお仏壇からご本尊を移してのお勤めです。この機に過去帳も新調されました。

古いお仏壇は先々代から受け継いできたそうです。痛みも目立ち、今後、また次の世代に受け継いでもらうために、買い換えたそうです。

いっしょに手を合わせ、しばし読経しました。

「新しくなっていいですわー。だけど、テレビを見る時間はあるのに、ロクに手をあわせてないです」とご門徒さん。「ご自分で買われたんですから、お給仕しがいがあるんじゃないですか」と私。お寺から『新・仏事のイロハ』をお祝いにプレゼントしました。

新しいお仏壇、どうか大事になさってください。

墓前でのお勤め

朝から夏が戻ったような暑さです。

この度、お墓を改修されるご門徒さんといっしょにお参りしました。墓地は岩井集落の外れ、山の斜面にあります。

お墓の正面には「南無阿弥陀仏」と刻まれています。建碑は昭和33年とあります。当時のご門徒さんは念仏者だったのでしょう。墓石も少し丸みを帯びた、あまり見かけたことのない形をしています。どことなく、うちのお墓にも似ています。古いお墓の形なのでしょうか。

現在は若いご夫婦が家を継がれ、お墓も守っていかれるとのこと。

お墓から帰ってきたら、汗びっしょり。

お墓参りの方は熱中症に注意しましょう。

敬老の日、そしてお彼岸です

今日は快晴です。朝から組内の75歳以上の方に紅白のおまんじゅうを配りました。「母が喜びます」との声も。少しでも楽しい気持ちになっていただければ。町内外で各種役員をつとめている方とはしばし世間話に。「今度サロンに来てもらって、仏教の話をしてくれるか、あきらくん」。よんでいただければうかがいますよ。

その後はコンサートの案内で田後・網代へ。あるご門徒さん宅にお邪魔すると「正信念仏偈」が聞こえてきます。YouTubeにアップされた動画を朝から流しているそうです。お盆やお彼岸にはお参りしあう風習があり、仏間はひとときにぎやかでした。

網代⇄田後の道。その先に見えるのは海です。

きょうは彼岸の入リでもあります。お墓参りに向かう方の姿を多く見ました。私も朝、お寺の納骨堂にお参りしました。はるか西の彼方、十万億の仏国土をへだてたところにお浄土があり、今も阿弥陀仏は説法をしているとお経にはあります。ご先祖さんに手を合わせるとともに、私たちの苦を取り除き、すくおうとはたらきつづける仏さまに手をあわせるのでした。

西法寺通信第10号作成中です

明日から秋の彼岸に入ります。お墓参りに帰りたくても帰れないという方もいらっしゃることでしょう。

今年の秋彼岸はそれほどのお勤めはありません。この期間中に納骨堂にお参りする方もいらっしゃるでしょうから、時間が合えばいっしょに読経しようと思います。

昨日から、なかなか手のつかなかった仕事に2つとりかかっています。

一つは過去帳への記載です。慶應(1865-68)の元号から始まり、20人をこえる方のご法名など新しい過去帳に転写する仕事です。小さなお子さんたちの名前も少なくありません。ちょっとした病で命が奪われる時代を経て今があるのだと改めて知る思いです。相変わらずの上手とは言えない自らの字にがっかりしながらの作業ですが、昨日中になんとかかき終えました。

もう一つは、西法寺通信。次で10号を迎えます。坊守に仏教にちなんだクロスワードパズルを作ってもらいました。新コーナーなんですよ。きょうは朝からずっとパソコンの前に。私の原稿はあまり進まず、知恵も浮かばずで、もう今日はあきらめることにします。なんとかあと2日くらいで完成手前までいきたい!

あすは敬老の日。町会の組長ミッションで記念品を配ってまわる仕事もあります。コロナの関係で敬老会は中止となりました。ささやかな贈り物ですが、みなさんぜひ受け取ってくださいね。

祭の意味

今日は2件のご法事、その合間にご依頼を受けていた過去帳への記載、そして千鳥ヶ淵の戦没者追悼法要に呼応した平和の鐘を打つと盛りだくさんの1日です。今日お参りの方のご先祖には戦没者の方がいらっしゃいます。終戦記念日の数日前に亡くなられています。敵味方別なく全ての戦没者を追悼して鐘を打ちました。

法事の際に、冠婚葬祭の祭って何をさしているかごぞんじですか? とお参りの方とキャッチボールすることがあります。これまで正解だった方は一人だけです。

実は、NHKの「チコちゃんに叱られる」で冠婚葬祭についてとりあげられたことがあります。その時は冠って何?でした。これは成人式のこと。番組では戦後はじめて成人式を開いたのはどの自治体なのかなど紹介していました。祭についてはテロップで、四十九日、三回忌と流れたのです。びっくりしました。私も、ぼーっと生きているのです。

祭とは祭礼のこと。仏教では法事です。みなさんびっくりされます。

「私の実家は神道なんです。今日の話をきいて、五年祭、十年祭と祭がついている理由が初めてわかりました。祭礼なんですね。楽しい話を聞かせてもらいました」とおっしゃる方が。なるほど、お宮さんではそのように呼ぶのですね。私こそ、いい話を教えていただきました。