雪になりました

15時現在、岩井は積雪10センチほど。除雪機を動かそうかとも思いましたが、まだそれほどの積雪でもなく、やめました。お隣の方も、今日は動かさないとのことです。向こう3軒、除雪機を保有していますので、明日朝はエンジン音が響くことでしょう。

午前中、お参りのご門徒さんは30分ほど早くお見えになりました。雪を心配されてのこと。「岩井の方が積もってますね」。町内でも降り方が違うのです。昨日の無料市のことをお伝えしました。誰かのために身体を動かすことを仏教では身施(しんせ)といいます。ボランティアのことですね。帰り際に、「付き合いのある人は自分と同じような勤め人ばかりだから、今日のような話は、実際に聞いていかないとわからんもんですね。困っている方のために税金は使って欲しいけど、政治家も私利私欲の人が目立ちます」と感想を話されました。

さて、予報では、今日、明日、明後日と雪です。運転される方は、いつも以上に慎重に!

「無料市」でお手伝い

きょうは昼からボランティアです。医療生協や労働組合が野菜やお菓子、日用品などを提供する「無料市」のお手伝い。雨の中、数十人のスタッフが集まりました。

私は、荷物お届け隊を団地まで輸送する係です。団地にお住まいの高齢の方、足が不自由な方から事前に申し込みがあったそうです。

冷たい雨降りですが、少し温かい気持ちになるのでした。

筆ペンをお供に

一昨日から、本堂に掲示する年回法要の札紙を筆ペンで書いています。来年用です。字は相変わらずうまくないので、せめて丁寧さを心がけていますが、なかなかです。

それにしても。

名前というのは年代によって特徴があるものだということがよくわかります。ずいぶん以前に御往生された方のお名前には、蔵、義、岩、寿、忠、強、重といった漢字を見つけることができます。若い人たちの名前ではあまり見かけない漢字ではないでしょうか。でも、歳を重ねるとしっくりくる名前のようにも思います。

ちなみに、2021年に生まれた男の子の名前、いちばんよく使われたのは蓮(れん)、女の子は紬(つむぎ)ということです。

蓮はいつも上位になっていますが、音の響きがいいんでしょうか? 法名にも多く使われる漢字ですが、なかなか書くのが難しい字なんですよね。

善人・悪人を区別しない

「ペシャワール会」の会報を読みました。今年、新しく会に加入し、その後、3回目の会報となります。毎号、本当に学ばされる内容です。間違いなく活字メディアの中でいま、いちばん熱心に読んでいます。


同会は、1983年、中村哲医師のパキスタンでの医療活動を支援する目的で結成され、現在は中村医師が設立したPMS(平和医療団・日本)のアフガニスタンでの医療活動や灌漑水利事業などの総合的農村復興事業を支援しています。


今回の会報には、8月政変以降の活動がつづられています。PMSの医療活動、インフラ事業、農業事業は、他のNGOが活動を停止している中でも続けられていることが現地から報告されています。各所でタリバン側との協議やタリバンによる視察があったようです。どこでもPMSの活動は感動をもって受け止められ、タリバンは安全を約束しています。


西側メディアの目からはこぼれているアフガンの今を、そして、現地で奮闘する人びとの姿を会報は教えてくれます。

「寒風の中で震え、飢えている者に必要なのは、弾丸ではありません。温かい食べ物と温かい慰めです」「水が善人・悪人を区別しないように、誰とでも協力し、世界がどうなろうと、他所に逃れようのない人々が人間らしく生きられるよう、ここで力を尽くします」

いまは亡き中村医師の言葉が胸に迫ります。

冬のネコの泉

今日は西法寺通信をもって網代と田後へ。冷たく強い風が吹いています。フード付きのジャンパーで正解でした。路地でウォーキング帰りのご門徒さんとバッタリ。「顔を見れてよかったです」と。それはもったいないお言葉です。

ナモのふるさと網代の「ネコの泉」にいってみると4匹いました。寒さに負けないで。

撫でさせてくれました
たぶんナモのきょうだいです
のびのびー
真っ白なネコちゃんです

無料市にむけて

坊守です。

今週は、先日こちらでもご紹介した食料支援企画の準備の合間に本来業務をやっつけておるような日々です。
きのうは日吉津村まで車で。籾付きの150㎏をいただいてきました。
今朝はチラシ配りに出動。戻ったタイミングで、このとりくみを報告してあった支援団体から電話がきて、コメをいただけるとのことで事務所に急行。夜勤明け帰りにお茶飲みにきていた病棟看護師も手伝ってくれて女子3人で260㎏を運搬しました。集まったコメは400㎏弱に。


大して声をかけてないのに運の良いことです。
取引先の会社にも最近の困りごと相談の新聞記事と年越し応援チラシを見せたところ、「いいことしてるんですね!」という驚きと(笑)社内で回覧して協力したいとリアクションしてくれました。

午前中に配布したチラシにはさっそく、「家まで届けてくれますか?」と、ひとり暮らしの方から電話が入ったり、障害者施設から、利用者さんを連れていきたいけどいい?と相談があったりして「無料市」をオープンしたものの、誰も来ない…ということは無さそうだな、と胸をなでおろしています。

本番は25日。まだまだお野菜や物品を絶賛募集中です♪

なんまんだぶの意味

葬儀とお寺での還骨法要が終わりました。この2日間、ご遺族とともに南無阿弥陀仏と口にする機会が多くありました。阿弥陀とはもともとインドの言葉です。漢訳のさい阿弥陀、そして無量と翻訳されました。「ア」とは今日私たちが使うN Oという意味があります。「ミタ」は、今日使うメートルの元々の言葉です。アミダ=阿弥陀=無量、つまり「量ことができません」。私たちのいのちは、量ことのできないいのちに支えられ、育まれて今、ここにあります。

葬儀で読誦する『正信念仏偈』は、「帰命無量寿如来」と始まります。無量とは数の単位でもあります。10の68乗。これより先はありません。それほどのいのち、そして光によって私たちは支えられています。本堂の内陣の金色は、いのちの輝きです。みな光り輝いています。

振り返ってみて、私たちは誰もが輝けるいのちを生きているのでしょうか。仏さまは、私たちの危うさを重々ご承知です。だからこそ、座っておられません。前屈みになって、いま、救おうとされている。そのことに気がつかされたら、私たちの生活に、ふだん言動に、少しずつであっても変化が起こるのではないでしょうか。人と人の間にある垣根を取り払って、お互い様、おかげさまで生きていこうという道です。気付かされて口から出てくるのが、南無阿弥陀仏・なんまんだぶです。なるほどそうだったのか、と深く納得させられた時、お念仏というものは自然と出てくるのではないかと思うのです。

ご往生されたご門徒さんは、老人ホームでお経を称えることを日課にされていたと伺いました。本は置いてなかったそうですから、誦じておられたようです。幾千万回お念仏を称えられたことでしょう。

念仏を称えるとはどういうことなのでしょうか。この世の中から念仏が消えつつあることは何を意味しているのでしょうか。

故人様のご葬儀にお参りさせていただくことを通じて、私自身、何が真実なのかを教えていただいたように思いました。

合掌

常はない「いのち」を生きる

今週末はまとまった積雪を覚悟していましたが、積雪はなく、冷たい雨が降っています。今日は夕方からお通夜、明日は葬儀となりました。老人ホームに入居されていたとのことで、お会いしたことがなく、昨日、初めてお顔を拝見しました。私自身、常ということはないいのちをいただいて生きていることを思い知らされます。くるべき時が来たら終わっていかなければなりません。そのことを受け止めないで、死を他人事にしたり、遠ざけたりすることはもったいないことであると思うようになりました。

白木の板に法名を記し、読経する『仏説阿弥陀経』、親鸞聖人の和讃に目を通し、皆さんにお配りする手製の経本をセットしました。

日常生活を中断して、故人の死と向きあう時間をご遺族は与えられました。気忙しいこととは存じますが、心静かにお参りいただければと思います。 合掌

朗読と音楽 奏で

午後、岩美町まちづくりの会主催の「朗読と音楽 奏で」が西法寺本堂にて開催されました。私も同会の一員です。

アイリッシュハープという楽器を初めて知りました。美しい音色です。宮沢賢治の『星めぐりの歌』よかったです。『あまちゃん』を思い出しました。奏者の横田さんは兵庫県香美町から岩美町に移住され、来年から町内で民宿をされるそうです。

朗読は尾崎翠の『花束』。「昔は良かったという追憶のため息」「人間の幸福はいつも過去にあるものですね」「追憶は人間を幾分かなぐさめる。人生の避難所だ」。追憶のなかにある幸福について冒頭に記し、大岩小学校で教員を勤め、網代道場に暮らしたなつかしい記憶を記したのが『花束』です。若い漁師さんとのほんのわずかな時間の交流がみずみずしく描かれています。翠さんの初恋の記憶のようです。その出来事が翠さんに幸せの記憶としてのこったのでしょう。

みなさん、寒いなかお越しいただいてありがとうございました。

雪国は満タンなのです

今日は荒れ模様。昼過ぎに網代に行きましたが、海は大しけでした。

夕方4時現在、お寺の私の部屋で依頼された過去帳を記載しています。外に目をやるとたたきつけるようなはげしい雨が降り、ゴォーっと強い風が吹いています。傘をさして歩くことはできないでしょう。これから夜中にかけて雪予報が出ています。

明日は午後からまちづくりの会主催の企画があります。寒い一日となるようです。本堂のストーブに満タンの灯油を入れました。雪が積もれば玄関先と駐車場の雪かきしないといけません。除雪機用のガソリンを買いにいき、満タンまで給油。ついでに、車にも満タンのガソリンを給油。雪国では何があるかわかりませんから、車のガソリンは常に満タンにしておかないと不安なのです。車はお互い慎重に運転しましょう。

去年も同じような時期に大雪が降り、思い切って除雪機を購入しました。あれからはや一年たったのです。そして山陰の冬の到来です。

この冬も頼りにしてます