「しんらんさま」を歌う

葬儀が終わりました。
いつものように最後は『しんらんさま』を歌いました。

帰り際に施主さんご夫妻が、「『しんらんさま』、亡き母がよく歌っていたことを思い出しました」とおっしゃいました。

お母さんはどんな気持ちで歌っておられたのでしょうか。

1番の歌詞は、まだ働き盛りの頃、2番は、亡き方との別れを思い出しながら、そして3番は、いよいよ自分のいのちがもう長くはないとの現実を突きつけられたときのことを歌にしているのだと、手前勝手な解釈をしています。そのどんなときにも、親鸞聖人は寄り添い、ともに笑い、泣き、お念仏を称えられているのかなあと想像してみると、あたたかい気持ちになれるのです。

歌詞もいいですが、歌うともっといいですよ。作曲は古関裕而さんです。
昨年の秋のお寺のコンサートで、大須賀ひできさんが歌った「しんらんさま」

ぜひ、聞いてみてください。

お通夜のお勤めでした

大正時代に生まれ、ご生涯をまっとうされた方のお通夜をお勤めしました。この時代に生まれた日本の男性は1500万人あまり。うち戦争で亡くなった方は200万人を超えます。カムカムエブリバディの安子のように戦争未亡人となった女性も少なくありません。

浄土真宗をはじめとした仏教教団は、戦争に進んで協力し、ご門徒を戦地に送り、国のために死ぬことを奨励しました。西法寺のご門徒さんも若くして亡くなられた方がいらっしゃいます。

本堂の内陣の輝く金の色は、全てのいのちは尊く、みな、お互いに光り輝いていることを表しています。無量光明土、お浄土という世界です。そのことを全く忘れ去っていたのが戦争の時代だったと思うのです。その時も、いのち真実に気がつけ、気がつけ、と阿弥陀様は声を上げ続けておられたのです。人間は間違うということを直視しなければなりません。

戦争の時代、そして戦後と生き抜いてご往生された亡き方のお通夜の席で、改めて誓わなければならないことがある、と思うのでした。

継続していかなければ

コロナの第6波の中、葬儀は「家族葬を行いました」と事後の案内であったり、事前の案内では「焼香の時間は○時から○時」といった状況が当たり前になっています。葬儀の規模はより小さくなっています。コロナが仮に収束しても、状況はそれほど変わらないでしょう。葬儀のない直葬、無宗教によるお別れ会なども増えていくものと思います。


昨日の法事の後、家族の方から「葬儀の時に住職さんが配られたプリントを、お参りできなかった親せきにFAXしました。『こういうものがあるとよく分かるなあ』と喜んでいましたよ」との話をうかがいました。そういう風に使っていただくのはありがたいことです。

通夜と葬儀の際には、A4の紙の表面に収まる分量の法話をつくってお参りされた方にお配りしています。ご家族からうかがった故人様の人柄、ご法名の意味、浄土真宗の教えの3点を、通夜、葬儀後の還骨法要の2回、お話しするようにしています。


2018年の春にこちらに帰ってきて法務を始めたのですが、当初はそこまで気が回りませんでした。あるとき、耳の不自由な方がいらっしゃり、読めるものがないと申し訳ないなと思い立ち、原稿を作るようになったのです。亡くなった方のことを記憶し、記録するという意味も込めています。自分でも読み返すことができますから。


明日は、別のご門徒さんのお通夜です。先程、お経をあげ、家族の方からお話を聞かせていただきました。これからお話しすること、そして、法名を考えるところです。


改善しなければならないことも多くあるように思うのですが、喜んでいただいていることは継続していきたいと思います。

大富豪が「我に課税を」と

週末は法事が4件あります。お話しする内容を何パターンか増やさなければと思っているのですが、まだ2つしかできていません。一つは先日、ブログで紹介した数にまつわるお話、もう一つは、毎月のお寺の掲示板を入り口にしたお話です。後者の方は、明日のご法事の際にと考えているところです。

加えて、何か時事的なトピックから仏教の教えをお話しできないかなあと思っていたところ、こんな話題が。

「愛国的な百万長者」並びに国際NGOオックスファムが発表した書簡のことを報道で知りました。「パンデミック下でこの2年間、世界がとてつもない苦しみを味わう一方で、われわれの富は増加し、公平な税負担をしていると言える富豪はほとんどいない」としています。

仮に、資産100万ドル以上の富豪に2%、10億ドル以上の大富豪に5%の富裕税を導入した場合、毎年2兆5200億ドル(約287兆円)の税収確保が可能となるそうです。それによって、23億人の貧困からの脱却、世界中へのワクチン確保、中低所得国の全市民(36億人)への医療保険・社会保障の提供ができるというのです。

これだけの格差が現実にあり、それを政治の決断で幾分か埋められる可能性がある、ということなのでしょう。

仏教には、自利利他の精神があります。自利とは、自らを利すること、利他とは他者を利することです。自利利他とは、この2つを完全に両立することです。今回のことから考えてみると、もうけをあげることと公正な分配を両立すると言うことでしょうか。

また、お布施とは、喜捨の精神です。お寺や寺院に寄付するとともに、困っている人を救うために差し出すことです。富豪のみなさんが、喜んでかどうかはわかりませんが、困っている人のために捨てるといっているのは間違いないでしょう。

もうお亡くなりになられましたが、哲学者の梅原猛さんは、日本の資本主義が発達したのは、大乗仏教の自利利他の精神があったからこそ、と以前、発言されていました。それが本当かどうか私には見識はありませんが、富を独占するのではなく、分かち合う精神こそ、取り戻してほしいと切に願います。

日本の大富豪の皆さんもぜひ続いて欲しいものです。

ガソリン、灯油、高いですねー。

ガソリン、そして冬に必要不可欠な灯油、ずっと高い状態が続いています。お寺の本堂では48畳用の業務用ストーブを使用しています。13リットル入りますが、15時間くらい稼働すると空になります。週末の法事用にガソリンスタンドに行きましたが、灯油はIℓ110円。昨年の冬は80円台でしたから、3〜4割高です。ガソリンも1ℓ164円と高い(スタンドの会員価格は少し値段が安い)。

ほんと高いよなぁ…。と独り言をいいながら給油していると町の除雪車が給油にきました。かっこいいですねー。ドライバーの方に聞くと、満タンで180ℓとのこと。我にかえりました。自治体にとっても原油高は頭の痛い問題です。

帰ってきて、ラジオで国会中継を聞いていると、年金支給額が削減されるとのことで野党議員が質問していました。試算によると、国民年金は月259円、厚生年金は夫婦2人で月903円の減額です。しかも、10月から高齢者の病院窓口負担は2割負担に引き上げが予定されています。コロナで医療の大切さを誰もが痛感している今、急性期病棟を20万床も削減する計画もあります。

うーん。

総理が口にする新しい資本主義っていったい…。

時間のある朝は…

坊守です。

きょうは指定休でした。朝イチのゆかむり温泉に入るまではいつも通りで(1日の活動前にあたたまると体がよく動きます)その後はい本堂に出勤しました。

年末年始に立てた仏華をやり直そうかな、と本堂裏でしばし検討。
暖房をつけていない本堂は、冷蔵庫みたいな状態ですから、3週間たつのに、花たちはそんなにヘタっていません。それどころか、蝋梅(ロウバイ)などは、小さかった蕾を膨らませ、良い香りをさせながら咲き始めました。
ロウバイ…花びらを手にとると、ホントに見た目通りの名前がついたんだな、と思います。つやのある半透明な花びらは、まるで蝋でつくったようです。
江戸時代に中国から入ってきた花木だそうで、年始に花が咲く以外の時期は、至って地味に庭の片隅に植わっています。

結局、本堂のお花は、
葉牡丹は外して、菊中心にしたものの、蝋梅には居残ってもらいました。

アンネ・フランクへの裏切り

朝のBS NHK 「ワールドニュース」でアンネ・フランクの一家の隠れ家を密告した人物が特定されたと報じられていました。その人物は、ユダヤ人公証人アーノルト・ファンデンベルフ氏。研究チームのメンバーによると、自身の家族を守るために密告した可能性が高いとのことです。近日『アンネ・フランクへの裏切り』とのタイトルで書籍が出版されるそうです。日本語訳が出たら読みたいと思いますが、どうでしょうか。

『アンネの日記』は、ユダヤ系ドイツ人の少女アンネ・フランクが、ナチスから逃れるために約2年間過ごしたオランダ・アムステルダムの隠れ家生活で書いた日記やエッセーです。

以前、新聞を読んでいて知ったことですが、1万人を超えるオランダ人がユダヤ人を匿う働きをした事実があったそうです。すごいことだと感心しました。ナチスへの抵抗ですが、困った人を救いたいという善意が広く存在していたのでしょう。

単に犯人探しではなく、ホロコーストのようなことが起こらないための歴史の教訓にして欲しい、そのように思ったニュースでした。

岩井・明石家さんで新年会

昨日は岩井の明石家旅館さんにて、同じ町内の新年会でした。おいしい料理をいただいて、親睦を深めました。食べる時はマスクをして、しゃべるときはマスクをして。なかなか忙しいです。

開催は2年ぶりです。最高齢は90才の方。とてもお元気でいまも畑をつくっておられます。完食されていたので、びっくりしました。

高齢者ドライバーの方が多くいらっしゃいます。地方は車がないと移動がままなりません。いずれ返上されたとき、何かお手伝いをさせていただかないとと考えているところです。

最後の締めは、組長の私が。「浄土真宗には食事のことばというのがありまして、今日はやりませんけど」とお話ししたところ、「いいが、やりんさい」との声があがります。合掌して、「尊いおめぐみをおいしくいただき、ますます御恩報謝につとめます」と私が発声し、みなさんで、「おかげでごちそうさまでした」と唱和。「いい言葉だが」「ありがたいが」「親鸞さんの言葉かえ?」など反響がありました。

次は4月の花見が集まる機会です。その時にもやってみましょうか。

阪神大震災から27年

阪神淡路大震災から今日で27年を迎えました。当時は京都市内に住んでいました。友人たちと1月20日に神戸市に入り、募金で買った日用品を被災した方たちに届けたことを思い出します。大阪からのルートは寸断されていました。京都から兵庫の三田(さんだ)へ。そこからまた乗り換えて神戸市内に入った記憶があります。どこまでいけたのかはよく覚えていませんが神戸市内まで入ることができました。駅をでると倒壊した高速道路、陥没した交差点、壁だけを残して崩れ落ちたビルディングなど、信じられない光景が広がっていました。それから数回、炊き出しのボランティアにも参加しました。当時は個人補償の制度がありませんでした。被災者の方たちが声をあげ、1998年に被災者生活支援法が成立。その後の法改正により最大で300万円が支給されるようになりました。

きょうニュースで、市民団体による追悼の言葉が「忘」れないだったと報じていました。なるほどと思いました。

「すなはち人皆あぢきなきことを述べて、いさゝか心のにごりもうすらぐと見えしほどに、月日かさなり年越えしかば、後は言の葉にかけて、いひ出づる人だになし」

人は皆、やるせない世の中を嘆いていくらかは煩悩も薄らぐようにも見えたが、地震から月日が経ち時が過ぎると、もう言葉にして口にする人さえいない。

鴨長明『方丈記』の一節です。人は時が経てば忘れていくものです。

だからこそ、「忘れない」というメッセージ、大切ではないでしょうか。

お陰様、おかげさま

昨日は、町内の知り合いの方とマスク昼食会でした。
写真を撮り忘れてしまいましたが、参加者は米農家さん、家で畑を作っている方、ほぼ自給自足で生活されている方など多彩な面々です。米農家さんのお米で握ったおにぎり、ちらし寿司、畑でとれた野菜がたくさん入った芋煮汁、これまた自家製の大根と白菜を材料にした漬物など、ほぼ地産地消のメニュー。私は何も作っておりませんので、「美味しいですねー」とありがたくよばれるだけです。

(食前)
○多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうをめぐまれました。
○深くご恩を喜び、ありがたくいただきます。

(食後)
○尊いおめぐみをおいしくいただき、ますます御恩報謝につとめます。
○おかげでごちそうさまでした。

これは、本願寺の「食事のことば」です。口にすることはしませんでしたが、この「ことば」通りの昼食会でした。

「おかげ」という言葉が2回出てきます。

漢字で書くと「お陰様」

「『お陰様で』は感謝の心を表す日常語です。お陰とは、神仏の助けや加護のことで、そこから、人から受ける恩恵や力添えをいうようになりました」(『暮らしの仏教語豆辞典』より)

その人の疲れに「お」をつけて、「さま」までつけて 「おつかれさまです」と声かけるぼくらの日々♪ こんな印象的なフレーズを含んだ歌が以前、流行しました。

「おつかれさま」と口にすることは多々あっても、「おかげさま」と口にする機会というのはあまりないのかもしれません。

みなさんも意識して、「お陰様」と口にしてみてはいかがでしょうか。実は、今日1月16日はは親鸞聖人のご命日です。私も朝、本堂でのお勤めの際、「お陰様で」とつぶやいて、手をあわせました。