ご心配おかけします

坊守です。
ブログは代打です。

住職は経過良好で1日早めに退院したと思ったら、夕方から40℃近くのお熱が出てしまいました。

ちょうど会議中に住職から電話があったので、そのまま同僚に相談し、ウチの病院にきております。
24時間対応してくれる医療機関のありがたさ。スタッフには敬意しかありません。

当直はベテラン先生で「8割がた尿路感染症じゃないかな」との見立て。でもとりあえず、こんなご時世なので検査結果を待ってからの診察なので、車の中で待機中。

コロナは陰性でした。その後、点滴や解熱剤の処置をしていただいて、いまから市立病院にむかいます。

退院しました

予定より1日早く、午前中に退院しました。ご心配おかけしました。昨日、一昨日とあまり眠れず、我が家に帰って寝ています。

病院の資料によると、破砕手術の実績は年間100件ほどにもなるそうです。さまざま要因あるのでしょうが、私の場合、食生活を見直して、石をつくらない努力をしないといけませんね。

ナモも心配してくれているのか、布団の端っこで寝ています。

どこかで寝ていたター坊もいつの間にか、布団の上に。

住職の入院日誌③

長い月曜日があけ、入院3日目、火曜日の朝です。大きな病院にはさまざまな患者さんがいらっしゃいます。同室の方は昨日の昼間に退院され、また別の方が手術のため午後から入室されました。

結石が出なかったことで入院の機会をいただきました。病気で入院される方は、おそらく誰でも不安を抱えつつ、できれば来たくなかったと思うものでしょう。私も同じです。しかし、いざ来てみると、覚悟も決まりますし、なにより病院の方たちの献身的なサポートに胸を打たれるのです。ちょっと大袈裟かもしれませんが、人間の素晴らしさを感じます。

書いていて思い出しました。3年ほど前、入院されたご門徒さんのところにお見舞いに行ったことがありました。その前に、家族の方がお寺に来られて、「もう長くないと思います。市内の病院に入院しています」と教えてくださいました。「お見舞いしても構いませんか?」と問い合わせたところ、「来てください」との返事があり、私は坊守から香袋をたくされて、病室にうかがいました。ご門徒さんは喜ばれて、「いいにおいがしますなあ」とおっしゃいました。お寺にも節々でお参りされる念仏者の先輩でした。その時が、この世でのお別れでした。こういうお見舞いをさせていただきたいと気持ちも新たにしたのですが、残念ながらコロナ以降できなくなりした。

西法寺のご門徒さんで入院される方、ご希望ありましたら携行御本尊をお貸しします。そのために本山から入手した仏さまですから。手を合わせ、ながめていると気持ちが和らぎます。

それと、ご門徒さんで、ネコカレンダー欲しい方がいらっしゃったら、お声かけください。こちらは楽しい気分になれると思います。

経過良好とのことで、管をはずし、血栓防止の締め付けるソックスも脱いで、ベッドからおりました。あとは数時間の点滴治療です。この分だと予定通り木曜日に退院できそうです。ナモ、ター坊、オンちゃん、シマちゃん、そして忙しいなか、毎日飼育係を担当してくれた坊守さま、もうしばらく待っていてください。

点滴は前回の結石以来、9年ぶりです

住職の入院日誌②の続き

坊守です。
術後は病床にじっとしている住職のその後をご報告。

朝9時前に住職と担当看護師さんが、私が待機していたデイルームにあらわれました。そのまま階下のオペ室前で行ってらっしゃ〜い!
病棟に戻り、読書しながら待っていたところ10時20分に手術室から迎えがきました。
グリーンのオペ着の若い主治医が
「石は無事にとれ、硬いものだったので、破砕でもうまくいかなかったんですね」と、プラスチックの小さなケースを渡されました。体の中に入っていたせいか、妙にあたたかい。


ベッドごと出てきた住職は、問いかけに返事できるくらいには目覚めていて「喉が痛い」と、スローモーに話しました。
今日は点滴や導尿の管につながれたまま、じっと過ごすのだそうです。

主不在の古家では、猫のナモが住職が帰らないことに気づいて、昨夜は遅くまで中庭や勝手口が見える窓際に座り込んでいました。今日も、私が仕事から帰るなり、靴を脱ぐ間もくれないまま、抱っこを要求して飛びついてきました。ター坊はいつもと変わらず寝ていたな、と思ったら私の足を噛んだり爪を立てたり、くっついてしばらく離れません。
おいたんは、やっぱり猫に人気があるようです。

住職の入院日誌②

おはようございます。今日は9時から石を取り除く手術を受けてきます。その後は、翌朝、主治医さんの回診までベットで横になったまま過ごさないといけないそうです。

昨日は特にすることもなく、持ってきた本を読んで過ごしました。久しぶりに勉強できました。

術後はどんな気分になるのでしょうか。続報が今日書けなければ、また明日にでも。

看護師さんに尋ねられたので、「阿弥陀さんです」とお答えしました。なんまんだぶ

住職の入院日誌①

午前中、四十九日と納骨のお勤めがありました。お墓に納骨するのが一苦労で、「おとうの時はどんなだった?」「そこの石ををずらすだが」「下に降りないといけん」とにぎやかでした。お墓に入るのもなかなか大変ですね。

そのあと逮夜参りにうかがいました。初七日から毎週いっしょにお経をあげ、来週の日曜日が四十九日となります。

終わって家に帰って荷物を持って入院しました。入院するのは小学5年生以来で、妙な気分です。大病ではありませんので気楽ですが、「明日は1日ベットから動けません。痛みがあるかもしれないので、その時は遠慮しないでください」と看護師さんから伝えられました。全身麻酔について再度説明を受けたのですが、「寝ないでおこうとがんばっても無理ですよ」と麻酔科の先生はおっしゃいました。

看護師さんからは、「夜7時以降は水とお茶だけにしてください。夜9時に下剤を飲んでください」と、もう言われるがままのことをするだけ、おまかせです。

明日は朝9時に手術を受けます。ベットに横になって更新すると思いますが、どうかお許し下さい。

亡きお母さんから受け継いで

この週末と来週の週末は四十九日の法要が続きます。
23日の日曜にはお寺の勉強会も予定されています。
明日から木曜までは入院の予定ですから、なんだか慌ただしい1週間になりそうです。
病院には本を持っていくつもりです。体調次第ですが、することも特にないでしょうから、勉強、勉強です。それと携行御本尊も。まさか自分が病院で手を合わせることになるとは思いもしませんでした。

今日は今月予定されている6件の四十九日法要の1件目です。
2018年、こちらに帰ってきて初めてお勤めした葬儀は、旦那さんでした。2022年9月、今度は奥さんの葬儀をお勤めさせていただきました。

息子さんはお母さんの介護のため、数年前に帰ってこられました。
元気だった頃、お母さんは仏壇の前に座り、お経をあげていたそうです。
息子さんは、お母さんの後を受け、2年ほど前からお経をあげるようになったとお話しでした。墓前でそのお経をあげました。

「お母さんはものすごく苦労もしたけど、愚痴をいっさい口にしませんでした」「はたきものでした。すごい母でした」と息子さん。


「お母さんが合わせた手を、息子さんが立派に引き継いでおられますよ。安心してください」。そんなことを思いつつ、お経を完璧に暗記している息子さんの読経の声に耳を傾け、私も経を読みました。

お母さんの今現在説法を私も聞かせていただきました。

市立病院に行ってきました

日曜からの入院を前に、診断をうけ、さまざま説明していただきました。9時に病院に着いて、病院を出たのは午後1時半すぎ。患者さんがたくさんいたこともあり、時間が大幅に遅れたようです。医療関係者のみなさんは本当に忙しくされており、ご苦労さまと声をかけたくなりますね。

日曜の午後に入院し、月曜の朝に手術を受け、退院予定は木曜です。石をとるのも手間ですね。私は寝ていればいいのですが。

日曜からの病院日記にご期待ください(苦笑)

コスモスロードはいまが見ごろ

JR岩美駅近く、吉田川沿いは、いま、コスモスが満開です。1キロ以上にのびるコスモスロード。秋を感じる風景です。

きょうは午前中、過去帳記載の続き、午後は習字教室、その後、網代の方に西法寺通信を届けにおじゃましました。

昼にご飯を食べつつメジャーリーグのポストシーズンを少し観戦。夕方、ご門徒さんに聞くと、「ダルビッシュ勝ったで」と教えていただきました。いつも思うことなのですが、メジャーリーグの野球を楽しみにしている方は、本当に大勢いらっしゃいます。昨年まで阪神タイガースの絶対的リリーバーとして活躍したスアレス投手が大ピンチを無得点で切り抜けたとニュースで確認しました。

そして夕方、コスモスロードを少し散策してホームセンターでネコのご飯を買って帰ろうかなと思ったら、田後のご門徒さんも買い物帰りでしばし立ち話に。お寺の役員をつとめていただいているのですが、来年5月に予定している法要(親鸞聖人御誕生850年立教開宗800年の記念の法要です)に向けて声かけをはじめられたそうです。生前法名を授かる機会としても準備しています。「さっきスーパーで会ったMちゃんに、『いっしょにうけようで』と声かけただが」と。本当にありがたいことです。みなさんに支えられて、お寺も住職もあるのだなとあらためて感じさせられました。

古い過去帳を新調する

今、手もとに5冊の過去帳があります。2冊分は記載が終わり、3冊目に取り掛かっています。記載する必要のあるお名前は20人近くあります。お寺の過去帳とも照らし合わせて、間違いがないか確認しながら、新しい過去帳に記載を開始したところです。

お寺の過去帳で確認すると、明治45年に本山に参拝し、法名を授かったとの記載がありました。この当時、山陰本線は鳥取から京都まですでに開通していたようですが、どのくらい時間がかかったのでしょうか。どのようなお気持ちで帰敬式にのぞみ、ご法名を受けられたのでしょうか。その5年後に、息子さんも本山から法名を授かっておられました。

今回のように、古い過去帳をお預かりして、ページをめくってみると、わずか数歳で亡くなった子どもさん、戦死したご門徒さんの名前を見つけることも珍しくないのです。長寿社会というのは、本当に最近のことなのです。戦死者を77年間出していないということは、人類社会の歴史の中でも、相当、稀なことではないかと思います。私たちは、いつまで続けることができるでしょうか。誓いを新たにさせられます。

週末の法事の際に、新しい過去帳をお渡しする予定です。調べていたら、こんなことがわかりましたよと報告できそうです。