午後、冷凍の宅急便が届きました。
開けてびっくり!

和歌山の名物、玉林園さんのグリーンソフトではありませんか。
それも30個!!!
私、抹茶はあまり好きではありませんが、グリーンソフトは好物なのです。
生協のカタログで見つけると必ず注文しますから。
送り主は、坊守の弟さんです。
もしかして、一足早い私への誕生日プレゼント??? 店内ではソフトクリームの形で販売されているそう。ぜひ行ってみたい!
週末、お寺の役員会がありますので、みなさんに食べていただきたいと思います。
ありがとう、義弟よ。
午後、冷凍の宅急便が届きました。
開けてびっくり!

和歌山の名物、玉林園さんのグリーンソフトではありませんか。
それも30個!!!
私、抹茶はあまり好きではありませんが、グリーンソフトは好物なのです。
生協のカタログで見つけると必ず注文しますから。
送り主は、坊守の弟さんです。
もしかして、一足早い私への誕生日プレゼント??? 店内ではソフトクリームの形で販売されているそう。ぜひ行ってみたい!
週末、お寺の役員会がありますので、みなさんに食べていただきたいと思います。
ありがとう、義弟よ。
ジメジメと暑いので少々寝不足の坊守です。
からだが暑さに慣れるまで、無理せず過ごしましょう。
今日は、知る人ぞ知る、人気の天然酵母パンのこと。
2年前に大阪から吉岡温泉に移住してきたパンやさんがあります。パン工房「楽童」さん。

わたしはパン好きの同僚に教えてもらって知りました。後日そこは坊守友達のごくご近所さんだったと知りました。おかげで、パンのお土産をいただいたり、お店にも行く機会があったり、嬉しいご縁です。
今日も、お花のお裾分けに寄って、住職のリクエストでお店へ。
絵本の世界から抜け出してきたような、かわいいお店の周辺には、いつも通りパンの焼けるしあわせな匂いが漂っていました。木のドアを開けると小さな店内には山型食パンや丸パン、素朴なパンがガラスケースに並べてありました。
大阪でオープンして、鳥取に来てからあわせて39周年になるそうです。開店以来、食品添加物不使用、さらに卵や牛乳、バターなどの油脂も使わず、天然酵母だけで小麦を膨らませているとのこと。
外側はバリッとした歯ごたえがありますが、中はもちもちとしていて、味わい深い、という言葉通りです。


料理研究家の土井善晴さんが、料理は素材のチカラで美味しくなってくれる、と言うてはることを思い出しました。
明日朝のご飯が楽しみです。
葬儀が終わりました。遠路、大宮からお参りされた方も。コロナ禍のなかの数年、他県からお参りされることはほぼありませんでした。葬儀は悲しみの場であるとともに、久しぶりに家族・親戚が顔を合わせる場です。「また会いましょう。お元気で」「立派になって」「もうそんな歳になっただか」。こういう時間があってこそ、人は生きていけるのかもしれません。
今日は、葬儀会館の方に、寺院葬の見積もりをいただきました。市内のお寺さんで、最近、寺院葬を2件つとめたばかりとのことです。寺院で葬儀を行う場合、祭壇の費用がかかりませんので、会館で行うよりも低い料金になります。
「みなさんのもうけが少なくなるので、寺院葬はありがたくないかもしれませんが」
「そんなことはないです。ご縁をいただくことはありがたいことです。どういう形になるのか、説明会などもさせていただきます」
この1カ月で3件目の葬儀でした。
お寺で葬儀ができますという案内を以前からしていますが、実際にはこういう形になりますよというイメージづくりの方も考えていきたいと思います。
2017年から使ってきた葬儀勤行集がいよいよくたびれてきて、京都にいっていた坊守に新しく買ってきてもらいました。あまり出番がない方がいいお経本かもしれませんが、あちこち紙がすりきれるほどめくる機会がありました。

古い方には、中央仏教学院で学んだ2017年に、声明(しょうみょう)の先生から教わったよみ方や息つぎの箇所などが記してあります。大切なガイドなので、書き込んだ印を新しい本に写しかえないといけません。

こちらに帰ってきた2018年4月、ご往生されたあるおばあちゃんの家で、その方が使っていたお経本を見せていただきました。びっくりしました。すりきれて紙がボロボロになっていたのです。それも何冊も。本をひらくのは毎日の日課。最晩年、施設でも「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と称えていたといいます。
私の場合は仕事上の必要に迫られてのことでしたが、すりきれたお経本を手にとってみて、おばあちゃんのお経本をふと思い出しました。
本山の西本願寺の朝のお勤めに寄って、7時過ぎの特急で帰ってきました。
京都は海外からの旅行者いっぱいで、コロナ前に戻ったような雰囲気。
券売機の前で悩んでいる若いグループがいましたが、駅員さんが流暢な韓国語で声をかけていて、すごいやと思いました。
英語や中国語や韓国語が飛び交う人波にまぎれて歩くのも楽しいものでした。ヒンドゥやタイ語も聞きました(たぶん)。
ただ、人との距離が保てる田舎の方が空気が良いです。
3日ぶりに古家に帰宅したら、寝ぼけまなこで起きてきた猫たちにまずは抱っこを要求され、その後はつきまとわれています。

住職は「もうどこかにいかないように見張ってるんだよ」と言いますが、ナモは確かにそうかもしれない。
縁側に並んで寝る2匹ですが、寝相がぜんぜん違いました。

責任役員会の後、おつとめに出た住職はそろそろ帰るかな? バタンと寝てしまう前に、日曜のルーティンの掃除洗濯くらいはやっつけましょう。
右京区角坊付近にいまだに足留め中の坊守です。
朝8時半から夕方5時までテスト満喫しました。
筆記試験5つと法話の演習は、なんとかなったような気がします(が、判断能力がかなり落ちているので、フタをあけてみるとどうでしょう)。

で、きょうのタイトルの「本当に降参」は、おつとめ(お経)でした。
2教科以内で落とした場合は、追試があるそうなので、そちらまで練習し直すことにします。
今回は1日だけのスクーリングだったので、友だちづくりはできませんでしたが、帰りのバスで新潟のお寺の坊守さんと同道できました。
難しい勉強だと思いますが、学校に来られていた皆さんは人生の先輩も多くおられて、いま勉強しましょうという心意気に脱帽であります。
さて、猫とおじさんの待つ我が家に帰りたいけれど、この時間ではそれもかないません。
いまのうちに京都駅でお土産でもみて、明日の朝の本山のお勤めに出て、予定より早い特急に乗ろうと思います。
さて、ワタシのナンマンダブの世界は少しは広がったり深まったりしたのだろうか。
追試をやっつけても、学習は続けていかないと
京都(白旗)スクーリング日記①
坊守です。
本山脇の聞法会館に3時から潜伏中です。
明日が中央仏教学院通信教育部のスクーリングという名の期末試験です。仕事が忙しかったり、お寺フェスがあったりで、こんなに勉強の時間がないまま試験を受けることがあっただろうか?いやない(思わず強意表現)。

白旗をあげながら突入するやりきれないこの気持ちは、高校2年生の時の物理のテスト以来かもしれません。
あの時は、時間はあったけど、理解出来なかっただけですけれど。
ダメなら来年もまた来ましょう。
えーん
今日は朝からお寺の納骨堂にご遺骨を納骨するために、遠路、お客さんがお見えになりました。ご往生されたお母さんの出身地が町内で、ご門徒さんの家から出られた方です。お母さんのお墓はここになりますので、またお参りいただけたらと思います。
お寺にお参りされたことがある方から、「しょうがせんべい楽しみにしていたのですが」という声が。法事後のお茶タイムも再開しつつあるので、また注文しないといけませんね。
先日、社会福祉協議会のサロン情報交換会に参加した際、私のことをご存知の方から、「西法寺さんはこんなこともされるんですか」と話しかけられました。会では名簿が配布されていたので、Mさんというお名前はわかったのですが、最初にどこでお会いした方なのかがどうしても思い出せません。法事か葬儀でお会いしたことは間違いないのですが…。
昼過ぎにお寺の役員の方に教えて欲しいことがあり電話したのですが、話の中で、Mさんは、今日明日がお通夜・葬儀となるAさんの親戚にあたる方だったということがわかりました。役員さんとその方は、同じ集落に住む気の合う友人同士で、昨日、久しぶりに話す機会があったそうです。その際、「西法寺の法要にお参りしてもいいだろうか」「『秋にもお寺でコンサートがあるから、一緒にいこうで』と誘った」といったやりとりがあったそうです。
それで思い出しました。2年ほど前のことです。Aさんの弟さんが先にご往生され、葬儀をつとめました。葬儀後の仕上げ参り(還骨法要)が終わり、本堂を片付けようとしていた時、戻ってこられて、「私は西法寺さんの檀家ではありませんが、またお参りさせていただいてもいいですか」と私に話しかけられたのがMさんだったのです。
その後、スーパーでお会いしたり、集落の中でお会いしたりすることがあったのですが、どなただったかという疑問符がとれぬままでした。たずねたらよかったのでしょうけど。
これからは、「Mさん、こんにちは」と、これまでよりも親しく接することができるような気がしてきました。
縁というものの不思議さを感じています。
90代のご門徒さんが往生され、午前中、ご自宅にうかがいました。
昭和7年生まれ。その歩みについて、ご自身が記されたメモを奥さまに見せていただきました。
小学生時代は太平洋戦争の最中。食糧増産のため満足に勉強することができなかったことが記されています。16歳で漁師に。「45年間漁師」とありました。
また、枕元に手書きのメモを貼っておられました。その最後、「五、遠いよるでもいつかは時が 悔いを残さぬ人生に」とありました。船の上で45年もの時間を過ごされた実感がこもった言葉のように思いました。
船を降りて以降は、地域の世話役としても活躍されました。「がんばりやで、あいさつの原稿を書いては、一生懸命覚えておりました」と奥さんに教えていただきました。
明日、顔を見に帰る予定だった娘さんが到着され、涙、涙。
お通夜と葬儀、精一杯おつとめさせていただきます。
今日はかたい話です。
今国会で入管法の改定案が審議されています。新聞報道などでご存知の方もいらっしゃることでしょう。議員の数の上では成立する見込みなのでしょうが、内容は非常に危ういものがあると思います。2年前と同じように廃案になるのが一番良いと思います。
そもそも難民申請をする方というのは、母国に帰れない事情を抱えた方達です。
例えば、32年前に来日したナイジェリア人のエリザベスさんは、女性器切除の被害から逃れた難民です。1回目の難民申請は却下され、いま2回目の難民申請を提出し、現在、審議中です。
日本では難民申請をしても難民として認められるケースはものすごく少ないのが現実です(22年はわずか1.9%)。他国であれば認定されるようなケースでも、日本政府は、ほとんど却下しています。
今回の改正案は、2回申請して却下された人を本国に強制送還することができるようになります。政府の説明文を読みましたが、3回目以降の申請でも、相当の理由がある資料を提出すれば、例外中の例外として送還を停止と書いてありました。つまりほとんど認めないということです。保護すべき外国人を本国に送還してしまえば投獄や死刑になることも考えられます。
送還を拒否した場合は刑事罰を科せられ、刑務所に送られます。刑期が終われば入館施設に収容され、そこでまた退去命令を拒否すれば、刑務所へ。このサイクルを繰り返すことになりかねません。
入館施設において適切な対応をせず死亡したウィシュマさんの事件から、一体何を学んだのでしょうか
浄土教は、生きとしい生けるものがみな輝いていることを私に教えてくれました。
私も、あなたも、国を逃れて助けを求めてきた難民の方も、同じ人間なのです。