主を讃え 仏に暮れて 神に明け

タイトルは、とくに12月末から年明けの私たちの行動をあらわした言葉だそうです。みなさんは年末年始どのように過ごされましたか?

私自身、昨年末はまちづくりの会の企画で、クリスマスのイルミネーション設置作業&本堂でゴスペルを聴きました。大晦日は、除夜の鐘を打ちました。そして本日は町内会の組長の仕事で、岩井温泉の護り神である御湯(みゆ)神社にお参りしてきました。

そういえば、東京亀有に住んでいた頃は、クリスマスにケーキを食べ、柴又の帝釈天にお参りして、近くの神社に初詣するようなこともあったような…。

神仏を大切にするというのは、悪いことではないと思いますが、宗教リテラシー(宗教知識と運用能力のこと)が乏しいとカルト宗教に絡め取られてしまう危険もあるということが昨年来、はっきりとしてきました。

報道や本などで、旧統一教会による被害を目にするとがく然とします。成立した新法は、「騙された」という自覚ある人を金銭的に救済する仕組みのようです。しかし、「騙された」という自覚なく、マインドコントロール下におかれ献金している人が大半でしょう。宗教2世の抱える心や生活上の苦難にも救済の道が見えたわけでもありません。法律を被害の実態に見あったものに改正していく粘り強い仕事が必要になると思います。

そして、カルト宗教に引っかからないための学ぶ機会を学校教育の場などで作ること、グルーバル化する世界の中で、日本の宗教と外国の宗教について適切に学ぶ場を作れないものかと思います。

もちろん、そんなことを神頼みしても、仏様を拝んでも、こたえてくれませんから、私たちがなんとかするしかないのです。

ナモの日記(2023年1月)

ナモです。

おしょうがつは、ゆきがつもらなかったので、おいたんもおばたんも、おうちにおるじかんがいつもよりありました。

ニンゲンがおうちにおると、おやつをもらえたり、おひざのうえでネンネするのよ。
オンちゃんも「ケージの外に出たいよ」と、おおきなこえでないて、おさんぽをしたり、あたいたちのごはんののこりをぬすんだりします。

きょうは、かぜがびゅーびゅーして、ゆきもふっていたので、ター坊とおこたにはいっていました。
おるすばんのときは、おこたがいちばんよ。
おいたんは、おひるにおうちにかえったときに、おこたのなかのター坊のようすをみて、わらいました。

何度でも

東京の方から年賀状をいただきました。
2011年3月11日、東日本大震災と福島原発事故が発生。
当時、東京に住んでいた私は、何度か被災地に出かける機会がありました。
友人から原発再稼働に抗議する運動に誘われ、官邸前での抗議行動を支えるスタッフとして数年間、参加していました。その中で知りあったKさんから、「3.11から11年余。あらためて問われている気がします。何度でも原発NOの声をあげねばですね」と記した年賀状をいただきました。KさんのTwitterを時々、読みます。ゴミ拾いボランティアをしたり、ビッグイシューの販売員の方を見かけると購入して応援したりと、心優しい方なのです。

このブログを読んでいただいている方の中では原発について、賛成・反対と意見の分かれるテーマなのかもしれません。私自身は再稼働にも原発そのものにも反対です。速やかになくす決断をして、再生可能エネルギーに大胆にシフトチェンジしてほしいと願っている一人です。

首相官邸前で、社会見学に来たという学校の先生と生徒さんに聞かれたことがあります。「貴方はなぜここにきていますか?」と。

私はこんなことを話した記憶があります。「この世の中は、いろんな人がいて成り立っています。その生存条件を重大な原発事故は一瞬にして破壊するということが、今回のことでよく分かりました。だから私は反対しているんです」

あれから11年あまり経つのですね。

日本政府は、ウクライナ危機にかこつけて、原発再稼働と稼働期間の延長、さらには新増設を進めようとしています。原発の新増設は「想定していない」というのが政府のこの間の立場でしたが、「エネルギー危機」を前面に押し出せば世論も変化すると思っているのでしょうか。

だからこそ、Kさんは「何度でも」という言葉を記し、私に送ってくれたのでしょう。

100分de名著を読んで

ハードディスクに撮りためていた番組を、年末年始に見たという方も少なくないでしょう。私もその1人です。NHK Eテレの100分de名著 中井久夫スペシャルを年末に一気見しました。

中井さんは統合失調症にとりくんだ臨床医です。翻訳家、文筆家としても活躍され、昨年8月に亡くなられました。何冊か文庫を読んだことはありますが、この度、番組を視聴し、著書に記された、人に寄り添う優しさと深い知性に胸を打たれました。番組のテキストも購入し、年明けに読みました。

番組の4回目で取り上げられた『戦争と平和 ある観察』。次のような一文があるそうです。

「人間が端的に求めるものは、『平和』よりも『安全保障感』である。人間は老病死を恐れ、孤立を恐れ、治安を求め、社会保障を求め、社会の内外よりの干渉と攻撃とを恐れる。人間はしばしば脅威に過敏である。安全への脅威はその気になって捜せば必ず見つかる。…『安全保障感』希求は平和維持の方を選ぶと思われるであろうか。そうとは限らない。まさに『安全の脅威』こそ戦争準備を強力に訴えるスローガンである」

番組で解説を担当された精神科医の斎藤環さんは、この「安全保障感」という中井さんの指摘について、「今の時代だからこそ重い意味を持つ」とテキストに記されています。

お寺の掲示板(2023年1月)

「わたしがいる あなたがいる なんとかなる」
北九州の牧師・奥田知志さんの言葉です。

牧師として、NPO法人の代表として活躍されています。
若い頃から、ホームレス支援と自立をサポートされてきました。

いま、北九州で「希望のまちプロジェクト」もすすめておられます。
https://www.houboku.net/pj/kibou/

ホームページをじっくりと読ませていただきました。
このプロジェクトについて、「かわいそうな人を助けるのではありません。私自身にとってあるべき街をつくるのです」と奥田さんはおっしゃっています。

資料には、「家族が脆弱化する現代社会において、看取りと葬儀までを『赤の他人』が 行う場所が生まれます」ともありました。

プロジェクトが成功するよう、ささやかですが私も応援させていただきます。

ネコたちの寝正月

青空の元旦となりました。
昨夜の夜ふかしのせいか、朝も昼も暗くなってからも、ナモ・タリはぐうぐう眠っています。
オンちゃんもお気に入りのカゴで。

ニンゲンもコタツ寝ですが、その布団の上を猫に占領されているので、布団が足りない〜
(坊守)

本年もよろしくお願いします

除夜の鐘を、おそらく150回ほど打ち、年が明けました。約50人の方にきていただきました。

ご近所の方がたくさんいらっしゃいました。お孫さんたちが大集合で、若い人がたくさん。

岩井温泉に宿泊された関西からのご家族もこられて、興味深そうに本堂の欄間をご覧になっておられました。明治時代に、ご門徒さんにより寄贈された龍が描かれた欄間です。この方を先祖にもつご門徒さんから託された過去帳を大晦日に書き終わったところだったので、不思議なご縁を感じました。内陣にも上がっていただいて見学していただきました。

新しくなった鐘撞堂での除夜の鐘、そして新年のはじまりです。本年もよろしくお願いします。

今年もありがとうございました

おかげさまで今年も毎日、お寺のブログが更新できました。ブログの表示数は4万400、訪問してくれた方は9500人でした。田舎の小さなお寺ですから、特別、変わったことがあるわけではありません。日常のことを中心にしつつ、時々、ネコたちの視点もまじえつつ、来年も更新が途切れないようにしたいと思います。

明日は大晦日?!!!

坊守です。

昨日仕事納めしましたので、今日は坊守業の日でした。
といっても大晦日は明日!!(ぎょえー)

鳥取市のJA産直店の開店めがけて走り、お野菜やお肉を買い出し。
無料市で知り合った年金暮らしのAさんの団地が近かったので、カイロの大箱とムートンの敷物をお届け。年金額が低いため、夏も冬も冷暖房無しで過ごしておられます。このところ、雪が降るたび、Aさんがどうしておられるか、気になってしょうがありませんでした。
電話は持っておられないのでいつものようにアポ無しでピンポン。やはり帽子や手袋の重装備でいらっしゃいました。遠慮深い方ですが、両方とも「助かるわぁ」と受け取ってくれてホッ。
「家の中は寒いから、上がってと言わんでおくわね」と、玄関先でおしゃべり。小1時間ほど道草することになりました。

午後からようやくお正月の花の支度を。昨日から坊守友達と花の準備はしてあったので、どりゃあ!と立てるだけだと思いましたが、2時間半かかりました。本堂裏の寒い作業スペースに、ストーブを持ってきたり紅茶を入れてくれたりと住職の応援もありましたので、なんとか完了。


網代の道場の分と本堂、納骨堂と洗面台、ついでに住職部屋の床間までやっつけたら、太い足がさらに太くなったようです。

餅屋さんがお鏡も届けてくださったので、明日朝は網代の道場にひとっ走りしようと思います。
料理はこれからです。

干支(えと)は、えぇっと

昨日から取り掛かっていた、本堂掲示用の年回札は昼前に一応、出来上がりました。
要した時間、約8時間でした。
文字は気に入りませんが、仕方ありません…。
書いては丸めて捨てた紙も多数。
それでもこちらは書き直しができるので、まだ気楽です。

秋にお預かりした過去帳も同時並行で記載中です。
こちらの方は大苦戦しています。
早く取り掛からなかった私が悪いのです…。

江戸時代から続くご門徒さんの過去帳です。
記載するお名前がこれまでの私の経験の中では最も多いこと、書き直しがきかないので、慎重に書かないといけないので時間がかかっているのですが、それだけではありません。

江戸時代から明治の頃まで、おそらく使われていたのでしょうね。こういう暦が。
みなさん、なんと読むかわかりますか?

十干・十二支・干支

暦には十干と十二支を合わせた60通りの表記の仕方があり、古い過去帳には、その表記があります。間違いがないかお寺の江戸時代から続く古い過去帳とつきあわせての作業になり、時間がかかります。

これが一周するから還暦になるということを、「そうだったのか?!」と認識した住職であります(笑)どこかで聞いたことがあったと思いますが、うろおぼえでした。

ちなみに、1969年生まれの私の場合、十干十二支での干支は、己酉(つちのととり)があたるそうです。

と横道にそれてしまいました。年末までに書き上げることを目標にしていますので、明日も続行します。