朝から雪かきです

昨日の昼からの積雪は15センチほどでした。思ったほど積もらず、ホッとしました。晴れ間もでて、とりあえず雪の峠は越したようです。

朝からお寺と家の前の除雪です。除雪機と一緒に6000ほど歩きました。気温が低いので雪よりも道路の凍結の方が不安です。

予報通りの寒波です

昼前から外は激しい風、そして雪が降っています。時おり、「ゴォー」と風の音がします。

もしかしたら明日は外出できないかもと思い、午前中、スーパーに。いつもよりもお客さんが多いような気がします。お世話になっているご門徒さんも買い物中で、しばし立ち話。腎臓に石ができたとのことで、今度市立病院に行くそうです。私と同じように、破砕術を受けられるのでしょう。うまく砕けるといいですね。

昼に家に帰ると、ナモとター坊は身体をくっつけてダンゴになっていました。ノラのしまちゃんはこんな寒い日はどうしているのでしょうか?

さて、法名の申し込みは19人にまで増えました。俗名から一文字入れたいとのご希望の方が10人近くいらっしゃるので、お経本などを眺めつつ、どんな法名がいいのかなあと考え中です。

午後、雪は激しさを増し、このままでは積もりそうです。こういう日は、出勤時間30秒のところに住んでいることをありがたく思います。

雪国のみなさん、お互い気をつけましょう!

追伸

シマちゃんは雪のなか、あらわれました(涙)

はじめての写経会

日曜の午後、お客さんがありました。ご門徒さんの娘さんとお友だちです。法事で来られた際に、「写経できる場所を探しているんです」とのお話があり、昨日、庫裡の一室を使っていただきました。

2時間ほどかけて、「讃仏偈」と「般若心経」を写経されたようです。


「写経に対して少し堅いイメージがありましたが、アットホームな雰囲気の中、リラックスした気持ちで体験させていただけました」

「集中して筆で書き進めているうちに、自然と心が落ち着いていくのを感じました」

お2人は中学時代、ともに剣道部に所属していたそうです。剣道と書道、これぞまさしく文武両道ですね!

ちなみに仏教徒の歩むべき道を仏道といいます。曹洞宗さんの開祖・道元は、「仏道をならうとは、自己をならうなり。自己をならうとは、自己をわするるなり。自己をわするるというは、万法に証せらるるなり」と述べています。

またぜひお越しください。

オンちゃんの近況

生き物係の坊守です。
日曜日なので、ひさしぶりに爺ちゃん猫オンちゃんの近況報告をしましょう。
岡山県の保護団体さんから引き取って、現在、初めて山陰の冬を過ごしていますが、よく食べよく出して、元気にしています。
本人の安全のため、普段はケージで過ごしていますが、遊びに出たい時は、中から「ニャワーン!」と、鳴くようになりました。
部屋の中に出て、オンちゃんが真っ先に点検するのは、ナモ・タリのお皿です。残っていれば、モグモグ。歯もだいぶ抜けているのに、食べることは大好きです。ニンゲンのことは怖いけど、おいしいものを持っていれば、すいっと膝にもよじ登ります。


お腹が満足すれば、ストーブの近くのカゴにおさまって、グウグウ。

なお、オンちゃんは、猫にもあまり上手にコミュニケーションできないようです。
オンちゃんが散歩の間、とびかかるといけないター坊はケージで待機。ナモは積極的に近づくことはありませんが、オンちゃんの距離が近すぎると思ったら、怖い顔でハー!といって、猫パンチ(弱め)を繰り出しています。

そんなオンちゃんですが、明るい縁側で見るせいか、夏に来た頃より、カラダがツヤツヤになりました。
老後をゆっくり過ごしてもらえたら何よりです。

あれこれ準備中です

来週は最強カンパがやってくるとのことで、朝から除雪機のガソリンを満タンに、お寺中のストーブの灯油も満タンにしました。車のガソリンも入れておいた方がよさそうです。同じ町内会に住む方が、「雪かき用に現場から機械を持って帰ってこんといけんなあ」と実に頼もしいことをおっしゃっていました。もし大雪になったら、重機による雪かきの風景を紹介できると思います。あまり積もらない方がもちろんいいのですが。

本業の方では、5月28日の帰敬式の申し込みが新たにあって17人になりました。先日の寺院サポート講座の際、講師さんが、法名を飾れる額を九州の教区が以前販売していたというお話をされていました。紙に書かれた法名をお持ちの方の多くは仏壇にしまっているのではと思います。飾るというのはいいですね。何かいい手立てがないか、考えてみたいと思います。

そして、3月30日から31日の本願寺参拝の方は昨日2人の方から申し込みがあり、定員まであと1人となる19人となりました。

大まかな日程は、30日の早朝出発、昼に京都着、夕方ホテルへ。31日の前中、親鸞聖人御誕生850年立教開宗800年慶讃法要にお参り、午後大谷本廟で納骨、夜鳥取着です。

有意義な旅行となるように、どこでランチするか、どこを見学するのか、この数日、さんざん考えています。ようやく考えが定まって30日のランチの方は、本願寺からほど近い料理店を先ほど予約しました。次は、食事の後、ホテルにチェックインするまでの時間、京都国立博物館の「親鸞 生涯と名宝」展にいくか、本願寺境内とその周辺を散策するのか、それとも第3の何かいい考えがないものかと頭を悩ましております。

漁師さんはカッコいい

昨日、寺院サポート講座のあと、生前法名を希望されているご門徒さん宅へ。必要な書類に記載していただいて、こたつに入ってコーヒーをいただきながら、楽しい話をうかがいました。

びっくりする話もありました。

「週刊サンケイ」(1985年2月14日号)という週刊誌の広告ページに若き日のご門徒さんとお父さんの姿が! 日本専売公社(現JT)のモデルをつとめたというのです。

お父さんの表情の明るいこと。顔の焼け具合もたくましい。
そして、若き日のご門徒さんのかっこいいことといったら!!!

写真のえときには、次のようなテキストが。
左が機関長の◯◯◯◯さん、60歳。右が長男の◯◯◯◯さん、35歳。いま稼ぎ時だけに夜も昼もない。出港したら2、3日は帰らない。海底約500メートルに底引き網を下す、網を引く、漁獲を選別する、網を下す、網を引く、それを2時間単位で繰り返す。この合間を縫って休息や仮眠をとる。これで睡眠といえるだろうか。頑健さだけが勝負なのだ。「ヨーケハイッタナー、イップクヤラーデェ」その声は活気に満ち、野放図に明るい。

ご門徒さんの毎日の日課は朝夕、仏壇の前に座ってお経をあげることです。実際、5時になると仏壇の前に座られました。

私は、その姿もまた、かっこいいなあーと思うのでした。

寺院サポート講座の最終回

坊守です。
本願寺と寺院をズームでつないで行われてきた講座も本日が最終回でした。寺院運営計画書をそれぞれ持ち時間25分で発表と質疑応答です。

パソコンの横っちょで他のお寺の報告(今日は西法寺を含め5ヶ寺)を興味深く聴きました。
人口3000人の町で、まちおこしの拠点になろうという計画や、都市部に立地して浄土真宗らしい路線をすすめる計画、それぞれの地域や歴史を生かしながら、今後のあり方を考えてこられたんだなぁ、と想像を巡らせる場となりました。


さて、われら西法寺の首尾は…。先週末に住職がウンウン言いながら整理した計画(坊守は半日で作業を離脱しましたが)は、着任してから5年間のとりくみの先に何を目指そうか、という記録でもある気がして、背伸びもしすぎず悪くないと思いました(上から目線)。

質疑応答でワタシが個人的に面白いと思った場面は、ネコの名前が「ナモ」「タリ」と住職が紹介すると「うちは犬がナモで、インコがののちゃん」とレスポンスされたお寺があったことです。なんという発想の類似でしょう。

ともあれ、この数カ月間のセミナーの計画書づくりを通じて得られたことは、地域の中の自院のポジショニングだけでなく、行ったこともない地の同宗派のお寺の皆さんが身近になったことではないかな、と笑顔でパソコン画面に向かう住職を見て思うのでした。

計画書の方は、「今後、役員さんと共有して、お寺の運営に生かしていきたい」と住職は申しておりました。

16人から法名の申し込み

5月28日は、午前中、お寺フェス、午後は、親鸞聖人御誕生850年立教開宗800年を記念する法要、終了後、生前法名を授かる帰敬式を予定しています。法名の方は、昨日も2人の方から申し込みがあり、16人になりました。こんなに申し込みがあるとは思っていなかったので、かなり驚いています。

実施日の3か月前までに本願寺に書類などを提出しないといけません。あまりのんびりもしておられないので、今、申し込んでいただいているご門徒さんのところを今週から来週にかけて、回ろうと考えているところです。

昨日は町内のご門徒さんの自宅にうかがいました。「まあまあ、お茶でも飲んでいかれんかえ」と、30分ほどこたつにあたってお話ししました。「一人になると、することがなくていけませんねえ」。ご主人は3年前にご往生されました。

「毎日、昼ごはんを食べに近くで働いている孫が来るです。おばあさんの料理だけえ、美味しいのかなあと思うですけど、なにも言わんと食べとりますで」

よくお参りされる方なので、顔は存じ上げているのですが、せっかくなので少し、昔話を教えていただきました。

高校は私と同じでした。1959年、伊勢湾台風が上陸した際、友達と2人で線路の上を歩いて学校まで登校したそうです。「先生がびっくりして、『今日は休校だで。どうやってきただか?」と聞かれて、『線路を歩いてきました』といったんです。帰る方法がないので、2人でまた線路を歩いて帰りました」。ちなみに列車は運休していたとのこと。

高校卒業後は地元の新聞社に就職。「昼休みに同僚と砂丘まで行ってお弁当を食べたのが楽しかったです。だけど、すすめがあって数ヶ月働いて、こちらに嫁いできました。青春時代というのはほとんどなかったです」「当時は、家同士で相手を決めたり、仲人さんのすすめで結婚したもんです。反対なんてできません。結婚が決まってから初めて主人の顔を見ました」「よかったのか悪かったのか。主人が怒るかもしれんけど(笑)」。私は、「えーそうなんですか」「今とはずいぶん違うんですねー」とただ聞くばかりです。

「80歳を過ぎて、とにかく娘から『こけたらいけん、こけたらいけん』と言われるですが。今日は、天気がいいけえ、ちょっと散歩に出ようと思っとります」

来週にかけて大荒れの天気予報ですが、空模様を見つつ、ご門徒さんのところをお邪魔したいと思っています。

食料無料市の実行委員会

午前中は食料無料市の実行委員会がありました。いつものようにズームでの会議です。会議に参加しつつ、利用された方が記されたアンケートや、聞き取りに目をやりました。

「半額のものばかりたべている」
「暖房を使う時間を決めている」
「これで正月が迎えられる」
「人と繋がりたい、話したい」
「頼れる人がいない」

生活の苦しさとともに、つながりの薄さが浮き彫りになっています。

無料市には看護学生さんたちがボランティアとして参加されました。
「地域の方と話をしたこと自体、勉強になりました」
「血圧が高い人が多かった。部屋の温度が健康に及ぼしているのではないかと心配」

次回の無料市は4月15日(土)に開催予定です。

悲しみということ

昨日、中陰法要にうかがいました。ご往生されてから28日目、四七日(よなのか)の集まりです。仏間の外には小さな庭がありました。「父が元気だった頃はよく手入れをしていました。梅がきれいに咲きます」と娘さん。昔話や世間話に花が咲き、なんとも和やかなひと時でした。小さなひ孫さんも無邪気に遊んでいました。

これはある本に書いてあったことです。随筆家の若松英輔さんの著書『悲しみの秘儀』に次のような話があるそうです。「悲しい」という言葉は、悲しい・哀しいだけでなく、「愛(かな)し」あるいは「美(かな)し」という漢字をあててきたそうです。「悲しみにはいつも、愛しむ心が生きていて、そこには美としか呼ぶことができない何かが宿っているというのである」

法要に集まった方たちのお話を聞きながら思っていたのです。若松さんがおっしゃる通りだ。悲しいとは愛おしい、美しいことなんだなあ、そこには日本人が古くから大切にしてきた心があるのだなあと。