東日本大震災から15年

当時、東京で暮らしていた私は、家の最寄りの亀有駅前でその時を迎えました。翌日は祖母の法事がお寺で予定されており、仕事を早退して家にかえるところだったのです。その日の夜に寝台列車でかえり、翌日の法事に参列することになっていました。

激しい揺れ、立ってられないほどでした。当時はまだよく見かけた電話ボックスが波打つように左右に揺れていました。急いで家に帰り、テレビをつけると東北沿岸を津波が襲うようすが映し出されました。

交通機関はマヒし、鳥取にかえるどころではありませんでした。

地震・津波と原発事故。甚大な被害が発生しました。3月半ばから被災地に仕事で1ヶ月半ほど滞在しました。さまざまなことを考えさせられました。

あれから15年です。政府は災害から人命を守ることを第一としているのでしょうか。福島原発は廃炉のスケジュールを計画通りには見通せないようです。にもかかわらず、原発の再稼働や新増設などにつきすすんでいます。

石川県知事選挙では現職が敗れました。一昨年の能登半島地震への対応のまずさが敗因の一つと指摘されています。

助かる命が奪われることのないよう、自然災害の観測や防災、医療・福祉体制の維持など、東日本大震災の教訓をいかした社会づくりこそ。

いつ災害はやってくるのかわからないのですから。

サロン交換会にて

昨日の午後、町の社会福祉協議会で生き生きふれあいサロンの情報交換会がありました。町内の各サロンから代表が集まりました。

講師の方から、手軽にできるレクレーションの紹介があり、実際にやってみました。

パーツを集めてMをつくります。なかなかの難問でした。

切り取られた牛乳パックを積み上げます。

難しかったのは、このパズル。時間内に解けたのは数人。私はダメでした。頭が硬いのだと思います。講師さんからお土産でいただきました。

解けないのもくやしいので、今日の朝、再チャレンジ。ようやく完成にいたりました! 満足です。答えは何パターンかあるそうです。

楽しいひとときでした。サロンにも活かしたいと思います。

山上被告と接見した専門家の手記を読む

「月刊住職」3月号に櫻井義秀(北海道大学大学院教授)さんが手記を寄せています。山上徹也氏が、2022年7月6日、安倍晋三元首相を銃撃し、殺害しました。櫻井さんは、この裁判に弁護側証人として参加し、同被告とも接見されました。この1月、奈良地方裁判所において、山上被告に対し、無期懲役の求刑がなされました。被告が控訴したので、控訴審が今後開かれる予定です。

櫻井さんの手記を息をのむように読ませていただきました。
最後にこうつづっておられます。

「控訴審で問われるべき原審の問題は、山上家の人たちが旧統一教会による違法な勧誘と献金によって破産し、児童虐待が生じ、人生の選択肢を失った兄が自死し、彼は兄と家族の敵を討つしかないと思い込み、教団を擁護した最も力のある自民党政治家に発砲したという旧統一教会一連の流れを過小評価した点にあります」

「旧統一教会に対する違法判決や宗教法人の解散命令決定がすでに出されているという判例を全く踏まえず、不遇な生い立ちを矮小化したこと。教団の反社会性がこれほど認識されていながら五十年来の関係を持続させ、選挙活動に利用してきた自民党政治に一言も言及しなかった刑事司法のあり方。日本の国家や司法のあり方をぜひ皆さんで考えていただきたい」

櫻井さんが指摘されている問題にフタをされるようなことはあってはならないと強く思いました。

末広温泉町の商店街のイベントへ

坊守です。

国際女性デーの今日くらいは、ゆっくり猫たちと過ごす時間を…と、思いつきもせず、職場のある末広温泉町かいわいの商店街のイベントに行ってきました。
ポスターをよく見ると「JA・末広フェス」。なるほど、会場のパレットとっとりには産直店がありますから、良い素材をつかったおいしいものがあるかしら、と住職はわたしのお土産を期待し、わたしは、医療生協の医師や職員が健康相談ブースに出動していたので、表敬訪問を、という目的でした。

会場には地元の銘酒も並び、お酒飲みにはさぞかし魅力だってでしょう。なにより、良い匂いが所狭しと並んだ出店から漂っていました。お祭りの露店ではなく、飲食店がお料理を販売する形でしたので、どれもさぞかし美味しかったろうと思います。
私はJAが出しておられた牛串焼き(4本500円)の列と、パスタ屋さんが出している大きなクレープ売り場に行きました。

牛串焼き
りんごのクレープ


花冷えというのでしょうか、とても肌寒かったですが、熱気はあってみなさん飲食を楽しんでおられました。お土産の評判も上々。

ついでに、同じビルにあるリラクゼーションサロンで、足ツボマッサージなどを受けてきました。身体のあちこちが、こちこちに凝っていたそうで「気力だけで動いていたのではないですか?」というのが先生の見立てでした。そうだったのか…。とにかくこわばっていたところがやわらいだので、時々、メンテナンスしてもらおうと思います。

真冬に逆戻り

朝、大粒のあられが降り、その後はずっと雨。真冬のような1日となりました。
午前中は3回忌、そして四十九日と納骨、午後も3回忌の法事がありました。

2年前、本堂で葬儀をつとめたご門徒さんの3回忌です。施主さんの奥さんは、担当された葬儀会社のスタッフの姿に感激され、その後、その会社でアルバイトをされています。「いい方ばっかりで」と。1月の寺院葬にもスタッフとして参加する予定だったそうですが、大雪で断念したとのことでした。

その後、1月に寺院葬をされたご門徒さんの四十九日と納骨法要を行いました。施主さんと妹さんは大雪で家に帰るのも大変でしたので、お寺に泊まっていただきました。あの時は大変でした。法要が終わり墓地へ。冷たい雨が降り、お線香を持つ手がかじかみます。施主さんが重い墓石を動かしてお母さんのご遺骨を納骨しました。

四十九日の法要の途中で困ったことが。マイクが働いていないのです。電源は入っているので、電池切れではありません。お墓から帰って確認すると、ワイヤレスマイクが不具合を起こしているようです。古い機材でおそらく20年以上は使っているのではないでしょうか。困りました。当面は私の持っているマイクとスピーカーで代用するしかありません。

午後の3回忌には、小さなお子さんもお参りされました。集中するのが大変だったようで、お父さんと別室へ。「終わったよー」と声をかけると、「とわ」さんのしょうがせんべいをほおばっていました。「しょうがせんべいは、ぐずる子も黙らせるのか」と感心。施主さんは60歳を超え、延長雇用で週3日、夜勤で働いているとのことです。昨年、施主さんはお寺のコンサートに初めて参加されました。60代の方に、お寺を居場所の一つとしてもらえるかが大きな課題です。また声を掛けさせていただこうと思います。

網代を歩く

昨日の朝、市内に納骨のおつとめへ。建立したばかりのお墓にご遺骨を納骨し、読経しました。火葬場近くの墓地です。ここにはご門徒さんの家のお墓がいくつかあります。その墓前にうかがって手をあわせました。

その後、4月に行う網代の宅参りのお知らせを2/3ほど配り歩きました。歩数にして8000歩あまり。海はおだやかでした。最近、尾崎翠さんの本を読んでいることもあり、彼女がこの地で教員をつとめていたころとは眺めは違っても同じ海を見ていたのかなと。

久しぶりに顔を拝見できた方もあり、お元気そうでホッとしました。残りは日曜の午後にでも。

網代の「なだばた」にて

今日は岩井集落に春の彼岸法要の案内を届けました。ちょうど帰った頃に石材店さんが墓じまいの相談でこられました。町内にあるお墓を閉じて西法寺の納骨堂に納骨する予定です。今月はもう一件、納骨堂を利用される方があります。

明日から月曜まで3日連続で法事があります。午後、「とわ」さんのしょうがせんべいを補充。春彼岸法要にお参りされた方にもしょうがせんべいを用意しますので、お菓子につられてお参りください☺︎

ナモの日記(2026年3月)

ナモです。きのうはいえじゅうをはしりまわっていて、ねむかったの。

ずーっとまっしろしろだったおにわが、ちゃいろやみどりいろになってきました。うめのはなも、いっぱいさいています。いろは、ぴんくだそうです。だそうです、というのは、アタイたちネコはあんまりめがよくなくて、わからないいろがあるからです。うめには、おおきいトリやちいさいトリがあそびにきています。なので、おそとをみるのは、おもしろいのよ。
まどがらすのあちこちに、アタイたちのハナのあとがついて「あんたたちのおかげで、まどをふくのがたいへん!」と、おばたんがもんくをいっています。

クウは、このまえおなかいたでびよいんにおとまりしましたが、おかげですっかりなおりました。せんせいが、あちこちをしらべたので、クウのおなかには、まるいはげができています。さむいのはもともとへいきみたいだし、それいがいもへいちゃらです。

たーちゃんと、ののちゃんは、ときどきアタイをおいかけます。おもしろがっているのよ。ねこぱんちして、コラっ!としておくのだけど、じきにわすれてしまうの。
アタイのほかは、おとこのこばかりなの。あいてをすると、よけいにはりきっちゃうので、なるべくたかいところにあがっています。
たーちゃんは、おおきくなったのに、こねこのつもりなのよ。


ご自宅での7回忌

寒の戻りで肌寒い1日となりました。「日記どうですか?」とナモにお願いしたのですが、今日は気乗りしないみたいで、明日、またご機嫌をうかがいましょう。ネコですから仕方ありません。ニンゲンの都合では動かないのです。

さて、私の方は午前中はずっと4月の網代の宅参り&午後の法要の案内の作成と印刷です。おおよその時間の案内もしているので、間違えのないように確認しつつ。

午後はご自宅での7回忌のおつとめです。生前法名をお持ちで、お寺、本願寺にも生前よくお参りされていたご門徒さんです。百歳をこえてご往生されました。そのお導きなのでしょう。それ以来、娘さんもお寺によくお参りされるようになり、2023年には西法寺本堂で法名を授かる帰敬式にのぞまれました。あれからもう3年です。その午前中には第1回お寺フェスを開催しました。もう細かいことは覚えていませんが、とにかくあわただしい1日でした。

法事が終わり、宅参りの案内を配って歩こうと思っていたのですが、岩井と違って網代は風がかなり冷たく、今日のところは帰りました。

明日は朝、市内で納骨法要が予定されています。その帰りに網代によって配り歩くことにしましょう。

杏の花。一昨年は実がたくさんなりました。今年はどうでしょうか。

病院をはしごする

今日は午前中、鳥取生協病院へ。1月の予約は大雪でキャンセル、2月に予約を取り直したものの葬儀となり、今日です。採血と尿検査、そして診断を受け、抗高血圧薬、抗コレステロール薬を受け取りました。6月2日に健康診断、その結果をもとに診断です。年に1回、胃カメラという苦痛の時間があります。難関です。

採血していただいた技師さんに、「上手ですねえ」といったところ、クールに「ありがとうございます」と返事が返ってきました。担当医さんからは、「これ以上、コレステロールの数値が下がらないなら、別の薬を考えないといけません。食生活に気をつけてください」とのアドバイスをいただきました。もう8年ほど生協病院に通っています。ベテランの看護師さんからは、「山名さん、体に気をつけてください」と声をかけていただきました。待ち時間もそれなりにあったので、尾崎翠さんに関する本を読むこともできました。


病院を出てすぐ、今度は地元の岩美病院へ。眼科治療で通院した母の送りは坊守が、迎えは私という分担でした。来週は父の通院で市内の病院へ。こういうこともこれから増えていくのでしょう。生協病院でも、岩美病院でも親につきそう家族の方の姿が目立ちます。待ち時間の過ごし方は読書でいきましょう。

午後、お寺に帰って、4月6日から8日に予定している網代地域の宅まいりの案内づくりです。明日、網代でお勤めがあるので、その前後にみなさんに配って回ろうと思います。

尾崎翠さんを訪ねて

昨日の午後、お寺に、「尾崎翠さんが生まれた場所を見学できませんか?」と来客がありました。研究者の方で、今年、尾崎翠についての本を出版する予定とのことでした。部屋を案内し、境内にある翠さんの記念碑の前で記念撮影も。その方から、今年、アメリカで翠さんの代表作『第七官界彷徨』が出版される予定であることも教えていただきました。

翠さんが誕生されて今年は130年にあたります。

この5月、ある集まりで翠さんのことをお話しする機会があります。私自身は作品を読み込んでいるわけでもありませんし、文芸評論ができるような才もありませんが、せっかくのごえんを生かしたいと思っているところです。