当時、東京で暮らしていた私は、家の最寄りの亀有駅前でその時を迎えました。翌日は祖母の法事がお寺で予定されており、仕事を早退して家にかえるところだったのです。その日の夜に寝台列車でかえり、翌日の法事に参列することになっていました。
激しい揺れ、立ってられないほどでした。当時はまだよく見かけた電話ボックスが波打つように左右に揺れていました。急いで家に帰り、テレビをつけると東北沿岸を津波が襲うようすが映し出されました。
交通機関はマヒし、鳥取にかえるどころではありませんでした。
地震・津波と原発事故。甚大な被害が発生しました。3月半ばから被災地に仕事で1ヶ月半ほど滞在しました。さまざまなことを考えさせられました。
あれから15年です。政府は災害から人命を守ることを第一としているのでしょうか。福島原発は廃炉のスケジュールを計画通りには見通せないようです。にもかかわらず、原発の再稼働や新増設などにつきすすんでいます。
石川県知事選挙では現職が敗れました。一昨年の能登半島地震への対応のまずさが敗因の一つと指摘されています。
助かる命が奪われることのないよう、自然災害の観測や防災、医療・福祉体制の維持など、東日本大震災の教訓をいかした社会づくりこそ。
いつ災害はやってくるのかわからないのですから。














