彼岸と此岸

今日は朝からよい天気になりました。絶好の行楽日和、お墓参りにもいい気候です。暑さ寒さも彼岸までといくのでしょうか。朝から納骨堂へのお参りの方の姿もありました。

彼岸とはおさとりの世界、お浄土のことです。インドの言葉でパーラミター(波羅蜜多)といい、漢訳すると到彼岸となります。私たちの住む娑婆(しゃば)は此岸(しがん)と呼びます。彼方(かなた)と此方(こちら)です。

今本堂で、お二人のご遺骨をお預かりしています。お一人暮らしの方の中には、家にご遺骨を安置することが難しい場合もあります。四十九日にあわせてお墓に納骨するまではお寺が仮の納骨場所です。

今日は午前中に3回忌法要をお勤めしました。みなさん声を出して「正信偈」を読んでくださいます。こういう時は私も気持ちが入ってより大きな声が出るというものです。長男に生まれ、早くから漁師として家計を支えられたご門徒さんです。弟さんらごきょうだいは、お兄さんにひとしおをの恩を感じていらっしゃいます。「お兄さんは南無阿弥陀仏の声となられて、みなさんを喚び続けておられます。阿弥陀様と同じように前屈みとなり、私たちに向き合ってくださっているのではないでしょうか」。彼岸から此岸に向けられた声を聞かせていただいていると味わうこともできると思います。

午後は、明日の責任役員会の準備を。法事、葬儀、春彼岸法要、そして寺院葬儀とこの1週間はかなり忙しく過ごしてきたので、なかなか考えが回りません。みなさんのお知恵も借りて、29日の役員会にのぞみたいと思います。

37年前からのご縁

寺院葬儀が終わりました。葬儀にはご家族、ご親族とともに地元岩井で親交のあった方がたがお参りになり、故人さまをしのびました。葬儀が終わって、地元のご門徒さんが、「ワシも西法寺で葬儀してもらおうかなあ。知らんところじゃないし。なんだあ、アットホームでいいが」と感想を話しておられました。

昨日のお通夜の後、貴重な資料を施主さんの妹さんに見せていただきました。
こちらです。

平成元年・1989年、妹さんが岩井小学校6年生の時に写生した「鐘撞堂」です。岩美町の広報誌の表紙を飾ったそうです。

彼女の作品はたいへんな迫力があります。細部までよく描きこまれていて上手です。

「文章は私が書いたものじゃないかも」とご本人はおっしゃっていました。先生が彼女から聞き取ったことをもとに書いてくださったのではないかと思いますが、そちらもなかなかいいのです。

西法寺の「鐘楼」

校内写生大会で、岩井の町をかくことになりました。私は家の近くの西法寺の「鐘楼」をえらびました。夕方、5時になると「ゴーン」となるこの鐘の音で、私は小さいころから、帰宅の時を知らされていました。
近くで見ると、想像以上に堂々とした「鐘楼」でした。私は、辺りの建物でこれが一番きれいだと思いました。大きなつり鐘を支えているお堂の太い柱や、屋根のまわりの彫刻の重なりを、ずっしり表現したいと思いました。初夏の緑の山々の背景とお堂は、よく調和していました。
このお寺は、浄土真宗の本願寺派のお寺で、銀山に建てられていたものを、今から三百二十年前に岩井へ移転したものだそうです。また、この「鐘楼」は昭和60年に改築したものだと聞きました。

この絵を、まだ若かった頃のお父さんも大変喜ばれたそうです。妹さんは「お寺とご縁があったということでしょうか」と。

あなたが子ども時代に描いてくれた絵、そしてこの説明は、写真よりも、私の説明よりもよほどいいです。いただいたコピー、大事にします。お参りいただいたみなさんにもぜひ見ていただけるような形にしたいと思います。

(広報のタイトル。「寺」がなぜか「去」に。間違いは誰にでもあります。当時の広報担当者さんにも感謝)

本堂でのお通夜を終えて

夕方、本堂でお通夜のお勤めでした。人のいのちには限りがあります。こうして別れていかなければならない辛さを抱えつつ人は生きています。だからこそ出会えたことは喜びなのでしょう。阿弥陀さまが、ご往生されたご門徒さんを抱き抱えてお浄土へと渡していかれたのかなと思いつつ、「阿弥陀経」を読みました。

前住職とは長いつきあいがあり、数年前からはお寺のコンサートやお寺フェスにお越しいただくように。お寺の納骨堂も利用していただいています。

岩井温泉共同浴場の番台に座っていたご門徒さんに、「お寺にきていただいてありがとうございます」と声をかけたことがあったと今日、坊守から聞きました。「だって楽しいから」と人懐っこい笑顔だったとか。2023年の秋のコンサートの際、市内のスパイスカレー店Aprilさんにキッチンカーを出していただきました。「今日はこれを食べにきたんだ」と美味しそうに池のほとりでカレーを食べていたそうです。そんな姿を思い出したのでしょう。ご門徒さんの顔をみて、「涙が出た」と坊守はいっていました。

ご家族がご存知ないつながりや人の輪がきっとたくさんあったに違いありません。それを再発見をすることがこれからの糧になってくれるはずです。

私自身は、ほんのささやかな交流にとどまり、残念な気持ちが強くあります。ですが、このいただいたごえんを大切にしたいと思います。一昨年、盆参りの際、仏間に所狭しと置いてあった骨董品の数々にびっくりしつつ、少し説明していただいたことを懐かしく思い出しました。

ご苦労さまでした。ありがとうございました。

お彼岸に寺院葬をお勤めします

明日、明後日は今年3件目の寺院葬儀となりました。ご門徒さんは「西法寺で葬儀をしてほしい」と娘さんにお願いして往かれたそうです。私はそうした希望をお持ちだったとは存じ上げていなかったので、ありがたい気持ちです。寺院葬儀ができることを西法寺通信などで案内してきたので、ご覧いただいていたのでしょう。昨日、夜にお迎えし、葬儀会社との打ち合わせにも同席しました。2週間、看病のため病院に通った娘さんは、知らなかったお父さんの一面にふれる日々となり、こころにのこる体験をされたようでした。今日は朝、臨終勤行をお勤めし、ご門徒さんの人となりを娘さんから教えていただきました。娘さんのお話を頭において、午後、ご法名とお通夜の席でお話しすることを考えました。

春のお彼岸の中日に葬儀です。翌21日、そして22日は法事があります。29日にはお寺の役員会を予定しており、そこに向けての責任役員会を22日に開きます。並行して、西法寺通信第28号を作成しています。4ページ中3ページ分のメドはつきました。

暑さ寒さも彼岸までと言われますが、どうしてどうして肌寒さが続いています。本堂にストーブを焚いてのお勤めとなるでしょう。お寺の灯油が切れたので昼間買い求めに行きましたが、20リットルで3018円と見たこともない値段にはね上がっていました。

一人が亡くなっていくのも大変なことなのです。いのちを粗末にする戦争を、私たちは一刻もやはく葬らなければならないと思います。

初・クウちゃんの日記(シマおじちゃんのこと)

クウです。


ぼくは「くうちゃん」というおなまえなの。ニンゲンがぼくをそういうんだよ。おいたんが、ぼくをおこるときは「クウ!」です。あさ、おにわをみていたとき、おばたんがよんだので、うしろをむいたらほめられたよ。

きょうは、シマのおじちゃんのことをおはなしします。


ふゆになって、ぼくらのおげんかんにシマちゃんのねどこができました。くらくなってから、きんさることもあるし、とってもさあむいひは、いちにちじゅうおんさることもあります。ぼくがおそとにいたとき、おせわしてくれたシマちゃんがすきです。だから、シマちゃんがおげんかんにいるときは、ちかくのあがりくちにいることもおおいよ。

まえのまえのげつようび、おげんかんにきたシマちゃんに、おいたんが「どうしたんだ?ごはんいらんのか?」と、はなしかけていました。おばたんは「したのあごがすごくはれている」と、シマちゃんをてんけんして、みつけました。
ちゅーるをおさじでもっていってもイヤイヤするし、ねどこにすわりこんでじーっとめをつぶっています。おげんかんのタイルに、まっかなてんてんもついていて、どこからか「ち」が出ていました。ケガがいたいから、ごはんもたべられないんかもしれませんでした。
それで、ぼくのびよいんのせんせいにそうだんして、ばいきんがカラダであばれないようにするおくすりをもらいました。シマちゃんは、ちゅーるのサーモンあじはなめるきがあったので、おくすりをまぜたのを、なめさせてもらっていました。
またにちようびがきて、はれていたアゴがちいさくなり、シマちゃんはごはんをじぶんでたべられるようになりました。
おくすりは、おばたんがまた、ちゅーるにまぜてなめさせてあげたんだけど、そのときにアゴのしたにおおきなきずをみつけました。


おそとでいきているネコのシマちゃんは、これまでも、おおきめのケガをしてよわったことがあったそうです。そのたび、うちのニンゲンたちにおくすりをのませてもらって、げんきがもどりました。でも、おいたんは「こんかいばかりは、シマちゃんもだめかなあ」と、むずかしいかおで、しんぱいするくらい、しんどそうでした。ぼくは、おうちのねこのなかではたーちゃんがすきだけど、いわいのねこのなかではシマおじちゃんがいちばんなので、ずーっとげんきでおってほしいんだよ。

外に出る元気を回復したようです

ウグイスが法を聞けよと春彼岸

本日の午前中は春の彼岸法要でした。朝、準備でバタバタしていると、裏の愛宕山からウグイスが、「法を聞けよ」と鳴いてくれました。まだ上手ではないけれど、練習を重ねているのでしょう。

お参りした15名で「正信偈」をあげ、講師さんのお話を聴聞しました。東日本大震災のボランティアを幾度となく経験され、被災地で心に残るつながりもうまれたそうです。来年は17回忌となります。また訪れたいとお話でした。

「お彼岸は、懐かしい方、もう一度会いたい方に語りかける時間でもあります。私たちはお念仏ひとつでまた会うことができる。長い時間、南無阿弥陀仏と称えてきた歴史があるのは嘘偽りでは無いから。次の世代に伝え、相続していきましょう」

お話を聞きつつ、一句

ウグイスが 法を聞けよと 春彼岸 住職詠む

あわただしい日曜でした

本日はたいへん忙しい1日でした。

午前中に2件、午後に1件、法事の予定がありました。それに加えて、午後、葬儀をつとめることに。火葬場でのおつとめは同じ因幡組内の教蓮寺の住職さんにお願いして、私は葬儀会館からすぐ帰って午後の法事をおつとめし、夕方5時過ぎ還骨法要となりました。

法事でもさまざまなことが。

朝お参りされた方のなかにこの春から龍谷大学に進学される方が。3年生からは本願寺の境内内にある大宮キャンパスで学ばれるそうです。お祝いに本願寺のしおりと本願寺を紹介した本をさしあげました。

そのあとの法要にはインド出身の若い方が。ご門徒さんのお身内の方とこの度ご結婚され、県内に住んでおられるそうです。阿弥陀如来について、どういう仏様か教えてほしいとのことで少し説明しました。日本語もお上手でしたので理解していただけたのではないかと。ご自身はヒンズー教徒とのこと。ヒンズーの教えはブッダを神とみなします。またぜひ、お会いできればと思います。

午後の法事の施主さんは私と中学時代の同級生です。お父さんの葬儀からちょうど一年。また来年、3回忌で会いましょうと再会を誓いました。

夕方、還骨法要が終わりました。1日に「正信偈」を4回も法要で読むのははじめてです。長い1日でしたが、無事終えることが出来、ホッとしています。助けていただいた教蓮寺さんに感謝。

前々坊守&叔母の法事でした

坊守です。
すでに3月半ば。「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」を2026年も体感中です。笑

今日のメーンイベントは、なんといっても前々坊守のすすみおばあちゃんと、その娘の千代子叔母さんの法事でありました。おばあちゃんは17回忌、おばさんは13回忌です。


昨夜から東京のかずえ叔母も、お参りのために帰鳥しました。焼香ののち阿弥陀経を読んで、法話に立ったのは前住職。
(先月またひとつ歳をとり、お爺さんらしくなって、僧衣が似合ってきたのではないかしら?などと思う、不良坊守です)
後妻だった前々坊守の苦労、重い障害を持って生まれたために、鹿野の施設で生活をしていたおばさんのこと、2人の思い出話とともに、自分を長生きさせてくれたのは、皆さんだ、という感謝も
まじえるのでした。

法事に先立ち、前住職夫妻と叔母と5人でランチに出かけました。東京暮らしの叔母には岩美らしいものをと遊覧船乗り場の食堂に行きました。本日のおすすめだったあら煮定食は、食べきれるかが心配になるほどのボリュームで、皆から感嘆の声があがりました。

私と前住職が食べたイカ墨カレーは、真っ黒なルーの中にもイカの身が入っていて、味わいがありました。

食事後、海を眺めに


今朝はわたしが鹿野温泉病院の中にできた住宅型高齢者有料老人ホームの竣工式に出て、夜は住職が法務だったので、我々2人とも充実した1日でした。


20時前だけど、あたたかい部屋で、黒猫ノノの傍でひと寝入りしましょう。

ガソリン価格急とう

昨日、ガソリンスタンドに行かれた方はびっくりされたことでしょう。
私もその一人です。

ガソリン価格が30円以上、一気に上がっていました。
アメリカ・イスラエルの対イラン戦争の影響です。
ガソリンスタンドにはこんな張り紙が。

イランの小学校で児童ら175名が殺害された空爆は、アメリカ軍によるものだということが米軍の調査で判明しました。古い地図情報に基づき攻撃してしまったというのです。

日本の国会では、防衛特別所得税の導入について議論されています。27年1月から所得税に1%上乗せする形を高市政権は検討しているのです。

「時事通信」の世論調査によると、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃を支持しないが75%にも達します。殺傷能力のある武器の輸出を解禁するとした与党の提言について、反対が48%、賛成が27%。

国会周辺では、10日夜、平和憲法を守ろうと8000人の人たちが集まったそうです。ペンライトを持った若い人たちが多数、参加したといいます。世界と日本の動きから若い人たちが何かを感じ取っているのでしょうか。本当に頼もしく思います。

「戦争を起こすのも人間ならば、それを許さないと止める努力をできるのも人間です」

私の好きな故・品川正次(元経済同友会幹事)さんの言葉です。

私も後者の一人でありたいと思っています。

西法寺通信をつくりはじめる

4月に発行予定の第28号を朝からつくりはじめました。尾崎翠さん生誕130年をトップに、2-3ページは、4月に7周年を迎えるホームページについて紹介する予定です。まず2-3ページの方からとりかかっています。手書きで写真候補をあげてみました。

なるべく写真をたくさん掲載して、テキストは写真の下に縦書きで記していこうかなと。もちろんネコもでます。

一昨日、取引のある銀行の方がこられました。以前、うちのネコたちのカレンダーをさしあげたのですが、お母さんがとても喜ばれたということです。なにしろ、ホームページの主役はネコたちですから、ださないわけにはいきません。

少しイメージも湧いてきました。今日あすでできるところまで仕上げたいと思います。

少しカタチになりました