縁こそお寺の財産

午前中、町内のスーパーで買い物をしていると、「西法寺さんですか?」と声がかかります。先日のチャリティーコンサートに友人から誘われて初めて参加れた方でした。「とても楽しかった。また来年も参加したい」とのことでありがたく思うのでした。大須賀ひできさんはじめ出演者のみなさんにあらためて感謝です。

考えてみると、こちらに帰ってからの一年半でたくさんの方と知り合うことができました。関係の濃淡はあったとしても、お寺というのは、実にさまざまな方と縁をむすぶことができる場であると思います。

思いがけず声をかけられたことに気を良くしたわけですが、それは長年、地域とともにお寺があったからこそのこと。こういうことを財産っていうのでしょうか。溜め込まずにどんどん運用せねば。

子ども食堂の話をうかがう

湯梨浜町にある香宝寺さんで研修がありました。

山口県長門市の浄土寺住職・荻隆宣さんを講師に、子ども食堂の実践を聞きました。

長門市は人口33649人、小学生約1500人、中学生約800人。年間婚姻数93件、離婚数45件、小学生の貧困世帯数は教育委員会調査で235世帯とのことです。

きっかけは、荻さんがPTA役員を勤めていた小学校での出来事。昼食を何人分も食べる児童さんがいて、それへの対応から始まったそうです。

その児童さんは父子家庭で、お父さんは仕事が忙しく、1日の唯一の食事が給食だったことが分かったのです。

その家庭に、門徒の方から供物としてお寺に預かったお米、ノリを届けることをはじめたそうです。

困っている家庭に仏様のお下がりを届ける活動から始めてみると、他にも困難を抱えても我慢している子どもたちの姿が見えてきます。周りの人からも「子ども食堂を」の声が上がり、毎月最終土曜日の夕方4時半から7時まで、市内にあるお寺を会場に、2017年11月にスタート。1回目に58人が参加。最高で155人きたこともあるそう。

名称は深川ルンルン食堂。

「子どもたちに『一人じゃないよ』と知って欲しい」と荻さん。子どもたちはみんなで一緒にご飯を食べ、あとは鬼ごっこ、かくれんぼをして遊んでいるそうです。

子ども食堂のためにと野菜を作るご門徒さん、食材を提供してくれる地元企業、教育委員会などさまざまな形のサポートも。そうした方々から、「お寺なら安心して任せられる」と声がかかるのだとか。

いい話を聞かせていただきました。

網代の遊歩道

午後、法要を勤めたあと、網代の遊歩道を歩きました。

スタート地点から灯台までの往復。約1時間かかりました。涼しい気候ですが汗だくに。いい運動になります。

このコースを歩いたのは初めて。網代神社を裏から眺めると絶壁に立っていることを知りました。

物事は一面だけから見ているのではダメですね。

千貫松島に近づく遊覧船

網代〜鴨ケ磯〜城原海岸は片道2.7キロ。こんどは通して歩いてみようと思います。

山陰海岸の絶景が望めます

桃太郎は盗人なのか?

鬼は退治されて当たり前じゃなく、鬼の立場にたって考えてみると、桃太郎は盗人で、鬼の宝物を奪い取る悪者ではないか。

2018年度「図書館を使った調べるコンクール」文科大臣賞を受賞した小学5年生・倉持よつばさん。

その発表をまとめたのがこの本です。

彼女の探究心、好奇心に脱帽です。桃太郎に関する二百冊!もの本を読み比べ、彼女は「鬼は何者なのか」に迫っていきます。

鬼の描き方は時代によってちがう。

鬼は一方的に悪だと思われている。目に見えないもの、病気、反逆者など、人間にとって悪いことやこわいことを全部鬼のせいにしてきた。

としたうえで、「鬼は何者なのか」の答えを出します。それは本を読んで確認して下さい。本当に感心しました。

「わからないことがあったら図書館へ行こう!」

スマホで調べて、〝わかったつもり〟になっている私たちに反省を迫るようなよつばさんのひとことも、なかなかです。

読書の秋、ぜひ一読を。

網代の猫たちは

午前中、11月の報恩講の案内をもって網代を歩きました。昨日は地域のお祭りで漁は休み。明日の朝にまた出港とのことです。

11月からはいよいよカニ漁の解禁です。

さて、猫の泉を久しぶりに訪ねてみるとずいぶん大きくなっていました。

集落の各所で猫に出会います。

数匹撮り損ねてしまいました。網代にはいったい猫が何匹いるんでしょうか。

京都で研修中です

坊守です。

京都の中央仏教学院に来ました。週明けに大阪出張の予定だったところ「学びの友」(通信教育生向けのテキスト)に研修のお知らせが掲載され、「これは行けってコトやな」とめぐり合わせに身を委ねたわけです。

住職の入学式で来て以来、3年ぶりの学舎です。

90分の講義を3コマと法話、というのが1年生のメニューです。知識でなく生き方を考える3年にしたいと思います。

「仏教」の講義は90分で、釈尊の誕生から35歳で苦行の森を出るところまでくらいしか、たどり着かなかったけれど、シメの3分の話で学習開始のはな向けをいただいた、と思えました。

どんなことかというと、

これから3年間の学びで「知識がついたなあ」ではなく「人生変わったなぁ」と、なっていただきたい。

【智慧】は「如実智」「無分別智」とも言い、自分のフィルターを通して物事をみる分別を変えることです。

たとえばいま、日本政府は韓国を悪いようにいいますが、韓国から見れば日本は悪い。

本当にだいじなことは、これを突破して、世界的な視点を持つことではないでしょうか。

私たちは死ぬまで愚かさを抱えていきますが、これを仏教の真理に引っ張り上げられながら、本当の豊かさや幸せとはを考え、努力しながら生きていくことが大事です。