桃太郎は盗人なのか?

鬼は退治されて当たり前じゃなく、鬼の立場にたって考えてみると、桃太郎は盗人で、鬼の宝物を奪い取る悪者ではないか。

2018年度「図書館を使った調べるコンクール」文科大臣賞を受賞した小学5年生・倉持よつばさん。

その発表をまとめたのがこの本です。

彼女の探究心、好奇心に脱帽です。桃太郎に関する二百冊!もの本を読み比べ、彼女は「鬼は何者なのか」に迫っていきます。

鬼の描き方は時代によってちがう。

鬼は一方的に悪だと思われている。目に見えないもの、病気、反逆者など、人間にとって悪いことやこわいことを全部鬼のせいにしてきた。

としたうえで、「鬼は何者なのか」の答えを出します。それは本を読んで確認して下さい。本当に感心しました。

「わからないことがあったら図書館へ行こう!」

スマホで調べて、〝わかったつもり〟になっている私たちに反省を迫るようなよつばさんのひとことも、なかなかです。

読書の秋、ぜひ一読を。

網代の猫たちは

午前中、11月の報恩講の案内をもって網代を歩きました。昨日は地域のお祭りで漁は休み。明日の朝にまた出港とのことです。

11月からはいよいよカニ漁の解禁です。

さて、猫の泉を久しぶりに訪ねてみるとずいぶん大きくなっていました。

集落の各所で猫に出会います。

数匹撮り損ねてしまいました。網代にはいったい猫が何匹いるんでしょうか。

京都で研修中です

坊守です。

京都の中央仏教学院に来ました。週明けに大阪出張の予定だったところ「学びの友」(通信教育生向けのテキスト)に研修のお知らせが掲載され、「これは行けってコトやな」とめぐり合わせに身を委ねたわけです。

住職の入学式で来て以来、3年ぶりの学舎です。

90分の講義を3コマと法話、というのが1年生のメニューです。知識でなく生き方を考える3年にしたいと思います。

「仏教」の講義は90分で、釈尊の誕生から35歳で苦行の森を出るところまでくらいしか、たどり着かなかったけれど、シメの3分の話で学習開始のはな向けをいただいた、と思えました。

どんなことかというと、

これから3年間の学びで「知識がついたなあ」ではなく「人生変わったなぁ」と、なっていただきたい。

【智慧】は「如実智」「無分別智」とも言い、自分のフィルターを通して物事をみる分別を変えることです。

たとえばいま、日本政府は韓国を悪いようにいいますが、韓国から見れば日本は悪い。

本当にだいじなことは、これを突破して、世界的な視点を持つことではないでしょうか。

私たちは死ぬまで愚かさを抱えていきますが、これを仏教の真理に引っ張り上げられながら、本当の豊かさや幸せとはを考え、努力しながら生きていくことが大事です。

「即位の礼」に思うこと

10月22日、天皇の代替わりの儀式、即位の礼が行われます。

代替わりは喜ばしいことだと思いますが、「なぜ」と思うことがあります。

京都の御所から、高御座(たかみくら)を運び、その上で天皇が即位を宣言し、首相が祝辞を述べ、万歳三唱です。

その内容は、天皇の地位は神から与えられたものと宣言し、それを受けて総理大臣、最高裁長官、衆参議長が万歳三唱するというものです。

日本国憲法の下で、天皇の位置付けは大きく変わっています。儀式のあり方も、それにふさわしく見直すべきではなかったのでしょうか。

台風19号災害義援金を送りました

赤十字が16日より台風19号被災地への募金を受け付けています。

先日のチャリティーコンサートで寄せられた4万1070円の募金を地元の郵便局から送りました。

口座番号、加入者名は写真にある通りです。

被災地の皆さんのために僅かでもお役に立てば幸いです。

帰ってゆくところ

葬儀を勤めました。

読むのは「正信偈」です。

小・中学生のお孫さんもいっしょに読んでくれました。可愛らしい声が耳元までしっかりと届きました。

お経のなかに、必至無量光明土 ということばがあります。

私たちの命が帰ってゆく先は、はかることもできないほどの光が満ち満ちたところである、ということでしょう。

翻ってみて、私たちの住む世界は、みんなそれぞれ光を放って生きることができるところなのでしょうか。

優劣、損得、同調圧力などなど蔓延しています。

浄土を願うとは、みんなのいのちの輝きを大切にすることこそ理想であるということを抱いて、この現実世界を生き抜いていくことなのでは。

葬儀の後に法話をすることは時間の関係でしてきませんでしたが、短くそのようなことを話しました。

これは、つくられた現実に怯みそうになる自分に言い聞かせていることでもあります。

話をしている自分が、いちばん阿弥陀さんの話を聞かせてもらっているのかもしれません。

田後さんぽ

配り物を持って田後の集落を歩きました。海に面し、平地から家並みが山に向かってのびる漁村の風景です。ここは路地が絵になるところなのです。

行き止まりの小さな道が多く、いったりきたりをしつつ1時間ほどで終了。

11月17日に田後の薬師堂をお借りして報恩講を開きます。その案内をもって歩いたのですが、観光の方も数人写真を撮っていました。田後は「フリー」の舞台としても有名です。

集落の墓地からの眺めは絶景ですよ。

帰りにあじろやさんによると、イカが泳いでいました。

DIYしました。

連休前に尾崎翠の部屋の障子を張り替えました。

Do it yourself です。

外すことができなくなっていた障子を建具屋さんにジャッキを使って外してもらい、私と坊守で障子をはがし、新しいものにかえました。

古い障子紙は格子になっている部分(組子、付子など名称もあるそうです)に水を含んだ雑巾でなぞり、端っこをつまんではがしていくとすっとはがせます。

はがしたあとは格子の部分にのりをつけて、その上に障子紙を置いてのりとしっかりつくように手でなぞればうまく貼れます。

なかなか楽しい作業でした。

続・無量って数の単位だったの?

午前中、町内のお宅にうかがってご家族と『阿弥陀経』を読みました。小学生と中学生のお子さんも一緒に座ってお経をめくっています。

読み終わって、「恒河沙とか無量って単語が出てきたけど、なんのことかわかる?」と聞いてみたところ、中学生の方が、「一、十、百、、、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量」と諳んじるのです。びっくりでした。

「単位が気になって小学生の時に覚えた」

お経の感想を聞くと、「不可思議ってことばがいっぱいでてきた」

いやー、すごい。好きなことと重ねて仏教に関心を持ってくれるといいなぁと思うのでした。

帰ってきて不可思議は何回でてくるのか数えてみると、9回でてくるのでした(数え間違っていたら訂正します)