現代人の幸福と宗教

浄土真宗本願寺派が発行している月刊誌『宗報』に北海道大学の櫻井義秀さんの講演が紹介されており、一読しました。

内容は全国1000名の方と面接し、「幸せ」について尋ねたアンケート調査から何が見えてくるのか、というものです。

宗教的な心は大切であるとする人や、先祖を大切にする人の幸福感は高い。
宗教施設に通う頻度の高い人の主観的幸福感も高い。

このように分析がなされていました。

主観的幸福感とは、「その人が幸せと感じているかどうかを、感情や認知を手がかりに測定したもの」ということです。

櫻井教授は、「幸せ」を「よき生」だけで捉えてきたけれど、「よき死」も考えるべきと提起され、次のように講演を結ばれています。

「宗教施設や宗教者は、人生の最終段階におけるスピリチュアルケア、死後の葬儀・追悼におけるグリーフケアなどを含むケアの領域において、今後どのようにして日本人の幸福感を高めるような役割を果たしていきのか。これこそが、現代仏教の課題となる」

「玄妙なる門」を修理

庫裡の玄関レールが壊れてしまい、建具屋さんに修理に来ていただきました。

建具屋さんはご町内のお寺の役員も勤められているそうで、修理の最中、お寺トークとなり、いろいろ教えていただきました。

レールを直すことはできず、新しいものと取り替えなければならないとのこと。とりあえずの応急修理を施し、後日、本格的にとなりました。

玄関とはもともと仏教語で、「玄妙なる関門」が縮まって玄関というようになったそうです。

今の状況は、玄妙というより、危うい門となっていますので、しっかりと直していきたいと思います。

東の友人からハガキをいただく

東京時代に知り合った方からハガキをいただきました。

その方は、原発をなくす市民運動に関わっておられ、不肖私も3.11東日本大震災と原発事故を経て、何かしなければと国会前にかけつけた1人です。頼まれて運動を下支えするお手伝いするようになり、新たにたくさんの知り合いができました。私には財産と呼べるようなものはありませんが、この方たちと知り合えたことは財産だと思っています。

本願寺派の大谷光真前門主は原発事故を経て、原発に反対の意思表示をされており、心強く感じたものです。

原発はなくなってはいませんが、国民世論は大きく変化しました。原発輸出も事実上できなくなり、廃棄を含め莫大なコストがかかることが自明となり、コストが安いという政府のPRも通用しなくなっています。

いまも毎週金曜日に国会前で、一日も早く原発をなくそうとねばりづよく、あきらめず頑張っておられるみなさんに心からのエールを送ります。

ハガキの返事もちゃんと書かなきゃ。

網代の草刈りにいってきました

お盆の行事が終わり一息ついたので、早朝より網代道場の草刈りにやってきました。

1時間ほど草刈り機をかけてスッキリしましたが、おそらく2週間もすればまた草だらけになるのでしょう。

お盆は終わりましたが、お墓の掃除、お墓まいりをされている方たちの姿も見うけられました。

帰りがけに高台から眺めると、軒を連ねた集落と漁港、そして鳥取砂丘が一望のもとに。

この風景はいつまでも変わらずあってほしい。たとえ世の中は無常であるとしても。

お盆の行事が終わりました

網代道場でのお盆法要が終わり、ことしのお盆の行事が全て終了しました。

納骨堂前での法要、お盆参りの時間指定など少しずつですがお寺の更新をはかることもできました。

きょうの早朝は、疲れなのか軽い熱中症なのか体調の異変を感じ、焦ったのですが、クーラーが送風になっており、単に部屋が暑かっただけでした。

網代から帰って境内に目をやると1ヶ月近く楽しませてくれた蓮の花もとうとう最期の一輪となっていました。

赤とんぼが舞い、ツクツクボウシが鳴き始め、暑い中にも季節の変わり目を感じますが、気温は高くまだまだ夏は終わりそうにありません。

この秋は彼岸、チャリティーコンサート、本山参拝、報恩講と行事がつづきます。その1つ1つで、これまでのつながりを大切にするとともに、新しいつながり、結びつきをつくることを目標に取り組んでいきたいと思います。

本日は戦没者追悼・初盆会・盆会法要

暑い中、50人のご門徒さんと法要を勤めました。はじめの読経はクーラーのない本堂で。

毎年、戦没者の方々の写真を並べています。参列された方の中から、「うちに関係ある人ですよ」とのお話があり、新たに名前がわかった方もありました。

講師の法話はクーラーのある集会室でおこないました。30畳の部屋に椅子を敷き詰めなんとかみなさん入っていただけました。

お盆とは、阿弥陀仏の救いとはなにか、熱のこもったお話がありました。

納骨堂前での法要をこのお盆から行うことになり、ご遺族とともに読経することができました。

きょうの法要を外から聴聞されていたかえるくんは、擬態せず、みどりのままでありました。

8月15日に思うこと

今日は終戦記念日でした。

あすは戦没者追悼・盂蘭盆会・初盆法要が当山で行われます。

戦争に駆り出され、命を失った当山ご門徒の方々の写真を内陣に並べ、あらためて戦争の悲惨さを胸に刻んだところです。

平和は待っていても作れません。

大無量寿経には、仏が歩み行かれるところは、武器をとって争うこともなくなる、と説かれてあります。

しかし、教えを捻じ曲げ、戦争を美化したのが戦前の浄土真宗です。

その歴史を私も背負っています。自覚と反省を抱いて、明日の法要にのぞみます。

子どもさんの拍手に和む

台風が接近する中、今日はお盆参り4日目でした。ほぼ回り終えることができ、ホッとしています。

きょう、あるお宅でお経を読み終えると小さな女の子がニッコリ笑ってパチパチパチと拍手をしてくれました。大人の方達からもその様子に笑いが起こります。

僧侶のお経や説法になんまんだぶと返す念仏を受け念仏といいますが、いまふつうに使う受けるということばはそこからきているそうです。

女の子は受けてくれたんだなと思います。ありがとう。

現役の漁師さんからは8月末に出港し、来年の5月末まで、海の上にいる時間の方が長くなる生活の苦労を聞かせていただきました。

網代、田後では8/31に出港祭があります。誘っていただいたのでいまから楽しみにしています。

お墓や仏壇の相談も寄せられました。

それらすべてをこれからの西法寺に生かしていきたいと思います。

みなさんありがとうございました。合掌

カエルはどこにいるでしょう?

本堂の壁にへばりついたカエルの擬態。ふだんは緑色なのに、なぜこんなに見事に化けるのか不思議です。

お盆参りも3日目です。お参りの時間の目安を事前にお伝えしたのが良かったのか、お盆参りではじめてお会いできた方も。

先日、納骨を済まされたご家族も初盆でした。何かお話をしなければと思っていたのですが、暑さのせいなのか、あまり浮かばず、いってみると子どもさんも多かったので、仏さんに手を合わせる合掌と、神様に手を合わせる柏手の違いをお話しました。お子さんよりも年配の方が興味深そうに聞いておられました。子どもさん向けじゃなかったかな。

お盆の時期やお墓参りでは合掌し、なにか願い事があると柏手を打つ。私は日本人のこころはおもしろいなあと思います。

あれがだめ、これはいいなんてあまり思わず、歴史や文化を大切にする、そのなかから自分にあったものを見つければいいのではないかなと。そういう気持ちがあれば、国や民族が違えば信じるものや、大切にするものは違うことにも寛大になれるし、多様であることがおもしろいってなるんじゃないかと。

自分の価値観を絶対化して他者に押し付けることの誤りを、悲劇的な形で示すのが戦争であるといえないでしょうか。

そういえば阿弥陀経の中に、青色青光、黄色黄光、とそのままの色で輝け、という表現があります。

かえるの見事な擬態に自然の不思議さを感じつつ、人が擬態しなくても生きていけるのだってすごいことだなと思うのでした。

もしかしたら、まわりにあわせすぎて自分を見失うなよと、このかえるさんは教えてくれるためにやってきたのかな? あるいはその逆かも?

昭和20年8月12日往生

盆参り2日目です

浄土真宗の仏壇には基本的に位牌はありませんが、過去帳といって、往生された方の氏名、日にち、法名、行年を記載する法具があります。

あるお宅で、昭和20年8月12日、お名前、法名、そして行年23歳と記された過去帳が開かれていました。

ご家族にうかがうと、中国で戦死された方とのこと。終戦まであとわずかで若い命を失ったのです。

仮にこの方が生きておられたら、いま90代後半です。ことしの春、この方と同い年の方の葬儀がありましたから、もし戦争がなかったらと思わずにはいられません。

その過去帳をながめながら、私たちは何をしてはならないのか、何をしなければならないのか、考えさせられるのでした。

こどもたちがいるご家庭に散華をもってまわったところ、思いのほか喜んでくれました。しおりがわりにいいですよ。