骨董ミシン(?)で縫ったモノ

坊守です。
先日行っていた障子の穴対策は済みました。ただ、作業中に暴れ込んできた悪いネコが、無傷だった障子にまたポツポツと穴をあけましたので、和紙でふさぎ、アラレ模様にいたしましたことも、ご報告いたします。笑

縁側が気持ちよくなったところで、休日だった昨日、ミシンを動かしてみました。
縁側には前の家主さんが使っていたミシン(足踏み式を電化してある)が置いてあったのです。ほこりを拭き、油をさしたら、動いてくれました。下糸の調子などは、私の電動ミシンより、良い位でした。


シンガー社のミシンは戦前から働いていたものがけっこうあるそうで、これも相当の年齢かもしれません。昔の道具は長持ちしますね。小さい頃にみた祖母、曽祖母の足踏みミシンも、残っていればまだ動いただろうな、と、ふと思うのでした。

そうそう、つくったのは布マスクです。私は以前から布マスク(北海道の障害者作業所で作っているもの。同地に出張の都度、買って帰っていました)を使っています。
メガネが曇りにくい気がするし、洗って使えるので便利です。それも随分くたびれ、また出張の機会も減りましたので、自作することにしました。
針目の蛇行はつけ心地に影響しませんので、満足の出来でした。

ムラ社会の崩壊と墓じまい

京都にある中央仏教学院から「中央仏教学院報」が届きました。毎号、読ませていただいていますが、2面を開くと、3年前、授業でお世話になった野世真隆さんの講演のほぼ全文が3ページにわたって掲載されていました。

野世先生のお話は、現実社会と切り結んだ話題が多く、お寺にうまれながら、お寺をとりまく社会状況についてほぼ白紙だった私にとっては知らないことをたくさん知ることのできた貴重な時間でした。私が書いた拙いレポートを「よく書けていましたよ」とおっしゃってくださるような心優しい方であったと記憶しています。

今も教訓にしている教えがあります。「時間に余裕をもって式場に到着するように」「葬儀会社に控え室に案内されて、そのまま部屋にいるような僧侶になってはダメです」。まず、ご家族へのあいさつ、式場の下見など、きちんと行いなさいということです。当たり前のことではありますが、先生の指摘を思い返して、いつも心がけていることです。

野世さんのお話は、大要、次のような内容でした。
①儀式、お勤めの仕方が大きく変化し、コンパクト化が進んでいる。
②楽しみの持ち方が変わってきているけれども、阿弥陀仏の教えにふれる楽しさは、一時的な楽しさではない。いかにその楽しみをいただくことをめざすか。
③三世代家族から2人、1人家族へ。その一方で東京への一極集中。家の宗教から個人の宗教へと変わってきている。
④僧侶一人ひとりが、どのように親鸞聖人のみ教えを伝えていくのか。一人ひとりが考えていく中で打開策を見出していこう。

うなづきつつ読ませていただきました。②は、人生そのものを支える楽しさでしょう。楽しみが多様になっている中で、工夫もしながら④を自分なりにみがいでいくことで、多くの方とみ教えにふれる楽しさを共有していきましょう、ということになるでしょうか。

同封されていた同窓会の会報には、同じクラスだった方の仏前結婚式の写真が掲載されていました。社会人生活のなかで苦労もされ、親鸞聖人のみ教えに出会い、学院に入学してきた若者でした。Uくん、おめでとうございます!

お墓じまいの相談

今日は午前中に法事がありました。
終わった後にお墓じまいの相談もいただきました。
昨年の秋にも別の方からお墓じまいの相談があり、「ことし墓じまいをすることにしました」と年頭のあいさつ回りの際にうかがいました。

多くのお寺さんがそうであるように、当西法寺にも納骨堂があります。
お寺での法要の後に納骨堂前でのお勤めをする予定です。日程は、3月16日、5月17日、8月16日、9月16日、11月13日となります。

お昼にホームセンターにナモのトイレ用の砂を買いに行くと、ご門徒さんとばったり。
水産加工の仕事をされていますが、そのお帰り途中でした。今日はご家族の月命日で、墓前にお供えする花を買いに来られたとのことです。

できればお墓を維持していきたい、あとに続く誰かにお墓を維持してほしいという願いを持っておられる方が多いと思います。お墓じまいを考えておられる方は、そうはいかない何らかの事情を抱えておられます。よくよくお話を聞いて、そのお気持ちを汲んだご案内をしていかなければと思いました。

『汚れた桜』を読む

風邪による熱もなんとかおさまってくれ、『汚れた桜』という本を一読しました。

最近では、「募ったが、募集はしていない」という迷ゼリフも飛び出した例の問題です。

毎日新聞の記者さん達がネット上での怒りや疑問にふれ、桜を見る会でなにが起きたのか、なにが問題なのかを追いかけた記録です。

共産党の田村議員の質問が火付け役だったわけですが、次の日の「毎日」の朝刊は5ページの真ん中あたりで、「目立つ扱いとはいえなかった」。SNS上での「このままではいけない」という声がメディアを動かしたといえそうです。

芸能人の方がたくさん招待されているなあとは知っていましたが、本を読み、それは本質を隠すものでしかないなと思いました。

19年の桜を見る会での安倍首相のスピーチ。「山口さん(公明党代表)や皆さんと共に政権を奪還してから、7回目の桜を見る会となりました」。

エッ? 政府主催じゃないの?

同年の会に参加した弁護士の住田裕子さんのコメント。「久しぶりに行ってみたら、団体名みたいな案内看板を掲げて参加者が迷子にならないように誘導している人もいました。まるで遊園地みたいな感じでしたよ」

後援会行事になっているのです。

SNS上によせられる反応も受けて、首相と各報道機関の食事会に毎日新聞社は参加しなかったことも記されていました。世論の高まりが記者さんたちの背中を押しているのでしょう。

「税金の私物化が疑われる政府に、税金を執行する資格はないんです」(千葉商科大・田中信一郎准教授)

その私物化が疑われているのですから、毎日新聞はじめ、メディアのみなさん、引き続きがんばってほしいと思います。

ケーキのレシピ

住職が熱を出していますので、申し訳ありませんが、2日つづけて坊守の投稿です。

今朝、2件予定していたご法事は、ひとつめは住職が行いましたが、次は前住にリリーフを頼み、お布団にダイブとなりました。先週は人の集まる場にも出ていたので、どこかで風邪のお土産をもらったのでしょう。
高熱ではないのですが、食いしん坊がヨーグルトくらいしか食べません。これならどうかな?と、手元にあった食材で、ケーキを焼いてみました。
今日はそのレシピをご紹介(学生時代、課題のレポートに困って「美味しいカレーの作り方」を書く学生が居たとか…そんな話も思い出しつつ)。

■バナナとあんこのケーキ■
レンジやケーキの型がなくても、炊飯器で作れます。あんこが甘いので砂糖も入れません。

(材料)
・ホットケーキミックス150g
・あんこの缶 1つ(今回は180gを使いました)
・卵3個
・バターまたはマーガリン50g
・牛乳大さじ4杯(60CC)
・バナナ1本
(作り方)
①ホットケーキミックスをボウルに入れ、卵を割り入れてまぜる。②バターをレンジに数十秒かけてとかし、牛乳とともに①に入れてまぜる。
③バナナをフォークでつぶし、あんこの缶もあけて、②に加える。これでケーキのタネができあがり。
④〔A〕炊飯器で焼く場合、炊飯器の釜の底や側面に、バターを塗り(分量外。サラダ油でも良い)タネを流し入れ、炊飯スイッチを押す。※炊き上がりで、竹串をさして、焼き足りなそうだったら、さらに早炊きコースを押す
〔B〕オーブンで焼く場合は、180度にしたオーブンで40分ほどで仕上がります。

とにかく急に冷え込みましたので、皆さんくれぐれもご自愛下さい。

犯人は誰だ?!

坊守です。

午後は、地元で会議があり、早く帰れた分、気になっていた作業に着手しました。

このところ、
気づけば障子が破れる現象が起きていたのです。
お参りの方の目に触れることはない我々宅の事なので、しばらく様子をみていたのですが、破れ度合いは、か細い線香花火状から、打ち上げ花火へ、あげくにダイナマイト倉庫の大爆発へと拡大。
お化け屋敷に使えそうなほどに仕上がりました。
「破れない」という売り文句のプラスチック障子紙を張り替えることにしました。
障子を外すとただでさえ寒かった室内が一気に冷えこみます。白い息を吐きながら、紙を濡らして剥がし、桟をタワシで洗っていると、興味津々でナモが走ってきました。
そして…我々は、障子破りの被疑者がやはり犯人だったのだと断定されるゲンバを押さえるに至ったのです。

シマシマの小さい前足が、障子から突き出される様子の可笑しかったこと! 紙を外して骨組みになった障子を、ナモは得意顔でジャングルジムのようにのぼりました。

笑わせてもらったので
「これでいいのだ」
破れるものがあったからネコが破いたのです。

葬儀をつとめました

雪の舞う中、本日は葬儀がありました。
よくお参りいただくご門徒さんがいらっしゃったので、「ご親戚でしたか?」と尋ねると、「ご近所だが。おーいと叫んだら聞こえるような近さだから」とのこと。遺影の方を向かれて、「『よう来た、よう来た』っていってるが」と笑っておられました。

こういう関係性っていいなあと気持ちが和みました。

葬儀の形は時代とともに変わってきています。今や家族葬が流れです。二世代、三世代家族が少なくなり、故人がどのような関係性のなかで生きてこられたのか、よくわからないままに、別のところに住まわれている喪主さんが家族葬を選ばれる方も多いように思います。そうなってしまうと、ご近所さんであっても葬儀に参列することが出来なくなってしまいます。

お寺と地域の関係も薄くなっていますから、葬儀をどのようにするか、相談されることも少なくなっています。私自身は長く地域から離れていたので、私とみなさんの関係性の薄さも相まって、申し訳なく思うこともあります。

葬儀を一つのご縁として喪主さんとの関係を作っていくこと、お寺で待っているのではなく、こちらから出かけて、あいさつから始めていくことなどできることは様々ありそうです。それから、お寺でお通夜・葬儀をつとめることができますよというご案内と、それに耐えうるような準備を始めていきたいと考えているところです。

5月には、葬儀について、ご門徒さんにお話しする機会もあります。よく考えていきたいと思っています。

ユニバーサルデザイン

きょうは市内の浄宗寺で研修会がありました。盲学校の教諭をつとめる副住職さんが、ユニバーサルデザインについて話をされました。

できるだけ多くの方が利用可能なデザインをユニバーサルデザインというそうです。単語はよく耳にしていましたが、そういう意味だったのかと納得でした。一例として、プッシュボタン式の醤油さしをあげられました。押している間だけ出便利だなと思っていたのですが、量のコントロールができるので目の不自由な方にも使いやすいということです。相手の身になって、使う人の立場に立ってというのは商品開発をされている方もモチベーションがあがるかもしれませんね。

視覚障害者の方が使う音声でガイドしてくれるパソコン、マウス部分のないキーボードのみで操作できるパソコンをはじめ、知らないことがたくさんありました。

「視覚障害者もネットを通じて情報を集めています。ホームページ、SNSの活用を広げましょう」と副住職さん。

これはいっそう頑張らないとと思うのでした。

お陰さまです

きょうの午前中に7回忌の法要がありました。

当西法寺はご門徒のみなさんの尽力で約20年前に本堂を改修しました。その改修工事を毎日のように見学されていた方の7回忌だったのです。工事を見学されている最中に体調を崩されたとのことで、なんだか申し訳ないような気持ちで話をうかがいました。

いまは見えなくなった方の恩を陰の恩といい、お陰ということばとなり、さらにお陰さまというようになったそうです。

お寺というのは実にさまざまな方たちに支えられて、お陰によって歴史を刻んできているのだなあと改めて感じた1日でした。

節分ですね

きょうは節分ですね。スーパーに行くと恵方巻のコーナーに買い物客の姿が目立ちました。

お寺で豆まきするところもありますが、節分は中国の儀式に由来があり、仏教との直接的な関係はありません。

鬼は外、福は内というのもずいぶん自分勝手の気がします。

妙好人として知られる浅原才一さんは、自画像に鬼のツノを書かせました。みずからのなかに鬼–むさぼり・怒り・愚かさ–を見たのです。

鬼は内!ですね。

といいつつ恵方巻を買ってしまう私なのでした。