「批判するな」について

危機的なことが起こると、とりわけ政府のやることを批判すべきではない、というもっともらしい論調があちこちから起こります。しかし、よく考えなければいけないのは、長いものには巻かれろっていう話になってはいないかということです。日本の主役は総理大臣ですか? 私たちは脇役、エキストラなのですか。違うのではありませんか。おかしいと思ったことは声に出さないとうまいこと丸め込まれてしまいかねません。今回の一律10万円給付も強い批判を受けて政府が方針転換したのですから、真っ当な批判だったといえるでしょう。「いいねも多い」などと菅さんもタイコ持ちじゃないのですから。

ちょっと話は変わりますが、親鸞聖人の批判的態度について紹介します。

専修念仏、南無阿弥陀仏は当時・鎌倉時代の宗教界では異端の教えでした。厳しい修行もなく、仏の救いに任せて念仏をとなえるものはみな、仏となる。宗教界から見れば我慢ならない教えだったのです。比叡山や奈良の興福寺から専修念仏停止が朝廷に上奏されます。朝廷は困惑したようですが、後鳥羽上皇のお気に入りの女官が専修念仏に感動し髪を落として出家するということがあり、上皇は激怒。4人の僧侶が死罪、法然聖人や若き日の親鸞は流罪となりました。後年、親鸞聖人は『教行信証』にこう記しています。

「主上臣下、法に背き義に違し、忿りを成し怨みを結ぶ」

当時の法律に則れば、女官を出家させたことで死罪になどできるはずもないと怒りをあらわにし、上皇をきびしく批判しています。

実はこの「主上」のことば、第二次世界大戦中、不敬にあたるとして、「拝読を遠慮する」と本願寺は軍部に届け、当時の『教行信証』から欠字させました。

排除と差別をあおるような批判が許されないことはもちろんのことです。しかし、真っ当な批判を忘れた時に何が起こるのかを、私たち本願寺派の僧侶は、深く自覚しなければいけないと思います。

意味がわかりません

国民への現金給付は早くて5月中とのこと。まだまだ先の話です。

そんななか、昨日、79億円もの金額が8つの政党に振り込まれました。ことしあと3回振り込まれます。総額は320億円。給与ではありません。政党助成金です。受け取らないのは、この制度に反対している共産党だけです。

金額は次の通りです。自民党43億1500万円、立憲民主党10億7200万円、国民民主党11億6200万円、公明党7億5700万円、日本維新の会4億6300万円、社民党9000万円、NHKから国民を守る党4100万円、れいわ新選組4000万円。すごい金額です。

例えば自民党の場合、いま国会議員は397名ですから一人当たり約1089万円です。これがあと年間3回も支給されるのです。なぜ?なぜ?

給与の2割減を実施しようとしていますが、国会議員の給与を削ると労働者もとなりかねません。政党助成金を削ればよいと思うのですが。

国民にはこのままだと一回きりの現金給付、自分たちには半永久的に税金からの助成金。助成する相手が違うのでは?

普段から意味のわからない制度だと思っているのですが、庶民が辛い思いをしている最中の支給、ますます意味がわかりません。

国民一人当たり250円の負担です。

お墓をしまい、納骨堂へ

昨日は、新たに西法寺の納骨堂に遺骨を納められたご家族がお参りでした。お墓をしまわれて納骨堂に遺骨を納め直されたのです。本堂での法事、そして納骨堂前でのお勤めが終わり、ご家族の方から「お墓のことで悩んで夢にまで出てくることもありましたが、これでホッとしました」と。少しでもお役に立てたのならば幸いです。

『いまどきの納骨堂』(井上理津子)という本で紹介されていましたが、厚生労働省の衛生行政報告によると、2016年度の改葬数は9万7317件、前年度より約5700件、前々年度より約1万4000件増えているそうです。改葬というのは、所定の手続きを踏んで、現在とは異なるお墓に遺骨を移すことを言います。

今、新しくお墓を持つ方のうち、墓石のお墓を選ばれる方が約半数、あと半数の方は、納骨堂や樹木葬など、墓石タイプではないお墓を選ばれるそうです。

西法寺の納骨堂は平成21年に作られました。塔の内部に木製の棚があり、骨壷を安置するようになっています。境内には桜、藤、ツツジ、蓮、モクレン、椿など四季折々に花が咲きます。年間5回、ご遺族にもお知らせして、納骨堂前での法要も行なっています。

これまで案内チラシのようなものはなく、相談に応じてという形で運用してきましたが、ご門徒のみなさんの間から、お墓の維持への悩み、不安がよく聞かれます。5月には案内・申込用紙の作成ら運営の決まりごとなど整備する予定です。この間、相談をいただいている方がたにお知らせし、納骨堂の周知をはかっていきたいと思います。

おうちのだいぼうけん

ナモです。

おいたんも、おばたんも、おはなとおくちをかくしておそとにいきます。
おクスリのきかないお風邪がニンゲンにりゅうこうして、たいへんなんよ、と、おばたんがおはなししてくれました。
ねこにもうつるかもしれないそうなので、あたいはおうちで、おりこうにしています。

「あなたは、たしかにおうちにはいるけど、おりこうですか?」と、おいたんがちょっとおこっていいます。

おとついから「はり」をあるけるようになったの。おにかいのはしらをだっこして、のぼっていくとたどりつく、おうちのてっぺんの、ふとい木が「はり」です。れいぞうこのうえより、ごほんのたなより、もっとたかいところなのよ。
はじめてあがったとき、おりかたがわからなくなりました。ウロウロして、はりから吊り下がったでんとうのうえにおりられないかしら?とかんがえたけど、その下はいっかいの床までずーっとなにもないの。こわくてニャーニャーとなきました。


おばたんも、そんなあたいをみてキャー!といいました。おいたんがおおいそぎで、くらのやねにあがる、ながいはしごをはこんできましたが、はしごはこわくてのれませんでした。
おばたんが、いすにのぼって、はりのしたにおミカンのはこをもちあげて「ナモたん、このなかにきなさい」とよんだので、はこのなかにぽとんとおんりして、はこごとおろしてもらいました。
ちょっとこわいめもしたけど、それからまいにちのぼっています。おうちのだいぼうけんはやめられません。これで、あたいがあるけないところはなくなりました(=^x^=)
ここで、ねんねもします。
でも、おりるのは、まだ、ひとりでできません。おばたんがはりのしたに、たなをかけておみかんのはこをおいたので、そこまではじぶんでおりてから、ニャーニャーないて、おむかえをおねがいしています。

おいたんは、
「たかいところにあがるのは、ほんのうだろうけど、おちてしんじゃったらこまるよ」と、おひざのうえで、おせっきょうします。
おばたんは、ぱそこんで、かべにつけるたなをちゅうもんして、ねこ用のかいだんをつくろうね、といっています。

みなさんも、御身だいじに、おたがいをだいじに、おすごしくださいませ。

引き続き町内を配達

今日は海岸部から山間部まで、西法寺通信を配って走りました。
海岸部の集落は細い路地道が多く、技術の未熟な私は毎度ヒヤヒヤするところがあり、慎重に運転しました。

午後からは町内の中心部、そして山間部の方へ。
今月末に法事を予定されていた方からは、キャンセルの申し出が。
遠方から来るのは憚れる状況ですから仕方ないことです。

海の近くの家々では、トロ箱が。山間部の家には農機具や肥料が。
同じ町内でも風景が全く違います。


西法寺が江戸時代初期に創建された地、銀山へ。
樹々が花をつけ、咲き誇っていました。



そしてこの看板。これ大事です。

こうして走っていると思うのですが、配達員さんの仕事というのは本当に大変だと思います。新型コロナウイルスとの関わりでも宅配のニーズは増えているのでしょうから、頭の下がる思いです。

さまざまな人たちのお陰によって生活が成り立っていることにあらためて感謝。みんな大変な思いをしているのだから、せめて一人当たり10万円給付したっていいじゃないですか。麻生副大臣は早速「自己申告制」などと言っていますが、いい加減にしてほしいです。

網代を歩きました

きのうの田後につづいて網代を歩いて西法寺通信を配りました。ご門徒さんの家が頭のなかにほぼ入りました。

魚の行商歴50年を超えるMさんからは、網代の風でうまみをました干物をいただきました。カレイとハタハタです。ありがたくいただきます。

午前9時過ぎからはじめて2時間半ほど。きのうにつづきけっこうな運動になりました。網代は海はもちろんですが、町並みがいいです。 

写真は網代隧道。造られたのは大正元年。網代に通じる唯一の道でした。いまは海岸に道路があり、ここを車が往来することは少ないです。歩いているとちょっとヒンヤリします。

昼ごはんを食べようかなとあじろやさんに行ってみると、4/10から月末まで新型コロナウイルスとの関係で休業との張り紙。遊覧船も休業です。

影響の広がりをひしひしと感じます。

近くにきなんせえ

きょうは田後の集落に西法寺通信を届けてきました。高低差がかなりあるので、いい運動になります。フリーの聖地としても有名な田後。海の青さに心がなごみます。


途中、30分ほど立ち話したりしていたらもう夕方でした。
帰ろうとすると、冗談好きのYさんが散歩の途中。バス停で休息中でした。
「あれ? なんだか似た人が歩いてるなあと思ったらお寺さんだが」「お寺の通信を配ってたんですよ。いまこのご時世なんで、マスク姿です。ちょっと距離もとって話しますね」と少しオーバーに間をあけると、「そういわんと近くに来なんせえ。キスしてあげるだが」

笑わせてもらいました。

いのちとくらしを守るなんでも相談会

坊守からの情報です。信頼できる弁護士さんらが、電話相談「コロナ災害を乗り越える いのちとくらしを守るなんでも相談会」を開催します。フリーダイヤルですので、お困りの方はぜひ。

2008年の年末から9年の年始にかけて東京日比谷公園で年越し派遣村が開設されました。私も坊守から誘われて1日だけでしたが参加しました。炊き出しの列に行き場を失った方々が並び衝撃を受けたことを思い出します。
今回の電話相談を担当される弁護士さんは派遣村に関わっていた方たち、そして全国でしごとやくらしに関わる問題で親身に相談にのってこられたみなさんです。安心してダイヤルしてください。
お寺として何もできず申し訳ないのですが、せめて宣伝、応援させていただきます。がんばりましょう。

無明長夜の燈炬なり

昨晩から止むことなく雨が降り続き、溝が溢れるほどです。今日は夜、お通夜のお勤めです。午前中にご家族から涙ながらに故人の思い出を伺いました。漁師のご主人とともに朝早くから働き、時には船に乗ることもあったそうです。そしてご主人の出港を船が遠くに見えなくなるまで見送っておられたといいます。ご家族にとってともしびのような存在であったのだろうなとお話しをうかがいながら考えていました。

漁村には燈台があります。行手を示すともしびです。親鸞聖人は、「無明長夜(むみょうじょうや)の燈炬(とうこ)なり」とおっしゃいます。闇の中であかりをみつけるとホッとします。仏のお慈悲の心を燈炬と喜んでおられるのです。

ご家族のみなさんにとってつらいお別れです。悲しみはなかなかいえるものではありません。それでもお通夜・葬儀を節目として執り行い、亡き方への感謝を、そして私たちはいかに生きていくのか思いを馳せる時間にしていただけるようつとめさせていただきます。