親心は

坊守です。
午前中、秋の彼岸法要をおつとめしました。ことしはご講師さんは無かったのですが、3月も5月も8月も法要は寺族中心でおこないましたので、お参りいただいての法要は久しぶりでした。
法話は住職が。テニスで活躍中の大坂なおみ選手が人種差別問題にかかわって発信していることを切り口に、阿弥陀さんの願いについて語るものでした。

そろそろそんな法話も終わるかな、というタイミングで、手すりを伝いながら本堂に歩いてくるおばあちゃんの姿が視界に入りました。
お見かけしたことのない顔で、終わってから声をかけると「きょうが娘婿の祥月命日なので、お経をあげてほしい」とおっしゃいます。昨年亡くなった門徒さんの姑さんでした。
足も悪くずいぶん高齢にみえるのですが、バスを使ってひとりで来たとおっしゃるので、帰りは送らせてもらうことにしました。
ご自宅に着くと「乳母車を置いてきたなあ」と思い出されました。


ずいぶん遠慮されましたが、置き場所を聞き出して向かうと、ありました。バス停の脇の植え込みに。クルマでも数分かかる道のりを、乳母車をたよりにバス停まで歩いて、寺に来られたのかと改めて驚きました。彼岸に渡った娘婿への思いは、もっと早くに亡くなったという娘さんにもつながっているのかな、と想像しました。

住職には、お気持ちをしっかり受けてお勤めしてもらいます、と話しました。

亡き方から背中を押される

本日は葬儀がありました。

遺族のあいさつに、息子さんとともに高校3年生のお孫さんが立たれました。亡きおじいさんに釣りに連れていてもらったり、褒めてもらったりと楽しかった思い出を語るとともに、「まだまだおじいちゃんに甘えたかったけれど、僕は夢に向かって頑張るので見守って欲しい」と挨拶されました。

愛するものと離れること、愛別離苦は、私たちが体験する苦しみのなかでも格別だと思います。悲しい時は同じ悲しみを抱えているもの同士、ともに悲しみ、支え合う。それが悲しみと向き合う力になるのではないかと思います。

お釈迦さまに連れ添って25年間、説法のお供をつとめたアナン尊者にたいし、臨終がちかいことをさとったお釈迦さまは、「嘆くな、悲しむな。愛するものと離れなければならないと、私はいつもいってきたではないか」と諭されます。アナンはいよいよお釈迦さまが臨終され、悲しみに暮れていましたが、同じ修行仲間にも励まされ、お釈迦さまから聞いた教えを後世に伝える役割を果たされました。「如是我聞」とはじまるお経の「我」とはアナンのことです。

愛別離苦の悲しみは、それを契機にして、自らの生き方を考え、亡き人に恥ずかしくない道を進もうと背中を押すこともあると思います。

浄土真宗は還相(げんそう)といって、阿弥陀仏の救いによりお浄土に生まれたものが、現世を生きる私たちを励まし、導いてくださるという教えを大切にしています。

お孫さんが語られた淋しさとともに決意のあいさつに触れ、亡き方がこのようにお孫さんのところに還ってこられ、励まし、育ているのだなあとしみじみと感じるのでした。彼の背中を押したのは亡きおじいさんなのですから。

若い方から、そして、亡き方から大切なことを教えていただきました。

合掌

やられました

里芋がなぎ倒され、掘り返されたあとが…。動物の仕業でしょう。まだ大きくなってなかったので、おいしかったかどうかわかりません。

ご近所の皆さんの畑は囲いがしてあります。それでも被害を受けることがあるそうなので、うちのように何もしていない畑は動物にとってはありがたいのかもしれません。

西法寺農園は秋以降、お花中心でいきたいと思います。

おばあちゃんの教え

きょうは三回忌の法事がありました。亡き方のお孫さん・Aくんは当時、小学2年生。通夜のお勤めの前に私の控え室にやってきて、突然の別れにおばあちゃんが好きだったこと、会えなくなり寂しいこと、おばあちゃんが「人には優しく」と言っていたことを私に教えてくれたのでした。

昨年の夏にはお寺主催の寺子屋にきてくれ、時々、通学路でみかけたりすると挨拶もしてくれます。

「あの時、部屋にきてくれたことを覚えてる?」ときいてみると、「うん」と。きょうは本堂のいちばん前に座り、法事にお参りされた方にお弁当を渡すお手伝いもしていました。

おばあちゃんの教えはAくんのなかに生きています。そのことがとてもうれしく、たのもしく感じるのでした。

犬のおまわりさん

西法寺通信の第6号のインタビューで、鳥取市内のMさんのお宅へ。

Mさんが7年前から飼っているゴールデンレドリバーのジュン(オス・7歳)は、嘱託警察犬をつとめています。

ゴールデンレドリバーは、大きな犬です。小さい頃にしつけをきちんとすることがかかせません。しつけをお願いした訓練所の方から「警察犬としての素質がある」とのすすめがあって、訓練会に参加したそうです。

鳥取県警主催の訓練会が春と秋にあり、足跡追及、服従、臭気選別の3つの試験をパスすると、犬は嘱託警察犬に、飼い主は指導手として登録されるそうです。上の写真はジュン、引っ張っているのがMさんです。

「あまり活躍はしてないですけど」とのことでしたが、きちんとおすわりをして、とってもかしこいジュンちゃんでした。

犬のおまわりさん、これからもがんばってね!

ぎゃーていぎゃーてい

習字教室で書いている『般若心経』もいよいよ終わり近く。天台宗の僧侶でもある先生のもとでなければ書く機会もなかったことと思います。貴重な時間でした。

さとりの智慧を得るための呪文としての「ぎやーていぎゃーてい…」の部分は、玄奘三蔵があえて訳さず、もとの音が残りました。『般若心経』といえばこの部分ですから、彼のねらいは大当たりだったわけです。

仏教にはさまざまな宗派がありますが、智慧と慈悲がその根本だと思います。

お釈迦さまは縁起・私が先にあるのではなく、無量ともいえるようなつながりのなかに私もまた存在している、という真理を発見されました。なんでも自己中心的に捉える私たちにその真理を説いて回られたのです。ですから、真実を見極め(智慧)、人を思いやる(慈悲)ことは仏教では一体です。

『般若心経』はそれを自らの修行によって完成させることをめざす自力の道です。それができない私のようなもののためにあるのが、智慧と慈悲を備えた阿弥陀仏による救い=浄土教の教え、ということになるのでしょう。

さて、次回以降は、なにを書いていきましょうか。先生は「なんでもいいですよ」というスタンスですから、『阿弥陀経』をお願いしてみようかな。

いわみ支えあいクーポン

網代にあるなだばたさんで昼食を食べようと入ったところほぼ満席。昨年9月、NHKの「小さな旅」で紹介された直後のよう。

「すごい大繁盛ですね」と漁協婦人部の会長もつとめるSさんに話しかけると、「町のクーポンだか」と。

そうでした! 岩美町は9月より町民一人あたり5000円分のクーポンを配布していたのです。

正式名称は、「食べて応援!泊まって応援!いわみ支えあいクーポン」

「あー、持ってくるの忘れたー」と嘆いてみても後の祭り。

「お弁当もはじめただが」とSさん。

500円のクーポン券と同じ値段にしているのがさすが!

支えあいクーポンって、響きがいい♪

次はお弁当を買ってみようかな。

ちなみに、私の昼食はカレイ唐揚げ餡掛け定食(800円)です。いつもながらに美味でした。

家に帰って、町のホームページで確認したところ、町内ほぼ全ての飲食店と宿泊施設で利用できるようです。岩美町、なかなかやります。

今月から2年生

9月になった途端、
坊守宛の荷物が、どさりと届いておりました。去年から始めた仏教学院通信制の二年次スタートであります。

コロナの影響で、夏に予定されていたスクーリングはレポート1本提出にかわり、連休に書いたレポート6本が1年次の評価となりました(成績は特別公開。レポートは返ってこないので、何が書き足らんかったかは本人には分かりません)。

届いた教科書を数えると、昨年より一冊増えて、それぞれページ数も増量。しかも、今年からスクーリングはインターネット受講になり、おつとめと筆記試験だけ、2日間のスクーリングで行うことに変更したとの通達が。
なんだか寒気がしてきました。
記憶力・読解力とも劣化し、1年後に進級するには、少しずつ勉強するしかないと確信しましたので、これから毎週末、教科書を開きます。

涙の『しんらんさま』

葬儀の後の還骨法要の最後に、ご遺族のリクエストで『しんらんさま』を歌いました。

そよ風わたる あさのまど

はたらく手のひら あわせつつ

南無阿弥陀仏 となえれば

しんらんさまは にこやかに

わたしのとなりに いらっしゃる

亡きYさんが「この歌は、いい歌だ」とご自宅でよく口ずさんでおられたそうです。ご家族には、その姿が、良き思い出としてのこっておられるのでしょう。

息子さんはお亡き父さんのご遺骨に「しんらんさま、かけてもらうで」と声をかけていらっしゃいました。

今月号の『大乗』(本願寺派の月刊誌)には、「古関裕而さん作曲 島倉千代子さんが歌う 仏教讃歌『しんらんさま』」という記事が掲載されています。

島倉千代子さんは、「私の一生に、きっと何か大きな力となり、光となってくださるものがあるという感激をもって歌わせていただきました」と語っています。

きょう、涙しつつ歌われるご遺族の姿にふれ、たくさんの方たちの力となり、光となっているのだなあと胸が熱くなりました。

絆と伴

東日本大震災と原発事故を東京で体験し、さまざまな書籍を手に震災や原発事故についてどう考えたらいいのかと模索したことがあります。

月刊誌『世界』の別冊、『破局の後を生きる』。2012年、出張先の沖縄でたまたま書店に入ったら目に留まり、それから数日間、那覇市泊港近くの喫茶店で朝ごはんを食べつつ読みました。

被災者の手記を集め、識者が手記を読んだうえで短いテキストを寄せています。

尾木直樹さんの手記のこの部分を、私は何度も何度も読み返しました。

「つい最近、中国の上海で中学生に講義を行う機会をもちました。その時知ったのですが、『絆』という言葉は中国語にはないそうです。それに匹敵する言葉は『伴』だということです。被災地の悲しみに優しく寄り添い、ともに未来を歩むこと。それが私たちに一番必要な構えではないでしょうか」

絆とは、もともと牛や犬をつなぎとめる綱をさす言葉です。私はこの言葉にもともと違和感があったので、尾木さんのコメントに深くうなりました。

一方、伴という漢字をみると、半分の横に人が立っています。半人前の私、あなたの横には、誰かがいて励まし、支え合っている、それが伴の意味なのではないだろうか。そんな風にいまも思っているのです。

最近、絆をニュースで目にすることがありました。

おそらく新しい総理になるであろう菅さん。総裁選のスローガンは「自助・共助・公助、そして絆」です。まず最初に自助。さいごが絆。そこに、コロナをはじめとした苦難に優しく寄り添う姿勢を感じないのは、私だけなのでしょうか。