本願寺新報が届きました

きょうは朝から葬儀を勤め先ほどお寺に。鳥取は車を運転するのも怖いような大雨でした。市内を流れる千代川の水は濁流のようで、水位もかなりのものでした。

うちのお寺は山のふもとにあります。この数年、決まって年に何回か大雨が降ります。災害への備えを進めなければならないと感じているところです。

この雨の中、本願寺よりお盆特集の新聞が届きました。これに西法寺通信、お盆参りの案内を加えて全てのご門徒さんにこれから届けていきます。

新聞、さっそく一読しましたが、買ってよかったと思える内容です。編集の方々、いい仕事されてます。

今日明日は通夜と葬儀がつづきます。大雨にも気をつけつつお勤めさせていただきます。

いのちあるは ありがたし

今日から明後日にかけて通夜、葬儀、通夜、葬儀と続きます。葬儀は日常の生活を停止して、亡き人について、死について、生について考えさせられる時間です。

人の生を うくるはかたく
やがて 死すべきものの
いま いのちあるは
ありがたし

『法句経』の一節です。

あることの難しいいのちを与えられたあなたは、どのように生きていますか、どのように生きていくのですか。

葬儀はいつもそのことを問いかけてくれます。

悲しみのなかに見えてくること

今日ご往生された方のご自宅で臨終勤行をつとめました。『阿弥陀経』を読んでいる最中からネコが鳴いています。飼っているのかなとお尋ねしたところ、「母がエサをやっていた野良猫なんです」とのこと。エサが欲しいのでしょうが、私はネコも受け念仏を称えてくれているのかな、別れを悲しんでいるのかなと思って聞いていました。

以前にも網代のお墓でお経を読んでいた時、ニャアニャアと節々で鳴くネコがいました。今日よく使うウケるとは、僧侶の説法を「なんまんだふ」と受け念仏することからきた言葉だとブログに書いたことがあります。

お経を読み終わり、在りし日の姿をご家族からうかがって帰ろうとすると、近所のご門徒さんが線香をあげるために来られました。雨のなか、少しのあいだ立ち話に。その方とお会いするのも久しぶりです。こういうことを、亡き方のお導きだなぁと思えるようになりました。

今日では健康と若さ、長生きを幸福、老病死は不幸なことと遠ざけようとしています。亡くなられても葬儀をしないという方も増えています。一方で、儀式をすることで人は人としての心を育ててきたといわれます。

葬儀とはなんのためにつとめるのかと、葬儀のたびに考えさせられます。

死というのは私の思い通りにはいきません。そのことを受け止めたとき、なぜ人に生まれたのか、生きることには何の意味があるのか考えさせられる機縁にもなると思います。悲しみを体験しないと見えて来ないことがあります。死を考え、人生をよりよく生きるための大切な教えの場、それが葬儀ではないでしょうか。

自分に今できる精一杯のお勤めをさせていただきます。

合掌

ナモの日記(2021年7月)

おばたんがおうちにいないまま、ふたつねんねしました。


おおきなおかばんだったので、
「あたいもはいれるよ」と、みせたけど、
「あんたは、じたくけいびいんなんだから、おうちをはなれたら、こまるわよ」
と、おしごとをもらいました。

おいたんが、おやつをくれたり、シマちゃんが、おかって口でおひるねにきてくれて、おばたんがいなくても、たのしかったわ。

きょうは、おばたんがかえるまで、起きてまっておきます。

スクーリングで京都に

坊守です。

土曜から中央仏教学院通信課程のスクーリングで京都でした。

土曜日は筆記試験四教科、日曜は声明の実技試験というメニュー。5月の予定がコロナでひと月半伸びて、勉強時間はかせげたはずでしたが…。
学校の受付で、フェイスシールドを渡されてから、調子が狂ったかもしれません(笑)


学科はすべて、論述式で、配られた原稿用紙に、その教科の問題が、2、3問書いてあるものでした。
声明のテストは、同級生が居る前で、指定された課題をよむという形。
試験官は、3人おられたのですが、私たちのグループの担当は、住職が尊敬するO先生となり、坊守の中年時代で最大といっていいレベルに緊張。
他の生徒の読み方を聞いているうちに、なんべんも読んでいるはずの部分のメロディラインが分からなくなるなど、ビックリな体験をしました。



さて、とにかく昨年入学したにもかかわらず、未体験だったスクーリング&学年末試験は終わりました。
早い便で帰れる!と、期待した14時台の特急は、駅に来てみるとコロナのためまさかの減便で、17時前までぽっかりと時間ができてしまいました。それを口実に、同じ方面の汽車に乗る歳上のクラスメイトと、ケーキセットで休憩〜。

さまざまな世代の同級生がいましたが、これまでの福祉の仕事を通じて命について学ぼうと考えた方や、得度はしているけど勉強をしたい、というお寺生まれの若者、真摯な人たちがけっこう居る場所なんだな、と、嬉しい発見もできました。
私などは、ヘラヘラした生徒です。

ひとつ肩の荷を下ろして、明日からまた、元気にがんばります。

『無量寿経』を読んでいます

先月、生前法名を本願寺から授かっているご門徒さんからの依頼で、法名の意味を調べました。浄土真宗にとってもっとも大切な『無量寿経』が出典です。勉強になったのですが、ふだんは通して読む機会がありません。長いので、法事で読むこともむずかしい(一部、短いお経になっている部分はあるので、そこはよく読むのですが)


これではいかん、ということで、この数日、朝のお勤めの際に読んでいます。いかんせん読み慣れておらず、ゆっくりしか読めません。読んだ後に該当する箇所の現代訳と解説に目を通しています。


これは案外よい試みです。来週早々には終わりそう。次は『観無量寿経』というお経でやってみたいと思います。

2年前のきょうのこと

今日法事がありました。

2年前のきょう、うちのお寺のご門徒さんの縁者の方が大阪で亡くなられました。身寄りに乏しく、生前、年賀状のやりとりはしていた親戚を頼られたそうです。もしもの時には葬儀をだしてくれないか、遺骨は実家のお墓にいれてくれないかとお願いされていたそうです。親戚の方は快く引き受けられ、7月4日、大阪で葬儀を勤めました。参列は親戚ご夫婦2人でした。
葬儀の後、収骨までのあいだに故人との関わりを話してくださいました。


「お見舞いに行くと病室でいうんです。『私の人生とはいったいなんだったんだろう』と。私いったんです。『尊い人生でしたよ』」


こういう方がいて本当によかった、ご苦労の多かった人生だったかもしれないけれど、まかせる、頼りにできる方と最後に会うことができたんだなあと胸を打たれました。


私自身、人はなぜ死ぬのか、なんのために生きるのか、葬儀ってなんのためにするのか、深く考えさせられる1日でした。

その後、納骨、お盆参り、一周忌、お墓の改修とご夫婦とお会いする機会があり、その度に葬儀のことを思い出すのでした。
きょうの法話では、次のようなことをお話ししました。

いただいたいのちはいつか捨てなければいけない。だからこそいのちは尊く、ありがたい。
失われたいのちに、ひざまずき、手をあわせることで人は悲しいという気持ちを育て、人間になった。


どんなつながりであっても、そのつながりを大切にすることで、気づかされ、人として鍛えられることがある。


ふだんは考えることのない死んだらどうなるのかという問いが仏の教えに出会うきっかけになる。

説法というより、この私が葬儀から学ばされたということです。

僧侶というのは、黒い服を着て、袈裟をかけ、お念珠を手にすることで、ふつうならあまり聞くことのない尊い教えに、言葉に出会うことがあります。それを忘れずに記憶して生きていくことを仕事にしているのだと思います。お2人との出遇い、故人との出遇いから私自身、深く学ばされています。

お寺の掲示板(2021年7月)

としをとることも喜びだ 今までわからなかったことが 少しずつわかってくるから

仏教詩人、榎本栄一(1903-1998)さんの詩です。

みなさんはどうでしょうか。

「愚者になりて往生す」との法然聖人の言葉を、親鸞聖人は最晩年88歳の時に書かれた手紙に記しています。

愚者とは頭が悪いという意味ではありません。欲にかられて我を見失ったり、都合の悪い人を排除したり、他者を傷つけたりといった愚かさのことです。自分自身が愚であるという自覚を持つことはなかなか難しいですよね。誰だって人によく見られたい、自分は間違わないと思って生きているのですから。

榎本さんはそういう自分の姿を直視し、愚かな私を救い取ろうとあくことなくはたらき続ける阿弥陀仏への感謝をこのように詠まれたのかなと想像しています。

愚者であることを知ると、まわりの人を見る目もかわると思います。そのことを私に気づかせてくれた仏さんに自然と頭が下がるのではないでしょうか。

榎本さんには次のような詩もあります。

肉体はおとろえるが こころの眼がひらく 人間の晩年というものはおもしろい 今日まで生きて いのちの深さがみえてきた

お寺の蓮が咲きました

朝、境内の蓮が咲いていました。境内の蓮の甕は4つあります。次々に咲いてくれることでしょう。

6月も今日で終わり。今年も半年が過ぎようとしています。

「ただいたずらに明かし いたずらに暮らして 年月を送るばかりなり」と蓮如上人がおっしゃる通りなのです。

それでも、毎日、ここにブログを記していると、その日その日の出来事を思い出したり、ああ、次はこうしなきゃと思うこともあります。

おかげさまで7月で私も一つ歳を重ねます。あまり抱負や目標など持つタイプではありませんが、ブログ更新だけは途切れないようにしますので、これからもよろしくお願いします。

生活保護の申請に同行して

坊守です。

今日はナモのご飯を切らしたので、急いで仕事をやっつけ、はやく帰らねば、と思っていました。が、住職から届いた写真に口元がほころびました。

野良猫シマ氏用のご飯を分けてもらい、内と外で仲良く食べているではありませんか。

きょうは「どうしたらどんな人でも安心して暮らせる空気が、わたしたちの社会につくれるんだろうか?」
と、真面目に(珍しく!)考えることがありましたので、2匹の姿によけいにホッとさせられたのかもしれません。

半年前から、職場でとりくんでいる困りごと相談の延長で、ある役場の福祉の窓口にいきました。
お年で仕事を引退したものの、年金だけでは足り苦しくて困っていた方の生活保護の申請に同行しました。

カラダを悪くされたのでアルバイトもできず、でも、この制度への抵抗感があり…というので、窓口に行まで何ヶ月もかかりました。収入や家族関係をみれば、はよ手続きされたらいいのに、と傍目に思っていたのですが。

でも、窓口に行くと、やっぱり他の行政サービスと比べて違うなと感じます。
2008年の年越し派遣村の頃から、申請を手伝っていますが、親切とは言いがたい対応に何度も遭遇。
「この制度は、最低の制度ですが使うんですか?」と、言い放った東京某区、「忙しいので今日は手続きできません」と、仕事も家も失った人を路上に帰そうとした事務所、印象に残っているシーンは色々ありますが、今朝の職員さんも、「世間の目は生活保護に厳しい」という話をとうとうとされました。
千円札1枚しか入っていない財布や、残高がわずかな通帳を見てもなお、相談者を悲しくさせる言葉を投げるのは、なぜなんだろうと思います。

対人援助はストレス多く、きつい仕事だと思いますけれど、誰かの人生のピンチに再起を手助けする仕事なんてそんなにざらになくて、見方を変えれば、やりがいのある素敵な仕事だと思うのですが、どうなのでしょうか。
「生活保護の必要な人が10人居たとしたら、2人くらいしか実際の利用につながっていない」というのが日本の現状です(日弁連調べ)

困った時はお互いさま、いま困っている人の過去は問わない、そういうのが普通になればいいのにになあ