昼過ぎ、地元のスーパー・サンマートで田後(たじり)のご門徒さんをみかけたのでごあいさつ。29日の報恩講の案内をしたところ、「参らせてもらいます」とのうれしい返事。
報恩講参拝記念のタオルも届きました。昨年、初めてお配りしたのですが、「何枚あっても使うけえ、今年もやったらええが」と役員さんから支持も受けて今年も。

この週末は、今年、ご家族との別れをされたご門徒さんに案内を郵送しました。週明けは町内のご門徒さんへの声かけに力を入れたいと思います。
昼過ぎ、地元のスーパー・サンマートで田後(たじり)のご門徒さんをみかけたのでごあいさつ。29日の報恩講の案内をしたところ、「参らせてもらいます」とのうれしい返事。
報恩講参拝記念のタオルも届きました。昨年、初めてお配りしたのですが、「何枚あっても使うけえ、今年もやったらええが」と役員さんから支持も受けて今年も。

この週末は、今年、ご家族との別れをされたご門徒さんに案内を郵送しました。週明けは町内のご門徒さんへの声かけに力を入れたいと思います。
今日はお寺の清掃日です。

総勢9名で、ろうそく立て、輪灯、香炉をみがきました。「よう光ってるで」「きれいになったで」。気持ちよく月末の報恩講を迎えられそうです。
作業のあとは茶話会です。漁場のみなさんは実にさまざまな海の恵みを口にされています。「ジイボ(イソギンチャク)はおいしいだで」と。以前は煮付けにしたり、塩茹でして食べることがあったそうです。私は苦手で食べられないドギという深海魚。こちらではトロナマズという名前でよばれます。ヌルヌルしたコラーゲンたっぷりの魚。「トロトロしとって美味しいが」。食文化は奥深いなと、びっくりしつつ話を聞いていました。
今日は生協病院の受診日でした。高齢者の方が多くいらっしゃいます。みなさん老と病を抱えつつ日々を過ごしておられることでしょう。私たち誰もが通る道を先に歩いておられる先輩方なのです。そして誰もがいつか別れていかなければならないいのちをいただいているのです。
私の方はいつものように血液・尿検査、そして診断。担当医さんから抗高血圧、抗コレステロールの薬を処方してもらっています。8月17日にコロナで受診した際の医療費も今日は併せて支払いました。あれから3カ月も経つのですね。次回は1月末になります。
薬局で薬をもらって時刻は11時近く。せっかくなので、久しぶりにAprilさんへ。きびきびと働く店主のIさんの手によるスパイスカレーをいただきました。

好みを自分でアレンジできるのがユニークです。私は玉ねぎベース+鶏ガラスープ+チキンで。鳥取のお米プリンセスかおりはパラパラとしていて、ルーによくなじむんですよ。ほのかに甘い香りがします。

食事中、肉屋さんがヒレ肉2キロを届けに。Iさんによると、「お困りの様子だったので、マスターに相談して買ったんです。お世話になってますから。夜のメニューで使います」。人柄もよいIさんなのです。
ニュースで、葬儀会社からの高額請求によるトラブルが報じられています。ネットの広告につられるのは危険です。安く見せて、オプションをつけていけば当初の歌い文句とは全く違う金額になります。寺院で葬儀をつとめる際には僧侶が遺族と業者のあいだに入ることができます。なんにせよ、安く見せる広告には注意してください。
午後、久しぶりに網代の習字教室へ。習字とともにボールペン字教室もあわせて行うようになったみたいです。ボールペン字、下手くそなのでこれは大歓迎です。
習字のメンバーはひきつづきMさんの句集を書いています。句集に目を通し、先生にお手本をお願いしました。
行商の 車で馳せる 報恩講

毎年の報恩講に魚の商人さんのご門徒さんの車に同乗するMさん。その姿が浮かぶ句です。楽しい気持ちでお参りしていただいていることがとにかくありがたく、今回はかなり気持ちを入れて書きました。
この句、忘れないように心に留めておきます。
俳優の仲代達也さんが逝去しました。
1970年代の角川映画、金田一耕助シリーズの「女王蜂」、何度観たかかわりません。仲代さんは犯人役の大道寺欣造を演じました。その声、陰のある表情、眼力の鋭さ、たしかな表現力。とにかくすごい迫力なのです。圧倒されます。映画好きの方は黒澤明監督の名作を記憶していらっしゃることでしょう。
訃報を報じたものの中に3年前の会見で語った言葉を紹介したものがありました。
「人間とはいとおしいもの。私は『絶対戦争反対』と言いながら死んでいきます」
この言葉、自分自身、胸に刻んで生きていかなければと思いました。
合掌

逮夜法要の前に網代布教所の植栽のせん定を少し。境内の山茶花が咲き始めていました。
作業途中にご近所のKさんが上がってこられました。花壇は花が植えられ、すっかりきれいになっていますが、Kさんがお世話してくださったとのこと。


作業もひと段落したのでKさんとおしゃべりです(といっても私は聞き役です)。カニ漁での荷揚げのことや、家でお子さんらにカニ料理を振る舞ったことなど。「ゴミ袋の半分はカニの殻だで。よう食べるで。後始末がかなわんが」
その後、逮夜法要へ。来週が最後となり、つぎは四十九日です。私がうかがって毎週の逮夜をお勤めすることは近年、珍しくなっています。それだけにありがたいひとときなのでした。
昨日、ご近所の方から、「最近、よくお寺で葬儀をされてますね。ご苦労さまです」と労っていただきました。2カ月続けての寺院葬儀ということになりました。
さて、風の冷たさを感じる週明けとなりました。そろそろ本堂にもストーブを出さないといけません。
今週は今日と明日、そして木曜、土曜と法事が予定されています。土曜日の午後2時よりお寺清掃で仏具をみがきます。ご協力いただければ幸いです。
手元にある過去帳2冊の記載、そして来年の早い時期に年回法要となっているご門徒さんへの案内状も忘れずに。
水曜はご近所のサロンにお寺を使っていただく予定も。会場としていた老人福祉センターが建て替え工事のため利用できず、岩井にある2つのサロンにお寺を利用していただいています。その午後はオンライン講座を受講、木曜は習字教室へ。また、金曜は生協病院の通院日にあたっています。次回、健康診断を受けられるように申し込みしないといけません。
次の日曜は今のところ晴れ予報です。ご近所と町内を29日(土)、30日(日)に予定している報恩講法要のお誘いで回ろうと考えています。土日の開催としたのは、お参りしやすい日程をと思ってのこと。新しくお参りいただける方が数名でも増えてほしいのですが、思い通りにいかないのが人生です(苦笑)
では今週もぼちぼちいきましょう。
昨日の法事の際、ご門徒さんから処分してほしいと1冊のお経本を預かりました。

擦り切れるまで読み返されたのです。ほぼ7年に渡って。毎日のように。
代わりにお寺で使っているお経本をさしあげました。「元気なうちは朝晩、お経をあげます」とご門徒さんはおっしゃいます。数年たてばまた同じようになるのかもしれません。
「聖教は読み破れ」とは蓮如上人のことばです。紙が擦り切れるほど読み返してくださいとのお示しです。目の前で大切なことを教えていただきました。しばらく手元においておきたいと思います。
昨日のこと。お寺での葬儀が終わった頃、網代のご門徒さんがカニを届けてくださいました。
解禁されたばかりのカニの「わけもん」です。
ノノははじめてみたのかもしれません。興味津々でクンクンしていました。

ご門徒さんの玄関先に複数のキジトラがいて、その1匹が現在のナモでした。2019年12月に引き取って、「ナモ」と名付けたのです。
古家の方にもきていただいて、久しぶりにナモとの対面です。「おーい、ナモや」とご門徒さんが呼ぶと、ナモは寝ぼけ眼で近寄ってきました。私からはささやかなお礼ですが、2026年の西法寺ネコカレンダーを進呈しました。
このページをめくってご門徒さんもニッコリです。

昨日の夜は私と坊守の古い友人の京都在住の満丸屋團地さん(素人の落語家)が遊びにきていたので、早速茹でたカニとカニの味噌汁を夕食にいただきました。

思いがけず大ご馳走でした。
寺院葬は、おごそかに、あたたかにを目標におつとめしています。夕方、還骨・初七日法要を終え、寺院葬を無事つとめることができました。
午前10時からの葬儀でした。開式前、親族のみなさんの控え室からはにぎやかや話し声も。100歳近くでご往生されたお母さんの話をしていたのでしょう。式が終わり、棺が出発するまでにも、お孫さんがスマホに収めた毎年元旦のおばあちゃんの誕生日写真を回し見しました。長女さんが東京に嫁がれた際、お祝いの家財道具を届けにお母さんが一緒に車に乗って行かれたことがあったそうです。そうした思い出話がつぎつぎに。おそらく静岡あたりでご覧になったのでしょう。晴天のもと、富士山の雄大な姿が目の前に広がり、「『娘は幸せになるに間違いない』と言ってました」と、これは次女さんがお話でした。東京に行かれた最後はひ孫さんの顔をみた12年前。1人で東京に行かれたそうです。「ひ孫の顔よりも、東京に来たかったのかも」とこちらは長女さんの証言です。いつも着物姿で、畑に行くときは着物の下にモンペをはいておられたそうです。
一昨日から市内の葬儀会社さんに入っていただきました。親身にご遺族によりそわれ、過度な負担とならないように提案もしてくださって施主さんも喜んでおられました。何年か前、今日の葬儀会社の方から火葬場での読経を依頼されたことがあります。ご家族には経済的な事情がおありだったのでしょう。その際、葬儀会社の担当の方に、「仏事や葬儀のことで困っている方があれば遠慮なく連絡を」とお伝えしました。ごくたまにですが、その依頼にお応えしたこともあります。
寺院葬はお寺だけではできません。今日の業者さんのように、心ある方たちの尽力があり成り立つものです。
今後もご遺族のご希望があれば寺院での葬儀をおつとめさせていただきます。