近くにきなんせえ

きょうは田後の集落に西法寺通信を届けてきました。高低差がかなりあるので、いい運動になります。フリーの聖地としても有名な田後。海の青さに心がなごみます。


途中、30分ほど立ち話したりしていたらもう夕方でした。
帰ろうとすると、冗談好きのYさんが散歩の途中。バス停で休息中でした。
「あれ? なんだか似た人が歩いてるなあと思ったらお寺さんだが」「お寺の通信を配ってたんですよ。いまこのご時世なんで、マスク姿です。ちょっと距離もとって話しますね」と少しオーバーに間をあけると、「そういわんと近くに来なんせえ。キスしてあげるだが」

笑わせてもらいました。

いのちとくらしを守るなんでも相談会

坊守からの情報です。信頼できる弁護士さんらが、電話相談「コロナ災害を乗り越える いのちとくらしを守るなんでも相談会」を開催します。フリーダイヤルですので、お困りの方はぜひ。

2008年の年末から9年の年始にかけて東京日比谷公園で年越し派遣村が開設されました。私も坊守から誘われて1日だけでしたが参加しました。炊き出しの列に行き場を失った方々が並び衝撃を受けたことを思い出します。
今回の電話相談を担当される弁護士さんは派遣村に関わっていた方たち、そして全国でしごとやくらしに関わる問題で親身に相談にのってこられたみなさんです。安心してダイヤルしてください。
お寺として何もできず申し訳ないのですが、せめて宣伝、応援させていただきます。がんばりましょう。

無明長夜の燈炬なり

昨晩から止むことなく雨が降り続き、溝が溢れるほどです。今日は夜、お通夜のお勤めです。午前中にご家族から涙ながらに故人の思い出を伺いました。漁師のご主人とともに朝早くから働き、時には船に乗ることもあったそうです。そしてご主人の出港を船が遠くに見えなくなるまで見送っておられたといいます。ご家族にとってともしびのような存在であったのだろうなとお話しをうかがいながら考えていました。

漁村には燈台があります。行手を示すともしびです。親鸞聖人は、「無明長夜(むみょうじょうや)の燈炬(とうこ)なり」とおっしゃいます。闇の中であかりをみつけるとホッとします。仏のお慈悲の心を燈炬と喜んでおられるのです。

ご家族のみなさんにとってつらいお別れです。悲しみはなかなかいえるものではありません。それでもお通夜・葬儀を節目として執り行い、亡き方への感謝を、そして私たちはいかに生きていくのか思いを馳せる時間にしていただけるようつとめさせていただきます。

たがやす、たがやすとき、たがやせば、たがやせ

長靴の坊守です。

予定していた網代の法談(宅参り)が見合わせになり、ぽっかりと土日が空きました…ので畑の土おこしをしました。
当寺駐車場前の一画ですが、雑草ばかり育てており、気になりながらもショベル一本で掘る気になれず、放置していました。

しかし、この春は、住職と「お寺の前の畑が荒れ放題ではもったいない」「報恩講の御斎にだす芋くらいは作れるかな」などと話したことで、小さな耕運機を思い切って購入しました。

事前に住職が雑草を刈ってあったものの土は見事にカチカチ。最初は、力強いエンジン音を響かせ土の上を跳ね回ろうとする耕運機に、へっぴり腰でついていく状態(原付バイクに初めて乗った友達が、ウイリーしかけた事件を自分に重ねました)。
そんな場面で近所のお兄さんが登場し「押さえこめ」と、ひと言でコツを教えてくれましたので、後はすすみました。昨日やり残したスペースも、今朝は短時間でやっつけました。
耕運機はマキタの青、そしてわたしは女なのに、作業の間に脳内を流れていた音楽は、
♪燃える男の、
赤いトラクター♪

この2日で、
「えらいね」
「ええ機械だな」
「ケガするな」など声をかけてくれたのは、近所のお兄さん以外にも何人もあり(皆一様に笑いながら近づいてきました)、畑は重要なコミュニケーションの場じゃないか!と、気づいたのであります。

さあ、これからこの小さなスペースが、何を持ってきてくれるのか、お芋だけではなさそうな予感がしてきました。今後は時々経過を報告いたします。

お墓じまい

「お墓じまいをいよいよすることになりました」とご門徒さんがお見えになりました。昨年から相談を受けていた方です。
家族の間での合意形成、石材屋さんへの依頼、役場での改装手続き、実際の作業、遺骨の納骨先を決めることなど、お墓じまいには必要です。
納骨先は西法寺の納骨堂です。


「ご先祖さんに悪いような気もするんですが」とおっしゃるので、「長い間守ってこられたんですから。納骨堂を自分の家のお墓だと思ってお参りになってください」とお答えしました。
「そういっていただけると安心です。お花を持ってお参りします」とお話しでした。


お墓を守っている方も、お墓をしまって納骨される方も、ご先祖を大切に思う心にかわりありません。だからこそ、お墓が荒れることを気にされ、納骨堂に遺骨を納める方がいらっしゃるわけです。お寺がある限り納骨堂もつづくのですから安心ということもあります。


そう遠くない時期に当寺院の納骨堂ももう一つ必要になる日がやってくるでしょう。必要な備えを考えないといけません。

きょうは何の日…つづく

昨日はお釈迦の誕生日でした。752年の今日は奈良の大仏が開眼した日です。

‪当時の天皇は疫病や飢餓を仏のご加護で鎮めたいと考えたのでしょう。それは叶わなかったけれど本来、いのりとは自分のためでなく、誰かのためになされるものなのかもしれません。

浄土真宗はいのりを使わない宗派だといわれますが、親鸞聖人は、門弟への手紙で「世のいのり」という表現を使っています。

現世利益を求めるような加持祈祷はしないけれども、阿弥陀仏による私たちをどうにかして助けようとの働きをいのりと捉えていたのではないかと思うのです。そして、その願いを自己の願いとして生きていくことに念仏者の生き方があるとお考えであったのではなかろうかと。

阿弥陀仏の願いは無量寿経にあります。いくつかあげてみると、

自己中心的なむさぼり、怒り、愚かさがないようにという願いです。これは、私たちの理想的な人格のあり方を願ったものと受け取ることができます。

浄土に生まれる人びとはみな輝き、美醜や貴賤の差別がなく、等しく平等にという願いです。人類社会の理想的なあり方は、実はこうではないのかと阿弥陀仏は願っていると受け止めて私は読んでいます。

お互いの思想や信条は尊重しつつ、念仏者は仏の世界、仏のいのりを少しでも実現するために、みなと力を合わせることが求められていると思います。大仏開眼の時代よりその可能性ははるかに広がっているのですから。

きょうは何の日

4月8日は、お釈迦様の誕生日です。朝、「きょうは4月8日だなあ」と思いつつの読経でした。

以前も書きましたが、4月8日が誕生日、12月8日がさとりを開いた日、2月15日が入滅の日です。

この日は、誕生仏に柄杓で甘茶をかけてお祝いします。うちのお寺では残念ながら、4月8日は特に何もしていません。ずいぶん以前は花まつりをしていたそうですが。なんとか復活させたいと密かに考えています。

ブッダは、この世界と私たちの姿を二つの言葉で表します。一つは諸行無常…この世界のすべての物事は、すべて移り変わっている、ということです。もう一つは縁起…全ての物事は、原因や条件が互いに関わりあって存在している、ということです。

この真実を見抜き目覚めたのがブッダです。

言葉で表現すればなんだ当たり前じゃないか、ということですが、実際には、優劣や損得勘定で私たちは生活しているというのが偽らざるところです。人のことは平気で、「あの人は自分勝手で」などといいつつ、自分はどうなのか、ということです。

そういう我が身を振り返る日として、ブッダの誕生日はもっと記憶されてもいいのではと思うのですが。

網代を歩いて回りました

午前中は網代を歩きました。9日から予定していたこの時期の宅参りを今年は中止するとの案内のためです。県内での感染者は発見されてないとはいえ、感染拡大が全国ですすんでいます。


緊急事態宣言が出されるであろう都府県には、知り合いがたくさんいます。これからの日々の苦労はいかばかりでしょうか。ただただ早期の終息を願うばかりです。

網代神社の桜は満開でした。夏の暑さに弱い草花は、春の時期に花を咲かせ、夏は種の形でやり過ごすそうです。自然のしくみはほんとうによくできています。


そうそう、ナモの元飼い主さんから、『ネコに骨をあげて」と魚をいただきました。「キャットフードばかり与えているからなのか、魚に興味を示さないんですよー」と伝えると、「ぜいたくですなあ」と笑っておられました。魚の方が贅沢だと思うのですが…。飼い猫ってそんな感じなのでしょうか。

ムートンがお気に入り

「無縁」の意味

無縁。国語辞典を紐解くと、「縁者がいない」という意味とともに、「誰のためというような対象の区別がなく、すべて平等であるということ」という意味が記されています。仏教でいう「無縁」とは後者の意味となります。

無縁社会は現在の世相を表していると思います。これは前者の意味です。

昨日、ある方の納骨をしました。
身寄りに必ずしも恵まれなかったAさんがなくなり、そのご遺骨を親戚の方(Bさん)が引きとなれ、自分の家のお墓に納骨されたのです。Aさんは最晩年は施設に入られたそうです。Bさんは火葬し、遺骨を持ち帰られました。「家族に相談したところ、納骨することをみな賛成してくれました」

昨日、私が法名をつけ、仏壇の前でお勤めをし、Bさんと納骨しました。本当は家族をよんで納骨をと考えておられましたが、コロナウイルスの感染拡大が進むなか、私とBさんの二人での納骨でした。

「よかった。ほっとしました」とBさん。

「助け合い、支え合う関係が切れているというのならば、『無援社会』と言うべきではなかろうか」「関わりを断つのが『無縁』ではない。分け隔てなくつながっていく方向を示す言葉なのである」(一楽真『文藝春秋』2011年5月号)

私と縁のない人は、実はいないのだ。それを仏教では無縁というのだと、目の前で学んだ4月5日の出来事でした。