「我慢の先頭に」発言にふれて

山梨県知事さんが給与を1円にすると表明され、「我慢の先頭に」とおっしゃいます。

もとは仏教から生まれた言葉で、意味が反対になった言葉はけっこうあります。

法螺を吹く…説法の合図。

縁起…物事は関係しあって成り立つこと。

我慢…慢心のこと。他者を軽視するこころ。

文字通り、我を自慢する。慢心して他者をないがしろにすることです。インターネット上にはこういう方がかなりいらっしゃいます。私も気をつけなければなりません。

1円でも知事さんは困らないでしょう。しかし蓄えがない人、給与が払われなくて困っている人はどうすればいいのですか? こんなことで目立つのは、結果として仏教のいう我慢そのものではありませんか。

ホームページ開設1周年


今日でちょうど1周年となりました。鳥取にかえってきて丸1年経ち、5月の継職法要に向けてホームページをつくろうと決意もして昨年4月24日からはじめました。更新の苦しい時は坊守が助けてくれたので、やはり一人では難しかったと思います。ときどきナモの手も借りています。


このホームページは日々の記録です。榎本栄一さんの詩に「人間が世間の隅で苦労して生きてゆく姿は あの国宝の仏像より尊い」とあるように、地域の方たちとの、そして、ご門徒さんとのかかわりから学ばされたことを大切に、引き続き記していきたいと思います。


さて、アクセス上位(表示回数)を紹介します。第3位は、きょうはネコの日 124回第2位は、ブログを開設しました 158回
第1位は、梅雨入り間近 467回でした。
固定ページでは、第3位 尾崎翠のこと 200回第2位 西法寺について 1083回第1位 お知らせ 4041回でした。
梅雨入り間近って何を書いてたのかなあとクリックしてみると、本堂に現れたアマガエルの話でした。記事は2019年6月7日付です。 意外な結果でしたが、梅雨というキーワードで検索されたのかな?


1日のアクセスは20人くらいです。ナモが登場すると倍近くになります。常連さんもナモファン?の方もありがとうございます。これも何かのご縁です。


田舎のお寺の、小さなホームページですが、みなさん、これからもよろしくお願いします。

カミュの『ペスト』を読み始める

話題となっているカミュの『ペスト』、Kindle版で入手し、第一章のみですが読みました。電子書籍はあまり読んだことがありませんが第一章終わりで1094/5768 ですから、6分の1を読んだことになるようです。

第一章の最後はこんな言葉で結ばれます。

「ペストチクタルコトヲセンゲンシ シヲヘイサセヨ」

ペストによる死亡者が30人台に達した日、市長はこう電文し、市を封鎖するのです。

脱出不可能となった市で何が起こるのか、人びとはこの危機にどう向き合ったのか。

ソ連型のコミュニズムとも、キリスト教的な神の救いの道でもない、第三の道を求めたカミュの大作を、いまさらながらですが読み進めたいと思います。

読み終えたら感想をまた記します。

「批判するな」について

危機的なことが起こると、とりわけ政府のやることを批判すべきではない、というもっともらしい論調があちこちから起こります。しかし、よく考えなければいけないのは、長いものには巻かれろっていう話になってはいないかということです。日本の主役は総理大臣ですか? 私たちは脇役、エキストラなのですか。違うのではありませんか。おかしいと思ったことは声に出さないとうまいこと丸め込まれてしまいかねません。今回の一律10万円給付も強い批判を受けて政府が方針転換したのですから、真っ当な批判だったといえるでしょう。「いいねも多い」などと菅さんもタイコ持ちじゃないのですから。

ちょっと話は変わりますが、親鸞聖人の批判的態度について紹介します。

専修念仏、南無阿弥陀仏は当時・鎌倉時代の宗教界では異端の教えでした。厳しい修行もなく、仏の救いに任せて念仏をとなえるものはみな、仏となる。宗教界から見れば我慢ならない教えだったのです。比叡山や奈良の興福寺から専修念仏停止が朝廷に上奏されます。朝廷は困惑したようですが、後鳥羽上皇のお気に入りの女官が専修念仏に感動し髪を落として出家するということがあり、上皇は激怒。4人の僧侶が死罪、法然聖人や若き日の親鸞は流罪となりました。後年、親鸞聖人は『教行信証』にこう記しています。

「主上臣下、法に背き義に違し、忿りを成し怨みを結ぶ」

当時の法律に則れば、女官を出家させたことで死罪になどできるはずもないと怒りをあらわにし、上皇をきびしく批判しています。

実はこの「主上」のことば、第二次世界大戦中、不敬にあたるとして、「拝読を遠慮する」と本願寺は軍部に届け、当時の『教行信証』から欠字させました。

排除と差別をあおるような批判が許されないことはもちろんのことです。しかし、真っ当な批判を忘れた時に何が起こるのかを、私たち本願寺派の僧侶は、深く自覚しなければいけないと思います。

意味がわかりません

国民への現金給付は早くて5月中とのこと。まだまだ先の話です。

そんななか、昨日、79億円もの金額が8つの政党に振り込まれました。ことしあと3回振り込まれます。総額は320億円。給与ではありません。政党助成金です。受け取らないのは、この制度に反対している共産党だけです。

金額は次の通りです。自民党43億1500万円、立憲民主党10億7200万円、国民民主党11億6200万円、公明党7億5700万円、日本維新の会4億6300万円、社民党9000万円、NHKから国民を守る党4100万円、れいわ新選組4000万円。すごい金額です。

例えば自民党の場合、いま国会議員は397名ですから一人当たり約1089万円です。これがあと年間3回も支給されるのです。なぜ?なぜ?

給与の2割減を実施しようとしていますが、国会議員の給与を削ると労働者もとなりかねません。政党助成金を削ればよいと思うのですが。

国民にはこのままだと一回きりの現金給付、自分たちには半永久的に税金からの助成金。助成する相手が違うのでは?

普段から意味のわからない制度だと思っているのですが、庶民が辛い思いをしている最中の支給、ますます意味がわかりません。

国民一人当たり250円の負担です。

お墓をしまい、納骨堂へ

昨日は、新たに西法寺の納骨堂に遺骨を納められたご家族がお参りでした。お墓をしまわれて納骨堂に遺骨を納め直されたのです。本堂での法事、そして納骨堂前でのお勤めが終わり、ご家族の方から「お墓のことで悩んで夢にまで出てくることもありましたが、これでホッとしました」と。少しでもお役に立てたのならば幸いです。

『いまどきの納骨堂』(井上理津子)という本で紹介されていましたが、厚生労働省の衛生行政報告によると、2016年度の改葬数は9万7317件、前年度より約5700件、前々年度より約1万4000件増えているそうです。改葬というのは、所定の手続きを踏んで、現在とは異なるお墓に遺骨を移すことを言います。

今、新しくお墓を持つ方のうち、墓石のお墓を選ばれる方が約半数、あと半数の方は、納骨堂や樹木葬など、墓石タイプではないお墓を選ばれるそうです。

西法寺の納骨堂は平成21年に作られました。塔の内部に木製の棚があり、骨壷を安置するようになっています。境内には桜、藤、ツツジ、蓮、モクレン、椿など四季折々に花が咲きます。年間5回、ご遺族にもお知らせして、納骨堂前での法要も行なっています。

これまで案内チラシのようなものはなく、相談に応じてという形で運用してきましたが、ご門徒のみなさんの間から、お墓の維持への悩み、不安がよく聞かれます。5月には案内・申込用紙の作成ら運営の決まりごとなど整備する予定です。この間、相談をいただいている方がたにお知らせし、納骨堂の周知をはかっていきたいと思います。

おうちのだいぼうけん

ナモです。

おいたんも、おばたんも、おはなとおくちをかくしておそとにいきます。
おクスリのきかないお風邪がニンゲンにりゅうこうして、たいへんなんよ、と、おばたんがおはなししてくれました。
ねこにもうつるかもしれないそうなので、あたいはおうちで、おりこうにしています。

「あなたは、たしかにおうちにはいるけど、おりこうですか?」と、おいたんがちょっとおこっていいます。

おとついから「はり」をあるけるようになったの。おにかいのはしらをだっこして、のぼっていくとたどりつく、おうちのてっぺんの、ふとい木が「はり」です。れいぞうこのうえより、ごほんのたなより、もっとたかいところなのよ。
はじめてあがったとき、おりかたがわからなくなりました。ウロウロして、はりから吊り下がったでんとうのうえにおりられないかしら?とかんがえたけど、その下はいっかいの床までずーっとなにもないの。こわくてニャーニャーとなきました。


おばたんも、そんなあたいをみてキャー!といいました。おいたんがおおいそぎで、くらのやねにあがる、ながいはしごをはこんできましたが、はしごはこわくてのれませんでした。
おばたんが、いすにのぼって、はりのしたにおミカンのはこをもちあげて「ナモたん、このなかにきなさい」とよんだので、はこのなかにぽとんとおんりして、はこごとおろしてもらいました。
ちょっとこわいめもしたけど、それからまいにちのぼっています。おうちのだいぼうけんはやめられません。これで、あたいがあるけないところはなくなりました(=^x^=)
ここで、ねんねもします。
でも、おりるのは、まだ、ひとりでできません。おばたんがはりのしたに、たなをかけておみかんのはこをおいたので、そこまではじぶんでおりてから、ニャーニャーないて、おむかえをおねがいしています。

おいたんは、
「たかいところにあがるのは、ほんのうだろうけど、おちてしんじゃったらこまるよ」と、おひざのうえで、おせっきょうします。
おばたんは、ぱそこんで、かべにつけるたなをちゅうもんして、ねこ用のかいだんをつくろうね、といっています。

みなさんも、御身だいじに、おたがいをだいじに、おすごしくださいませ。

引き続き町内を配達

今日は海岸部から山間部まで、西法寺通信を配って走りました。
海岸部の集落は細い路地道が多く、技術の未熟な私は毎度ヒヤヒヤするところがあり、慎重に運転しました。

午後からは町内の中心部、そして山間部の方へ。
今月末に法事を予定されていた方からは、キャンセルの申し出が。
遠方から来るのは憚れる状況ですから仕方ないことです。

海の近くの家々では、トロ箱が。山間部の家には農機具や肥料が。
同じ町内でも風景が全く違います。


西法寺が江戸時代初期に創建された地、銀山へ。
樹々が花をつけ、咲き誇っていました。



そしてこの看板。これ大事です。

こうして走っていると思うのですが、配達員さんの仕事というのは本当に大変だと思います。新型コロナウイルスとの関わりでも宅配のニーズは増えているのでしょうから、頭の下がる思いです。

さまざまな人たちのお陰によって生活が成り立っていることにあらためて感謝。みんな大変な思いをしているのだから、せめて一人当たり10万円給付したっていいじゃないですか。麻生副大臣は早速「自己申告制」などと言っていますが、いい加減にしてほしいです。

網代を歩きました

きのうの田後につづいて網代を歩いて西法寺通信を配りました。ご門徒さんの家が頭のなかにほぼ入りました。

魚の行商歴50年を超えるMさんからは、網代の風でうまみをました干物をいただきました。カレイとハタハタです。ありがたくいただきます。

午前9時過ぎからはじめて2時間半ほど。きのうにつづきけっこうな運動になりました。網代は海はもちろんですが、町並みがいいです。 

写真は網代隧道。造られたのは大正元年。網代に通じる唯一の道でした。いまは海岸に道路があり、ここを車が往来することは少ないです。歩いているとちょっとヒンヤリします。

昼ごはんを食べようかなとあじろやさんに行ってみると、4/10から月末まで新型コロナウイルスとの関係で休業との張り紙。遊覧船も休業です。

影響の広がりをひしひしと感じます。