集いに向けて

次の日曜はお寺の集いの2回目です。テーマは『正信念仏偈』。親鸞聖人が書かれたお聖教です。この2日ばかり本を読みあさり、お話しする内容を考えているのですが、なんだか解説チックな話になりそうで、いかんなぁと。

すると、蓮如さんの言葉がふと目に止まりました。

「まずお聖教を読め」「繰り返し読め」「何が書いてあるかという疑問がわいてきたら学習をはじめよ」

そこで、繰り返し、繰り返し、読んでみるのでした。

そうだ。親鸞聖人は解説のために書かれたのではないのです。教えに出会えた喜びを、その教えを、この私まで届けてくれた祖師方への深い感謝を、そして苦難の連続の人生であったとしても、生かされ、生きる喜びを記されたのでした。

帰命無量寿如来 南無不可思議光

仏の命に帰するとはお任せするということ。それは何もしないということではなく、教えに従って生きるということ。全てを救いとることをいちばんの願いとされる仏の願いを頭に入れて、どんなに不十分であっても、私も、その道を歩ませていただこう。南無阿弥陀仏と称えつつ。それが今現在の受け止めです。

ちょっと目が覚めてきました。私が解説するなど力不足でできません。繰り返し読んで、自分の心にも届いた親鸞聖人の生きる喜びと感動をみなさんと少しでも共有できれば。

田植えの風景

昨日、農家のYさんのところへ玄米を買いに行きました。いま田植えのシーズンです。Yさんはトラクターで田んぼをならしていました。2日ほどおいて田植えをするそうです。「なかなかえらい(疲れる)仕事ですで」とYさん。

トラクターがならしたあとには鷺の姿。カエルを捕まえるのでしょうか。畦を歩いていると青大将を2匹みました。田んぼはいのちをつなぐ場所なのでしょう。

真ん中に鷺の姿。わかりますか?

下の写真中央の山は二上山といいます。二上城というお城がありました。室町の世、因幡の国の守護が居住していました。その当時、周辺には千をこえる家があったそうです。因幡の中心は現在の鳥取市に移り、お城は廃城となりました。

Yさんによると、絹幕(きぬまき)という地名がのこっているそうです。二上城のお姫様が山から降りる際に絹の幕をはったという逸話からその名前でよばれるようになったとのこと。

山々の緑と青空、そして水を張った田んぼ。絵のような風景です。3年前、田んぼにコウノトリが飛来したとか。ことし降りたってくれないかなぁ。

アオアオ、アオーン!アワーオ!!

坊守です。
予定通りなら、いまごろ京都は右京区の角坊(すみのぼう)の辺で、スクーリング2日目を受けているところでした。
「こんな日程で、できないでしょう」という住職の観測どおり延期になり、不良学生にとっては思いがけず準備時間が増えました。

授業はインターネット動画なので、休日もパソコンに向かうことになります。疲れ目の中年には厳しいぞ。

というわけで、昼ご飯にお好み焼き(断然、大阪系)を食べた後は、正信念仏偈のCDを聴くことにしました。目を休めましょう。そういえば、耳は疲れませんよね、耳、凄い。

さてそれで、
きみょう、むりょう♪と、始まると、寝ていたはずのナモが走ってきました。


わたしの腕にからみついていたのですが、善導大師のくだりになると膝を降り、
「アオアオ、アオーン!アワーオ!!」と自己流に唱和しました。今朝、仏壇の前でお経をしている時も、そうなっていたので「吠えた方がいいのだろう」と、ネコなりに考えるのかもしれません。

LGBTについて本願寺の資料を学ぶ

昨日、自民党内の会合で、性的少数者(LGBT)の法案をめぐって、出席者から差別的な発言がなされたということが報じられています。当事者の苦しみや願いに鈍感といわれても仕方がないでしょう。

私自身も改めて学ばないとと思い、この間、参考にしてきた本願寺関係の資料を読み直しました。

性的少数者の「儀礼としての結婚式」に関して

この中で、本願寺総合研究所の丘山願海所長は、「わが宗門が、苦悩する人びと、少数者に寄り添うことを使命とするのであれば、『結婚』という法的な面で解決されていない現状であっても、例えば、先にみた渋谷区の『パートナーシップ証明書』などにも倣って、『パートナーシップ仏前結婚式』を執り行うことに、教理的には問題ないであろう」と記しています。

アメリカ浄土真宗に学ぶ 同性婚をめぐって

「言うまでもなく、第十八願に示されるように、阿弥陀さまのお救いは、『十方衆生』、すなわち人種や性別、国や地域を越えてすべての人びとに届けるものです。・・・だとすれば、当然、同性愛者の人たちもそこから排除されることはないのです」

「差別を受けてきている性的少数者の人たちを受け入れるべきだけれども、同時に、彼らに対して批判的な立場の人たちも、やはり受け入れるべきだ、という内容でした。つまり、立場を同じする相手とも、異にする相手とも、等しく共に歩んでいくということが、社会問題に関わる際の念仏者の姿勢として重要だということです」(いずれも本願寺派僧侶・宮地崇氏)

差別感情を振りまくことを放置することは許されないでしょう。しかし、この問題について事実を知らず、不安を感じている人たちを排除すると問題の解決につながりません。誰もが大切にされる社会に向けて、理解を深め、ともに力をあわせることが欠かせないと考えます。

    

6メートルの自撮り棒

以前、ブログでも本堂の鬼瓦が大雪の影響でズレてしまったことを記しました。本日、保険鑑定人の方が見にこられました。

6メートルを超える自撮り棒の先にデジカメをセットし、スマートフォンでデジカメをズームさせ、鬼瓦の写真を撮影されていました。「ドローンは上からの画像は得意なんですが、横から撮るのが難しいんです。道具がよくなって随分と楽になりましたよ」

島根県の松江市から鳥取県の東端の岩美町へ、さらにこれから鳥取県西部の大山町に向かうそうです。鑑定しているより運転時間が圧倒的に長い! 

「ことしは雪の影響による家屋の破損が多いですね」とのことでした。

保険の保の字のつくり呆は弱い人という意味があります。それを人が支えるから保つになります。

保険屋さん、頼りにしてますよ!

葬儀をおつとめして

昨日、お通夜、そして本日は葬儀でした。お通夜はご自宅でした。ご近所の方も参ってこられ、別れを惜しんでおられました。

両方とも葬儀会館でとなるとお参りしたくてもできない方がいらっしゃいます。お勤めの前にご近所の方が、「お世話してもらって、ありがとうございました」と、伝えることができなかったことばをもってこられる姿にふれることができます。悲しいなかにも人と人とのつながりを感じさせられます。自分はどう生きていくのか考えさせられます。お通夜をご自宅で勤めていただくと、ご家族の思いにふれることもできます。

本日、葬儀を勤め、その後、ご遺骨を前にお寺でお勤めする還骨法要です。これまで、お寺をこれまで護持していただいたことに感謝申し上げるとともに、これからいよいよ仏さんとして導いてくださいと頭を下げる気持ちでお勤めしました。

自由で、のびのびと生きた、楽しい方でした。昨年、お孫さんと一緒にお寺にお参りいただいたことを思い出していました。そうそう。きょうお孫さんはあなたを思って小さな手をあわせていましたよ。

合掌

ナモの脱走未遂日記

夕方、お勤めの予定ががあり、日中はその準備もあって家にいました。そして2時間ほどお勤めで外出して帰ってくるとナモが見当たりません。

「おーい、ナモー。どこにいったー」と呼んでも家の中から声がしません。そして、なぜか外から鳴き声がします。びっくりして庭に出てみると、大きな身体のオスネコ・シマといっしょにナモがいるではありませんか。シマは私をみると逃げていきました。

ナモは私が呼ぶと人間向けにニャァと鳴くものの、身体の方は逃亡を試みてブロック塀に飛び乗ります。あーあ、逃げるかなあとなかばあきらめかけましたが、なんとか捕獲に成功しました。

どこから逃げたのかと家の中をくまなく確認してみると、縁側の戸が15センチほど開いていました。ナモが動かしたとは思えません。疑いは大きな身体をほこるシマに向けられます。

そして、脱走に失敗したナモはいつものように襖をムシって遊んでいます。

ナモさん。あなたにとって幸せなのは家のなか? それとも外? 

法名の意味を学ぶ

この前の日曜、永代経法要にお参りのご門徒さんから、「本願寺からいただいた法名について、詳しい意味とお経のどこに書かれているか調べて教えていただけませんか」とのご依頼を受けました。

本願寺にご夫婦でお参りになった際に法名をいただかれたそうです。法名とともに本願寺から手渡されたコピーも見せていただきました。お経のどの部分にあるか、その意味することについて簡潔に記されています。それを頼りに、この本で調べました。

より詳しく知っていただければ、法名が生きていく上での励ましにも、目標にもなるのではないかと思います。

久しぶりに『無量寿経』を読む機会となり、たいへん勉強になりました。こんなことではいけないのですが…。

蓮の観察日記

蓮の葉が芽吹いてきました。

古物屋さんで購入した火鉢に、植木屋さんが泥と蓮の苗をセットし、ウチで水を一杯に入れて3週間というところです。

「譬えば高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなわち此の華を生ずるが如し」と『維摩経』にあります。これからうまく花が咲いてくれるときれいでしょうね。

蓮は菩薩のシンボルでもあります。欲望うずまく世間にあって、人々のために働き、しかも世間の汚れには染まらず仏道の道を歩むことを菩薩道と言いますが、泥の中から咲き、泥には染まらない蓮の花に重なるのでしょうね。

変化があったら、また観察日記を記します。

永代経法要をお勤めしました

梅雨のはじの雨の中、永代経法要と納骨堂法要をお勤めしました。本堂の外ではかえるの大合唱。つい先日まではウグイスの鳴き声が響いていましたが、季節もめぐったのでしょうか。

県に警報が出されたことも受け、こまめに消毒、距離をとり、換気に気をつけつつのお勤めでした。ご家族とのお別れという悲しみのなか、はじめて法要にお参りされた方もいらっしゃいました。

法要の後、もう一つ法要をお勤めました。いま他県での葬儀にお参りすることは難しい状況です。「葬儀に行くことができないけれども、手をあわせたい。本堂でお経を読んでほしい」とのご希望を受けてのことです。葬儀で読む『正信念仏偈」をいっしょにあげました。こういうお勤めもあるのですね。儀式を行うことの意味をご門徒さんから教えていただきました。