ナモの日記(2021年10月)

ナモです。


すずしくなったので、おいたんとおばたんは、ねんねのときに、はねのおふとんをかけるようになりました。
くろねこのたーちゃんは、はねのおふとんがはじめてだったもんで、こうふんして、おおあばれでした。


おばたんが、おふとんにかばーをかけるときにかばーのなかにはいっちゃって、でてこなかったのよ。ちいさいねこは、いたずらばっかりするわね。

それで、きょうはまた、おいしゃさんにいって、びょうきにかからないおくすりを、チックンしてきたそうです。
にゃーともなかず、くろいおもちのようにかたまって、おりこうだったって。せんせいが、ばすけっとからでてきたたーちゃんをみて「あら、おおきくなったね」と、おどろいたとおり、たいじゅうは2.7キロ。あたいより、でぶっちょになりました。

おうちにかえって、おげんかんにきても、ばすけっとのなかでじーっとしていたので、あたいがばすけっとにはいって、せなかをなめてやったら、たーちゃんも、おうちにかえれたことがわかって、はいだしてきました。
いつも、わるいこだけど、いないとしんぱいだわ。ねこのかぞくはたーちゃんだけだからね。

西法寺通信第10号ができました

先日お参りされたご門徒さんが、「お寺の通信、毎回読んでますよ」とお話しでした。

ご門徒さんとお寺をつなぐ一つになればと作り始めて第10号となりました。

毎年、本願寺から購入している「法語カレンダー」も届いています。ちょっと早いかな?という気もするのですが、来年のカレンダーもみなさんにお渡ししたいと思います。法語とともに、挿絵もお楽しみください。俳優の榎木孝明さんが描かれました。

通信では、クロスワードパズルもはじめてみました。どなたか応募してくれると嬉しいのですが。

道場の花壇にハーブを植えました

坊守です。
昨日の植木屋さん(ならびに、助手の住職)の網代道場での奮闘を当ブログで知り、おこした花壇に何か植えるくらいはできるかなあ、と、午前中の相談ごと対応を終え、苗を抱えて網代にひとっ走りしてきました。

道場には常駐者がいませんので、苗を花の物にすると、定着が難しいかな、と植えるのは葉を楽しむもの中心にハーブをあしらいました。
我が家であぶれていたグラス(西洋の小型のススキのようなもの)と、ピンクや白の混じる葉の色が美しいハツユキカズラ、ハーブのラベンダーと、コニファーの大小4本、といった具合。

それぞれの配置は、基本に忠実に、奥の方ほど背の高いものを…ということで、グラスと自生してきた皇帝ダリアは一番奥、真ん中に大きめのコニファー、手前に地を這うハツユキカズラを置いて、残りのものを植え付けました。

庭をきれいにしていただいたので、花壇の植物たちも定着してほしいなあ。

巨大なソテツの花

網代道場の剪定作業

朝から業者さんと一緒に剪定作業中です。私は主に切った枝を集める作業。

昨日はこの状態でした。

そして午前中はここまで剪定が進みました。

網代集落のいちばん上の方にある道場にはトラックを横付けするようなことはできません。膨大な木くずを運び出すためには吊り上げるしかありません。

そして3時半。今日の剪定は終了です。すっきりしました。続きは明日午後に。

マーガレットを植えました

お世話になっている業者さんに網代道場にきてもらい、庭木の剪定の事前相談。作業は明日。私も終日、ごいっしょします。この状態がビフォーです。

そして、花壇にはマーガレットを3株植えました。きれいな花を咲かせてほしい。

昼ごはんは「なだばたカフェ」へ。写真撮り忘れました。顔なじみの店長さんとひとしきり談合しました。その話は機会があればまた。そして午後は習字教室へ。

今日と明日は網代デーですね。

10月を前にして


本日は朝から会計作業、法事のお参りのお礼葉書などなど事務作業をしています。その合間に本を読んだり、ここ何日間かの新聞をパソコンで眺めたりしています(私はインターネットで新聞を購読しています。紙の方が読みやすいと思うこともありますが)。

新聞に目を通していて、記録・記憶しておかなければならないことがありました。
8月にコロナで在宅死した方は250人にも上りました(警察庁発表)。
9月1日時点で、自宅療養者は実に13万5000人にも。
6月16日に国会は閉じました。コロナ対策に専念するために立候補しないと表明した菅首相は、臨時国会さえ開催しませんでした。

今日は自民党の総裁選挙の日。候補者の発言や動きをひたすら垂れ流す報道ばかりのようです。ほとんどニュースを見ることはありませんでしたが、それでも情報が入ってくるので、メディアは相当踊らされたのでしょう。

「世界のニュース」を朝見ていると、この数日の話題の中心はドイツの総選挙です。社会民主党が第一党に、そして環境政党の「みどりの党」が大きく得票率と議席を伸ばし、キリスト教民主同盟(メルケル首相も所属)抜きの政権ができるのか、注目されています。「みどりの党」からは2人のトランスジェンダー女性(男性として生まれ、女性として社会生活を送る人)が初当選したそうです。

公共放送のZDFの出口調査によれば、有権者の46%が環境保護を最も重要な課題と答えたそうです。第一党となった社会民主党は、環境保護のための財源として富裕税を提唱し、「社会的公正」として、時給12ユーロ(日本円で1500円)を掲げました。「みどりの党」は、18歳から29歳までの得票率が22%にのぼったそうです。

ドイツでは、メルケル首相への支持は低くありませんでしたが、若い有権者が政治の変化を求めたということがいえるのかもしれません。ドイツでは温暖化の影響とも考えられる7月の大洪水で、220人以上がなくなっています。

明日で9月も終わりです。
緊急事態宣言とまんえん防止等重点措置も解除されます。
備えを怠れば、また「第6波」に襲われる可能性もあるでしょう。

そして10月には新しい首相も選出され、総選挙も近づいてきます。補足すると、わが岩美町の町長選挙が11月にあります。

書いていて思い出したのですが、2009年の総選挙、当時の民主党は、「政権交代」という赤い見出しのマニフェストを掲げました。私も街頭で受け取って、「これはウケるだろうなあ」と思ったことがあります。投票率が大きく伸び、無党派の人たちの期待を集め民主党政権が誕生しました。

その当時の熱気とはずいぶん違いますが、コロナを体験した私たちは、政治のあり方が生活に直結することを高い代償を払って教えられているのかも知れません。公的役割が後退していく中での奪われた命があったことは冷厳な事実です。

私たち大人が何を選ぶのか、問われる秋になりそうです。

網代道場にて

9月、2回目となる網代道場の草刈りに来ました。やっと写真でお見せできる状態に。庭木も相当な伸び具合になっています。これは業者さんにお願いしたほうがいいかもしれません。

ついでに花壇も土を掘り起こして、目に見える笹の根をとりました。放っておくとすぐに笹ばたけになってしまうのです。

そして復活した皇帝ダリアは、どうなっていくのでしょうか?

何か忘れたと思ったら蚊取り線香がない! 蚊に襲われながらの作業です。

生活相談に同行して

坊守です。
きょうはボヤきです。
週のスタートなのに力を使い切って帰宅しました。体力より、気力のメーターがダウンしたのであります。

生活に困った時に使える制度の少ないこと…。
コロナ禍を受けて、職場で困りごと相談にとりくんでいるお話はここで何度かしました。
9月は、家に食べるものがなくて…という方が複数出て、フードバンクを案内したのですが、きょうも相談に同行。

それで、最初のボヤキになりました。

急な病で生計を担っていた人が働けなくなって、家計がピンチに陥っても、カバーしてくれるモノがあまりにもありません。

生活保護は最低生活費のラインが低くて、急場凌ぎにはなりにくい。緊急の小口資金は? というと「年金を受けている人は利用できない」と説明されてしまいました(これがいったい全国統一ルールかどうか調べないと分かりません)。

とりあえず、相談員には困っていることが伝わったので、支援を続けます。

ひとりひとりの人間を支えるのは、小さい猫の子を拾うように簡単にはいきません。長い人生、どんなピンチに遭遇しても安心して生きられる仕組みが必要だなあ。ホンマ。

お寺の勉強会

今日は2カ月に一回のお寺の勉強会の日です。住職ふくめて8人の参加でした。

親鸞聖人が書かれた「正信念仏偈」の最後の回。3人の高僧方のお話です。

中国浄土教の大成者、善導大師。『往生要集』を記し、地獄ブームを巻き起こした源信和尚、そして親鸞聖人の師匠・法然聖人についてお話ししました。

話の後の交流の際、「話を聞いても忘れてしまうんですよ」とおっしゃる方がありました。私からは蓮如さんが、そういう質問に対して、「かごを水につけよ」と答えられたことを紹介しました。覚えようとすることは穴のあいたかごで水をすくおうとするようなもの。教えのなかにただ身を浸す、かごを浸すような気持ちでいたらいいのでは、ということです。

たとえ忘れてしまうことがあったとしても、今日は有意義だったなとか、また聞いてみたいなという気持ちになっていただけたら、そして、次もまたお寺に行ってみようと思っていただけたらありがたいですねとお話ししたのです。

あとから思ったのですが、「忘れてしまうあなただからこそ、助けないわけにはいかない」とはたらきつづける阿弥陀さんに、だからこそ頭が下がり、念仏が口から思わずこぼれ、手が合わさるのかもしれませんね。

次回は11/28です。

彼岸のお勤めが続きます

「忙しさの中で、故人のことをなかなか思い返す時間がありませんでした。今日は、その機会になりました」法事の後、施主さんが、そうおっしゃいました。


「義母が亡くなってから7日ごとの法事で、前住職さんが『しんらんさま』を歌われて。当時はまだ幼かった私の孫たちも覚えて、いっしょに歌いました」そんな思い出話をうかがいました。


「住職さんと同級生の娘が、『どんなお坊さんなの?』って聞くですが。私は、『話の上手な方だで』と言っているんです」それはなんとも恐縮です。


今日の法事の際にうかがった話です。生後2カ月の赤ちゃんがお参りされた法事もありました。


コロナ以前から仏事は縮小傾向にありますし、それに拍車がかかっていますが、人は人とのつながりのなかに、そして記憶を大切にして生きるものだと思います。法事はそのことを教えてくれる儀式です。


改めて教えられた1日なのでした。


明日も法事、そして午後はお寺の勉強会もあります。


がんばれ住職(笑)