法の庭とて けもの跡

今年89歳になられるご門徒のMさん。俳句が趣味で、その材料を探しに先日、お寺の境内を散策されていました。それをもとに句を詠まれたとのことで、今日、網代の習字教室の際に作品を見せていただきました。

大壺に 生かされ蓮も 実を飛ばし

紅葉散る 納骨堂は 安けらし

身に入むや 法の庭とて けもの跡

ウチの境内には、猪がミミズを掘り返した跡があるのです、、、。仏法にふれるお寺も、野生動物にとっては生き物を得るための場所ですから。

『花鳥』という俳句集に掲載されるとのこと。同8月号では巻頭をかざり、句とともにMさんの顔写真とコメントも掲載されました。

岬青し 若葉の風を 胸に留め

網代の風景が目に浮かぶ一句です。

ネコとムートン

動物担当、坊守です。
このところ「10月なのに暑い」という会話をしていましたが、来週あたりから気温が下がる予報です。
そこで、子猫があたたかいように、とフワフワの寝床をホームセンターで買ったのですが、本人はまったく使わないという悲しい展開に(おもちゃだと思ったようで、組みついて一生懸命蹴っています)。

困ったなあ…と考えていたらムートンのはぎれを500グラム1単位で売るお店を発見。彼らはムートンをかけた椅子がお気に入りで、ニンゲンが座っていると、順番待ちをする位なのです。


ネコのカラダやお尻なんて小さい面積ですみますから、これでお座布団をつくることにしました。

さあ、どうだ?

お寺の掲示板(2021年10月)

先月のドラえもんの名言をきょうまで掲示してきましたが、10月も半ば。そろそろかえないとと午後、お寺の掲示板に何を掲げるのか考えて、考えていたのです。そして、まわりはもう真っ暗。虫の音を聞きながら、これでいこうと書きました。

(掲示板に貼り出すのは明日になりますが)

生きた言葉には 匂いや響きが あるのです

浄土真宗本願寺派の僧侶・大峯顕さんのことばです。大峯さんはお釈迦様の説法について、「きっと人々を明るく包む光や、人々を覚醒させる響きや、人々を安心させるなんともいえないいい匂いがしたのではないでしょうか」と著書の中で記しています。

真実の言葉は人を動かします。ウソの言葉は人を不幸にします。本当に言葉は大切です。

今月末には衆議院選挙があります。生きた言葉で語りかけているのはどの政党・候補者なのかを、私たちが見極め、選択する機会でもあると思います。

コンサートの義援金を送りました

9日の「心のコンサート」で寄せられた義援金3万9775円を日本赤十字社に送りました。

20,000円をアフガン人道支援に、19,775円を大雨災害の被災地に、という内訳になります。

募金を寄せていただいたみなさま、ありがとうございました。

朝から慌ただしく

昨日のコンサートから一夜明け、今日は早朝から慌ただしいのです。

まず朝7時から地域の一斉清掃です。地域の神社の清掃日でもあったので、8時半まで、たっぷり掃除をしました。

かえってきて法事をお勤めして、その後、相談事で来られた方のお話を伺っていると1時半をすぎました。

昼食後、網代道場の花壇の水やりにいき、プリンターのインクを量販店で買って帰ってきたらもう午後4時です。

お寺の通信をあと数十枚、配って回りたかったのですが、私自身の充電が切れかかっているので、今日は早めに店じまいです。

では、みなさん、また明日!

第11回「心のコンサート」を開きました

汗ばむような陽気のもと、第11回目となる「西法寺 心のコンサート」が開かれました。

本堂の引き戸をあけ、隣との間隔をとって、本堂、余間、そして縁まで椅子を並べ、約40人が、音楽を心から楽しみました(マスク着用・掛け声なしではありますが)

デュークエイセスのお馴染みのナンバーから、大須賀さんのオリジナルソング、そして「アメイジンググレイス」、「愛の讃歌」、童謡の「ふるさと」と幅広いレパートリー。鳥取の養源寺さんが作詞された「あるがままに」。新しい仏教ソングの誕生かも知れません。住職のリクエストにこたえ、今年も「しんらんさま」(作曲古関裕而さん)歌ってくださったのも嬉しかったです。

「音楽で感動を届けたい」という大須賀さんの心が、私にも届きました。

初めて参加された方も少なくありませんでした。

坊守の話では、涙を流して聞いておられた方もいらっしゃったそうです。

「気持ちのいい時間でした」と笑顔で帰っていかれる方たち。

開催できてよかった。ホッとしました。

「心のコンサート」はチャリティーコンサートです。4万円近い義援金を預かりました。ありがとうございました。

終了後は、わたくしCDの販売員に。
漁師さんが、「聞いてみるけえ」と大須賀さんのCDを買って帰られました。

大須賀ひできさん、玉木孝治さん、拓人さん、楽しい時間をありがとうございました!

「仏教とは何か」を思い出す

今日は町内に西法寺通信を配って回り、昼からは明日のコンサートの準備で駐車場の草刈り(終わらず!)、コンサートの際にステージ後ろに掲げる横幕を筆で書いたりしています。

その合間、市内の葬儀会社の方がお見えになりました。
この夏に、直葬のお勤めを依頼されたことがありました。直葬というのは、通夜・葬儀を行わず、火葬することです。鳥取市内でも1割をこえたと聞きました。私の場合は、火葬場での読経を依頼されたのですが、それでは申し訳なく、葬儀会館で短い読経をし、法名の意味について少しお話をして、火葬場でも短い読経をしました。

その後、この会社の方から、お寺の本堂で葬儀を勤めた場合にどの程度の料金がかかるのか見積もりをいただいたことがありました。

また後日、詳しくお話をうかがうことになったのですが、こんな話を教えてくれました。この間、経済的理由で、葬儀にお寺を呼ぶことができないという方があったそうです。菩提寺のお寺さんにそのことを伝えると、住職さんが、「本堂で葬儀を出しましょう。お布施は結構です」とおっしゃったそうです。そして、住職さんがいわれる通りの葬儀が執り行われたとのことです。

そういう僧侶の方は少なくないと、私は思います。何のために袈裟を身にまとっているのか、多くの僧侶のみなさんは、自身に問いかけておられます。ある僧侶の方が教えてくださいました。「道ゆく人で僧侶に頭を下げる方がいます。なぜだか分かりますか? あなたに頭を下げているのではありません。その黒いお袈裟に頭を下げられているのですよ」と。時々、この話を思い出して、自分の黒い袈裟を眺めることがあります。

袈裟は仏教に帰依した僧侶が身にまとうものです。
仏教とは何か。「『人の痛みがわかる人間になれ』ということです」
僧侶になったばかりの頃、ある僧侶の言葉に出会い、なるほど、そういうものかと感心しました。

「人の痛みが分かる人間になれよ」と、本堂の阿弥陀さんはいつも私に問いかけてくださっています。ところが、それに気が付かないで日々、過ごしているのです。

本堂で葬儀を出された僧侶の方は、檀家の方の心の痛みを察したに違いないのです。

おかげで大事なことを思い出しました。

コンサートに向けて

あさっては第11回目となる心のコンサート。被災地支援のチャリティーコンサートでもあります。

朝から本堂にイスを並べました。間をあけても30人は座れます。

昨日、ノーベル物理学賞に真鍋淑郎さんが選出され大きく報じられています。真鍋さんは、60年代に、二酸化炭素の濃度が2倍になると気温が2度上昇することを計算結果から明らかにされました。1990年に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第一次報告にも関わっておられます。そこでは、人間活動に伴う排出によって、温室効果ガスの大気中の濃度は確実に増加しており、このため、地球上の温室効果が増大していると警鐘を鳴らしました。いまやそのことは、疑いの余地がない真実となりました。

気候危機がすすみ、世界のどこでも災害の被災地となる危険性があります。音楽を楽しみつつ、被災地支援、そして持続可能な地域と社会に向けた思いを新たにする1日にしたいものです。

岩美のコスモスロード

印刷用の紙がなくなり、ホームセンターへ。するとコスモスがちょうど見頃でした。

岩美駅を出て右方向に徒歩5分。吉田川沿いの土手約1キロにわたってコスモスが咲いています。

犬の散歩をしている方、デジカメを持って撮影されている方、そして買い物帰りの私のような人と、秋の風景を楽しんでいます。

新米のお供え

町内で米を作っているご門徒さんが、米30キロをお寺に届けてくださいました。「出来があまり良くないかもしれん」とのことですが、表情は誇らしげでした。

田んぼから収穫したばかりの玄米です。

今年は米価が暴落しています。コロナ禍で飲食業などの需要が落ち込み、米1俵(60キロ)あたりでみると昨年比で2〜3割の下落だそうです。だからといって、コンビニのおにぎりが安くなるわけではありません。割りを食うのは生産者の方たちです。

自然の恵みと農家の努力の賜物を私たちはいただいて生かされています。

ありがたくいただくとともに、お裾分けとしても使わせていただきます。