ワクチン抽選に若者を並ばすとは

きょうは四十九日のお勤めがありました。20代の方がお2人お参りでしたので、「ワクチン接種されたんですか?」と聞いてみたところ、「2回目終わりましたよ」とのこと。小さい自治体の強みなのでしょうか。岩美町はやいです。

それにしてもです。

東京渋谷の若者向けワクチン接種会場で抽選券の配布を求めて1キロの列。渋谷から原宿駅付近まで列ができるなんて。私も以前、東京にいたので土地勘はありますが、ちょっとありえないことです。

昨日は想定を超える若者が押し寄せて大混乱。きょうから抽選方式に。抽選ですから、並んでもみんなが摂取できる保証はありません。結局、2226人中300人がワクチン接種を受けられるそうです。

高齢者には不慣れなネットでの予約をすすめ、若者には暑いなか、並ばせるってどういうことなのでしょう。

陽性となり発症しても入院できず自宅待機を余儀なくされる可能性が高いですから、若い人たちの間にも危機感が広がるのは当然です。自治体からの連絡を待っていられない、すぐにでも打ちたいという若者たちが都の想定をこえてたくさんいるということなのでしょう。若者があまりに気の毒です。並ばなくてもいいような改善をぜひ図っていただきたいものです。

webざんまい?

坊守です。
少し涼しくなった頃に出るのが「夏バテ」です。みなさまおすこやかにお過ごしでしょうか?

7月末のブログに「鼻血が出そうなほど忙しい月でした」と書いた記憶がありますが、それからひと月後の8月末の今は「もう鼻血も出ません」と敗北宣言したくなっています。
どはは。
気づけば来月が誕生日!「寄る年波」というものでしょうか。


きょうは、先ほどまで厚生労働省のレクチャーをインターネット経由で受けていました。
私たちの生活を応援してくれる制度は色々ありますが、その運用にかかわる連絡文書も必要に応じて、自治体に発出されています。
しかし、解釈をめぐっては、なかなかデコボコがあり、制度を利用する末端(我々)に届くころには、住んでいる町が違うとサービスも別物になっていることもあります。今回は、とある制度でそういう問題がドーンと出てしまったので「トップに聞いちゃえ」ということにしました。だいたい、主旨はつかんだので、ここから修正してもらうために、もうひと踏ん張りすることになります。

それにしても、千代田線に乗って霞ヶ関まで行っていた頃が懐かしいですが、いまはパソコンをつなげば移動時間ゼロで話ができるのですから、わたしの母ではないですが「どこでもドアやな」と、感嘆したくなるのでした。


明日はWEB経由の研究会、明後日もWEB配信のセミナーに出る予定です。インターネットの会合は開く方にも慣れてきましたので、そういうものを使ってみたいという方は、お気軽にご相談下さい。簡単なことならお手伝いしますね。

コメ農家さんとお会いする

地元のスーパーで買い物をしていると、コメをつくっているご門徒さんの姿を発見。「あと1ヶ月ほどで稲刈りです。できたらお寺に届けますから、待っていてください」とのこと。表情は誇らしげでした。

自然を相手にする仕事はいいなぁと思います。消費するばかりで生産していない私から見れば神、いや、仏さまといったところです。

冗談はさておき、

昨日、カロリーベースでの食料自給率が37%と過去最低になったと農水省が発表しました。長期的なコメの消費減が影響しているそうです。

輸入が少なかった頃は食料自給率も高かったわけですが、食生活は多様化し、輸入の割合がどんどん高くなるというのが先進国の傾向のようです。そこから巻き返した国もありますが、日本は下がる一方です。

農業をしたいという潜在的な欲求は小さくないと思うのですが、食べていけないという現実問題があります。この前、農協の方が、「夢を持って農家になる人もいるけど、なかなか続かんですが」と話していました。

これも先日のことですが、町内会の作業中にSDGs(持続可能な開発計画)という単語が出てきて、この言葉がずいぶん身近になってきたんだなぁと感じました。いまのままだと田舎は持続不可能という危機感もあります。

たとえば農業について考えてみると、安全・安心の確保、地域の環境保全をはじめ大きな価値があると思います。この地域から仮に田んぼがなくなってしまったら風景は一変することでしょう。

みのりの秋はもうすぐです。いましか考えないのではなく、みのりをより豊かにしていくような方向に進まないとなぁと思うのでした。

惣ということ

本願寺の宗学院から本が届きました。宗学院というのは、浄土真宗の教えを学ぶ場です。

論文集ですから読み通すには、かなりの気合と時間が必要です。

その中に、一般にも開かれた講座を起こした講演録がありました。それなら読めるかなと、午後、目を通しました。

今日のブログは長いですし、明るい話ではないことをお断りしておきます。

宗学院の講師をつとめる浅田恵真さんが、「現代若者の宗教心」について講演したものです。浅田さんが大学のゼミ生と、「どうして人を殺してはならないか」というテーマで討論したことがが語られています。そして、浅田さんは仏教の視点から学生に問題提起をされています。

その学びの最中に、一人のゼミ生が自死するという痛ましい出来事に直面するのです。浅田さんとゼミ生は葬式に参列します。そこで、息子さんの頬をずっと撫でているお母さんの姿がゼミ生たちの胸を打ち、命について真剣に向き合うことになるのです。

その後、亡きゼミ生を偲んで追悼集がつくられました。そこにつづられた学生の手記が胸を打ちます。

友との悲しい別れを通して、学生のみなさんは与えられた命の尊さに気付かされたのです。

この浅田さんのお話は、『生かされて生きる〜どうして人を殺してはいけないのですか〜』という本に書かれているそうです。

この本を読まれた京都拘置所の教育官の方から「殺人を犯した受刑者に、この本の内容を講義して欲しい」との依頼があり、浅田さんは意を決して3人の若い殺人犯に講義することになります。

浅田さんは受刑者に問いかけます。「人を殺すという何がダメなんですか?」。

実際に殺すことがダメですか?(身業しんごう)口に出すことがダメですか?(口業くごう)心の中で殺したいと思うことがダメですか?(意業いごう)

3人ともに「実際に人を殺すこと」と答えます。

浅田さんは、「私がここにきたのはあなた方が自らの罪に対して心の底から改心するように自覚を促すことが目的です。心の中では人を殺しても良い、それは自由だと思っておれば到底改心しているとは思えません。口に出すこともダメ、心の中で考えることもダメなんです。これを身業・口業・意業とも言いますが、業とは『おこない』とか『行為』という意味です。口で言うことも『口業』と呼んで行為と見るのです。心で考えることも行為なのです。これが『意業』です。仏教は特に『意業』を重要視します。身業も口業も意業からの働きかけなのです」と話します。

受刑者の一人は、「感情の高ぶりで行動に移してしまう私には、この仏教の考えは、自分を変える現時点で大切な視点になるのではないかと思います」と感想文に記しています。

「心は目に見えないから度外視しても良いと考えていた受刑者たちが心の大切さを認識してくれたのです」(浅田さん)。

最後に浅田さんは受刑者にたいへん味わい深い話、激励をされています。

惣という漢字について取り上げた浅田さんは、この漢字が、物と心のから出来ていること、この惣は当用漢字にはなく、総があてられることを説明します。そして、「物と心で総てなのです。物だけが総てだと判断しないでほしい、その基本には心があるのです。これからも決して心を亡くさず、落ち着いて行動してください」

そして、少しでも仏教に触れて欲しいという思いから、話の最後にこう伝えられたそうです。

「この獄中で君たちに考えてもらいたいことがある。人間に生まれてきた真の目的は何か。これを考えてほしい。人を殺すために人に生まれてきたわけじゃないだろう。だから、人間に生まれてきた本当の目的をしっかり考えて出所してください」

胸が熱くなる浅田さんのお話でした。

バッタくんの大移動?

今日も雨降りです。火葬場でのお勤めが終わり、お寺まで車を走らせていたら、車の雨よけカバーにバッタが一匹ついています。

お釈迦様の時代、僧侶たちは雨季になると洞窟などにこもって修行したそうです。雨季は新たな生命が誕生する時期です。足で踏みつけないようにという配慮もあったといいます。

落ちて踏んでしまったら可哀想だなあと、いささか心配でしたが、じっと動かず無事でした。

数十キロの移動終了です。新たなすみかを探してくれるといいのですが。

そうそう、野良のシマちゃんは、室外機の上をすみかとしてくれたようです。

昭和30年代の子どもたち

今日明日はお通夜・葬儀です。

施主さんは私とちょうど一回り年齢が違います。

「昭和30年代は貧乏でしたよ。私なんかおやつを親からもらったことがなかった。近所の柿やグミを食べたりして。オリンピックがあって昭和40年代からかわりましたね」。

そんな昔話を聞きました。私は昭和44年生まれです。近所や道端の野苺やグミ、柿なんかをたしかに食べたことはありますが、おやつがなかったということはありませんでした。前のオリンピックは日本が経済的に発展し、暮らしが大きく変わる転換点だったのでしょう。

今回のオリンピック。どのように語られるのでしょうか。

貧しかった時代から懸命に働いて、ご往生された故人を偲びつつ、儀式をつとめさせていただきます。

海のめぐみをいただきました

先日、初盆を迎えられたご門徒さんからイカをいただきました。

お兄さんは行商を、弟さんは漁師です。朝弟さんがとってきたものをお兄さんがお寺に届けてくださいました。

最近、いただいてばかりです。感謝。

夕食にいただきました。甘くて美味でした。

今月末には底曳船が網代港から出港します。例年の出港祭はコロナにより2年続けて行われません。

昨年も見送りに行ったのですが、ちょっと遅すぎたようで、出港したあとでした。

底曳のみなさんも、沿岸で漁をされているみなさんも、引き続き安全に気をつけて下さい!

蓮の観察日記(完)

我が家の玄関先の蓮が咲きました!

いくつかつぼみが大きくなるまでに枯れてしまい、今月の初めには台風にも見舞われました。残った最後の一つが見事な花を咲かせてくれました。

お寺の境内では火鉢に植えた蓮は花をつけてくれませんでした。火鉢よりも大きなカメの方が蓮にとってはいいのかもしれません。

我が家も来年は火鉢とともにカメも置いてみましょうか。

数日、蓮を楽しみたいと思います。

中村哲さんの言葉を読む

一昨年の12月、銃弾に倒れた中村哲さんの活動を記録した『希望の一滴』を読みました。

中村さんは医師として若い頃からアフガニスタンで治療にあたりました。そして病気の背景に、水不足があることを痛感し、井戸を掘り、用水路の建設にとりくんでこられました。「百の診療所より一本の用水路を」とあります。

ソ連の侵攻、そしてアメリカの軍事介入、加えて気候変動の影響により荒れ果てた大地に水が通され、農地がよみがえりました。水が戻った土地に難民化した村民が帰って農業が営まれているのです。潤した面積は16500ヘクタール。65万人が安心して暮らせる広さになるそうです。

胸をつかれる中村さんのテキストが随所に散りばめられています。ふるさとを取り戻したアフガンの人々の笑顔に胸が熱くなります。

中村さんは「この豊かな緑の広がり、命の営みにこそ望みがあるような気がしてならない」と書いています。そして、「平和には戦争以上の力がある」と。

深く感動しました。アブガンの人々のためにささやかでも力になりたいと思い、中村さんがつくったペシャワール会の新規会員に申し込みました。

雨の降らないあいだに

今日は終日、町内のご門徒さん宅に配り物をしてまわりました。初孫さんの顔をみせてもらったり、世間話をしたりと気分転換にもなりました。久しぶりに歩いたような気がします。

山間の横尾棚田。田んぼの緑がきれいです。

網代では行商歴50年をこえるご門徒さんから塩マスをいただきました。「薄く切って食べて」とのこと。ありがたくいただきます。

そして猫に出会う確率の高い網代です。