2月14日と15日

今週は平日もご法事があります。この時期の法事でしかしない話をしようと思っています。こんなふうに。

「みなさん、2月14日はなんの日ですか?」

「では、2月15日は何の日ですか?」

14日はみなさんご存知です。しかし15日が何の日かご存知の方は、いらっしゃいません。

そのことを確認してから、14日と15日について、少しお話しすることになると思います。

今日は2月14日です。大半の方が、何の日かはご存知でしょう。
バレンタインデーです。
3世紀、ローマ帝国の時代。当時の皇帝は兵士の結婚を禁止していました。それに抗して、バレンタイン司教が兵士たちを結婚させます。皇帝の怒りを買い、処刑されてしまったその殉教の日が、西暦270年2月14日です。プレゼントを送る習慣が始まったのはずっと年代が経ってからのこと。日本では戦前に神戸モロゾフが、欧米の習慣を紹介して広まったそうです。

では、2月15日は何の日でしょうか。(ただし、旧暦の2月15日です。何の日なのかは、以前、このブログでも書いたことがあります)

「…………」

答えは、また明日に。

中央仏教学院からの便り

京都の中央仏教学院から便りが届きました。創設100年、本願寺派の認定校として僧侶の育成に取り組んでいる学校です。私も2017春から1年間お世話になりました。

学院長さんの手記によると、今年も前期はほとんど対面授業ができず、後期に入って対面授業ができるようになったとのこと。寮も2年間閉鎖が続き、今後の開寮も困難なようです。大変な状況が続きますが、引き続き、教職員のみなさんの奮闘に期待したいところです。

いい知らせもありました。これまで学院で開いていた真宗講座を、公開講座をオンラインにて開講するとのことです。2022年度は「浄土三部経」、2023年度は「正信念仏偈」を月1回開講し、期間中であれば繰り返し視聴も可。私も受講させていただこうと思います。

興味がある方がいらっしゃれば、学院のホームページにアクセスしてください。

http://www.chubutsu.jp/important/557/

お母さんの念仏が受け継がれる

きょうは四十九日のお勤めでした。お参りされたご夫婦は、夕食のあと、2人でお経を読むことが日課になったとお話しでした。ご往生されたお母さんも、よく仏壇の前で手を合わせていたそうです。「法事に参って涙が出たのははじめてです。いろいろ思い出してしまって。『しんらんさま』が歌えませんでした。どうしてくれるんですかご住職」と施主さん。涙交じりの苦笑いをされていました。

念仏の教えはこんなふうに受け継がれるのか、これまで受け継いでこられたのかと、勉強になったお勤めでした。

本堂裏で「ラジオ深夜便」。ほのさんのこと

坊守です。

今日から三連休なので、朝は本堂裏で仏華の作業をしていました。このごろ住職がストーブを持ってきてくれるので、手もかじかまずスムーズです。


この時、スマホで音楽を流すことが多いのですが、今朝はラジオがきけるアプリ(らじる)をつけました。NHKで今朝放送のラジオ深夜便の「人生のみちしるべ」の話し手が、よく知る人だったからです。
西村理佐さん。障害児の中でも医療的ケアが欠かせない超重症障害児の娘・帆花さん(現在14歳)と首都圏で暮らしています。
この理佐さん夫婦とほのさん(小さい頃からの呼び方を私は今だにしてしまう)一家の日常を取材したドキュメンタリー映画が年明けから公開されましたので、近ごろ彼女たちはメディアに出ることが多いのです。今朝のラジオもその一環とおもわれます。

https://www2.nhk.or.jp/radio/pg/sharer.cgi?p=0324_04_3759407

医療技術がすすみ、救える命は増えたものの、重い障害を抱えた乳幼児のケアの制度や受け皿づくりは追いついていません。理佐さんたちはそうした問題をひとつひとつ乗り越えながら歩いてきました。人工呼吸器をつけ、24時間目が離せない子を育てている日々の中でも「こうした命があることを知って」と発信することが、やさしい社会をつくる一助になると考える理佐さんなのです。

出会いは、当時担当していた雑誌の編集部に届いた理佐さんからの分厚い手紙でした。臓器移植法の「改正」案が国会に出て、それまでできなかった15歳以下の臓器移植が可能にされるかも、という局面でした。ほのさんは生まれた時に「脳死に近い状態です」と、医師に告げられていました。法改正でほのさんやほのさんのような子どもたちの命はどう扱われるのか、そんな立場にいる子どもたちの存在を知ってほしい、と切々と訴える内容でした。
会いにいったほのさんの小さな手はあたたかくて、脳死の定義はどうでもよくて、目の前に居る確かに生きている子や家族の毎日が大事にされないと話にならへん、と、考えたものでした。
このころ出版された『ほのさんのいのちを知って』(エンターブレイン)の編集作業を手伝ったり、シンポジウムのスタッフをしたりと貴重な経験もさせてもらいました。

ラジオ深夜便は、放送時間帯に意識不明の爆睡をしている私には縁のない番組ですが、きょうのインタビューは皆さんにも聴いていただければと思います。

できれば映画も。タイトルは「帆花」です。

映画の公式サイトはこちらをクリック

出会いも別れも「ありがたい」

午前中に、Yさんのご自宅で1周忌の法要を勤めました。
ご主人がご往生され、その後、四十九日までほぼ毎週、ご自宅でのお勤め。一緒にお経をあげ、またYさんご自身もCDをかけ、練習もされ、上手に読まれるようになりました。

今日のお勤めの後、少しお話をうかがいました。
毎日、朝晩と仏壇の前に座り、手をあわせ、読経されているとのこと。

「朝起きて、まず布団を畳み、洗濯機を回して、それから仏壇の前に座ります。すんだら洗濯物を干して、朝ごはんを食べます。日課になりました」

「実家の父は、しょっちゅう仏壇に手をあわせ、お経を読んでいるような人でした。私も自然と手をあわせるようになりました」

「歳をとるとあちこち弱ってきていけませんなあ。だけど、この歳まで生きさせてもらって、ありがたいです。仏さんにも、主人にも感謝しとります」

坊守の友人からいただいた高知の文旦を、私からお供え。

「まあまあご住職さん。ありがたくいただきます。お父さん、仏さんと一緒によばれてな」と仏壇に黄色い文旦を供えられました。

Yさんは、出会にも、別れにも、「ありがたい」と手をあわせ生きてこられたのでしょう。

大いに刺激を受けました。

『人は死んだらどこに行けばいいのか』

『人は死んだらどこに行けばいいのか』(佐藤弘夫著)というタイトルの本を数日かけて読みました。
各地の史跡や神社仏閣をめぐり、過去の人びとが、死んだあとどこをめざしていたのかを解き明かしていく内容です。

大変勉強になりました。以下、関心を持って読んだ内容について少し。

中世において個人の墓はほとんど存在しません。墓参りもなかったそうです。当時の人々にとって最も重要な関心は、浄土への往生でした。「この世を遠い浄土に到達するまでの仮の宿り」と見るというのが中世の世界観だったということです。空海が開いた高野山、その「奥の院」への納骨が中世ではブームとなったそうです。真言宗は密教ですから意外に思ったのですが、浄土の仏たちは、娑婆世界に降り立ち、衆生を往生させるために働くという考え(「垂迹」といいます)が広がり、空海もその有力な一人と考えられていたそうです。それが江戸時代になると、同じ奥の院でも、戦国武将のお墓が作られるようになります。著者は、「匿名化する中世の死者から、記憶される近世の死者への転換」と記しています。

江戸時代になると、「来世での救済よりも、この世での幸福の実感と生活の充実を重んじるように」なり、他界観が劇的に変化したそうです。救済者としての仏は後退し、それに代わって死者供養の主役は遺族がつとめるようになります。「家」(いえ)の観念が庶民まで浸透し、家ごとのお墓が定着し始めます。17世紀の日本では、都市の内部に大量のお寺が計画的に造られ、本堂と墓地がワンセットで造られていることに特色があるそうです。また、お墓参りや、お盆の精霊棚が設けられるようになったのも江戸時代からで、「死者と生者との定期的な交流が、国民的儀式として定着し」ました。

そして現代です。「死は忌避すべき暗黒の領域と化し、死に行く者を少しでも長くこちら側に引き止めることが現代医療の目的となりました」「生と死を峻別する近現代に固有の死生観が存在する」からです。また、江戸時代から続く伝統的な家制度が大きく変容し、孤人化社会が進んでいます。著者は、日本人が長年に渡って共有してきた生と死に関わる言説そのものが急速に説得力を失いはじめている」ことをあげ、かつ「死の儀礼と文化をもたない民族は、いまだかつて地球上に存在しませんでした」と強調します。そして、「どのような死者との関わり方が可能なのでしょうか。私たちはいま、死者から重い問いを突きつけられているのです」と本を結んでいます。

食料無料市場の実行委員会

年末に市内で行った食料の支援活動。きょうは次回(3/26)にむけたzoom会議がありました。

わたしにも声がかかったので参加しました。

年末の支援活動に参加し、何かしら困りごとを抱えている方が大勢いらっしゃることがわかりました。そして、何かやろうとすると支援の輪は広がるものだと実感しました。誰かのために役に立ちたいというのは、人間らしさのすばらしい発揮です。小さな親切、お節介が、この社会にはもっともっと必要です。

これは共助の一環ですが、可視化することで公助のあり方を問い直すことにもつながればと思います。

日用品、お菓子、食料品、募金など、協力いただける方がいらっしゃればご連絡下さい。

三蔵法師が伝えたもの

県立博物館から封書が届きました。4月9日から5月15日まで、奈良・薬師寺の名品と鳥取・但馬の仏像、仏画などを展示するとの案内でした。

日本に仏教が伝わったのは538年。仏教の扱いをめぐり争いが起こりますが、蘇我氏が物部氏を滅ぼして決着。蘇我氏が支援した推古天皇が即位。そして聖徳太子によって仏教思想に基づく政治が推し進められることになりました。

薬師寺は法相宗に属します。開いたのは道昭。遣唐使として入唐。玄奘三蔵(般若心経の訳者として有名です。最遊記のモデルでもあります)に師事し、帰国して法相宗を開きました。奈良県の興福寺、薬師寺が二大本山となります。薬師寺の創建は680年ですから、1300年をこえる歴史があります。

4月23日には作家の夢枕獏さんが来県し、講演されるそうです。展示期間には薬師寺から僧侶が来られ解説や法話もされるとのこと。どんなお話をされるのか、是非聞いてみたい。時間を見つけて博物館に行きたいと思います。

大雪になりました

朝からお参りの方によると、「網代は積もってませんでした」とのこと。同じ町内でも、雪の積もり方は全然違うのです。

駐車場を確保するため、早朝から除雪機を動かし、坊守の協力もあって3台分のスペースはなんとか除雪できました。昨日からの雪かきで、腰を若干、ギックリさせてしまいました…。

雪が積もると、親鸞聖人の和讃が頭に浮かんできます。

「罪障功徳の体となる こおりとみずのごとくにて こおりおおきにみずおおし さわりおおきに徳おおし」

「罪のさわりは、そのまま転じられて功徳となる。それは氷と水にたとえられ、氷が多いと解けた水も多いように、罪のさわりが多いと転じた功徳も多い」(現代語訳)

実に見事なたとえです。失敗や苦難に、如何に立ち向かっていくのか、ヒントにもなりそうな教えだと思います。

ただ、いま地球では気候変動により、氷が解けすぎてしまう大問題に直面しています。経済活動の負の面をきちんとみて、氷が解けすぎないように、行動にうつさなければなりません。

雪だるま製造器

坊守です

日本海側のみなさん、昨日の「ドカ雪」予報にブルーになり、朝起きて目に入った外の景色にまたゲンナリされたことと思います。
岩美町岩井もドカドカです。心からの連帯を表します。

さて、私の方はこんな日は猫たちとコタツ寝を決め込もうと、住職に休日宣言しました。ところが結局、昼ご飯に予定していた鶏そぼろ丼に欠かせない醤油が切れていたことが判明し、買い物に出ることに。

いったん家の外に出たら、雪かきをしないわけにいきません。隣の天台のお寺のおばさまも、情熱的にとりくんでおられましたので、シャベルを並べて道の雪をあけるのでした。

午後をまわっても雪はいよいよ勢いを増しています。窓辺で呆然としていたら、信州の先輩が送ってくれた雪ダルマ製造器のことを思い出しました。
かわいいでしょう?
♪パラララッタラー(ドラえもんの秘密道具のメロディーをご想像ください)

我が家の玄関先に白いアヒルの雪だるまが、たちどころに並びました。

ついでにまた、あっという間に積もった雪をかきましたが、自分まで雪だるまになりかけたので10分すこしで引き上げました。

なお、雪かきはわずか10分で71キロカロリーを消費します。ウォーキングの2倍、湯船につかる4倍量ですから、短時間でいい運動になります。おやつを食べすぎましたので、様子をみて、またカロリー消費と雪だるま製造に出たいと思います。
くれぐれもご安全にお過ごしください。