食料無料市にむけて

なんとも蒸し暑い1日です。

午前中、岩井、銀山、長谷のご門徒さんに西法寺通信を届けつつ、食料無料市のPR。今月30日、市内湖山地域で予定しています。コロナの影響などでお困りの方に、声を聞きつつ、食料や日用品を提供する活動です。

畑仕事中の方は、「住職はボランティアしとるだか」と。「何か協力してもらえそうなら、よろしく」とお願いしました。

お寺からは、この間、お参りでいただいたお菓子を供出します。

明日はオンライン実行委員会です。

助け合いの輪が、一回り二回りと広がることを期待しています。

ただいたずらにあかし

早朝から郵送作業の続き、過去帳への記載、一周忌のお勤め、そして午後は網代での逮夜参りでした。郵送で出したのは110通になりました。残りは私が届ける分、そして地域の世話方さんから配っていただく分となります。明日作業のつづきです。

網代道場も境内に草が生い茂っていたので、また晴れ間を見て草刈りにいかないといけません。

坊守のお父さん、お母さんから今年も誕生祝いをいただきありがたい限りです。坊守からは夏用の中折れ帽を。来週の14日で53歳になります。「ただいたずらに明かし、いたずらに暮らして年月おくるばかり」と蓮如さんがおっしゃっておられますが、自己点検しないといけないですね。

明日は投票日です

西法寺通信13号、「本願寺新報」お盆特集号、それにお盆参りの時間を記したお知らせをセットに郵送作業の下準備です。明日にはメール便を託せるように作業をしていますが、なかなか時間がかかります。

明日は参院選の投票日です。この数日、中央仏教学院時代の級友(若い人)何人かに選挙に行こうとLINEを送りました。奈良に住む方から、「危うい言説が目立つようになってきたので、しっかり意思表示していかないといけないなと思います」「今日の事件はとてもショックでした。とても身近な場所でしたので、現場もありありと思い浮かび、余計に…民主主義が崩れていかないように、より一層政治に目を向け続けなければならないと思いました」との返信がありました。別の方からは「選挙参加します」とのLINEが。この方は20代の頃は選挙に行ったことがなかったようです。

参院選は与党の大勝が事前から予想されています。明日が終われば当面、国政選挙はないでしょう。憲法9条を変える動きや、防衛費大幅増の是非、昨今の急激な物価高、パンデミックによる生活苦への対応をはじめ争点はたくさんあります。政治が変わろうが変わるまいが、自分のできることをやっていくだけですが、やっぱり政治の向いている方向がかわらないといけないと強く思います。みんなで投票に行きましょう。

銃による暴力は許されない

安倍元首相が演説先の奈良市内で銃撃されたというニュースに驚いています。日本で選挙中にこのようなことが起こるなど、考えられないことです。

言論を暴力で圧殺することは絶対に許せません。

氏の回復を願うばかりです。

再発防止、政権幹部や政党幹部への護衛に万全を期してほしい。

追伸。夕方、安倍氏の死亡が確認されたとのこと。お悔やみ申し上げます。

お盆参りの下準備

8月10日ー15日まで、お盆参りを予定しています。
(ただし、鳥取県内にコロナ警報が発令されている場合は中止となります)

本願寺に注文していた「本願寺新報」のお盆特集号が到着し、明日には、西法寺通信13号が届く予定です。これにご門徒さんにお盆参りの日程をお知らせする案内をセットして、土曜から郵送&手渡しをスタートさせます。明日の作業のため、A4用紙とプリンター用のインクをホームセンターに買いに行きました。

そして、今日の午後は、鳥取市内と、町内の浦富地区をどのようなスケジュールでお参りするか、シュミレーションしていました。

中止するようなことがたとえあったとしても、初盆のご家族については、ご希望あればお勤めすることにしています。

また、お盆法要は、16日の午前と午後の2回、地域を分けて1時間程度のお勤めをすることにしました。

さて、作業がひと段落して「本願寺新報」を読んでいると、仏壇の飾り方についての説明がありました。読まれたご門徒さんは、びっくりするかもしれません。

というのも、多くの方が、蝋燭立と香炉を経卓の上においておられるからです。本来は、お仏壇の中に置くものですから。

ただ、ここは致し方ない面があります。蝋燭立をお仏壇の中におくと、どうしても火の不始末が心配になります。それで、段々と、火を使うものが手前に置かれるようになっているようなのです。それとお気持ちはわかるのですが、お供え物が多すぎて仏具を置くスペースがなくなっているような場合も見受けられます。

私も何回か、「本当はこうですよ」とお話しすることはありましたが、ここはもっと柔軟に考えてもいいのではと思うことでもありますね。

直葬でのお勤め

昨日、火葬場でお経をあげてほしいとの依頼がありました。
経済的な事情がおありのようでしたので、「お布施は気にしなくていいですよ」とお伝えし、お引き受けしました。

朝、坊守が、西法寺農園で咲いたグラジオラスを花束にしてくれました。
施主さんに差し上げたところ、大変、喜んでおられました。 

「病院から電話があり、駆けつけた時には、もう亡くなった後でした」
そのように施主さんはお話しでした。

火葬場にて短いお経をあげ、しばし手を合わせました。

その後、納骨について相談を受けました。
「困ったことがあったら、なんでも遠慮なくいってください」と名刺をお渡しし、別れました。

こういうことがあると、自分はなんのために黒いお袈裟を身に纏っているのか、考えさせられます。人間らしい営みを、たとえささやかであってもお守りすることができたのならいいのだけれどと思います。

合掌

ひと段落つきました

遅れていた西法寺通信が完成し、印刷にまわしました。ひと段落ついて、ホッとしてます。入稿してから間違いを発見し、いささか焦りましたが、データ差し替えて再入稿しました。

今日は午後から田後で逮夜参りが一件ありました。帰りがけに、底曳船に乗るインドネシアの若者たちから、「こんにちは」とあいさつを受けました。漁のないこの時期は日本語の勉強をしているとのこと。田後港では先日、リュウキュウノツカイが泳いでいる姿が目撃されたそうです。地元紙に写真が掲載されていました。

さて、明日とあさってをつかってお盆参りのスケジュールを考え、「お知らせ」を作ります。3日後には出来上がって手元に届く予定の通信とセットし、土曜あたりから郵送作業になります。網代・田後については世話方さんに届け、そこからご門徒さんへという流れです。

今のところ盆参りを3年ぶりに行う予定ですが、こればかりはもう少し近づかないとなんとも言えない面があります。

岩美町はきょうから町議会選挙です。無投票になるかもしれませんが、候補者のみなさんは町内を回っていました。

ナモの日記(2022年7月)

ナモです。

あっついので、ター坊もあたいも、このごろ、ゆかでくにゃくにゃしています。

あたいたち、おうちのなかのすずしいところをさがすのがとくいです。
おばたんは、あたいのよこにゴロンとして「ナモちゃん、ここはすずしいね」ということがあります。でも、おげんかんにはごろんとしません。どまのタイルはおうちのなかで、いちばんちめたくてきもちいいのに。ニンゲンはげんかんにはねられないそうです。

おいたんは、おるすばんのあたいたちがねっちゅうしょうにならんように、えあこんをかけておいてくれます。
おばたんは、みずのいれものを、おおきなのにかえてくれました。おみずがちょろちょろでてくるので、ター坊は、びっくりして、のめませんでした。あたいはこわくないとすぐわかったので、おいしいおみずをのめました。
ター坊は、おおきなハチにもとびかかっていくのに、こわがりなところがあります。


そんなター坊があたいのおとうとになって、もうじき1年になるそうです。おにわにまよいこんできたときは、ちいさくて1キロくらいだったのに、あたいの2倍のおおきさになっています。あたいのお兄さんだとまちがわれることもありますが、じゃんぷでもかけっこでも、あたいにかてません。

ター坊が来たばかりの頃

土砂降りの雨のなかで

早朝は年に一度の山掃除、終わって四十九日のお勤めと納骨、午後は葬儀を勤め、火葬場からの帰り道に逮夜参りでうかがい、夕方は還骨法要でした。午後3時過ぎから大変な豪雨で車の前方が見えにくく、慎重に運転しました。

午前中の納骨の時だけ、不思議なことに雨が止みました。「お母さんは晴れ女だったから」と娘さん。

午後の葬儀にはご近所の方もお参りでした。読み慣れた節回しと葬儀で読む『正信偈』は少し違うのですが、いつもの節で大きな声で読まれていました。影響されないようにと耳を傾けつつも、本当にありがたかったです。

逮夜参りは雷の鳴り響く中でした。奥さんは毎日、お経のCDをかけておられるとのこと。いつもより、仏間で過ごす時間がふえているのかもしれません。

車まで歩くだけでずぶ濡れになり、苦手な雷かが鳴り響くなか、車にたどり着いてホッとしました。

そして、夕方、還骨法要を、雨の音を聞きながらお勤めしました。

合掌

阿弥陀様の立ち姿

今日は午前中、2件の法事、午後は西法寺通信の作成、夕方はお通夜のお勤めでした。

午前中、お参りの網代の方に、「阿弥陀さんは前屈みですよ」とお話ししたところ関心をもたれたようで、帰り際に、お父さんと2人の娘さんが、横から阿弥陀さまの前屈みの姿を写真に撮っておられました。こんなふうに興味をもっていただけるのは嬉しいことです。私などは、48年間、本堂の阿弥陀さんは前屈みであることを知らずに過ごしていたのですから。

今日のお通夜でも、ご往生された亡き方は阿弥陀さまとご一緒に、みなさんに前屈みで立っておられますよ、とお話ししました。

そのように思うとき、自然に手が合わさり、頭が下がり、口から念仏がでてくるのではないでしょうか。