100歳のおばあちゃんのお参り

今日の法事に、100歳になるおばあちゃんがお参りされました。大きな声で「正信念仏偈」を称えておられました。おばあちゃんが私に向かって説法しておられます。なんともありがたいひとときでした。お経本の持ち方、手のあわせ方など所作もていねいで学ばされました。本堂にお参りになれた方で最高齢になると思います。どうか今年もお元気でお過ごしください。

昨日、ネコの日に寄せてシマちゃんに登場してもらいました。100近いアクセスとなっており、びっくりしました。朝、玄関先でシマちゃんにお礼をいったところ、「シャーッ」と唸り声をあげ、「にゃーん」と人間向けの返事が返ってきました。まんざらでもないようです。いや、「褒美に美味しいものをくれ」というアピールなのかもしれません。考えておきます。

昨日、葬儀にお参りのご門徒さんから、「13日からマスクを外してもいいということだけど、住職はどうするだ?」と尋ねれれました。あまり考えていなかったのですが、予防という観点から当面はマスクをつけて法務にのぞむようにします。お寺の場合、密になることはそうそうありませんが、読経する場合はマスク着用をお願いしようかと考えているところです。

来週はもう3月です。16日には春の彼岸法要を予定しています。今回はご講師さんもお招きするので、お参りの働きかけをきちんとしなければと、案内はがきを作りました。明日にでも、町内の方にお知らせして回りたいと思います。どうぞお参りください。

吾輩はシマである〜ネコの日によせる

吾輩は、岩井をなわばりにしている猫である。
一昨年まではハチワレのダブ兄さんがこのあたりのボスをされていたが、残念ながら行方知れずになった。そこで、吾輩の出番となった。
パトロールを通じ、サイホウジ関連の古家で生意気なチビが飼われていることや、黒い子猫がその家の縁の下に迷い込み、飼い猫になったことを把握した。また、この家のニンゲンたちが外の猫にも奉仕する感心な姿勢を持ち合わせているという発見もした。このことは、荒野に生きる吾輩の健康維持にも大きく寄与している。


朝はそんなに早くない。明るくなってから玄関先に出向き、仕事に出るおばさんが出てくるまで小屋(専用の箱)の上に座っておく。すだれの裏なので、通行人に気づかれることもない。おばさんが戸をガラリとあけて、吾輩はシャー!と、吠える。するとカリカリと魚の缶詰4分の1が出る。缶詰は3匹の飼い猫たちとのシェアだ。
雪が酷い日は、自主的に玄関の中に入っておく。飼い猫たちは格子戸ごしに会いに来て、黒猫などは前脚を伸ばしてくる。ずいぶん大きくなって、灼熱の庭で見守ってやった恩を忘れているのだ。
天気の良い日は、冬でも中庭が最高だ。あたたまった岩や積んである枯れ草、まとめた古雑誌など、寝床にも事欠かない。

夕飯は、まちまちだ。
寺から帰宅する坊さんと会えた時は、その場でカリカリが供されるし、会えない時は暗くなるまでにカリカリが皿に入れてあることが多い。

吾輩が立ち寄れなかった日は心配されているようだ。ここの飼い猫でもないのに、おせっかいこの上ない話だ。だが、「シマちゃん」と呼ばれたら「ニャーン」とねぎらいの声をかけてやることにしている。

では、またの機会までおさらばだ。

ご主人の南無阿弥陀仏

先ほどお通夜のお勤めから帰ってきました。

朝、ご自宅の仏間にうかがって臨終のお勤めをしました。お仏壇の横に、「南無阿弥陀仏」の軸が掛けてありました。どなたが書かれたのかと目を向けるとご主人の名前が記してあります。地域の習字教室で書いたものとうかがってびっくりしました。とても上手な書なのです。

「普段は買い求めた軸を掛けているんですが、今日は私の書いたものを掛けました」

臨終のお勤めが終わり、人となりや、闘病の日々のお話をうかがいました。
ご往生された奥さんは、地域の公民館の主事として、地域のために献身されたそうです。ご自身も書道や絵はがきを楽しまれたとか。その影響なのか、ご主人も公民館の書道教室に通われたそうです。大学生のお孫さんは、幼かった頃の楽しい思い出を話してくれました。

ご主人は、どんな気持ちでこのお軸を掛けられたのでしょうか。会館でのお通夜の読経の際、そんなことを考えながら「阿弥陀経」を読んでいると胸が詰まりそうでした。

明日は葬儀です。いつものように大きな声で勤めさせていただきます。

元気いっぱいに泳いでいます

朝、本願寺に送る書類をもって郵便局へ。局内には魚の赤ちゃんが飼育されています。なんだかわかりますか?

町内の小田川はかつて魚の住めない川でした。上流に鉱山があった影響です。1971年の閉山後は坑廃水処理施設ができ、川の浄化もすすみ、今は魚たちの泳ぐ姿が見られます。

この赤ちゃんたちは、町内の小学校、公民館などで飼育され、小田川に放流されます。

もうお分かりですね。サケの稚魚です。毎年3月に「小田川・荒金川に魚を蘇(よみがえ)らせる会」の方たち、そして地元の小学生らが放流し、4年後の秋にまた戻ってくるのです。1匹でも多く帰ってきて欲しいものです。

夕方、ご門徒さん宅にうかがい過去帳をお預かりしました。外は寒く、強い風が吹いています。予報通り雪が降るのかもしれません。

3回忌、四十九日、そして百箇日と

今日は3件の法事をお勤めしました。
週末でも、1日3件というのは、そうあることではありません。

午前から3回忌、四十九日、そして午後、百箇日という流れでした。
親鸞聖人の記された「正信念仏偈」を読むことはかわりありませんが、お話しする内容はそれぞれです。

3回忌は、亡き方をご縁に、仏さまの教えに触れていただく機会として。南無阿弥陀仏の意味、仏さまがかけられた願いなどについてA4の表面に記した原稿をお配りしています。

四十九日は、亡き方とのこれからの関わり合いについて、何人かのご門徒さんのお話も交えてお話しさせていただいています。A4の両面いっぱいに文書を記していますので、少し時間がかかります。


百箇日は、悲しみから日常への節目として。卒哭忌ともいわれます。そっこく=泣くのを終わりにしようという意味あいです。ご自宅でのお勤めになりますので、そのことをお伝えして、ご家族の今の思いを聞かせていただくようにしています。「朝夕、仏壇に手を合わせています。生きていた頃よりも母に話しかけることが多くなった気がします」と息子さんはおっしゃいました。

お参りのみなさんがふれている日常的な情報の中で、仏教の情報というのは、ほとんどないのではと思います。せっかくこうしてお参りいただいているので、何かあとからでも見返していただけるものをと思い、今年の法要では基本的に原稿をお配りするようにしました。

いい点としては、勉強しないと書けないということでしょうか。意識していることは、なるべく仏教用語を使わないということです。それと、自分が学ばされれたこと、気がつかされたことを記すということです。

外してしまった、、、と思うこともあります。でも、それはやってみたからわかることでもあります。

原稿がもし途切れるようなことがあれば、住職が勉強していないという証ですので、どうかその際はご指摘ください(^^;)

法事での一コマ

昨日のこと。法事でお参りのご門徒さんが、本堂から退出される際、「阿弥陀さまありがとうございました」とお礼を述べられました。なんとも心暖まるひとこと。私も真似しないとと学ばされました。

今日のご法事は、亡き方から見るとひ孫さんが大集合でした。小さい子どもたちは、本堂を駆け回っていました。「走り回ったらいけん」と、いちばんはしゃいでいたお子さんが口にされたので、思わず笑ってしまいました。小学生には、阿弥陀さんのポーズの真似をしてもらいました。仏さまは私たちのことが心配で前屈みということを覚えておいてくれると嬉しいですね。

午後は、事務作業でした。5月28日に行う本堂での帰敬式の関係書類を作りました。月曜に郵便局から送りたいと思います。最終的に24人のご門徒さんより申し込みがありました。もう一つは、確定申告の作業です。マイナンバーカードはこの時にしか使う機会がありません。計算はソフトがやってくれるので、間違いがありません。政府は、ポイントを煽って健康保険証との一元化を進めています。来秋にも健康保険証は廃止するとか。ポイント第2弾のCMが流れていますが、請け負ったのはオリンピック談合で揺れる電通です。銀行口座とのひも付けなどは、個人のプライバシーが筒抜けになる危うさを感じ、申請していません。ただ政府の説明だと、本人が拒否しない限り自動登録する計画のようです。そして、マイナカードを取得していない人には様々な支援から排除する動きがあるようです。強制ではなく、任意の制度のはずだったと思うのですが、おかしなことが起こっています。

おやすみの過ごし方

坊守です。

今日は仕事をサボっ…いや、指定休をいただいていました。職場は完全週休2日ではないので、お休みは「4週7休」とか「4週6休」などという取り方です。

朝はマイナスの気温で、ストーブにはりついていましたが、お日様が出るとぐんとあたたかくなりました。雪もほとんど消えたので、読もうと思っていた本は置いて、働くことにしました。
まずは、毛布類やコタツの上掛けなどの大物の洗濯。家の中に陽だまりができて、ごきげんな猫たちの執拗なつきまといにあいました。
午後は庭に出て、草取りの小さなカマをふりまわして我が家の枯れ草集め作業を決行。数分でマフラーを外すことになりました。東京下町のマンション暮らしだったころ、庭はあこがれでしたが、こちらにきて前庭と中庭と裏庭ができると、なかなか手がまわりません。
昨年はツル性の植物が元気だったのと、ススキがあちこちから出てきたため(それはそれで使えたのですが)、作業のやり甲斐がありました。

ひと段落したので、いまはコインランドリーで毛布を乾燥機にかけながら、ホットカフェラテを一杯。最高気温は10度となっていましたが、体感は、もっとあたたかかったよなぁ〜。

これから本が読めるでしょうか。居眠りしそうです。笑

習字教室にて春を書く

今月は変則で、2週続けての習字教室でした。

春暉とは、春の暖かい日差しのこと、祥雲とは、太陽の光に照らされて色とりどりに輝く雲のこと、鮮雲とは、鮮やかな雲のこと。いずれも春を連想させる言葉なのだそうです。

ここ数日、冷え込んでいます。時折、雪も舞っています。それでも、春は確実にやってくることでしょう。

網代公民館では3月に公民館の作品展があり、私の書も、教室の方たちの作品とともに展示してくださるそうです。

網代のみなさんの公民館活動の成果を見学したいと思います。

お寺の掲示板(2023年2月)

真宗教団連合法話カレンダー「月々のことば」。ひと月ごとに短い法話が掲載されています。その3月のページにあるのがこのことばです。みた瞬間、グサっときました。浅原才市さんは妙好人として真宗では有名です。もとはひらがなですが、漢字にしました。

この言葉には続きがあります。

ありがたいな をやさまが、わしのこころい、

なむあみだぶつと、とろけやい、

ごをんうれしや、なむあみだぶつ、

なむあみだぶつ。

瞋(いかり)という煩悩に引かれて、身を焦がしている「いのち」のあり場を地獄と呼びます。

仏の救いに出遇った者が、本当の自分の姿に気付かされる、その吐露を才市さんはされています。だからハッとさせられ、我が身を振り返ることになります。

才市さんは、各地の凶作や天災被害に何度もお見舞い金を送られたそうです。いま生きておられたらどうされるのかなぁ。そんなことを想像し、わずかですがトルコ・シリアの大地震の救援募金を送りました。

郵便局にて

朝、法事でお参りされたご門徒さんへのお礼ハガキを書きました。お参りされた次の週に自宅に届くことを目標にしているのですが、最近は1ヶ月近くあとになっていたので、今日で追いつくことができました。このペースを維持したいものです。

ポストに投函し、窓口でハガキを30枚ほど購入。すると、昨年春に入職された職員さんからチョコのプレゼントが。あっ、2月14日だったんですね。今日は来局する方にプレゼントするそうです。

以下は昨年の今日、ブログに書いたことです。


3世紀、ローマ帝国の時代。当時の皇帝は兵士の結婚を禁止していました。それに抗して、バレンタイン司教が兵士たちを結婚させます。皇帝の怒りを買い、処刑されてしまったその殉教の日が、西暦270年2月14日です。プレゼントを送る習慣が始まったのはずっと年代が経ってからのこと。日本では戦前に神戸モロゾフが、欧米の習慣を紹介して広まったそうです。

ちなみに、ホワイトデーは、お返しの文化がある日本からはじまり、中国や韓国にも広がったとか。知りませんでした。