ガザ人道危機緊急募金に申し込む

ガザ地区にある病院が爆撃され、500人もの死者が発生していると報道が伝えています。避難してきた住民のいのちが多数奪われ、言葉もありません。

すでに16日までに850人の子どものいのちが同地区で奪われているといいます。戦火の中、泣き叫ぶ子どもたちのことを思うといたたまれません。

ハマスのテロ攻撃は許されません。ではイスラエルの攻撃は正義なのでしょうか。そうではないでしょう。

現在のガザ地区での人道危機に、ユニセフが緊急募金のページを立ち上げ、募金を呼びかけています。インターネット上でも、金融機関でも可能です。

ガザ人道危機緊急救援募金

昼間、ユニセフに送金しました。

子どもたちをこれ以上、傷つけるな、殺すな。

「戦争を起こすのも人間なら、それを許さないで止めようとするのも人間」(品川正治・経済同友会終身幹事・故人)

あれから1年たちます

朝、坊守に教えられて思い出しました。

昨年の10月17日、市立病院で尿管結石の手術を受けました。今日でちょうど1年です。初めての全身麻酔と手術。スーッと眠りに落ちて、目が覚めると、手術は終わっていました。

病気そのものは大したことはなかったわけですが、術後に腎盂腎炎を発症し、一度退院した直後、再入院。10月29日まで入院するという貴重な体験をしました。興味のある方は、昨年の住職の入院日誌をご覧ください。医師、看護師さんはじめ多くの方にお世話になりました。

尿管結石を発症したのは昨年が2回目でした。1回目は2013年の春のこと。その時は、うまく流れてくれましたが、昨年の場合は、砕ききれず手術となったのでした。

食生活の改善と適度な運動。わかっているのですがなかなか。しかし、あんな目には当面あいたくないので、努力しないといけませんね。

私の入院によって昨年10月に予定しました。お寺での勉強会も延期しました。今月29日に1年ぶりの開催することになっています。いま、にわか勉強をはじめたところです。

ナモの日記(縄抜け編)

ナモの日記は4日に更新しましたが、本人から2回目の日記が寄せられましたので、お読みください。

ナモです。

アタイは、いっつもおそとのことがきになります。おいたんが、おかってぐちのどあからおうちにはいるときに、どあのすきまからとびでることもおおいのよ。

それで、おばたんが、ネコのはーねすをかってきました。アタイはあじろのねこなので、いわいのおうちのまわりのことをししりません。だから、とびだしてかえりたくなっても、かえれないかもしれないから、ときどきおさんぽして、かえりみちをおぼえたほうがいいんじゃない?と、おばたんがかんがえたのです。

このごろは、くびわもつけないので、はーねすは、だっこされて、いやいやつけました。

そしたら、いつもはひらかないおげんかんのとが、アタイのまえでおおきくひらきました。シマちゃんがげんかんのそとでみていて、「めずらしいことがあるぞ」と、にゃあにゃあなきました。

おなかをじめんにひっつけたまんま、ずるずるあるいてみると、おばたんのぶっぶがあったので、そのしたにはいってみました。そうしているうちに、からだがはーねすからぬけました。


わーい!とおもって、はしっておうちのまえのみちにでました。おばたんがうしろからおいかけてきたので、もっとはしりました。めのまえに、よそのおうちのおにわがあって、どうしよかな、とすびーどをゆるめたとたん、おばたんにつかまって、だっこでおうちにもどされました。
おばたんは、あさにネコのといれをそうじしたときに、こしがちょっといたくなっていたのに、アタイをおいかけて、またいたむそうです。それより、ナモがあたごやままでかけあがったら、どうなるかと、しんぞうがどきどきしたそうです。
おさんぽは、きんしになりそうです。

濃い1日でした

昨日の午前中、町の社会福祉協議会が主催する講座に参加しました。今回が2回目となります。講師は、岩美病院の内科医長さん。「高齢者について〜身体の老化や高齢者特有の病気について」とのテーマで約1時間、講演されました。私も50代半ばです。高齢者に仲間入りするのはもう10年ほど先に迫ってきました。サポートするにあたっての心得という面とともに、他人事ではなく、自分の遠くない未来の話としても聞かせていただきました。大変勉強になりました。

「認知症患者にはユマニチュードを意識しましょう」とありました。ユマニチュードとは、人間らしさを取り戻す、という意味だと教えていただきました。そういう姿勢で対応することが大事なんですね。

老いの時期を健康に元気に過ごしたいという方たちの気持ちも、少しはわかったように思います。お寺フェスで健康チェックが大盛況だったことも納得です。地域の老人会でも「ぜひ」という話があり、先日、医療生協の職員さんが健康チエックに来られ、50人近い方が参加したとうかがいました。うれしい後日談でした。

講座には、先日の「心のコンサート」に参加されていた田後地区のサロンの代表の方もいらっしゃいました。「初めて参加しました。また来年も参加したいです」。ぜひお越しください。

さまざまな形でつながって話が広がっていくことを、私も坊守も、一つの目標にしているので、これからもつながりを意識して取り組んでいきたいと思います。

午後は、若桜町の浄善寺さんで行われた研修会に坊守と参加しました。西法寺から車で1時間ほどかかります。まさに山寺の風景です。標高は230メートル。山肌の木々も紅葉が始まっていました。運転は坊守が担当してくれたので、私は小旅行気分です。道の駅はっとうに隣接する「れんが亭」で昼食をとり、帰りには道の駅わかさでアイスクリームを食べました。

お寺関係の研修会も再開されはじめています。お寺が好き、浄土真宗が好きというご門徒さんがいらっしゃることに私は希望があると常々感じます。人数が少なくなっていくのは致し方ありません。けれども必要としている人、届く人は少なくないのではと思います。地に足をつけて、人の心を見つめつつ歩んでいきたいとあらためて思いました。

統一教会に解散命令を請求

文部科学省は昨日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に解散命令を請求しました。
同協会は長年、先祖の怨念で不幸が起こると不安をあおり、高額の献金を要求するなどしてきました。それらの行為が、民法上の不法行為にあたると文科省は認定し、解散命令を東京地裁に提出したのです。民法上の不法行為は解散権の請求にあたらないというのが政府・自民党の当初のスタンスでした。それが野党の国会での質問により、政府の解釈は、民法上の不法行為も要件に含むと変更されました。被害を受けた方々や弁護士をはじめ被害者の救済に尽力されている方々、そして世論の力が今回の請求につながったのだと思います。大きな一歩であると思います。

人を不幸にする宗教は、宗教とはいえません。速やかに審議され、一刻も早く旧統一教会に解散命令が下ることを願います。また彼らが、資産を海外に流すことなどを防ぐための手立てを講じるよう、全国霊感商法対策弁護士連絡会が会見で求めていました。これも大切なことだと思いました。

なぜこれほどの被害が長年続いてきたのか。その責任の一端が宗教界にはあると思います。


弁護士の紀藤正樹さんが著書『マインドコントロール』の中で、
「伝統的な既存の宗教団体は、マインド・コントロールやカルト被害がはびこる背景に、悩みを抱えた人々を自分たちが受け止めきれていない事実があることを認め、その活動のあり方を真摯に反省し見直すべきだ」
と厳しく指摘されています。

自身に向けられた言葉として改めて、肝に銘じなければなりません。

荒地を掘り返す

午前中は市内の生協病院の通院日でした。今日は外来も薬局も大混雑です。食料無料市のボランティアをされているHさんが薬局で働いていたのでごあいさつ。病院に8時半に到着して全て終わったのは11時過ぎでした。待ち時間を利用して本が読めたので、それはそれでよかったかなと。病院で忙しく働いておられるみなさんに感謝です。

午後は百箇日のおつとめがありました。施主さんは底曳船に乗る漁師です。「今日の朝、漁から帰ってきたので、眠くて眠くて」。明日からは網代の秋祭りとのこと。海で生きる方たちは神仏を大切にされています。お仏壇と神棚、両方ある家が普通なのです。

忙しい中、お参りいただいてありがとうございました。

そして法事後は、「西法寺農園」の土を人力で掘り返しました。今は荒地となっていて、とても農園とはいえませんから。それと、運動のためです(苦笑) 来年は花をたくさん植えたいと密かに思っています。

気候危機 何かしなくちゃ

坊守です。

今日は、普段と違う午後を過ごしました。岩美町の地球温暖化対策実行計画策定委員会でした。
漁協や商工会、自治会などの推薦委員さんと、公募した町民11人の委員会構成です。
私がここに居たのは、先月、何度か町内放送で委員募集がされていたからです。
気候危機に興味はあっても、なかなか行動できていないことに引け目を感じていたワタシ、これは募集の〆切近くなっても手あげする町民が出てこないのでは?と、心配になり、町役場に応募メールを送っておいた結果が今日でした。

1回目の今日は県庁担当者による学習がメインで、温暖化の待ったなしの現状や、それに対する国、県、町の対策をおおづかみにして、一人一人にできることから始めてみようということが語られました。再生可能エネルギーへの転換と、産業振興は矛盾しないことも。

岩美の温暖化対策は、県内の自治体の中では「少々遅れている」というのが町の認識で、来年度、区域全体を対象にした計画をつくる目標が町から報告されました。委員には、温暖化防止の重要性をまわりに報せる立場でお願いしたい、とのことでした。

委員さんには、住職が参加しているまちづくりの会の方が複数おられて、会議終了後「あんたは西法寺の奥さんか?」と、気づかれてしまいました。
任期は1年半ほどになりそうです。

◼️そして、さっそくみなさんにお誘いを◼️

14日土曜日 10時から、中央公民館で環境講演会があります。環境大学の先生が講師です。

いちおう、参加申し込みが必要だそうですので、町の住民環境課にひと声かけてください。

○○の秋

法事の際に短い法話の時間があります。先日はお聖教にでてくる数の単位を少しばかり。

一、十、百、千、万、、、、、極、恒河沙、阿僧祇、那由多、不可思議、無量。これが一から数えて大きくなる単位です。

親鸞聖人の「正信念仏偈」は、帰命無量寿如来 南無不可思議光 とはじまります。

一方、小さくなっていく単位は、一、分、厘、毛、、、、虚空、清浄、阿頼耶、阿摩羅、涅槃寂静となります。

「正信偈」には、清浄、涅槃、寂静といった言葉をみることができます。

親鸞聖人が生きた鎌倉時代にはまだ数の単位として確立していませんが、おもしろいと思いませんか? 聖人の没後30年ほどののち、中国の元の時代・朱世傑が極(ごく)以上の単位を確立したそうです。大きな数は仏教用語からとられたのだとか。

ちなみに、私たちが苦しめられているコロナウイルスの大きさは、繊(せん)1000万分の1、沙(しゃ)1億分の1といった単位です。身長15キロメートルの巨人のあしもとにある直径1ミリのゴマ粒ほどと、あるホームページに説明がありました。

涅槃寂静とは、いっさいの煩悩からはなれた仏さまの世界のこと。そこから無量寿(慈悲)と不可思議光(智慧)で私たちを救いとっていこうと願われたのが阿弥陀さまです。私たちが生涯、煩悩から逃れられないとよくよく知っておられるので、私に向かって前屈みに立っておられますよ。

「私、大きな数の単位、初めて知りました」と興味をもたれたご門徒さんもいらっしゃいました。

興味をもっていただけるよう、これからも、さまざまな入り口から、お聖教の内容をお話ししたいと思います。そのためにも、「読書の秋・勉強の秋」ですね。

義援金を送りました

先日の心のコンサートでよせられた42527円の義援金を、地元の郵便局から日本赤十字社に送金しました。

コンサートにこられた2人の方が郵便局にこられていて、「初めて参加したけど、とてもよかった」「いいコンサートでした」と声をかけられました。

朝、BS NHKのワールドニュースをみました。世界各国のメディアがハマスとイスラエルの軍事衝突を大きく報じています。大規模な衝突になっており、犠牲となった方たちのこと、戦火に怯える人たちのこと、そして憎しみの連鎖を思うと気持ちがかなり沈みました。

そして、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。われらは世界のまことの幸福を索ねよう。求道すでに道である」との言葉をかみしめています。

ター坊の日記

たぁちゃです。

きょうはおばちゃんがおうちにいました。おふとんからおきてきたなり「おやすみのうちに、ほっとかーぺっとをだそう!」といって、りびんぐのじゅうたんを、ぐるぐるとまきあげました。
そしたら、じゅうたんにとんねるができました。ぼくのおしごとは、たんけんですから、たったかとはしりこみました。すごいいきおいではいったけど、じきにせまくなって、ばっくして、おちりからでることになりました。
そんなことをしていて、きがついたら、くろいしきものがいつものじゅうたんのしたにはいっていました。だからぼくは、じゅうたんとしきもののあいだにおててをいれてバリバリかいてみました。


すると「こらっ!」と、おばちゃんにおこられました。おばちゃんは、ところどころなみになっていたじゅうたんがたいらになるよう、あっちこっちのはしっこをひっぱっていたみたいです。

それから、パチンと、でんきがはいりました。じきにゆかがぬくぬくになったので、ナモちゃんはねちゃって、ぼくはひっくりかえってぐにゃぐにゃしました。

ならんでネンネしていたら「あんたたち、ぬくいところでは、ケンカしませんね」だって。
ひっついてたほうがいいときは、ナモちゃんはぼくがちかくにいても、あんまりおこりません。

おひるからは、おばちゃんが、らいねんのかれんだーをちゅくるために、ぼくたちのしゃしんのどれをつかうか、かんがえるのをおてつだいしました。